レビュアー種別
  • レビュアー種別
絞込み条件
  • ジャンル
表示形式
  • 表示件数
  • 表示順

10201~10225件/11703件 を表示

  • 私が一番好きだった刑事ドラマは「刑事貴族」です。スタイリッシュという言葉のためにあるような刑事ドラマでしたね。その次は「西部警察」。中学生のころ、友達何人かと学校をずる休みして寺尾聡演じる“リキ”の殉職シーンを見ました。蜂の巣という言葉のためにあるようなシーンでしたね。刑事ドラマを見ると、やっぱり刑事という仕事に憧れてしまいます。でも警察署の刑事課のオフィスって、きっと独特の空気なんだろうなと我に返ってしまいます。おまわりさんのお世話にならないよう人生を過ごしていきたいものですね。本作『ロボット刑事』の主人公・Kは非常に優秀なロボットの刑事です。そして繊細な感情も持ち合わせています。詩をしたためたり、恋をしたり、“母親”を想ったり。Kは人間と同じくらい人間的な存在です。それだけに、ロボットであることを理由になかなか打ち解けようとしない芝刑事とのやりとりなどは読んでいて非常にもどかしい気持ちになってしまいます。頭脳明晰で心優しいロボット刑事・Kの活躍をどうぞお楽しみください。
    • 参考になった 1
    投稿日:2013年04月23日
  • ツンデレって言葉があります。これは、そっけない態度をとる美少女が、好意をもった相手につい、いじわるをしてしまうような、大体そんな意味で使われる言葉です(べ、別にあなたのために解説したわけじゃないんだからね)。ツンが相手へのいじわる、デレは相手への好意ですね僕も御多分にもれず、ツンデレには色々とうるさいのです。さまざま、古今東西のツンデレキャラを思い浮かべ、何が至高で究極のツンデレかと考えると、やはりこれは『ラーメン発見伝』の芹沢達也(42)を挙げざるをえない。 『ラーメン発見伝』はラーメンが趣味の普通のサラリーマン・藤本が、様々なラーメンと出会い、自分自身のオリジナルのラーメンを完成させ独立する、そんな物語です。2000~2009年のラーメントレンドから、ラーメン経営の難しさにまで言及しているので、0年代ラーメン文化の通史ともいえる作品です。主人公・藤本のライバルになるのが、至高のツンデレ芹沢達也(42)。名前からもわかる通り、男。それもスキンヘッドです。芹沢はフードコーディネーターとしても有名ラーメン店の店長としても有名な、ラーメン界のトップ。自分にとって有用な人間には人当たりはよく、無用な人間に対してはとてつもなく冷徹です。多くの客を「舌バカな人間」と馬鹿にし芹沢は邪悪な笑顔と共に名言を吐きまくります。「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ。」この芹沢が、巨大な壁として藤本の前に立ちふさがり続けるのです。それも、26巻にわたって!昨今の、すぐに負け、すぐに味方になってしまう安いライバルに見習ってほしいくらい、骨太です。芹沢は藤本のことを認めながらも、それをおくびにも出さず、「所詮、優秀なラーメン・マニアでしかない」と挑発しつづけます。お前は経営者の苦しみも知らない、ただのマニアでしかないと。芹沢とそれを追う藤本の戦いも、はるばる26巻をかけてようやく終わります。これでついにデレるか?と思ったらそれでもまだデレない。芹沢達也しぶとい!まだデレない。そして最終回。独り立ちをする藤本についに芹沢達也はデレるのです。26巻ずーと藤本のライバルでいつづけた男(42歳)の至高のデレを、是非みなさんにも味わっていただきたいですね。
    • 参考になった 4
    投稿日:2013年04月19日
  • 2009年講談社漫画賞少女部門受賞作。ハルタ・真山・カンナ・麻美の4人は、いつも一緒。いくつもの隠し事が重なったある日、1件の事故から4人はバラバラに…。読み始めから危うい四角関係にドキドキしていたのですが、まさかの展開に驚き!深い溝を残したまま散り散りになってしまった4人を軸に、物語は人から人へと繋がっていきます。全然知りようがない他人が実は近しい存在だったり、近いと思っていた親友から疎まれていたり…。ただの恋愛マンガではありません!「生」と「死」をテーマに、何人もの人が悩み、葛藤し、それでも前を進んでいく…。それはすぐに解決することではないかもしれない。何年もかかるかもしれない。でもいつか、誰かが手を差し伸べてくれるから。きっと大丈夫。 読み終わったら、ほっと一息つきたくなる作品です。甘さ控えめなので、男性にもおすすめ!
    • 参考になった 6
    投稿日:2013年04月19日
  • 「俺とつき合ってほしい」社内恋愛絶対禁止の会社に入社して3週間目、しゃべったこともないエリート社員からのまさかの告白!…なんて、うらやましい冒頭から始まる、シークレットラブストーリー。方や新入社員、方や周りから頼りにされる超エリートサラリーマン。作者の一井かずみ先生の作品はほとんどが「プチコミック」で掲載されているものだからか、社内恋愛がすごく多いです。その中でもこの作品は初めての長期連載ともあり、内容もその分恋!(ちゃんとお仕事面の内容も濃いですよ)連載ものだからと言ってくどくどと話が続くのではなく、一つ一つの問題に対してお互いが前向きに取り組んで、気持ちを通わせていくので、読んでいて飽きがこないです。他の登場人物もみんなすごく気持ちいい人たちばかりなので、昼ドラ系のドロドロした人間関係に飽きた方は是非読んでみてください!
