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中野晴行「まんがのソムリエ」特別コラム - キミはマンガ革命の瞬間を知っているか?



 「ガロ」に掲載されたつげ義春の短編作品や「COM」に永島慎二が連載した『フーテン』など、これまでの漫画では描かれなかった、内省的でペシミスティックな内容が若者に大きな影響を及ぼした。また、石ノ森章太郎がマンガ表現の可能性にチャレンジした『ジュン-章太郎のファンタジーワールド』も話題になった。これらの作品に刺激された新人たちがさまざまな題材や表現手法に取り組み、マンガは、マンガ家の日常や心象風景から本格SFまで、そのテーマと表現の幅を拡げた。マンガで描けないものはない、ということが証明された時代だった。

■中野晴行の「これを読め!」
聖悠紀 『超人ロック』  

 「COM」編集部の峠あかね(漫画家・真崎守の別名)が、全国のアマチュア・マンガ・サークルに呼びかけて、アマチュア・マンガ家の交流をめざした「ぐらこん」という組織があった。関西支部の有力サークルだった作画グループのメンバーだったのが、聖悠紀やみなもと太郎らだ。聖悠紀(ひじり・ゆき)の『超人ロック』は最初1967年に作画グループの肉筆回覧誌(原画を綴じてメンバーが回覧するスタイルの同人誌)に掲載されて、同世代のマンガファンの間に衝撃を与えた。

 不死身の身体を持ち、さまざまな姿に変わることのできるエスパー、ロックが近未来から遙かな未来にまで出現する、という壮大なスケールの設定と、美少女の姿にもなるスマートなキャラクターデザインは、その後のSFマンガの流れを大きく変えたのだ。のちに商業誌でも連載されるようになり、発表誌を移しながら現在も連載中。多くの読者を獲得している。