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  • 『悪徳の栄え』などマルキ・ド・サドの文学を日本に紹介した澁澤龍彦は、西欧の文化をめぐる数多くの著作を遺しましたが、本書『裸婦の中の裸婦』はその著作活動の締めくくりとなったエッセイ集。月刊の文藝春秋誌に好きな絵画について思うままに書いてきた澁澤龍彦が残り3回分を残して病に倒れ、見舞いに行った病室で後を託されたのは年下の友人である巌谷國士。巌谷が共著者として連載を引き継ぎ、澁澤が強く望んでいた単行本化が実現して出版されたのが本書です。もともとが月刊誌の連載で、毎回一人の画家(写真家が一人含まれますが)の一枚の絵をテーマに、澁澤龍彦と架空の人物――澁澤と同年配の男性と、年若いスーパーインテリ風の女性が語り合います。好みの「裸婦」を気ままに選び対話体という独特の形式で、融通無碍の境地に遊んでいるかのような美術エッセイです。共著者の巌谷國士はあとがきに「生涯にわたって美術を好み、美術を語り、美術を鏡にして自己を問いつづけてきた作家の行きついたところが、このように自由で、宙吊りで、ノンシャラン(筆者注:無頓着なさま。行動に熱意がなく、のんきなさま=日本国語大辞典より)で、駘蕩(筆者注:のびのびとしているさま)としていたということに、私はあらためて感動をおぼえている」と記しています。まずは、融通無碍の境地に遊ぶ、澁澤龍彦の裸婦論の一端を紹介しましょう。〈――日本人の中からだれを選ぼうか、ずいぶん迷ったんだがね。結局、明治初期の洋画の先駆者というべき異色の画家、百武兼行を登場させることにきめたよ。同時代の山本芳翠よりも五姓田義松よりも、あるいは黒田清輝よりも、ぼくはこのひとが好きなんだ。どうだね、この裸婦像は。/――すてき。すらりと手脚がほそくて、貧弱な上半身にくらべて下半身が妙に伸びていて、ちょっと先生のお好きなクラナッハを連想させるところがあります。「痩せた女は猥褻である」というボードレールのことばを、つい思い出してしまいます。でも、このモデルは日本人ではなさそうですね。どこの国のひとかしら。/――おそらくイタリア人だろう。明治十四年、ローマ滞在中に描かれたものと推定されている。きみ、この明治十四年という日付を、あたやおろそかに考えてはいけないよ。日本で最初の裸体画は、一般に明治二十六年にパリで描かれ、帰国後に公開されるや、社会問題になった黒田清輝の「朝妝」(ちょうしょう)だということになっている。しかしね、この百武の「裸婦」はそれよりも十二年も前に描かれているんだぜ。これこそ日本人の描いた記念すべき裸体画第一号なんだということを銘記してほしいね〉二人の会話はこのあと、佐賀藩出身の百武兼行が旧藩主に随行してヨーロッパに渡り、西洋画を学んでいった経緯を語り、若くして結核で夭折したため生前に評価を得ることは出来なかったものの、明治維新という精神の昂揚期に際会して、これ以上は望めないほどの幸運な星まわりを生きたのが百武兼行という画家だったのではないかと分析しています。〈たとえ当時の評価は得られなかったにしても、ぼくはそれでよかったと思っているからね。このひとの画面からは、どことなく気品というものが匂ってくるんだ。案外、これは画壇を超越していた画家の特権かもしらんよ。/――さきほど、あたしは「痩せた女は猥褻である」というボードレールのことばを引用しましたが、あの発言は不穏当でした。ごめんなさい。撤回します。/――どうしてさ、撤回する必要はさらさらないよ。少なくともぼくの考えでは、猥褻感をそそることと、気品のあることとは、ちっとも矛盾しないからね。じつをいうと、気品のない女からは、ぼくは一度も猥褻感をそそられたことがないんだ。/――あ、分かりました。気品が犯されるからこそ猥褻感がでてくるんですね。つまり気品は猥褻感が成立するための前提条件ということになります。/――なんという分かりのはやいお嬢さんだろう。一を聞いて十を知るとは、このことだね。こんな調子だから、ぼくも安心して無責任なことがいえるよ〉知を極めた澁澤龍彦が「エロス」を自由気ままに語って、高級落語の趣さえある会話体のエッセイ。一人だけ写真家としてとりあげられているヘルムート・ニュートン(作品は女優シャーロット・ランブリングを撮った「デカダンな女」)論も秀逸です。(2012/5/25)
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    投稿日:2012年05月25日