    • 参考になった 7
    投稿日:2013年04月19日
  •  日本の近代に刻印された歴史認識を根本からくつがえす衝撃の書だ。
     著者の渡辺京二氏は、『逝きし世の面影』をこう書き始めています。

    〈私はいま、日本近代を主人公とする長い物語の発端に立っている。物語はまず、ひとつの文明の滅亡から始まる。日本近代が古い日本の制度や文物のいわば蛮勇を振った清算の上に建設されたことは、あらためて注意するまでもない陳腐な常識であるだろう。だがその清算がひとつのユニークな文明の滅亡を意味したことは、その様々な含意もあわせて十分に自覚されているとはいえない。十分どころか、われわれはまだ、近代以前の文明はただ変貌しただけで、おなじ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いていると信じているのではなかろうか。つまりすべては、日本文化という持続する実体の変容の過程にすぎないと、おめでたくも錯覚して来たのではあるまいか〉

     そうではなくて、実は一回限りの有機的な個性としての文明が滅んだのだと考えるべきなのだ――というのが著者の主張であり、そのことを訴えることが本書執筆の目的だったと言ってもいいでしょう。
     渡辺氏のいう滅亡した文明とは、江戸文明、あるいは徳川文明と一般的にいわれるもので、18世紀初頭に確立し、19世紀を通じて存続した古い日本の生活様式です。
     ちなみに生類憐れみの令で知られる徳川綱吉が第5代将軍になったのが1680年、将軍職を退いたのが1709年。第8代将軍徳川吉宗の在職期間は1716年~1745年。つまり江戸文明が確立された18世紀初頭とは綱吉から吉宗の時代ということになります。
     渡辺氏はこう続けます。

    〈文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である。つまり歴史的個性としての生活総体のありようである。ある特定のコスモロジーと価値観によって支えられ、独自の社会構造と習慣と生活様式を具現化し、それらのありかたが自然や生きものとの関係にも及ぶような、そして食器から装身具・玩具にいたる特有の器具類に反映されるような、そういう生活総体を文明と呼ぶならば、十八世紀初頭から十九世紀にかけて存続したわれわれの祖先の生活は、たしかに文明の名に値した。
     それはいつ死滅したのか。むろんそれは年代を確定できるような問題ではないし、またする必要もない。しかし、その余映は昭和前期においてさえまだかすかに認められたにせよ、明治末期にその滅亡がほぼ確認されていたことは確実である。そして、それを教えてくれるのは実は異邦人観察者の著述なのである。日本近代が経験したドラマをどのように叙述するにせよ、それがひとつの文明の扼殺と葬送の上にしか始まらなかったドラマだということは銘記されるべきである。扼殺と葬送が必然であり、進歩でさえあったことを、万人とともに認めてもいい。だが、いったい何が滅びたのか、いや滅ぼされたのかということを不問に付しておいては、ドラマの意味はもとより、その実質さえも問うことができない。
     日本近代が前代の文明の滅亡の上にうち立てられたのだという事実を鋭く自覚していたのは、むしろ同時代の異邦人たちである。(後略)〉

    「異邦人」が江戸文明の滅亡をどう見ていたのか。渡辺氏は文化人類学の要諦ともいうべきアプローチを徹底していきます。ある文明の特質はそれを異文化として経験するものにしか見えてこないといわれています。その文明との接触が長びけば長びくほど、異文化はその異質さを失っていくものです。であれば錯覚や誤解があったにせよ、異邦人による第一印象こそが異質なものに対するもっとも鮮やかな感受だと考えていいのではないか、というわけです。
     そういう考え方に立つ渡辺氏が刮目した文献のひとつが、1873年(明治6年)に来日して、1911年(明治44年)に最終的に日本を去ったバジル・ホール・チェンバレンの『日本事物誌』です。チェンバレンは東京帝国大学で教鞭をとった日本研究の第一人者でしたが、彼の日本研究の集大成が『日本事物誌』。日本に関する小百科事典というべき体裁の同書を、チェンバレンは「古い日本は死んだのである。亡骸を処理する作法はただ一つ、それを埋葬することである。・・・・・・このささやかなる本は、いわば、その墓碑銘たらんとするもので、亡くなった人の多くの非凡な美徳のみならず、また彼の弱点をも記録するものである」と位置づけています。『日本事物誌』は平凡社の東洋文庫に収録されており、イーブックジャパンで電子書籍にもなっていますので、本書と一緒にぜひひもといてみていただければと思います。
     とまれ、本書著者は幕末から明治期――日本が近代化の道を突き進む時代に日本を体験した異邦人たちの、特に鮮明な第一印象を記録した膨大な文献を丹念に読み込んで、「滅亡した文明」に対する異色な探究を一冊の書にまとめました。「子どもの楽園」「女の位相」「裸体と性」など、いま私たちがあらためて読んでも、じつに新鮮な、それでいてどこか懐かしい思いがする「江戸文明論」になっています。(2013/4/19/2017/3/8改訂)
    • 参考になった 1
    投稿日:2013年04月19日
  • 押見修造さんは、学生の頃にヤンマガで連載していた『ユウタイノヴァ』という作品を読み、その何とも言えないエロスにヤられて以降、大好きな作家さんです。『漂流ネットカフェ』やアニメが話題の『惡の華』もそうですが、とにかくエロいんですよ。物語や展開はともかく、雰囲気や絵が生々しくていいんです。上手く言えませんが。で、この作品。「ある日起きたら自分の姿が憧れのあの娘に!?」というものですが、まぁ読んでて悶々とさせられます。焦らされます。「どうなったの?どうするの?何するの?」ってなもんで。しかし主人公は憧れの女の子のその姿に対し、一線は超えません。残念だけど素晴らしい! そこでいろいろしちゃったら台無しですから。ちなみに主人公の男は「憧れの女の子」になりましたが、その「憧れの女の子」の自我がどうなったのかはまだわかりません。そのあたり、これまでの「男女入れ替えモノ」とは一線を画していて、今後が気になります。
