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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』 ナイーブな少年の目線で描いた青春文学


 1969年の作品です。その2年前の67年ごろから学生運動が盛んになって、翌年には東大闘争が起こり、結果としては東大の大学入試が中止されるといった事態に発展した、そんな時代の話です。学生運動そのものは結局のところ、政治的には何の解決にもならず、世の中を騒がせただけに終わってしまったのだけれど、当時の学生だったぼくとしては、それなりに充実した体験だったと思っています。とにかく学生運動は当時の最大の、もうそれしかないというトレンドだったわけで、これを小説に書かないでどうする、というほどの重要なテーマだったのですね(読者の皆さんはいまのトレンドとは何かということを考えてください)。
 その少し前にベストセラーになった柴田翔『されど、われらが日々――』も、かなりあとになって発表された三田誠広『僕って何』も学生運動を描いていました。この二つの作品は時代は少し離れているのですが、どちらもいわば当事者の立場から当時の闘争を描いたものです。一方、庄司薫という人は柴田翔の世代に近い年齢なのに、三田誠広の時代の学生運動を描いているという点で、上から目線でものをとらえているところがあり、ちょっとずるい書き方だなという気がしないでもないのですが、主人公と作者の間の距離が充分にとれていて、安定した作品になっています。


主人公と作者の距離をとる方法

 主人公の「薫くん」は高校三年生で、それにしてはシンプルでナイーブすぎる、少し子どもっぽい人物として設定されています。注目してほしいのは主人公の名前と作者の名前が同じということです。作者はかつて本名で作品を発表し、新人賞を受賞してデビューした新進作家だったのですが、この作品を書くことでペンネームを変え、新しいキャラクターの作家として再出発したのですね。自分より遙かに下の世代のふりをして書いているのですが、実際の作家は中年とまではいかないまでも、すでに若くもない人物で、いわば最近の高校生はこんなにバカなんですよ、というような感じで物語が展開されます。
 この作品が芥川賞を受賞した直後には、J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』との類似が指摘されました。少し頭の弱い若者のとてつもなくナイーブな感性を描いたこの作品の語り口が、『赤頭巾ちゃん気をつけて』と少し似ていたということなのですが、主人公と作者の距離をとるという点では、このスタイルは効果的です。夏目漱石『坊っちゃん』なんかもちょっとそんな感じですね。主人公を無邪気な子どもっぽい人物にしておくと、書きやすいということです。
 この作品はかなり主人公をバカにしたドタバタ喜劇なのですが、若者がこれを読むと、わりとまじめな小説なのかなと思って読んだりもします。とくに芥川賞を受賞したりしたので、まじめな文学なのにおもしろい、ということで大ベストセラーになりました。くりかえしますが、主人公の名前と作者の名前が同じというところも、女性ファンを増やしたのではないかと思います。このちょっとダメな感じの主人公は、女性の母性本能をくすぐるらしいのです。作品の中で、主人公は実在の美少女ピアニストにあこがれていたりするのですが、それを読んだ当のピアニストが感激して、のちに二人は結婚しました(本当の話です)。ですからこの作者(薫くん)はハッピーになったのだと思います。


外国作品のムードを取り入れる

 芥川賞をとってハッピーになる。これって文学好きの若者にとっては、最高の人生と思われるでしょうが、そういうわけでもないのです。ハッピーになると、小説が書けなくなるということがあるようですね。サリンジャーもある時期からまったく作品を発表しなくなりました。庄司薫も、この作品を含む4作からなるシリーズ(『白鳥の歌なんか聞えない』『さよなら快傑黒頭巾』『ぼくの大好きな青髭』)を発表すると、それっきり文壇から消えてしまいました。そこへいくとぼくなんかは、高齢者になったいまでも小説を書いていますし、大学の先生なんかもして働いています。きっとハッピーではないのでしょう(笑)。
 ところで、村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』がベストセラーになった直後には、カート・ヴォネガット『猫のゆりかご』との類似が指摘されました。作品のムードや語り口がとても似ているのですね。でもストーリーは違いますし、何よりもアメリカの小説のムードを日本語で再現するというのは、とても困難な作業なのです。ですから、似ていることを非難するのはトンチンカンなことだと思います。
 それで、読者の皆さんに、こっそり耳うちしておきましょう。まだ日本であまり読まれていない外国の作品で、これはと思うものがあれば、そのムードだけをこっそり日本語に移してみる。それはコピー・アンド・ペーストするのとは違いますから、合法的ですし、道義的にも認められることだと思います。ただし、それなりの語学力と、日本語の能力が必要になることはいうまでもないのですが。


→第十五回 圧倒的迫力のアンチロマンへ



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