  • 今も昔もヒーローものは子供向け、ではありますが、設定を時代背景に合わせてアレンジすれば、こんなにもエッジの効いた作品になります。仲間である能力者の犯罪を防ぎながらも、能力者ゆえ人間からは迫害されるという、哀しきヒーロー、ジエンド。その容姿はヒーローらしからぬ異形で世界を滅ぼす力を秘めた存在。性格も破天荒で、正義の能力者と対峙するシーンでは「正義の味方も縦社会かよ。あんま笑わすなコラ」と毒舌を吐く無頼っぷり。昔のヒーローでは考えられない言動に新鮮さを感じます。と書きながらも一方では懐かしさもあって、それは著者が私と同世代なせいかも? 子供のころに見ていた特撮番組へのオマージュ表現が多々あり、4巻の冒頭のシーンなんて、まんまあの悪の首領じゃん、とニヤリ。特撮LOVEもビンビンに伝わってきますね。またこの作品は、世界観を同じくする他作品の主人公が登場するというのもウリのひとつ。その中でも私のイチ押しはツイッターでも話題になっていた『ネクロマン』。「正義の死者」ってなんなのよ。(2012/5/25)
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    投稿日:2012年05月25日
  • キタキタキタ━━(゚∀゚)━━ッ!!!これまた私の大好きな作品!これも大洋図書様です!すばらしい!山本小鉄子先生大好きなんですよね(*´∀`*)ピュアで可愛いくってキュンキュンでホンット萌えます!その中でも特に好きな作品です!「ちひろが好きなんだよ、めちゃくちゃ好きだ!昔からず~~っと好きだ!! 恋してるんだよ!」一緒に暮らすことになった幼馴染・圭吾からの突然の告白。男と男でどないせえっちゅうねん…戸惑うちひろと忠犬気質・圭吾の前途多難、青春恋物語!美形(だけどワンコ)に育った幼馴染と数年ぶりに再会し、好き好きアピールをされまくる可愛くてヤンチャな主人公…ヤンチャ受ですよ!!私の大好物ランキングでも5本の指に入るヤンチャ受!!昔は苛められっこで泣き虫で小さかった圭吾が長身のいい男に成長し、デカくて強かったはずのちひろが、今では小さくて可愛くて電車では男に痴漢されるという、幼馴染で王子姫の立場逆転ってだけでも美味しいのに、その上ヘタレワンコ攻にヤンチャ受なんて極上すぎる…!!!!これ絶対読むべき!!!ホント可愛くってピュアピュア萌えるから!!しかもこれには続編があってですねー!うちでは7月発売なんですが、そちらも必見です!!! え!?くっついてこの後の二人はどうなるの!?っていう、悶々とした気分を見事にスッキリ爽快にしてくれる素晴らしい続編がね…!『晴れてボクたちは』は二人が再会してからじっくりゆっくりと一歩を踏み出すまでの物語、続編の『ドキドキレンアイ』は恋人になった二人が気持ちを確かめ合うまでのストーリー。絶対読んでください!!ヾ(@~▽~@)ノ
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    投稿日:2012年05月25日
  • 高齢者大国、日本。周りを見れば中年や高齢者が目につくようになった。若者がいない。今や老人と言える年齢の人が老人の介護をしている時代なのだ。戦後の日本を支え、創ってきた人たちが支えられる立場になった。これからの介護ビジネスは増える一方だが、常に人手不足という問題を抱えている。この不況で就職難の時代になぜ人が集まらないのか。それはいわゆる「3K」と呼ばれる仕事だからだ。「キツイ」「キケン」「キタナイ」動物の世話とは訳が違う。人格を持った人間、プライドを持った人間、築いてきたものがある人間。それでも体だけは自分の意思ではどうにもならない。それが年をとるということだ。そういう人達の世話をすることは本当に本当に本当に大変だとこの作品で思い知らされた。高齢者に限った事ではなく、人間が人間らしく生きるためには、想像以上の労力がいるのだ。この作品で描かれている老人介護の問題は、限りなくリアルだと思う。
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    投稿日:2012年05月25日
  • 最近こんな記事を見た。心臓移植の為にアメリカに渡った日本人の少年が、手術の前日に亡くなったと。「神はいないのか」「本当に残念」といった少年の死を悼む声も多く寄せられ、涙をさそう痛ましい出来事として取り上げられていた。両親の悲しみは計り知れないだろうなと思う。しかし私はそれと同時に「しょうがない。運命だったんだろう」とも思った。否定するわけじゃないが。世界各国で今こうしている間も子供は死んでいるのだ。普段そんな事実は見てみないフリをして、たまたま取り上げられた1人の少年を、かわいそう、神は残酷だなどと。少年が日本人だったから?助かるはずの命だったから?少なくとも1億円以上の寄付金と最高の医療を受けられただけでも幸運だった。死は平等だ。誰の味方もしない。ブラックジャック先生、あなたが非情なまでに冷酷なのはそれをわかっているからですよね?
