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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
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【今回の作品】
高城修三『榧の木祭り』 土着の風習を熟達の筆で描く


 芥川賞には流れのようなものがあります。風向きとか、趨勢とか、トレンドとか、さまざまな言葉がありますが、対象となる作品の絶対的な価値ではなく、その時の状況によって、何かの拍子に評価されてしまうという、偶発的な状況が生じることがあるということです。平たくいえば、運よく受賞した、ということですね。もちろん、まったく価値のないものが評価されることはありません。しかし、流れや風向きによって、運不運が生じるということも実際には起こり得るのです。
 今回の作品は宮本輝『螢川』と同時受賞です。その前の回が池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』で、さらにその前年に村上龍『限りなく透明に近いブルー』というハリケーンみたいな作品がありました。両作品とも、セックスが前面に出た派手な作品で、大いに話題を呼びました。こんな作品に芥川賞を与えてよいのかという批判が、選考委員のところにも矢弾となって飛んできたのではないかと思います。そういう状況の中で、選考委員の全員が少し慎重になって、暗黙のうちに思いきり地味な作品を選んでしまった、といった流れがあったのではないかと思われます。
 この回は全体に候補作が低調だったということもあったのでしょう。あるいは予備選考の担当者たちが、流れにそって地味な作品ばかりを最終候補に残したということなのかもしれません。選考委員の中村光夫さんが指摘されているように、この回は両作品に中野孝次『鳥屋の日々』を加えた三作品が、最後まで争ったようです。中野さんの作品も地味な私小説で、作者自身の暗い少年時代を描いたものでした。ところが中野さんはすでに高名なドイツ文学者で、文芸時評もされる方でしたので、若い2人(ともに30歳)の受賞となったのでしょう。


奇抜なアイデアを重い文体で描き切る

『螢川』は金沢あたりの風景を背景にした青春小説です。地方都市ですが、都会の近くの郊外といった感じですね。これに対して『榧の木祭り』はどこともわからない架空の村のようですが、とにかくものすごい山奥の閉鎖的な集落のようです。稲田もあるのですが、その種の農耕が始まる前は、森の中で木の実を拾って生きていた人々が、先祖を偲んで毎年お祭をします。その祭のようすが小説の舞台となっています。この祭というのが、ややアブナイものなのですね。
 一種のコンテストが実施されるのですが、そこでの勝利者が、山の神のイケニエにされてしまうという趣向です。コンテストの参加者は、そうした仕組みを知らされていないので、無邪気にがんばって競い合うのですが、勝利した主人公はいつの間にか生き埋めにされてしまうという、ブラックユーモアのような、ミステリアスな作品になっています。場所も特定できませんし、時代設定もよくわからないのですが、この作品が新人賞(最初は新潮新人賞でした)の候補作に入っていると異彩を放っていたことは確かでしょう。現代の不思議な寓話ともいうべき独創的な作品です。
 受賞後に、似たような作品が外国にある、といったことを言い出す人もいたのですが、小説作品のアイデアとかパターンには限りがあるので、似たような作品がどこかにあるというのはよくある話です。小説の評価はアイデアだけで決まるものではありません。文体とか描写とか、現にその作品を構成しているすべての要素を総合したところに、評価のポイントがあるので、何かに似ているという批判は的外れです。
 この奇妙なアイデアを、ショートショートのような軽い文体ではなく、ずっしりと重い文体で、土俗的な要素と宗教や歴史の奥深さをからめながら、一篇の作品として書き切ったということは、高く評価されなければなりません。


文章を味わいながら読む

 それでもいまこの作品を読み返すと、ちょっと運が良かったかな、という気がします。この作品を読むと皆さんも、少し元気が出てくると思います。いいアイデアに恵まれて、これくらいのレベルの作品が書ければ、芥川賞を貰えるのだと、やる気がわいてくることでしょう。
 これは同時受賞の宮本輝さんの作品にもいえることです。宮本さんはいまや大作家ですが、そのすべての作品のリストを眺めると、『螢川』はささやかな作品です。少なくともその直前に発表された『泥の河』の方が、作品としては優れています。そういう意味では、すべての新人賞には運がつきまとうと見てもいいのでしょうが、とくに高城修三さんの場合は、新潮新人賞からそのまま芥川賞になったこの一作だけが評価されて、その後は中央文壇からは消えてしまったということがあるので、この作品の幸運さが際立つということがあるのかもしれません。
 ぼくは高城さんとは何度も会ったことがあります。ふだんは京都に住んでいる人なのですが、東京の病院に検診を受けにきたといって、その検診が明日だというのに、新宿で飲んでいる姿を見たことがあります。とてもよくしゃべる人で、文学について高い見識をもっている人です。学術肌といった印象もあって、東京の文芸ジャーナリズムは肌に合わなかったのでしょう。
『榧の木祭り』は、アイデアだけの作品に見えてしまいがちですが、文章が実にしっかりしています。文章を味わいながら読むと、そのすごさがわかります。実によく考えぬかれた名作だと思います。こんなすごい作品を書いてしまうと、その後に同じレベルの作品を書き続けることが難しくなったということがあるのかもしれません。


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