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三田誠広の小説教室
三田誠広 (みた まさひろ)
1948年、大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。高校在学中に『Mの世界』で作家デビュー。1977年、『僕って何』で芥川賞を受賞。『いちご同盟』『地に火を放つ者』など著書多数。日本文藝家協会副理事長。武蔵野大学文学部教授。
三田誠広先生の作品一覧はこちら
三田先生が、具体的に作品をとりあげて、「小説の書き方」を語ります。



【今回の作品】
川上弘美『蛇を踏む』 幻想的な世界に女性の葛藤を描く


 老夫婦2人だけで数珠を販売している小さな店でアルバイトをしている中年の独身女性がヒロインです。以前は学校の先生をしていたというので、たぶん人間関係につまずいて、社会から身を引くような思いで、孤立の道を選んだのでしょう。この女性の孤独感というのが、作品のテーマだと思われます。
 これをリアリズムで書こうとしても、孤独な女性の日常なんて、書くべき内容があるわけではないので、つまらないものにしかならないでしょう。
 しかしこの作品は、冒頭からエキサイティングです。仕事からの帰途、ヒロインが近道をしようと思って、公園の中の草地を横断しているうちに、何かを踏んづけてしまいます。あれ、と思って地面を見ると、蛇がするすると逃げていく。
 ぼくは蛇を踏んだことはありません。だから蛇を踏むということに、どんな踏みごたえがあるのか、よく知らないのですが、公園の中の草地ですから、うっかりしていれば、蛇を踏むということもあるだろうとは思います。
 ここまでは、そんなことがあるかもしれないという、リアリズムの世界です。
 ところがここから、この作品は思いがけない領域に進んでいきます。ヒロインが自分の住居であるアパートに帰り着くと、蛇が先まわりしていて、知らないおばさんになってヒロインを待ち受けているのです。しかも蛇はご飯を作ってくれている。おまけに冷蔵庫には冷えたビールまで用意されているのですね。それでヒロインは、何となく、蛇が作ったご飯を食べてしまうのです。
 蛇との奇妙な共同生活が始まります。蛇といっしょに暮らすというのは、ふつうではありません。そのことはヒロインも自覚していて、勤め先の老人にそのことを相談するのですが、そうすると、蛇といっしょに暮らしている人が他にもいるらしいということがわかってくる。


“カラ・ファンタジー”は現実逃避

 ちょっと怖い話です。でも嘘っぽい話ですね。リアルな話ではないので、ファンタジーかなとも思うのですが、ファンタジーには必ずある夢とか、美しい幻想とか、未来への希望といったものが皆無です。でもとにかく、リアリズムではないので、これもファンタジーの一種なのでしょう。
 話をわかりやすくするために、映画化されたファンタジーを思い出してください。『ハリー・ポッター』の冒頭では、主人公がおじさん、おばさん、いとこに、いじめられている場面が描かれます。『ナルニア国物語』では戦争が激しくなったために両親と別れて田舎の古ぼけた館で暮らす子どもたちが描かれます。
 こういう導入部が設けられているのはなぜでしょうか。ファンタジーというものが、現実世界の反映だからです。現実に、悲しくつらいことがあるからこそ、人は夢を見たり、幻想にすがったりするのですね。
 大学で小説の書き方を教えていると、ただ夢のような世界を書いただけのファンタジーを読まされることがあります。夢にすがるだけでは現実からの逃避です。ただの夢を描くだけでは、既存の作品の真似をするだけで、カラオケで歌っているようなものです。わたしはそういう作品を、「カラ・ファンタジー」と呼んでいます。夢が生じるもととなる悲しくつらい現実をしっかりと見つめなければ、ファンタジーはただの絵空ごとになってしまいます。


“蛇の世界”にはまっていくリアルさ

 さて、『蛇を踏む』の幻想のもととなっている現実とは何でしょうか。
 この作品は1996年の芥川賞受賞作品ですが、その前年に何があったか。いまの若者たちにとっては、歴史の彼方の出来事なのでしょうが、都心の地下鉄に猛毒のサリンを撒き散らした宗教教団の暴挙が話題になった年です。
 猛毒を撒き散らし、何人も死者が出たということも衝撃的なのですが、そのような危険な宗教教団に、何千人もの信者がいたということが、大きな驚きでした。
 信者の多くは、孤独な若者でした。勧誘されて道場のようなところに行くと、先輩の信者が悩みを聞いてくれたり、仲間との議論に参加できます。友だちのいない寂しい若者にとっては、それが救いだったのでしょう。
 蛇といっしょに暮らすヒロインも、孤独です。
 友だちがたくさんいるような人なら、蛇が近寄ってきてもすぐに追い払うでしょう。追い払うことができずに、ずるずると蛇との共同生活をしてしまうヒロインの姿は、そんなこともあるかもしれないという感じがするほどに、リアルです。
 蛇が人の姿になるということは現実には起こりえないことです。その意味では、リアリズムの小説ではないのですが、ここに描かれている孤独な人間の姿には、確かにこんな人がいそうだという存在感があります。ファンタジーのように見えますが、これは現代社会の問題点をリアルに描いた作品なのです。


→第五回 たまには懐メロもいいものだへ


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