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    投稿日:2012年05月25日
  • 男の部屋で朝を迎えた三姉妹の次女・佳乃(よしの)に父の訃報が届いた。母との離婚で長い間会っていない父の死に、なんの感慨もわかない佳乃は…。鎌倉を舞台に家族の「絆(きずな)」を描いた限りなく切なく、限りなく優しい吉田秋生の新シリーズ!! ……ということで、『BANANA FISH』の吉田秋生先生が描く家族モノです。ごくごく普通の世界が舞台なのですが、なぜこんなにドラマチックなのでしょう。すげえ面白いです。読んでいただくと分かると思うのですが、見せ方がうまくて、次のコマ、次のコマ……と、どんどん追っていってしまいます。まさに「物語の世界に引き込まれる」という感覚です。このテンポと間。いつまでも浸っていたいです。(2012/5/22)
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    投稿日:2012年05月22日
  • 「ふるさとは遠きにありて思ふもの」と詠んだ詩人がいますが、故郷のある人は、千差万別それぞれの想いがあることでしょう。休暇の度に帰郷する人もいれば、故郷を出て一度も帰ったことがないという人もいるでしょう。『父の暦』(谷口ジロー)は、主人公である陽一が十数年ぶりに、父の葬儀のために故郷へ帰るという場面から物語が始まります。陽一にとって、父の死に直面するまでは故郷や実家はずっと意識の外、というか捨ててしまったような状況でした。もちろん、陽一にとっても「ぽかぽかと心地よい陽だまりの」ような家族の全盛期もありましたが、鳥取大火という災害が発端となって、家族の絆がほころび始めてしまいました。以来、家族に対して心を閉ざしがちとなっていた陽一なのですが、通夜で伯父から聞かされた父の話は陽一の知らないことばかり。父の想いを知ったときには、当人はもうこの世にいなかったというわけです。写実的な描写のなかで、陽一をはじめとした登場人物は淡々とした表情で回顧するのですが、逆にそれが日常的なリアリズムを感じさせます。哀しい場面が少なくありませんが、この物語を読んでいて救われた気持ちになったのは、陽一の妻が父と陽一を比較して伝えた言葉です。この作品を読み終えて、私も自らの「陽だまりの」光景が蘇ってきました。故郷を持つすべての人に読んで欲しいマンガです。(2012/5/22)
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    投稿日:2012年05月22日
  • 〈一〇月一三日、土曜日。結婚式などでどうしても都合が付かなかった二、三人を除く部長全員が東京の信濃町にある住友銀行会館に顔を揃えた。皆の前で私はこう言った。「現在のイトマン問題と磯田さんのことをあなた方はどうお考えですか。お一人お一人意見を聞かせて下さい」朝の一〇時から午後の二時頃までかかっただろうか。全員からたっぷり意見を聞いた。実に多様な意見があった。しかし共通して出たのは、磯田会長は口先だけでなく早期に辞めるべきだ、それを巽頭取から磯田会長に言ってもらわなければならないということだった。むろん私が最初からそういう提案をしても皆は納得してくれただろう。しかしそれでは不満があっても表に出ずに決まってしまう可能性がある。そういう心配があったので、全員の意見を集約する形で磯田会長退任要望書をまとめた。印鑑をもっている人は印鑑で、もっていない人は朱肉に指をつけて全員が押印した。昔で言うなら血判状である〉金融関係者のみならず、ビジネス界に大きな衝撃を与えた書『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』で、著者・西川善文(元住友銀行頭取)は5000億円もの不良債権を抱え込んだイトマン問題で揺れる住友銀行で「磯田天皇」と呼ばれるほど権勢をほしいままにしていた磯田会長に対する退任要望書を全部長の総意としてとりまとめた時のことをこう回顧しています。