    • 参考になった 9
    投稿日:2013年04月16日
  • 現代を象徴する犯罪の中にネット犯罪がありますが、この『予告犯』(筒井哲也)は追う者と追われる者が、インターネットを巧みに駆使したクライムコミックです。「シンブンシ」を名乗る犯人が動画サイトに自らの犯行を予告し、警視庁サイバー犯罪対策課の吉野達がシンブンシの正体に迫るという物語です。シンブンシは新聞紙を覆面のようにして頭に被り、事件の加害者を制裁する、と動画で告知します。悪は許さないというニュアンスで、次々とターゲットをつるし上げて予告を実行していきます。シンブンシに対しての世間というかネットユーザーの反応は、当初否定的な意見が目立つのですが、次第に追い風のようなムードとなります。ユーザーの心理はリツーイト等で如実に現れるのですが、この描写にリアリティを感じさせられました。面白いのは、このマンガの読者としてのシンブンシに対しての感情移入の変遷が、マンガの中で描かれるネットユーザーの心理とかぶっているような不思議な感覚に陥ることです。単行本は現在2巻まで発売中なのですが、今後の展開が非常に気になる連載です。(2013/4/12)
    • 参考になった 2
    投稿日:2013年04月12日
  • 槇村さとる版「プラダを着た悪魔」の百貨店ver.ですね!余談ですがこの映画は本当に大好きで何回も見てます。(面白いので是非)登場人物の一人、ファッション界のアイコンともいえる鬼バイヤー「美姫様」が本当に素敵で、実在する某雑誌「ヴォーグ」のカリスマ中のカリスマ編集長、アナ・○ィンター女史を彷彿させます☆なぜ、この世界はこんなにも興味を持たせてくれるのでしょう!ファッション業界なので常に美を意識しつつ、仕事っぷりは男並み…。しかし女子ならではの悩みや恋愛もあって、若干「こんないい環境はないっ!!W」と思いますが、作者あとがきに書いてあったとおり、「よしっ今日も行くか!と読んで下さった方が思えるような…」と思えました☆目の前の仕事を頑張る気持ちになる、働いている女性におすすめの、そしてこれから働く若者にもおすすめの一冊です。
    • 参考になった 4
    投稿日:2013年04月12日
  • 吉川英治が亡くなって51年目に入った今年初め、新潮社が著作権フリーとなった『三国志』『宮本武蔵』の発売を開始して、話題を呼んでいます。人気イラストレーターの長野剛の描き下ろしカバーをつけて、毎月1,2巻ずつ発刊、8月までに全巻揃えようという計画で、新聞広告にも大きく載っていましたから、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。吉川英治は、これまで一貫して講談社が一手に扱ってきていたのですが、著作権が切れたタイミングに新潮社が新たに参入したという格好です。没後50年を過ぎて新規シリーズが企画されるのですから、「国民文学作家」と称された大作家の人気は未だ衰えず、といっていいでしょう。イーブックジャパンでは、2008年7月~11月にかけて、講談社の協力を得てその全作品を「吉川英治電子文庫」としてリリースしました。以来、多くの読者を得て、今年に入って以降も『三国志』(全8巻)、『宮本武蔵』(全8巻+「随筆 宮本武蔵」)、『新・平家物語』(全24巻+「随筆 新平家」)などを初めとする吉川英治作品の人気に陰りは見えません。多くの読者を惹きつけてやまない「吉川英治」という作家はどうやって生まれたのか。その生い立ちに始まり、父の死から三年後に母をみとった30歳までの半生を綴った自叙伝『忘れ残りの記』は、作家として名をなすまでの若き吉川英治の苦難の道が脚色なしに描かれています。自身の最初の記憶について、吉川英治はこう書いています。〈ぼくは自分をそれ程とは思っていないが、本質のぼくはよほど女好きなのだろうか。ぼくのこの世における最初の記憶といえば、女の映像なのだ。きれいな女の人である。幾歳の時だったなどというわけにはゆかない。何しろぼくはまだ、ねえやか婆やかの背中に負ぶさっていた。母の乳を離れていなかった頃でもある。その頃うけた記憶として、こういう事象が、後々まで、脳の深部にありありこびりついている。
     ぼくは誰かに負ンぶされていた。そばに石だんがある。その石垣の上に、緑色の窓があって、その塗料の色だけがほかのどの映像よりもくっきり濃い。そこへ向こうから女のひとが歩いて来た。きれいな女のひとだった。負ンぶされているぼくの頬へ頬ずりした。そして、「子供の乳の匂いって、いいもんだわねえ」と、誰かに云った。――ぼくの最初の記憶というのはこれだけのものだ。奇妙に思えてならないのは、まだ自分が乳(ち)のみ児だったのにという疑いである。錯覚であろうかと、母の存命中、母にただしてみたこともある。すると母はこう云った。「それは、うちがモンキの坂に住んでいた頃なんだろうね。石垣の上に玄関があって、以前、異人の牧師さんが住んでいたから、ふつうの日本家屋なんだけれど、窓なんか洋風に青ペンキが塗ってあったりしたからね」こう聞くと、錯覚でもないらしい。数え年四ツ頃まで、乳もしゃぶッていたし、小粒でひよわい子だったぼくは、まだ負ンぶされていたらしい。それにしても、女のひとがきれいであったという事やら、その女の会話があとさきなく、ぽつんと耳に残っているのはどういうものだろう。それの理解が出来なくても、単語として、あるいはただの音として、音感の記憶には残るものなのかどうか。自分では解釈のつけようもないくせに、心のどこかでは、これがさぐりえた自分の最古の神話のように、事実であったと信じていたい気もちが妙に手伝うものであることも否みがたい〉引用文中に「モンキの坂」とあるのは、横浜の石川町近辺の「猿坂」のことで、そこに住んでいた頃、吉川家は裕福な暮らしをしていましたが、その後、父親の商売に問題が生じて吉川家は没落していきます。吉川英治も学校をやめて丁稚奉公に出されます。その時のことを次のように述懐しています。〈いやそれよりも、もっと嫌だったのは、丁稚(でっち)さんの着る縞の着物に角帯を締めさせられた事だった。幼少から着なれていた紺ガスリとの決別ほど悲しかった覚えはない。