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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
田中慎弥『共喰い』 逃げ場のない血と性の物語


 田中慎弥さんのこの作品も芥川賞受賞作です。芥川賞は言うまでもなく新人に与えられる賞なのですが、いまでは純文学の世界における最高の栄誉といった印象のすごい賞になっています。新人ではない大家に与えられる価値の高い賞もあるのですが、話題になることはほとんどありません。無名の新人が一晩で有名になるというドラマチックな状況が、世の人々の好奇心をあおるからでしょう。その意味では、受賞インタビューで「貰っといてやる」といった発言をした田中さんが、たちまちマスコミの話題をさらうことになったのは当然のことでしょう。
 この作品は三人称で書かれていますが、主人公の内面が語られますし、つねに主人公の視点で描写が展開されますので、典型的な「三人称主観小説」と言っていいでしょう。これは日本の私小説に多く用いられるスタイルです。このスタイルの特徴は、主人公の名前や「彼」と表現されている部分をすべて「私」に変換してしまっても、まったく問題は生じないということです。「彼」が主人公でも、「私小説」なのです。
 私小説のおもしろさとは何でしょうか。ズバリ、他人の不幸をのぞき見するスリルです。わあ、世の中にこんな不幸なやつがいるんだ、という感動とともに、自分がこの人でなくてよかったという、ほっとする感じ。これが私小説の醍醐味ですね。それも太宰治のように、自分の不幸はカッコいいだろうと、半ば自慢するような私小説ではなく、ぜんぜんうらやましくない、どうしようもない私小説の方が、より本格的だと言っていいでしょう。そして田中さんのこの作品は、まさにそういう、ドキドキするような私小説のタッチで書かれているのです。


主人公の心に秘められた倒錯した願望

 複雑な家庭があります。父親と継母と主人公の若者という構成なのですが、産みの母親も近所に住んでいます。この父親というのがどうしようもないヘンタイ的に暴力的な人物なのですね。どういう具合にヘンタイ的なのかというと、とてもここには書けないくらいヘンタイ的なのです(興味のある人はぜひ作品を購入して読んでください)。当然のことですが、主人公は父親を嫌悪しています。ところが、ここがこの作品のすごいところなのですが、どうやら主人公は父親の遺伝子を体内に宿しているようで、父親とそっくり同じヘンタイ性をもっているようなのです。
 というふうに説明してしまうと話が単純すぎます。これは遺伝子のせいではなく、父親を嫌っている主人公が、心の奥底に、もしかしたら自分は父親のようになってしまうのではないかという恐怖を抱いていると同時に、どうせなら父親のようになってしまいたいという、倒錯した秘められた願望をもっているからなのです。やっちゃダメ、と言われるとやってしまいたくなる、というよくある願望をもう少し複雑にしたような心理でしょうか。とにかく作品の中では、主人公は父親と同じヘンタイ的行為をやってしまうのですね。そしてそこから、とんでもない悲劇が起こってしまうのです。


リアリティーを生む私小説という手法

 ところでこの作品は、私小説によくある三人称主観小説というスタイルをとって書かれてはいるのですが、実のところは私小説ではありません。私小説ではないという意味は、作者の田中さんはこれほどのヘンタイではないだろうとわたしが勝手に想像しているだけなのですが。つまり、主人公=作者、ではないということですね。しかしこれまで私小説と考えられていた作品だって、必ずフィクションの部分は含んでいるはずですから、私小説かどうかなどという議論は無意味でしょう。大切なのはこの作品が私小説の手法で書かれていて、そのためにとてもスリリングでリアリティーがあるということです。だから読んでいてドキドキするし、ああ、自分がこの主人公のような境遇でなくてよかったという、他人の不幸がもたらす至福のカタルシスを満喫することができるのです。
 田中さんは学校を出たあともまったく就職せずに、家に引きこもり状態だったそうです。お母さんはさぞやご心配だったと思いますが、芥川賞を「貰っといてやる」と言うくらいですから大したものです。芥川賞はオセロゲームみたいなものです。一発逆転で、それまでの黒星をそっくり白星にひっくりかえしてしまうことができるのです。他人の歯でメシを喰う、というのは歯医者さんのことですが、他人の不幸でメシを喰うのが小説家です。メシを喰うことはできるでしょうが、こんな暗い小説ばかり書いている作家は、けっして幸福にはなれないでしょう。それでいいのです。時としては主人公が作者を喰ってしまうこともあるというのが、小説というものの怖いところです。その意味では、タイトルの『共喰い』というのは、何とも意味深長な言葉ではないでしょうか。


→第十七回 時代の風が吹くへ



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