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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
鹿島田真希『冥土めぐり』 夫とめぐる失われた過去への旅


 ぼくは長く大学で小説の指導をしてきました。授業は絶対評価です。学生の作品に星マークをつけます。星5つでいちおう満点です。ぼくがもっている「よい小説」のいう基準のある種のレベルをクリアーすれば、星5つの人が何人も出ることもあります。ところが芥川賞のようなコンペはそうではありません。受賞者は一人か二人に限られます。つまりベストワンを選ぶということですね。ベストワンを選ぼうとしても、どうにも優劣がつけられないという作品が二つあった場合は同時受賞ということがありますが、基本はベストワンを選ぶということです。
 ベストワンに選ばれる条件とは何でしょうか。小説のレベルといった絶対評価では、ベストワンを選ぶことはできません。芥川賞の候補作は、文芸誌などに掲載された作品に限られますから、どの作品も一定以上のレベルを超えた秀作ばかりなのです。ではその中から、どのような基準でベストワンを選べばいいのか。芥川賞はジャーナリズムが設置したお祭みたいなものですから、お祭を盛り上げるような「話題性」が必要です。文章がうまいとか、リアリティーがあるとか、地味だが堅実な私小説であるとか、そんな基準は無意味なのです。何よりも「話題性」だといっていいでしょう。


芥川賞をとるための三つのポイント

 その話題性というものには、三つくらいのポイントがあるように思います。その一つは書き手そのものの話題性です。候補者が劇作家とか画家とか歌手だとか、他の分野ですでに有名な人が、文学の分野の新人として横すべりしてくる場合です。芥川賞の歴史を見ると、劇作家の唐十郎、画家の池田満寿夫、歌手の辻仁成など、すぐに名が浮かびます。けれども、これから小説を書こうとしている若者の場合は、こういう有名人ではないでしょうから、このポイントは忘れてください。
 残りの二つのポイントが重要です。その一つはスタイルの新しさです。黒田夏子『abさんご』や、笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』についてはすでにお話ししました。これらの作品はストーリーのあるふつうの作品ではありません。だから新しいのですね。小説家というものは、文学の可能性というものに敏感です。こんな書き方もあったのかという新しい試みがあれば、選考委員に新鮮な印象を与えるのです。
 さて、今回のテーマは三つ目のポイントです。それは「時代の風」とでもいうべきものです。社会というものは時代とともに移り変わっていくものですから、その時代ごとの空気があります。その時代に特有の空気が作品の中から伝わってきた時、ああ、時代の風が吹いているな、という気がします。その時代の風に新鮮さがあれば、作品は高く評価されるということになります。
 今回とりあげる鹿島田さんの作品は、鹿島田さんがまだ若く、かつては学生作家としてデビューしたという、書き手としての魅力はあるのですが、スタイルの新しさというものはなく、ドキッとするほどの話題性はありません。しかしこの『冥土めぐり』という作品には、これまでの文学があまり採り上げなかったテーマを描いたという新しさがあるのです。


みんなが貧乏になっていく時代

 パートで働いている中年のさえない女がヒロインです。夫は脳に障害が出る病気のために働けなくなっていますし、かつて金持ちだったころのことが忘れられない母と弟をかかえています。夫は認知症のような状態ですし、母と弟は浪費癖があって、ヒロインのささやかなパート収入ではとても支えきれないのですが、そういう絶望的な状況の中で、ヒロインは夫を連れて旅行をしようと思い立ちます。その行き先が、かつては高級ホテルだったのが、いまはさびれてチープな保養所になっているような施設です。
 作品のテーマは、斜陽とか、没落といったものでしょう。終戦直後にも、そういう状態があったのでしょうが、いまという時代も長く不況が続きデフレ状態になっていますから、没落する人は少なくないと思われます。好景気の時代には、子どもが出世して親よりも金持ちになるのは当たり前でしたし、まじめに働いていればいまよりも未来の方がずっと暮らしが楽になると信じられていました。いまはその逆です。親よりも子どもの方が貧乏ですし、老人たちはだんだん貧乏になるという恐怖にさいなまれています(実はぼくもそうです)。それがいまという時代なのです。
 寂れたホテルで沈み込んでいく気分の中で、過去のいやなことが次々とよみがえってくるという、救いのない状況を、鹿島田さんはこれでもかといった感じで次々に描き出すのですが、といって息のつまるような感じはしません。これって、私小説ではありませんよ、ということがわかるような書き方ですし、状況の悲惨さを嘘っぽくならない程度に大げさに強調しているので、リアリティーが緩和されて、思わず笑ってしまうようなところもあります。他人の不幸が読者のいやしになるといった「愉しさ」さえ感じられるような筆づかいになっています。
 そういう手慣れた書きぶりが評価されたのでしょうし、「時代のゆるい風が吹いている」という感じがなかなかいいのですね。そこで皆さんも考えてください。皆さんの日常的な世界に、これが「時代の風」だといった空気がないでしょうか。それを発見し、ちゃんと書けば、芥川賞はそれほど遠いものではないのです。


→第十八回 文学は一生の楽しみへ



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