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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
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【今回の作品】
池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』 官能的な内容が物議を醸したベストセラー


 池田満寿夫さんが芥川賞を受賞したのは、1977年の夏。同時受賞は三田誠広『僕って何』。つまりぼくと池田さんは同じ回の候補者で、いわばライバルだったのです。ぼくも池田さんも、初の候補だったのですが、ぼくは無名の新人、池田さんは有名な版画家でした。とくに本の装丁に池田さんの絵がよく使われていたので、作家にも知人が多く、選者の中にも知人がいたので、いわば候補者の中の本命でした。ぼくはそれまでの数年間、広告関係の仕事に就いていたので、文学の世界から離れていました。池田さんの名前も、作品も、実はよく知らなかったのです。
 何もわからないまま、ぼくは自宅の電話の前で、当落の知らせを待っていました。いまは40歳を過ぎたおじさんになっている二人の息子が、4歳と1歳でした。食事を早めにすませ、2人を風呂に入れて、それから電話の前で待っていたのです。7時過ぎには連絡があると事前に聞いていたので、いまかいまかと電話をにらんでいたのですが、9時近くになっても電話が鳴らないので、どうしたことかと心配しました。受賞する自信とか、そういうものはまったくなかったのですが、落ちても連絡があるということでしたから、どうしてその連絡がないのかと、不可解でしたし、何事が起こったのかと不安でした。
 実は、ぼくの受賞は早い段階でほぼ決まっていたのですが、池田さんを同時受賞者にするかどうかで、強い反対意見があり、議論が長く続いたのだそうです。最終的には2作同時受賞ということになったのですが、最後まで反対意見を主張していた委員が、その直後に辞任するという一種の事件にまで発展したのでした。賛否両論があっても、議論が続けば何となく落としどころと呼ばれる妥協ポイントで決着がつくというのが、日本ではよくあるパターンなのですが、この『エーゲ海に捧ぐ』の評価については、最後まで妥協ポイントが見つからなかったということでしょう。


画家としてのまなざしを活かした描写

 議論を巻き起こす小説……。それは書き手にとっては、最高の達成感が得られる作品だといっていいでしょう。とにかく作品を読んでみましょう。舞台は外国です。ヌードの絵を描いている画家がいます。ヌードになっているモデルは画家の愛人です。画家はモデルの裸身を眺めながら、その肉体のくぼみみたいなところを、エーゲ海と名づけたりします。そこに電話がかかってきます。別れた日本人の妻からの、何だかねちねちとした国際電話です。
 作品はその電話の内容と、描いている絵の描写がからまりあって、一種独特の世界に読者をいざなうのですが、この作品は設定があるだけで、ストーリーといったものはありません。まるで静止した絵画かスチール写真のような、動かない画像なのですね。その静止した画像を丹念に言葉で描写していく作者の筆づかいには、確かに画家らしいセンスと凝視するパワーのようなものが感じられます。そこのところが新しく、実験小説としては新鮮だと思いますが、小説としておもしろいかというと、意見が分かれるところでしょう。
 いまこの作品を読み返してみると、画家が片手間に書いた作品とは思えない、いい文章だと思いますし、さすがに画家だけあって、描写が巧みです。まなざしがディテールにまで行き届いているのですね。いい作品だと思います。文字で描いた絵画の試み、といえばいいのでしょうか。でも、それだけのことなら、ささやかな実験小説として、一部の人に評価されるけれども、文壇全体としては話題にもならない地味な作品という印象、ということになるのかもしれません。作者が有名な画家だったというところが、よくもわるくも、この作品を話題作に押し上げたのだと思います。


選考委員を二分した“問題作”

 作者は有名な画家ですし、実は電話をかけてきた元の夫人というのも、有名な詩人なのですね。作品としての評価はともかく、その設定だけでも話題を呼ぶ作品なのです。そういうキワモノ的な要素のある作品に芥川賞を与えたら、いよいよ話題は沸騰してしまうことになります。それでは芥川賞というものの信頼性や権威が揺らぐことになるのではないか、といった批判は当然起こるでしょう。この1977年夏というのは、同じように賛否両論が沸騰した村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の1年後でした。微妙な時期だったのですね。池田さんの受賞で、芥川賞とは何か、という話題がさらに沸騰することになりました。
 そういう論争のために、9時近くまで電話の前でじっと当落の知らせを待っていたぼくは、最大の迷惑をこうむったわけですが、この選考が話題になったおかげで、ぼくの本も売れたわけで、まあ、結果オーライです。この回は直木賞の方は受賞者なしだったので、授賞式のパーティーはぼくと池田さんの2人だけでした。相手が有名人なので、ふつうのスーツなどでは負けてしまうという気がして、ぼくはジーパンにジャケットという普段着で出席したのですが、相手の池田さんが、もっとボロボロの恰好をしてきたので驚きました。こんな受賞式は空前絶後ではないかと思います。
 受賞式で親しくなったので、池田さんとはその後も何度か会いました。結婚式にも招待されました。モデルになっていた愛人ではなく、これも超有名なバイオリニストと結婚されたので、そのことにも驚かされました。小説はあまり書かなくなり、晩年には焼き物にも凝ってしましたね。無邪気な子どものような人でした。やはり、不思議な才能のあった人だと思います。でも、7時から9時まで、電話の前で身じろぎもしなかった、あの時間は、ぼくにとってはやや苦い経験で、忘れられない想い出になっています。


→第八十四回 現代の不思議な寓話へ



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