要望書は巽頭取に手渡され、部長会の総意を背に巽頭取が磯田会長と向き合った。そして秘密部長会から3日後の10月16日、住友銀行東京本部で開かれた経営会議で磯田会長が取締役相談役に退くことが決められた。同時に腹心の西副頭取も辞任に追い込まれ、イトマン再建問題は急展開していくことになるわけですが、役員層のだれもが鈴を付けに行くことが出来ずに膠着していた状況のなかで、当時一部長の立場に過ぎなかった著者は、金曜日夜に全部長に電話連絡を入れて、翌土曜日――休日に緊急部長会を招集。部長会の総意を「磯田会長退任」を求める血判状にとりまとめて頭取を動かすのです。事実は小説より奇なりとよく言われますが、著者が住友銀行に入行するときの人事部長が磯田元会長だったという因縁がこの二人の間にはあったそうです。その間の事情を著者は「磯田一郎との出会い」としてこう書いています。著者は新聞記者志望の大阪大学法学部4年。就職解禁を控えて友人に誘われて大阪・北浜にあった住友銀行本店に出かけていった。冷やかし気分だから、よれよれのTシャツとズボン姿だった。〈ほどなくして人事部長が現れた。がっしりした体躯の磯田一郎さんだった。私と磯田さんとの出会いは、この時が最初である。一九三五(昭和一〇)年に入行の磯田さんは、このころ四〇代後半だった。(中略)当時の住友は預金量で三菱、富士、三和に続く第四位の都銀だったが、磯田さんの話の端々から、住友への誇りが感じられた。私は、その迫力を受け止めながら、「住友銀行の部長ともなると、やはりすごいものだな」と思っていた。しばらく磯田さんと話をしていると、今度は人事担当の専務に会えという。専務と面接をすると「君、住友銀行に来たまえ。ただし、銀行は厳しいが、それでもいいか」と念押ししながら、入行を促してきた。思わぬ展開に少々とまどいを感じた。人事部長代理から「やめておけ」といわれた新聞記者という職業への興味は、まだそのときも強かった。「ああ、そうなんですか」と曖昧な受け答えをしてみたが、その場で内定がでてしまったのである〉冷やかし気分で面接を受けに来た学生が人事部長に認められて、その日のうちに採用内定となり、翌1961年(昭和36年)に入行。30代半ば以降、著者は安宅産業の破綻処理、平和相互銀行合併問題とイトマン事件の処理、そしてバブル崩壊に伴う不良債権処理と、住友銀行のいわば裏の顔に大きく関わる、本人の言葉によれば「銀行マンとしてはそうとうにいびつな経歴」をもつことになります。その意味で、西川善文回顧録は、高度成長からバブル経済、そしてバブル崩壊と失われた10年、郵政民営化へと続いた日本のリアル経済の軌跡、その舞台裏を当事者が赤裸々に綴る一級の資料として必読です。(2012/5/18)
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    投稿日:2012年05月18日
  • 昨今は他ジャンルでも活躍しておりますが、京極夏彦といえばやっぱり妖怪小説。もう20年近く前、やけに分厚い新書サイズの数冊の本を知人に薦められて読んだのが最初で、妖怪をモチーフによくぞここまでの作品を、と唖然とした記憶があります。妖怪というと怪談であったり、民間伝承的なニュアンスで捉えるもの。ですが、この推理小説ではまず脳が心をだます、という別の話題から始まり、それが怪異の説明につながっていく。そして怪異の正体を妖怪になぞらえ、その妖怪にとりつかれた被害者・加害者から憑きものを落すことによって事件が解決されていく。怪異に対して不思議なこととして片づけてしまうのではなく、極めて論理的な説明が延々となされ、それを破綻なくまとめる構成力に感服したものです。それがようやく電子書籍化。紙だと分厚くて持ち歩いたり保存するのも大変でしたからちょっとうれしいですね。また読み返して、「京極堂って初期では笑うシーンもこんなにあるんだ」なんて新発見もあったりして。あ、でも短編集は『塗仏の宴』まで出た後に読むことをお薦めします。(2012/5/18)
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    投稿日:2012年05月18日