近藤のおばさんと母のあいだに挟まって、嫌々紺ガスリを脱がせられたのを、近藤夫人がけらけら笑って「よく似合うわよ、英さん」なんて言ったとき、ぼくは、ぼくの父がやるような癇癪を何かに爆発させたくなった。そして、角帯を締めて貰うやいなや、便所の隅へいって、おいおいと声をあげて泣いた。こめかみが痛くなるまで泣きじゃくッてしまった。そして、いつかぼくが、女中の貞を、そこの薄暗い壁の隅っこへ押しつけて、本でぴしゃぴしゃと撲ったことが慟哭(どうこく)の中で思い出されていた〉1903年(明治36年)、吉川英治11歳の時です。中学に進学するものと思っていた少年を待っていた思わぬ暗転。印章店への奉公に出されたのを皮切りに、吉川英治はさまざまな職業を転々としながら、東京に出て苦学をした後、懸賞小説に入選して作家への道を切り拓いていきます。それまでの過程を思い起こすようにして綴った半生記です。吉川英治作品の読み方が変わります。講談社版のほか、平凡社「日本人の自伝40」としてもリリースされています。(2013/4/12)
    • 参考になった 2
    投稿日:2013年04月12日
  • 新入学・新社会人のみなさん、調子はいかがですか。勝手のわからない環境で戸惑うことも多いかとは思いますが、気をお落とさないでくださいね。まだまだ先は長いのですから、気長にゆっくりと頑張っていきましょう。さて、春は卒業のシーズンであり、新入学・新社会人のみなさんにとっては入学・入社のシーズンであり、そして鉄道ファンの方にとってはダイヤ改正のシーズンですね。私は常磐線沿線に住んでいるのですが、去る3月16日から「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」の運行がE657系に統一され、その前日の15日をもって651系とE653系が定期運行から引退しました。「タキシードボディ」と形容される白い車体が印象的な651系。5色のカラーバリエーションが美しいE653系。私は深く語れるほど鉄道を知っているわけではないのですが、それでも身近な車両が引退するとなるとやっぱりさびしいです。本作「鉄娘な3姉妹」はそれぞれ分野の違う鉄道趣味を持つ3姉妹が、伝説の鉄道ファンである自分たちの父親を、鉄道に乗りながら探すという物語です。鉄道の底知れない魅力を感じさせてくれる素晴らしい作品です。
    • 参考になった 0
    投稿日:2013年04月09日
  • うーん、なんでしょう。こういう作品って。別にすごく恋愛!泣ける!ってわけでもなく感動!大巨編!というわけでもなく、なのになぜか続きが気になる、読んでしまう……不思議な魅力のある作品ですね。だからこそ人気があったのだと思うのですが。多分、人の成長物語だからやっぱり興味を持つのでしょうか。これからどう成長していくのだろう?と気になるわけです。人の人生って大いに気になるわけですよw。子供だけでなく、パパも友達も親戚も大人も…ずっと生き続けている限り成長です、ね。楽しいです。主人公の榎木家の拓也は小学生。と2歳児の赤ちゃんの実くんがいるわけですが、ママがいないのです。パパは働きながら子育てをしているのですが、この拓也くんがものすごくママ代わりとして頑張っているのです。本当によくやるなぁ~と感心します!頑張れ!
    • 参考になった 5
    投稿日:2013年04月05日
  •  角川春樹氏率いる角川書店の文芸誌「野性時代」1975年2月号で始まった、森村誠一の連載小説『人間の証明』は衝撃的でした。連載終了後の翌76年1月に単行本が刊行され、これまでに累計770万部の大ベストセラーとなりました。
     角川春樹氏は初版100万部を主張し(実際には営業の反対にあい50万部からのスタートとなったそうです)、当時、全面展開していたメディアミックス戦略の代表的作品の一つとして77年には映画公開されました。そこで主人公の警視庁麹町署・棟居(むねすえ)刑事を演じたのは松田優作。ニューヒーロー刑事の誕生でした。以来、棟居刑事役は、林隆三、石黒賢、渡辺謙、竹野内豊ら実力派の役者によって演じられてきました。
     そして『人間の証明』の大ヒットから、新たな刑事ミステリー「棟居刑事シリーズ」が生まれます。麹町署から警視庁捜査一課に転じた棟居刑事が数々の事件に挑む、このシリーズも繰り返しテレビドラマ化され、佐藤浩市、中村雅俊、東山紀之らが魅力的な刑事を演じてきました。
     今回紹介する『棟居刑事の悪の器』(角川文庫版)も、同シリーズの一つで、2000年4月が初版。

    〈大槻麻子(おおつきあさこ)はまんじりともしなかった。昨日の午後、飼い猫のメイが家を出たまま帰って来なかったのである。いつもは長くても二時間ほどすると帰って来る。
     眠れぬまま、とうとう朝を迎えてしまった。子供たちもメイの身を案じて、よく眠れなかったらしい。腫(は)れぼったい目をして朝食のテーブルについたが、食べ物にはほとんど手をつけない。
    「駄目よ、ちゃんと食べていかなきゃ。学校から帰ってくるころには、きっとメイは帰ってきているわよ」
     麻子は自分に言い聞かせるように言った。夫だけが天下泰平にまだ寝ている。〉

     ごく普通の家庭、平和な暮らしにちょっとした異変が生じた朝の光景で、物語は始まります。飼い猫が一夜明けても帰って来ない。三日目の朝起きた時にも姿はない。その間――7月9日深夜から10日未明にかけて、麻子の家からそう遠くない場所で3件の事件が発生していました。梅雨末期の強い雨の路上をバイクで走っていた宗方聡恵(むなかたさとえ)という48歳の新聞集金人が車にはねられて死んだ。10日の朝、轢き逃げ現場から四、五百メートルの距離にあるアパートの一室で、入居者のOLが紐で首を絞められて殺されているのが、管理人によって発見された。麻子の家からは200メートルほどの距離。被害者は南里美雪(なんりみゆき)、28歳。死体には生前の情交、死後の陵辱(りょうじょく)の痕跡はなく、室内を物色した痕や抵抗した模様も認められなかった。死亡時刻は7月10日午前零時前後と推定された。第3の被害者は、身元不明の20歳前後とみられる女性。着衣に乱れはなく、死因は紐を首にかけて絞め、頸部圧迫による窒息と見られた。死体発見場所は都下狛江市の一隅に残るバブルの残骸ともいうべき、建設後放置されたままの3階建ての建物。狛江市は他の二件の現場とは隣接している。
