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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』 介護を軸に世代間の無理解を描く


 お笑い芸人の芥川賞受賞という大センセーションの陰で、受賞者がもう一人いた、ということをご記憶の方がどれほどいるでしょうか。又吉直樹『火花』と同時受賞のこの作者の経歴もなかなかのものです。17歳の高校在学中に文藝賞受賞。17歳で文藝賞といえば綿矢りささんもそうなのですが、彼女は19歳で芥川賞を受賞しました。羽田圭介さんは29歳での受賞ですから、綿矢りささんより10年遅れたことになるのですね。この10年間は、つらかったのじゃないかな。その間、芥川賞候補になって落選すること3回。今回が4度目の候補でした。まあ、受賞してよかったのだけれど、同時受賞者があまりに売れてしまって、少しお気の毒な感じです。
 この回は候補作のレベルがものすごく高くて、内村薫風『ΜとΣ』のスタイルの新しさが注目を集めていましたし、滝口悠生『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』はポップな作品ですでに人気が出ていました。高橋弘希は前作の『指の骨』が評判になっていましたし、これにすでに恋愛小説の流行作家ともいえる島本理生も候補に加わっていたので、全員に賞をあげてもいいような感じだったのです。でも芥川賞は二作同時受賞が限度です。候補作のレベルが揃っていると票が割れて受賞者なしになることもあるので、今回は二作が選ばれてよかったと思います。又吉さんの本が二百万部も売れて、文藝春秋も元気になったし、純文学も少し元気になった気がします。


素材をコントロールする技術

 で、羽田圭介さんの作品なのですけれど、候補作6編の中で、最も地味な、ある意味で堅実な作品といっていいでしょう。どこにでもいるようなふつうの若者が主人公です。どこにでもいるようなお母さんがいて、どこにでもいるような要介護の老人がいて、どの家庭にもあるような介護をめぐるドタバタが展開されます。何だ、ふつうの小説じゃないか、と思って読み進むうちに、ふつうの小説のままで終わってしまいます。『MとΣ』や『ジミ・ヘンドリクス……』は、展開が派手で、リアリズムを無視していますし、島本さんの作品はすでにエンターテインメントといっていいでしょう。又吉さんの作品は昔ながらの私小説みたいなリアリズムなのですが、扱っているテーマが芸能界ですから、しょぼい話なのだけれどもそれなりの華やかさがあります。それに比べて、この作品は、地味そのもので、地味で変哲もない経験(エクスペリエンス)が書かれているのですね(これ『ジミ・ヘン』にひっかけた駄洒落です)。
 でも、読み終えると、少しほっとします。作者の力量が素材を充分にコントロールしていて、作品が安定しているのですね。20歳代の作家なのに若さがないといえばそれまでですが、17歳でデビューして12年もたっているのだから、もはやベテラン作家といってもいいのですし、これくらいの技術は無理なく発揮できる書き手なのです。
 そこで今回は素材をコントロールする技術ということをお話ししましょう。まず主人公の設定です。三流大学を出て、とにかく就職はしていたのだけれども、現在は失業中です。何か技術や知識を身につけようと、資格試験の勉強をしながら、短期間のアルバイトをやっています。とくに医薬品のモルモットのような仕事は、少しバイト料が高いのだけれど一定期間自由が束縛されるしリスクもあります。でも貯金が減ってくるとこの仕事に挑戦する。貯金をしている若者というところが、何とも現代的です。


しっかりと人間を見つめながら突き放す

 そのあたりの主人公の設定は具体的でディテールが活きていますが、何よりも大切なのは主人公と書き手との距離が充分にとれていて、困難な状況なのにわりと明るく、自堕落にならず、とことん悲惨な状況にはならずに、勉強と就職活動はがんばって持続している主人公を、楽しめるように描いているところです。ガールフレンドもいるのですね。セックスフレンドというべきでしょうか。恋愛ではありません。ロマンチックな要素はまったくなくて、時々ラブホテルに行って2回か3回(若者は元気だ!)、集中的にセックスをする、ブスでややデブの女の子とつきあっている。このあたりの描き方はカラッとしていて、テンポよく展開していくところがうまいのです。
 日本の小説は、じとっと湿っているようなものが多いのですが、この作品は無味乾燥です。それが現代社会なのだという作者の批評精神がこめられているようですが、それを社会問題として糺弾するわけではなく、カラッとユーモラスに展開していく。介護の問題にしても、母親とも祖父の老人とも充分に距離がとれていて、湿っぽくならないところが、小説の完成度の高さを示しています。これは実はかなり難しい技術です。これ以上カラッとしすぎると、冷たすぎる印象を与えますし、戯画化しすぎる、人間が描けていない、というような批判も出てくることでしょう。しっかりと人間を見つめながら、湿っぽくならない程度に突き放す。そのバランスが絶妙なのです。自分の書いたものを何度も読み返し、カラッとしすぎていたら少し湿らせる。湿っぽくなっていると思ったら突き放す。そういう修正を続けていくうちに身についてくる技術だと思います。
 羽田さんもデビューしてから12年のベテラン作家なのですね。苦節10年などという言葉がありますが、ただ長く書き続けるというだけでなく、自分の書いているものをたえず検証し、反省し、距離感を測りながら修正していくという経験を重ねた年月の重みが、この作品の完成度を生み出しのでしょう。


→第五十九回 心の奥底に雨が降るへ



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