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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
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【今回の作品】
南木佳士『ダイヤモンドダスト』 静かな諦念に満ちた純文学の傑作


 芥川賞は純文学の新人賞です。いまは同日に選考され、同じ会場で授賞式がある直木賞は中間小説またはエンターテインメントの新人賞だとされています。実際の直木賞は、すでに本が売れて活躍している作家に、あなたの作品はただのエンターテインメントではなく、文学として優れているという、表彰状をあげるような催しになっています。これに対して、芥川賞は純文学が対象ですし、まったくの新人に与えられるものです。とはいえ何回も候補になってそれなりに作家と認められ、本も出て、専業の作家になっている人が、何回目かに受賞するということもあると思います。しかし新人の多くは、まだ専業の作家ではなく、自分の本業といえる仕事をもち、アマチュアとして小説を書いているということになります。
 南木佳士さんは病院に勤務するお医者さんです。その意味では間違いなくアマチュアの作家です。書くものもエンターテインメントとは無縁の地味なものです。この人の作品は典型的な芥川賞受賞作といっていいので、これから芥川賞を目指す人は、これが芥川賞だという見本として、この作品を読んでみることをお勧めします。ただし真似はしない方がいいでしょう。きわめて緊密に構成された文学作品で、新人には容易に真似ることのできない、すごい作品だからです。はっきり言って、こういうすごい作品はベストセラーにはなりません。純文学の愛好家は限られています。この作品の文学としての深さやレベルの高さを感じることができる読者も、ごくわずかだろうと思われます。


主人公と距離をとる

 さて、南木佳士さんは五回目の候補作が受賞しました。最初に候補になったころは、これは単なるスケッチであって小説になっていない、というような評価でした。それまでの作品はすべて医者が主人公で、医療の現場を丹念に描写するとともに、その中で医療にたずさわる医者の人間としての葛藤を追求した作品ですが、現場をよく知る作者らしいリアリティーはあるものの、掘り下げ方が不足しているとか、身辺雑記的なものがあるだけで小説としての仕掛けがない、といった物足りなさを多くの選考委員が感じていたのでしょう。
 ところが、この五回目の候補作は、選考委員のほぼ全員が、絶賛に近い評価をしています。どこにポイントがあるのか。まず主人公を医者ではなく、看護士にしたことでしょう。この看護士という言い方は古い呼称です。いまは「看護師」という言い方をします。この仕事は女性がたずさわることが多かったので、以前は看護婦と呼ばれていましたが、介護やリハビリなどで体力が要求される仕事が増えたことから、少しずつ男性が職場に進出するようになりました。男性を看護婦と呼ぶことはできないので、看護士という言い方をしていたのです。この作品が書かれた当時は、「珍しい男の看護婦さん」といったニュアンスがまだ残っていたのではないかと思います。少なくとも男の仕事として、医師よりは格下であるという見方があったことは確かでしょう。
 くりかえしますが、作者は医師です。医師の悩みを描いていた作家が、看護士を主人公にする。この結果、主人公と「距離をとる」という、小説を書く上で最も重要なスタンスが生まれたのでしょう。まずは当時として微妙な職業だった看護士を主人公が選んだ理由が設定されています。子供のころに母親を亡くして、人の死というものに関心を抱いた。医師になるため大学の受験勉強をしていた時に、軽便鉄道の運転士をしていた父親が倒れ、介護のために遠くの大学に行けなくなった。やむなく自宅から通える近くの専門学校で看護士の資格をとった……。こういった状況がプロットの流れに沿って的確に語られていきます。末期癌になった宣教師や、亡くなった主人公の妻のエピソードがおりこまれ、幼なじみのすてきな女性も登場して、何かすごいドラマが起こりそうな予感もするのですが、小説はリアリティーが壊れない地味な展開に徹して、さりげなく終わってしまいます。


純文学のお手本のような作品

 読み終えて、静かな感動を覚えます。これが推理小説なら、犯人はおまえだ! という大詰めの驚きがあったり、冒険小説やパニック小説なら、とにかく助かってよかった、といった感動があったりするのですが、純文学にはそうしたカタルシスはありません。何事もなく終わって、静かな感動がある。それが純文学なのですね。選考委員の多くが指摘しているように、「登場する人物がぜんぶ生きている」「地味だけれども好感がもてる」「しっとりと落ち着いた文章」「古風ともいえる方法で大胆な夢が語られている」「地味だが文学の本筋を行く作品」といった感じで、「地味さ」「古風さ」「落ち着き」が評価ポイントになっているのです。
 地名は書かれていないのですが、舞台は軽井沢ですね。農村地帯と別荘地のボーダーに、廃線となった軽便鉄道の想い出がからみ、舞台背景のもつ魅力が、この作品を根底で支えているのだと思います。そういうところまで含めて、ぼくもこの作品を、純文学のお手本のような作品だと思います。どうかじっくりと味わってみてください。


→第九十四回 とぼけた味わいに秘められた戦略的飛躍へ



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