     麻子の飼い猫・メイはいなくなってから3日目の朝、子供たちが学校に出た直後に戻ってきたが、そのメイの首輪につけられた小さなポシェットに見なれないメモが入っていた──「副島成美佐賀」の走り書き。そして、汚れた毛に残っていた、微かな血の跡。麻子の家の周辺でほぼ同時に起きていた3件の事件と関係があるのか。
     所轄署に設置された捜査本部に詰めることになった警視庁捜査一課の棟居刑事はこの走り書きを手がかりに事件の謎を解いていきますが、それにはこれ以上触れないのがルールでしょう。
     ブームの警察小説、刑事小説の元祖とも言うべき「棟居刑事シリーズ」の面白さはその謎解きの道筋と同時に、設定の社会性にあります。著者は自身の公式サイトで本書のモチーフについてこう述べています。
    「東京はあらゆるものを入れる巨大な器である。だれでも入れるが、根を下ろすのは難しい。そこに蝟集(いしゅう)するほとんどの人間は未知の他人であり、敵性とみた方が無難である。(中略) きらめくイルミネーションの底に潜む危険に捕まった若者の愛と死。東京は悪がいっぱい詰まった器であると同時に、人間を惹きつけてやまない魅力がある。それはミステリーのためにあるような器であり、ここに森村ミステリーワールドを盛りつけてみた」
     棟居刑事登場の森村ミステリーは、紹介した角川文庫版のほか、双葉文庫版、徳間文庫版)、光文社文庫版、講談社文庫版など多くの出版社から配信されています。
    (2013/4/5)
    • 参考になった 2
    投稿日:2013年04月05日
  • ついにスクエニ作品のリリースもはじまりました! で、ハガレンですよ! この作品のすごさはとにかく「作者が考えていたことを最初から最後までやりきった」ということに尽きるのではないでしょうか。全27巻という長編ながら、第一話から最終話まで物語には明確な一本線が引かれ、伏線回収も鮮やか、途中でブレることなく作者の構想を完遂するという稀有なマンガです。巻数を重ねて物語が佳境に入るあたりで、実は最初の数話のエピソードがそこに繋がってきて……なんてことされたらそりゃ興奮しますよ! 気になってるけど実は読んでいない、って人はぜひ読むべき作品です!
    • 参考になった 12
    投稿日:2013年04月02日
  • 小学館の国語編集部のスタッフたちが自ら運営しているサイト「Web日本語」に、不条理ギャグマンガの奇才・吉田戦車がコラムを連載した。その「日本語を使う日々」第1回(2009年8月17日)から第36回(2011年1月27日)までの全編をまとめた同名書を電子化したのが、今回紹介する本です。辞典編集者が運営するサイトの連載、しかも「日本語を使う日々」とあるので、「日本語」をめぐって、なんだか面倒な議論が展開されるのではないかと警戒したり、不安を感じたりする人もいるかもしれませんが、それは杞憂です。考えてみれば、吉田戦車は岩手県生まれの日本人で、フツーに使っている言語は日本語なのですから、「日本語を使う日々」とはそのまま、日本人のフツーの暮らし、当たり前の日常生活以外のなにものでもないはず、です。そんなごく当たり前の日常のなかで、不条理漫画の旗手のアンテナにひっかかり、その琴線にふれた「日本語」――言葉や言い回しについて気ままに考えをめぐらせるという、きわめてゆるい生活雑記といえる本となっています。加えて絵を描くのが本業の漫画家の著作ですから、エッセイ内容を絵的に表現したイラストも多数収録されていて、楽しめます。前置きはこれくらいにして、気ままな、そしてゆるいんだけれど、実は社会の深層を的確に撃ってみせるという、技ありエッセイのひとつを紹介しましょう。「しょっぴかれて、春」という、ドキドキものの見出し――。〈声をかけられた。若いほうのおまわりさんだ。何かを丁寧に話しかけられているが「え? オレ? 何?」というとまどいに、しばらく内容を把握できない。「・・・・・・こういうですね、カバンを持った方に、中身をお聞きしてるんですよ。何かあぶないものというか・・・・・・」ピンときた。(中略)数年前から、登山、スキー用に買った小さい多機能ナイフを、ごくあたりまえのつもりでキーホルダーとして持ち歩いていた。刃渡り二・五センチ程度のナイフ、ハサミ、爪やすり、ツマヨウジ、毛抜きがついたその愛らしいツールが、場合によっては軽犯罪法違反の対象になるということなど、まったく知らなかった。(中略)「あー、これのことですか」苦笑しながら、ポケットから鍵をとりだした。おまわりさんの目が、軽く「すわった」ように見えた。「目が据(す)わる」というのは「酔いや怒りのために眼球が動かなくなる」ことだそうで、言われてみれば確かにそうだよなあ、なのだが、警察官の正義の目もまたすわることがあるのである〉その若いおまわりさんは「・・・ビンゴ」などと思ったにちがいないと悔しがる吉田戦車ですが、とにかくおまわりさんはナイフを手にとって、あちこちを調べる。通行人は多く、道行くたくさんの目が向けられてきます。〈自分の身に何が起こったか、ようやくわかってきた私の体に汗がにじんだ〉そう、不法な「凶器」を所持している不審者ということで職務質問をうけているわけですから、冷や汗も出てこようというものです。こういうものを無目的に所持していてはいけないのです、といった説明に続けて「今日はこれからどちらへ?」「お仕事ですか? お休みですか?」「調書をとらなければならないんですよ、時間はありますか?」と立て続けに質問を浴びせてきます。吉田戦車は意をけっして、「ナイフはあずけるから、後日うかがうということではいけませんか?」と切り返したら、それなら交番で手続きをということになって、結局、歩いて交番へ。その道すがら、住所、本籍、年齢、身長、体重、利(き)き腕、足のサイズ、購入場所、仕事・・・細かい質問が続く始末。そして書類手続きを終えて「娑婆(しゃば)に戻った」気分で交番を出た吉田戦車の背中におまわりさんの声。〈あさっては、なるべく今日と同じかっこうで・・・・・・ 今日の状況を写真に撮りたいので、シャツとかはけっこうですから、ジーンズとよれよれの上着と、そしてザックは同じものでお願いします〉「よれよれの」はウソとしてはいますが、いずれにしても私服を具体的に指示されるということの非日常感にめまいがするような気がしたと、吉田戦車は書いています。ちなみに吉田戦車は「しょっぴく」をちゃんと調べていて〈しょっぴくは、「そびく」から来ており「強くひっぱる、無理に連れていく」という意味が、警察沙汰関係の言葉として定着したもののようだ〉と説明しています。「日本語」エッセイとして押さえるべきところはちゃんと押さえているところにも注目です。とまれ連載中は、子どもが生まれ、引っ越しもありました。変化に富んだ日々で、妻の伊藤理佐(漫画家)もちょくちょく顔を出します。吉田家の1年半の生活日記の趣もあり、二人のファンには特に必読です。(2013/3/29)
