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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
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【今回の作品】
平野啓一郎『日蝕』 華麗な筆致と壮大な文学的探求


 平野啓一郎の出現はひとつの事件でした。事件といえば石原慎太郎『太陽の季節』や村上龍『限りなく透明に近いブルー』のような、当時の社会的な常識や道徳観から逸脱する若者の生態を描いたインモラルな作品が話題を呼ぶこともあるのですが、そういうある意味でわかりやすい事件ではなく、何だかよくわからないという、その難解さが事件として話題を呼ぶことがあります。円城塔『道化師の蝶』黒田夏子『abさんご』笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』など、どこがよいのかよくわからないし、何を書いてあるのかもわからないけれども、まったくダメだと決めつけるのも難しい、というような不可解な作品が、芥川賞の歴史の中には、時々出現します。平野啓一郎『日蝕』は、そういう不可解な作品群の中でもとびきりの、難解の極致にあるような超弩級の作品だといっていいでしょう。


独特の舞台設定と文体


 この作品が特異なところは、まず物語の舞台が日本ではないことです。もちろん歴代の芥川賞受賞作の中には、遠藤周作『白い人』北杜夫『夜と霧の隅で』のように、外国を舞台にしたものもあります。しかしこれらの作品はほぼ同時代を描いたもので、第二次世界大戦後の現代社会では、世界がつながっているということが実感されていますから、外国を舞台にした作品といっても、そこに描かれているテーマにリアリティーを感じる日本の読者は多かったはずです。ところがこの『日蝕』という作品はフランスを舞台にしているだけではなく、時代が15世紀で、テーマはカトリック神学というのですから、いったいどんな読者がこの作品を読むのだろうという疑問がまずわいてきます。
 この作品のもうひとつの特徴は、文章がかなりスタイリッシュで抑制された古色蒼然としたもので、読みにくいのだけれども、感じ方によっては少しおしゃれな感じがするものだったことです。美文を愛する人、耽美的なイメージを好む人は、文学の世界では少数派ではありません。この作品が『新潮』に一挙掲載された時には、「三島由紀夫の再来」といったキャッチフレーズがついていました。確かに三島の美文とはどこか似かよったところがありますし、時代錯誤的な古くさい美意識をありがたがるところも似ています。三島由紀夫は戦時中の混乱期に颯爽とデビューした青年作家で、従ってそののちに登場した戦後派と呼ばれる新人群には含まれず、かといって戦前から活躍した谷崎潤一郎川端康成とも一線を画した、孤高の作家というイメージがありました。仲間がいないという点では、平野啓一郎も似ているといっていいでしょう。
 主人公は神学を学んでいる修道士ですが、当時は異端とされていた奇妙な学説に傾いています。そこから主人公の異端を求める不思議な旅が始まります。謎めいた錬金術師や、不倫関係にある怪しい男女や、魔女裁判にかけられる差別された両性具有者が登場するだけでなく、何となく進撃の巨人を連想させるような驚くべき怪物まで登場します。こういう紹介の仕方をすると、『指輪物語』や『ゲド戦記』のようなファンタジーか、ロール・プレイング・ゲームに出てきそうな話だと感じる読者も多いのではないでしょうか。ですから現代の読者なら、意外とすんなりと、この作品の物語世界に入り込めるのかもしれません。しかし平野啓一郎がデビューしたのは二十世紀の終わりでしたから、ファミコンや初期のプレイスーションしかなかった時代です。まして芥川賞の選考委員にとっては、目が点になるような奇妙な作品と感じられたことでしょう。

選評委員たちを大いに途惑わせた作品

 いま選評を読み返してみても、全員の目が点になっている感じが伝わってきます。まずは重みをもった当惑といったところでしょうか。当惑というのは、読んでも面白くないし、そもそもなぜこんな作品が書かれたのか、書き手のモチベーションもよくわからないからです。しかし、これはダメだとただちに切り捨てるわけにもいきません。何よりもこの作品は『新潮』という一流の文芸誌に掲載されたもので、その時点で厳しい編集者の評価が与えられているからです。又吉直樹の作品なら、お笑い芸人にしてはまともな文章を書いている、といった余裕のある評価もできるのでしょうが、平野啓一郎の美文は、選考委員たちが書く文章のレベルよりも、高踏的でレベルの高いものです。選考委員の中には、辞書を引きながら読むのに苦労したと告白している人もいます。ですから、この作品がわからないとか、これはどうも評価できない、などといえば、選考委員の見識が疑われるのではないかという恐怖を感じさせたのではないでしょうか。
 当惑をあらわにしながらも、とりあえずは賛嘆しておこう、というスタンスの選考委員たちの苦悩が、何だかよそよそしい感じの選評から伝わってきます。選評委員たちをそれほどまでに途惑わせたということだけで、この書き手は大成功を収めたといっていいでしょう。ある意味で、すごい作品だと思います。ただこの作品から学ぶべきものは、それほど多くはありません。作品の後半に登場する奇怪な両性具有者がいわばこの物語の山場であり、謎を解く鍵のようになっているのですし、作者はそれを、キリストの再臨に見立てているのかもしれません。だからすごいということもできるのですが、現代の読者の中には、それがどうしたの、とか、時間を無駄にした、といった感想をもらす人もいることでしょう。


→第六十五回 明るい日常性の静かなパワーへ



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