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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
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【今回の作品】
阿部和重『グランド・フィナーレ』 乾いた文体で描かれた危険な世界


 最初に個人的な話をすることをお許しください。ぼくにはスペインに孫娘が3人います。ハーフなので、3人ともとてもかわいいのですが、とくに次女が美形です。その孫が去年の夏、1人で日本に遊びに来ました。ぼくと妻の老人だけの暮らしに、美少女が割り込んできました。それはとてもスリリングな体験でした。最初はスペイン語しか話さなかった孫が、しだいに日本語をしゃべるようになっていくプロセスもドキドキしたのですが、何よりも孫娘と散歩すると、世間の目が針のようにチクチクしました。
 この老人はどうしてこんな美少女をつれているのか。何かよこしまな意図を抱いているのではないか。きっとこの老人はヘンタイでこの美少女を誘拐したに違いない……。そんな世間のまなざしがとても痛くて、そして、何となく、誇らしい気もしました。
 ぼくにはロリコン趣味はありません。欅坂46のセンターの平手さんのファンですが、だからといって、ぼくのことをヘンタイだと思わないでください。包帯を巻いた綾波レイも好きですが、そういうファンは少なくないと思います。ほんの少しアブナイ感じのものに、時として人は惹かれてしまうのです。もちろん、実際に犯罪にたずさわるのはよくないことですが、頭の中で空想したり、本を読んだり、という程度のスリルは、あっていいのではないかと思います。もともと文学というのは、スリリングなものなのです。


少女たちの心中を見抜く男の視点

 いささか前置きが長くなりましたが、この小説は、アブナイ作品です。ロリコンの中年男が主人公です。自分の娘の怪しい写真を撮ったことが発覚して、奥さんに離婚されてしまった孤独な中年男が、故郷の田舎町に戻って、ひっそりと暮らしていると、知人の小学校の先生に頼まれて、少女たちの劇の指導をすることになります。どうですか、この設定を聞いただけで、何か悪夢のような展開が待ち受けているという感じがしませんか。
 でも、これは文学作品なのです。巧妙な仕掛けが施されています。1人の少女は、兄が犯罪者で、そのことで苦しんでいます。もう1人の少女は、友人の少女に同情して、2人で心中しようと決意しています。そして、死への旅路へのはなむけとして、最後に劇を演じようとしているのです。まさに、グランド・フィナーレです。男はその現場に立ち合うことになります。
 ロリコンの男は、少女たちの心の内部を見抜いています。少女たちが死にたがっていることがわかっていながら、引き留めることもなく、反対にそそのかすこともなく、ただひたすら、劇の指導に専念します。この瞬間、このアブナイ男は、まるで「みそなわす神」のような存在になっているのです。ここまで引っぱっていける作者の筆力に驚嘆します。すごい作家だなと思います。


従来の純文学になかった乾いた文体

 阿部和重の小説を読むと、いつも、すごい作家だと思うのですが、多くの読者は、途中で疲労を覚えるのではないかと思います。内面の吐露や、べたついた思い入れのない乾いた文体で、ハードボイルドに徹した書きぶりは、従来の純文学にはないものです。この文体に慣れないと、読むのがつらくなります。村上龍も、阿部和重に比べればセンチメンタルです。たぶん選考委員たちも、阿部和重の文章を最初に読んだ時は、これは文学ではないと感じたはずです。群像新人賞受賞作がいきなり芥川賞の候補作となった『アメリカの夜』の時は、ほぼ全員が黙殺しました。その10年後の受賞です。
 今度は絶賛に近い選評が寄せられましたが、同じ年に阿部さんは、伊藤整文学賞や毎日出版文化賞など、「大人の賞」を受賞した、ベテラン作家になっていました。芥川賞って新人賞じゃなかったの、といった疑問がマスコミをにぎわすことになりました。直木賞の場合は、直木賞を貰っていない人は候補になる資格があるという暗黙の諒解があって、ベストセラー作家が受賞することが多いのですが、芥川賞の場合も、どんなに売れていても、芥川賞をとっていなければ新人扱い、という不文律ができつつあるようです。
 ロリコン男の犯罪は、時々起こります。つい最近も、話題になりました。あらゆる犯罪の中でも、最もいまわしいのが、その種の犯罪ではないでしょうか。でも、だからこそというべきでしょうが、それは避けてはならない文学的テーマだといえるのではないでしょうか。
 阿部和重は、過激な作家です。ほとんどつねに、アブナイことを書いています。でも、文体が乾いているので、作品は安定しています。アブナイことを書くのが好きだけれど、作者自身がその領域にのめりこんでいるわけではないということが、読者には充分に伝わります。スリリングだけど安定しています。そこが阿部和重の魅力でしょうか。
 いまから振り返れば、阿部和重にこの賞を与えなければ、村上春樹島田雅彦に賞を出さなかったのと同じくらいに、芥川賞の歴史の汚点となっていたことでしょう。津島佑子も、金井美恵子も、立松和平も、芥川賞を受賞していません。こんなふうに作家の名前を並べると、受賞した作家がバカみたいな感じがします。その点でも、阿部さんが受賞して、本当によかったと思います。


→第九十六回 新しい時代の母親のイメージへ



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