    • 参考になった 2
    投稿日:2013年03月29日
  • やはり、吉田秋生はいいです!『マンガ大賞 2013』で大賞を取った作品でもありますね。この「海街diary」は鎌倉を舞台にしたとある一家、香田家の家族の絆を描いた作品です。しっかり者の長女をはじめとする3姉妹が、父親の死を機に、母親違いの中学生「すず」を引き取り一緒に暮らしていく選択をします。女4姉妹での暮らしぶりを描いていますが、それぞれの職業や立場や恋愛など、様々な悩みが等身大で、とてもくつろいで読むことができます。きっと実際、両親がいなかったら大変なことがたくさんあるんだろうな…と思うのですが、この鎌倉という歴史のある街で、そして昔からの家屋に住み、4人姉妹でギャーギャーと暮らしているのを見ていると、男兄弟しかいない私としては、なんだかとってもうらやましく思えてしまう作品です。
    • 参考になった 11
    投稿日:2013年03月29日
  • 最近、家族間で起こった凶悪事件のニュースが増えているような気がします。特に幼少のわが子を…といったフレーズで始まる類の事件は、思わず目を背け耳をふさぎたくなります。『家族の食卓』(柴門ふみ)はごくありふれた家庭を舞台に、つまずきになんとか対処しようとする人々の姿を描いた珠玉の短編集です。その多くが小さな子供のいる若夫婦家族のストーリーで、子育てや夫婦間の亀裂に悩みを抱えていたりしています。特に印象に残ったのは、自分の仕事に没頭するあまり家庭を振り返らなくなってしまった若い父親が、三行半を突きつけられて妻と幼い息子に去られた話です。息子には会わないという約束をやぶった父親が、こっそり息子と会って激しく後悔します。なんで、もっと早くわが子のかわいさに気づかなかったのか、と。話には続きがあって、この父親も心の置き場を見つけたようです。この本を読んでいると、あらためて家族の素晴らしさに気づかされます。それは、文中に出てくる「ときどきケンカもするけど、じつは大好き同士」という言葉に集約されているような気がします。作者の柴門ふみは『東京ラブストーリー』や『同・級・生』等の恋愛コミックで知らていますが、人の心の機微を描いた優れた作品は、世代を超えて普遍的に読者の胸を打つようです。(2013/3/29)
    • 参考になった 0
    投稿日:2013年03月29日
  • 料理って非常にクリエイティブかつ頭を使う作業ですよね。何が食べたいかを考え、必要な食材を揃え、食材を食べやすい大きさに整え、火加減に気を配り、味付けをどうするか、盛り付けをどうしよう、テーブルに食器を並べたら、ご飯が炊けてない、なんていうことはよくあることだと思います。何事も段取り八分ですね。中華料理って本当にさまざまな料理がありますよね。そのなかでも私が一番好きな中華料理は「お粥」です。ピータンや臓物、海産物の乾物などの具が入っているお粥に、油条という揚げパンをひたして食べると本当においしいです。付け合せのザーサイもいいアクセントになります。本作「中華一番」でも主人公・マオ少年がお粥を作るシーンがあります。どんな味がするのかなと、お粥好きとしては想像せずにはいられません。ちなみにお粥の次に好きな料理はエビチリです。その次は肉まんですかね。ちなみにこのレビューを書いている今日のお昼は麻婆豆腐でした。
    • 参考になった 1
    投稿日:2013年03月26日
  • 自分には子供はいないのですが、働く子育てママ(パパ)たちを尊敬したマンガでした。そしてお父さんお母さんありがとう。この「うさぎドロップ」はとある事情から、祖父の隠し子・りん6歳児を育てることになった30男ダイキチの2人が織りなす物語です。まあとにかく「りん」ちゃん、かわいいです。そしてダイキチも努力してます。初めは、働きながら子供も預けつつとはこんな苦労や様々な努力があるんだな、でも子供はやっぱりカワイイという、ほのぼのマンガと思って楽しく読んでました。…がっ!ラストに向かっての展開はかなり予想外!!うーん。ちょっとすごいですよね、私はこのダイキチの決断は立派だと思います。もしこうなったら…私はこの決断はできないような気がします。だからすごいなぁと。若干リアリティはないのかもしれませんが、でも物語だからこそ、こういうちょっとした「夢」があってもいいのかなと思います。お子さんがいらっしゃる方もいらっしゃらない方も、十分に楽しく読める作品です。
    • 参考になった 6
    投稿日:2013年03月22日
  • あなたは時給250円で働けますか? 多くの人が無理だと言うでしょう。僕だって嫌です。しかし、『GS美神 極楽大作戦!!』の横島忠夫は、雇い主がもう辛坊たまらんいい女だったからという邪な理由だけで、この薄給バイトに命をかけます。かける事ができる男です。
    『GS美神 極楽大作戦!!』は、美人で優秀で傲慢で強欲でボディコン(時代をうかがえる単語です)なゴーストスイーパー・美神玲子が笑いながら悪霊をしばき倒す、一言でいえばそんなマンガです。主人公は美神玲子ですが、主な読者であった中高生男子が感情移入していたのは、アルバイト・横島忠夫の方でした。
