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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
森敦『月山』 雪深い集落での奇妙な体験を描く


 教室で小説の指導をしていていつも感じることは、学生たちが子どものころから本を読み学校の作文の時間などに受けてきた教育環境と、文学(純文学や中間小説)との間には、大きな隔たりがあるということです。
 ごく簡単なたとえ話をすると、小学校の図工の時間にやる粘土細工と、備前焼とか織部焼の違いといったところでしょうか。粘土をこねてお皿やお茶碗を作るというのは、誰でもできることですが、芸術品の焼き物を作るのは大変ですし、実はこういう工芸品は運任せみたいなところがあって、名工の腕をもってしても本当の名品が誕生するのは、限られた場合だけなのですね。
 そもそも陶芸を鑑賞するためには鑑識眼が必要です。お皿やお茶碗の機能だけなら百円ショップのものでも役に立つのですが、展覧会に足を運んだりお茶会に出たりしていれば、物の値打ちというものがわかってくるのですね。
 小説の書き方の教室で最初に宿題の作品を出してもらうと、たいていがあらすじだけのショートショートだったり、パターンだけのファンタジーだったりします。
 実際にショートショートやファンタジーは商業雑誌にも掲載されていますし、若い読者にはよく読まれていますから、その方面でプロの書き手になることは可能です。でもそれは百円ショップで売っているお皿やお茶碗と同じで、ひまつぶしの読み物という程度のものだとぼくは考えています。そういうものを作るのもりっぱな仕事なのですが、大学の授業としてはもう少しレベルの高いものを書いてもらいたいなと思っています。


経験を積み重ねて深みに到達する

 文学というものは奥が深いのですし、奥が深いということは、なかなか奥にたどりつけず、へたをすると入口のあたりでうろうろしてしまうということになってしまいます。
 ぼくがこのページで紹介している芥川賞や直木賞の作品も、学生たちに読んでもらうと、よくわからなかったとか、つまらなかったという感想が返ってくることがあります。これは会席料理や京料理を初めて食べた人が、牛丼やハンバーガーの方がおいしいと感じるのと同じことです。値段の高い料理を味わうためには教養が必要なのですね。
 ぼくは学生たちに、文学は一生の楽しみだという話をよくします。若いころに読んでもわからなかった作品が、年月を経て読み返すとわかるようになります。これは人生経験による共感ということもありますし、文学についての教養や見識が増えることによって、奥の深さがわかるということでもあるのですが、作品を書く場合にも、若いころには書けなかったようなものが、年季を積むと書けるようになるということもあるでしょう。
 ぼくの小説創作のゼミは2年生から始まるのですが、そうすると学生たちは20歳くらいですね。その年齢になっていると、芥川賞の最年少記録(綿矢りさ/19歳)を破ることはもはや不可能です。そこで目指すべきは最年長記録(黒田夏子/75歳)ということですが、これはまたとんでもない先のことです。


とにかく読むしかない、すごい作品

 前置きが長くなりました。今回ご紹介する森敦『月山』は、黒田夏子が出現するまでは、長らく最年長記録とされていた作品です。受賞当時の森敦は62歳でした。受賞は1973年度のことで、『季刊芸術』というややマイナーな雑誌に掲載された作品です。
 当時のぼくは、大学を出て業界誌の記者などをしながら(もう長男が生まれていました)、いつかは作家になるぞという野心を秘めている若者でした。この62歳の新人作家の出現は、ちょっとショックだったですね。年齢に驚いたわけではありません。作品がすごかったからです。作家になろうというような野心が、ふっとんでしまうくらいの衝撃を受けました。
 芥川賞を受賞したので森敦という人物の経歴がわかったのですが、何と学生時代に菊池寛に認められ、22歳で新聞小説を連載するという、とんでもないスター作家だったのです。しかし突然、文壇から姿を消し、東北地方を放浪したりして、仙人のような暮らしを始めるのですね。ところが地方の同人誌の集まりなどには顔を出すことがあって、かなり前に芥川賞をとりいまでは文壇の大家となっている作家(小島信夫)から師匠として尊敬されていたという、すごい人なのです。
 世の中にはこんな人もいるのだなと、びっくりしました。ですから作品のレベルが高いのは当然のことなのですね。
 ところで、『月山』という作品については、これ以上は説明しません。あらすじとか、そんなものが無意味な作品です。とにかく読むしかないという、歴代の芥川賞作品の中でも特異な作品です。たぶん若い人が読んでも、どこがいいのか、よくわからないのではないかと思います。
 ぼくがこの作品を読んだ時は、25歳とか、それくらいだったと思います。でも、読み始めた直後に、これはすごいと思いました。それから新井満という芥川賞作家がいますが(「千の風になって」という歌の訳詩・作曲でも有名)、彼はぼくよりも年下ですが、読んだ直後に感動のあまり、小説にメロディーをつけて歌い始めたのだそうです。これがレコードになり、新井さんは作家になる前に歌手としてデビューすることになりました。
 とにかく、『月山』を読んでください。あなたが若者で、この作品のすごさが即座にわかったら、あなたも作家になれるかもしれません。


→第十九回 超難解な前衛文学へ



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