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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
日野啓三『あの夕陽』 自らの離婚体験を誠実な筆致で描いた作品


 日野啓三は「内向の世代」と呼ばれる作家グループの一人です。このグループは、学生作家として華々しくデビューした石原慎太郎大江健三郎とほぼ同世代で、1960年代半ばのベトナム戦争が激化したころに社会派ふうの作品で学生たちの人気を集めた高橋和巳小田実とも同じくらいの年齢ですね。石原・大江が20代でデビューし、高橋・小田が30代で活躍したのに対し、40歳を過ぎてから新人としての活動を始めた、同世代の中の遅れてきた人々、それが「内向の世代」なのです。
 同じ世代から10年置きくらいに新人作家が現れ、その下の世代の若い作家がなかなか出現しなかったものですから、もう文学に未来はないのではないかといったことが文壇でささやかれるようになっていました。その当時、未来の作家たちは、学生運動とか、前衛映画といったものに興味をもっていて、才能が文学の方に向かっていなかったのでしょう(少しあとで若手作家が大挙して登場する時代が来ます)。とにかく「内向の世代」が中年作家として活躍を始めたころは、文学が一種の停滞期に入っていたのでしょう。


サラリーマンの日常を掘り下げる

 ところで「内向」というのは、どういうことでしょうか。石原・大江という学生作家は新しい風俗や過激な価値観とともに文壇に躍り出ました。その後の社会派の作家たちは、政治や社会の問題をテーマとして、反体制的な視点をもっていました。こんなふうに社会にコミットするといった姿勢をもっていた先行する作家たちと比べて、「内向の世代」の作家は私的な話題だけを語っていましたので、社会性がないと批判されました。いまでは文壇の中枢に位置している作家たちですが、確かに地味な私小説が多く、文壇での評価はめざましいものではなかったのです。「内向の世代」で芥川賞を受賞したのが、彼らの世代で例外的に幻想的な作風をもっていた古井由吉と、今回ご紹介する日野啓三だけだということも、そのことを物語っています。
 しかしこの日野啓三の作品は、高く評価されました。これも私小説といっていいのですが、志賀直哉のような高い見識をもった作風でもなく、太宰治のような自己卑下をするような無頼な作風でもありません。この日野さんの作品は、いわば等身大の自己を語るような、誠実な筆致で書かれています。そこに日野さんらしい個性が見えているように思われます。主人公は達観した文人でもなければ、酒で身を持ち崩した弱者でもありません。ごくふつうの堅実なサラリーマンです。ここのところが一つのポイントなのですが、「内向の世代」はサラリーマンの日常というものにスポットを当て、そこを掘り下げることで、新たな文学的潮流を作った人々です。


「別れ」というテーマを誠実に書く

 主人公は英雄でもないし悪党でもない。でも許しがたい罪を犯そうとしています。3年ほど連れ添った妻と別れようとしているのです。別れる理由は、もっと魅力的な女性と出会ったからです。これは社会の中ではよくあることなのかもしれませんが、語られることの少ないテーマです。ことに時代がいまから半世紀ほども前だということに注目してください。いまなら離婚もめずらしくありませんし、入籍せずに同居することもごくふつうになっているようですが、この時代は違います。ただつきあうだけでも結婚を前提としていると考えられていたような時代ですから、自分のつごうだけで離婚するというのは、背徳的な行為だと見なされますし、主人公自身、罪の意識をかかえています。
 それでも人生には、そういうことも起こるのです。とりあえず身の周りにいる女性の中で、親しみを感じこの人とならつきあえると判断した女性に声をかけ、結婚したあとで、もっと魅力的な女性と出会ってしまったら、どうすればいいのでしょうか。自分を偽って結婚生活を続けるというのも、自分にも相手にも嘘をついているようで、どこかに無理が生じてしまうでしょう。とはいえ、自分が心変わりしたことを告げ、別れを求めるというのは、相手にとっては裏切りですし、とても残酷なことです。別れを告げる方も苦しみを背負うことになります。そのあたりの状況を、克明に、誠実に描いたところに、この作品の特別な意味合いがあるといっていいでしょう。
 いまの若者たちなら、もっとシンプルに、その場の空気とか、感覚的なものだけで、つきあったり別れたりして、そのことについて深く考えることもないのでしょうが、昔の人は誠実に思い悩んだのですね。
 恋愛小説というと、出会った時の胸のときめきから始まって、片思いの苦しさとか、ちょっとした誤解がもとでなかなか話がまとまらず、紆余曲折したあげくにようやく結ばれハッピーエンドになるか、運命のいたずらで悲恋に終わる、といったものが典型です。どちらにしても、出会って結ばれる、という方向に物語は進行していきます。逆に、別れをテーマとした作品は少ないのですね。
 この作品が書かれた時代からは長い年月が流れています。いまの時代には、いまらしい別れ方があるのだと思います。そのあたりを誠実さを失わずにリアルに表現できれば、それは誰も書かなかった新しい小説になるのではないでしょうか。


→第二十五回 時代を画するということへ



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