    前述のように、横島君は労働基準法に真っ向から違反した驚異の時給250円(美神さん自身は大金持ち。大金持ちこそケチなものです)で赤貧生活を送っています。何度か「このままでは生活できない」と考えますが、美神さんの色香に迷ってやめることができない。下半身に非常に忠実です。そんな野獣のような横島君は、(人間として)汚い、いやしい、根性無し(エロは除く)の3拍子そろったダメ人間。プライドなんてものはとうになくし、もはや失うもののない彼は、それはもう、すがすがしいまでの本音を吐きだします。(師匠のようなものに、自分の力を信じろと言われて)「この世に自分ほど信じられんものがほかにあるかあああ」。(完全に追い詰められた状態で)「死ぬ前に一度全裸美女で満員の日本武道館でもみくちゃにされながら「ジョニー・B・グッド」を歌ってみたかったーーー」。中高生の心の底を代弁してくれた横島忠夫も、ゆっくりと成長していきます。ダメな部分があるからこそ、物語のだれよりも立派に成長する横島忠夫の姿に、“共感”から“憧れ”を感じるように変わっていくのです。
    • 参考になった 3
    投稿日:2013年03月22日
  • ラズウェル細木さんのマンガを読むときは時間と場所に注意しなければいけない。なぜなら、どの作品も読むと猛烈に食欲(酒欲)が湧きあがってくるからだ。断言してもいいけれど、『酒のほそ道』を読めば間違いなく飲みたくなるし、酒のつまみを食べたくなる。で、この『う』。話は全部うなぎにまつわるもの。ページをめくってもめくっても、出てくるのはうなぎ。うなぎ。うなぎ。読んでるだけでかば焼きのあの、タレが炭に落ちてじゅわっとなるあの香りが感じられてきてもう狂おしいほど。こんな作品を夜中に読もうものなら大変なことに。こんなに人の欲求をかきたてるマンガ、そうそう無いでしょう。
    • 参考になった 0
    投稿日:2013年03月19日
  • ロードバイクに乗る人の姿を見かけることがよくあります。一時的な自転車ブームかと思いましたが、人気は定着したようです。でも、ママチャリとは違ってちょっと奥が深い世界のようで、興味を持っても入りにくいと思っている人もいるのではないでしょうか。可愛らしいタイトル『のりりん』(鬼頭莫宏)は、ロードバイクの魅力をあらゆる角度から描いた作品です。自転車マンガというと、「熱い勝負」が欠かせない要素として取り上げられますが、このマンガは主人公の青年・マリコが初めてロードに接し、その魅力にはまるところから丁寧に描かれています。どちらかいうと自転車が嫌いのマリコなのですが、ロードバイクに乗って「世界が一変」し、「日常とは別の世界」に入って「体中の細胞が活性化」して、ロードバイクの素晴らしさに目覚めていきます。マリコは割とどこにでもいそうな平凡なタイプの男性なので、感情移入もしやすく、ロードバイクの気持ちよさが伝わってきます。そして、このマンガの面白いところは、自転車選びやテクニックからマナーまで、ロードの基本が作中に自然にちりばめられているので、実用書としても使えそうな点です。このマンガの影響で、本当にロードを始める人もいるのではないでしょうか。私もウズウズしている一人です。(2013/3/15)
    • 参考になった 4
    投稿日:2013年03月15日
  • 2000枚の応募写真の選考にあたるなど、本書編集に協力者として深くかかわった作家・椎名誠さんは、巻末に東北への思いをこめて「うろたえながら」と題する文章をよせています。〈善し悪しはわからない。ただしかし、喜びや悲しみや残酷さなどすべての感情を含めて、そこに流れていた「時間」が止まっている。そのことに気づき、わたしはいくらか狼狽してしまったようであった。この本に収められている夥(おびただ)しい写真は、すべてひとつの時間で静止している。それは写真ごとにそれぞれが異なった時間ではあるけれど、本来流れている筈の時間が止められてしまった風景や人々の笑顔、あるいは風に揺れているだろう花や、うねりに揺れているだろう海は、この本のなかで永久に静止している。もうそこには「ゆっくり流れている時間」というものすらない。なぜなら、それそのものがもうそこに無かったりするからだ。それがやるせない〉私たちの日常は、流れる時間のなかにあります。その「時間」を止めてしまう写真の力。東北の人々から寄せられた写真はすべてひとつの時間で静止しています。「流れている筈の時間が止められてしまった写真」を見続けていて、自身が流れる時間の中にいるという事実に思いいたった椎名さんはいささか気恥ずかしく、うろたえてしまったと打ち明けています。3.11から2年の時を迎えたいま、写真というものの力がいかんなく発揮された、この写真集が出版されたことを、そして写真集が電子書籍になったことを拍手で迎えたいと思う。企画立ち上げのきっかけは、2004年の中越地震の際、新潟県山古志村の被災前の美しい風景を撮り続けてきたアマチュア写真家・中條均紀さんの作品をもとに出版された復興応援写真集『山古志村ふたたび』でした。同じように、写真集を出版してその収益を復興に役立てることができないか。こうした思いからスタートした企画が、田中角栄から国境地帯まで幅広い取材活動を続けてきたフォトジャーナリスト・山本皓一さんの協力を得て、より多くの人々が撮った東北の写真を集めるために投稿作品を募集するというプロジェクトに発展し、さらに椎名誠さんの参加もあって、震災から1年たった2012年3月に『東日本大震災 復興応援写真集 3.11以前 美しい東北を永遠に残そう』と題する写真集に結実しました。ページ数99、2000枚を超える応募写真から、自身で写真もよく撮る椎名誠さん、山本皓一さん、小学館写真室の太田真三さんの3人によって選び出された160枚の写真が収録されました。「失われた風景」「美しき故郷」「忘れえぬ思い出」の3部に分類整理されてはいますが、どの写真にも共通しているのは「時間」が止まっているということです。巻頭6ページと7ページの見開きには岩手県陸前高田市の市街と青く広がる広田湾のワイド写真が収められています。海岸沿いの高田松原も、2003年7月の撮影時には、訪れる人々の目をやさしく癒やしてくれていました(撮影:渡辺雅史)。66ページには、3.11のちょうど1年前、福島県双葉郡浪江町権現堂で撮られた幼稚園児のお花見遠足光景。川沿いの土手に植えられた桜並木の下を家族とともにゆく園児たちの黄色い帽子と満開の桜色のコントラストが印象的な、記憶に残る写真です(撮影:半谷善宏)。故郷の市街と湾を見下ろす高台からの光景も、土手の桜並木と黄色い帽子の鮮やかさも、印象的であればあるだけ、それが3.11以前であることに思いがいきつき、そこで「時間」が止まっていることに気がつきます。椎名誠さんは、〈何という悲しく悔しく怒りと狼狽(ろうばい)に満ちた写真の群れなのだろう〉と先の文章を書き始めているのですが、ここに収録されている160枚もの「時間が静止した写真」は、私たちが3.11を境にもはや戻ることのできないところへ来てしまったことを突きつけているのではないでしょうか。もはや「写真」のところへは戻れない。これらの写真が永遠なのは、そういう意味なのではないか。福島第一原発に近く、多くの町民が今なお避難生活を余儀なくされている浪江町で、震災のわずか1年前に記録されていた「幸せの風景」。それは3.11を境に一変してしまいました。東北は被災前と被災後とで一変してしまいました。しかし、変わってしまったのは東北だけではありません。春の桜を楽しんでいた家族たちが生きている現在は、じつは私たちが生きている今にそのまま重なるのだということを、本書『3.11以前』は教えています。3.11後のフクシマの状況は、彼らだけの問題ではない、私たちの問題でもあるのだ――160枚の写真は静かに、しかし強く訴えているのです。(2013/3/15)
    • 参考になった 2
    投稿日:2013年03月15日
  • 前の会社の編集部にいたとき、隣の同僚の机はいつもものすごくきれいだった(男性40才代)。何でも紙が嫌いとのこと。しかしその彼が唯一机に並べていたのがこの「自虐の詩」だった。「俺のバイブル」と言っていたこの作品。初めは「…??」でした。何?どこがいいの?ただの男の身勝手欲望マンガじゃなくて?(まあ笑えるのですが)と思ったのですが。。。最後・・・泣きましたねぇ。感動しました。そしてすっごく考えさせられました。人生の過ごし方ってなんでしょう?幸せってなんでしょう?モードに突入しました。かなり世界に入ってしまったので、映画化されていたものも速攻見ました。(監督:堤幸彦/出演:中谷美紀・阿部寛) これだけの名作だと映画は危険な香りがしたのですが、映画もこれまたなかなか良かったです。とにかく、最後までまずは読んでみてください!それまでは耐えてw。女性コミック担当なのにすみません。しかし女性も是非。
    • 参考になった 4
    投稿日:2013年03月15日
  • 景気、だんだん良くなっていくんでしょうか。年末の衆議院議員選挙で自民党政権が復活してからというもの、株価は上がり、円安も進み、なんとなく上り調子な印象をみなさんも感じていると思います。私が学生だったころの日本経済は、大手金融機関の破綻や国有化、日本を代表する企業の人員削減や事業の縮小など「失われた10年」の真っただ中でした。アベノミクス。なんか近鉄のターミナルを思わせるネーミングですね。レーガノミクス、サッチャリズムのように歴史にその名を残せるのか注目です。本作「マンダム親子」の主人公・マンダム金田氏は、あらゆるマンガの登場人物のなかでも有数のお金持ちとして十指に数えられる資産家です。家のなかには無限に広がるお札の砂漠があり、庭を掘ればお札が温泉のごとく吹き出す……。ビル・ゲイツもバフェットもマンダム金田氏の前では裸足で逃げだすことでしょう。不景気なんてどこ吹く風ですね。マンダム金田氏のライバル・金持太郎氏の股間に付いているネコがかわいいので、そこにも注目です。(2013/3/5)
    • 参考になった 0
    投稿日:2013年03月12日
  • ドラマ化も映画化もされた『鈴木先生』の連載中から今でも、先輩と飲む度に鈴木先生の教育論を「鈴木メソード」と呼んで、あーでもないこーでもないと盛り上がっています。先生が主人公の漫画は枚挙にいとまがないですが、その中でも『鈴木先生』は異色だったからです。これまでの先生漫画は、生徒が非行→先生が説教→改心というパターンや、生徒がヤクザと援交→先生がヤクザを殴る→改心という、ざっくりとしたイメージがありました。生徒に対する“愛”を叩きこめばなんでも治るというアナログ電化製品に対するかのような発想、たいへんおおらかな時代でしたね。けれど、『鈴木先生』は違います。「いくら強く言われても、自分で納得していないことを人は修正できない」という当たり前だけど難しい現実に鈴木先生は挑戦します。生徒本人が納得し、自分自身でよく考え、行動できるようになることが目標なのは、現実と変わりませんが、そこに至る物語は険しいものばかり。物語の始めでは生徒一人が相手だったのが、やがて保護者も交えてのものになり、最後には学校全体へと鈴木先生の“教育”の場は広がっていきます。鈴木先生は加害者、被害者、保護者、同僚の先生という考え方の違う人々が、思うままに自分の考えを述べる中で、流れを作って教育をするという離れ業をするのです。注目を集めるためにときに声を荒げることもしますし、生徒にわざと殴られることもしますが、それも手段でしか無い。情動的な行動すらも全てコントロールしながら、生徒指導という複数の勢力が拮抗し、リアルタイムに変化する戦場で、鈴木先生は最善手を探し続けるのです。面白いのは、鈴木先生に教えられ、自分で考えることが出来るようになった生徒たちは「鈴木メソード」の尖兵として、その後の鈴木先生の“戦い”の重要な役割をになっていくようになることです。つまりミニ鈴木先生として、他の生徒を誘導するのです。この感化された生徒の役割によって、鈴木先生は学校全体を巻き込むような大きな舞台でも戦うことができるようになるのですが、はたして教育と洗脳の違いとは何なのか…考えさせられます。『鈴木先生』には他にも謎や考察すべき点がたくさんあります。鈴木先生の評判が上がるごろに壊れていってしまう周囲の先生…。鈴木先生お気に入りの小川という生徒の存在…。「鈴木裁判」と“鈴木先生”の完成などなど、読む度に新しいことに気づき、疑問がわきます。今の私の疑問は『「鈴木メソード」から、鈴木先生の想像を上回る生徒が誕生するのだろうか』というもの。まだまだ呑み屋で盛り上がれそうです。
    • 参考になった 4
    投稿日:2013年03月08日