  • アニメ絶賛放映中!アニメもすごく評判いいですよね!菅野よう子さん好きなので、これは本当に嬉しいコラボです。さてさて、コミックも「このマンガがすごい!2009 オンナ編」第1位に選ばれるなど、とても面白くて素晴らしい作品です。一言であらわすと、「青春」…我々が過去に置いてきてしまったものですね。っていうかこんな青春あったかな?ハテ…('∀')? 戯言はこのくらいにして、肝心の内容ですが、1960年代後半、地方の町を舞台に繰り広げられる、眩しくてほろ苦い直球青春物語です。…これ冒頭の二人の出会いは完全にBLですね!!!!!完璧な受けと攻めが出来上がってるじゃないですか…!ところがどっこい、これはBLではないんですねー!(^ω^)当たり前だが…でも全然残念じゃないよ!むしろ嬉しい誤算というか…「男同士の友情」っていいなあと、心から素直に思える作品です。こういうの読むと、私も男に産まれたかったな~と本気で羨ましくなります。男同士のさっぱりとした関係って憧れますね。ナイーブな眼鏡男子と、喧嘩っぱやいバンカラ男、バンカラ男の幼馴染の女の子を中心とした、甘酸っぱくて初々しい一方通行の恋物語です。登場人物の九州の方言がまた懐かしさを誘っていいんですよね~。主人公の薫が、転入した高校で不良の千太郎と出会い、ジャズを知り、恋をし、眩いばかりに輝く青春を謳歌していく。すべての大人に読んでもらいたい作品です。あなたが忘れてきた何かを思い出させてくれるかもしれませんよ(*^o^*)
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    投稿日:2012年05月18日
  • かつてこれ程までに絶望を感じた漫画があっただろうか。なんの変哲もない平和な日常。ありふれた日常。そんな「死」とは遠くかけ離れた平和な光景が、突如なんの前触れもなく惨劇へと化す。学校の教室に突然現れたダルマが「ダルマさんがころんだ」を突如開始。訳も分からずうろたえ騒ぎ出す生徒たち。その瞬間彼らは破裂し、次々と肉片になってゆく。なぜか。動いたからだ。ゲームはもう始まっている。逃げることもやり過ごすこともできない。強制的に突きつけられた「死」をどう切り抜ける?そして誰が?なんのために?人類への謎の選抜が始まろうとしていた。いっそ死んで楽になってしまいたいほどの緊張感と恐怖にページをめくる手が止まらない。
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    投稿日:2012年05月18日
  • 「この作品の最後にあるのは絶望だ。」とプロローグの一節に著者が記す本というのも珍しいと思います。『さよならもいわずに』は上野顕太郎が愛する妻・キホを失ってからの数週間を克明に描いた自叙伝です。見ず知らずの他人の死というものは、なかなか共感を得にくいものですが、このマンガは冒頭からただならぬ気配を放ち続けて、最後まで一気に読んでしまいました。書名からもわかるように、ある日突然キホが亡くなってしまい、上野は余りにも大切なものを失ってしまったことに愕然とします。それは、生前のキホが「ケンタローさんが死んだら あたしは 涙と鼻水とよだれと 体中の穴という穴から水分を垂れ流して」しまうほど、お互いを心から愛し合う仲だったのですから、胸中は推して知るべしです。キホが亡くなる「たった一日」がキホと上野、そして小学4年生の娘とを「永遠に隔ててしまった」のです。鍋にはキホが作った最後のカレーが残り、娘が書いたクリスマスカードは渡す相手を失ってしまいました。続かなくてはならない幸福な日常の線がぷつりと途絶えてしまったのです。圧倒的な筆力は、まるで読者自身の最愛の人が亡くなったような錯覚に陥らせます。そして、どんな結末となるのか気になりつつ読み続けて、最後の章にやられました。ぜひ読んでほしいので詳述しませんが、見開きのカットが目に飛び込んだ瞬間に胸が熱いものでいっぱいになりました。強烈なカタルシスを感じながら、冒頭の引用文の続きを思い出しました。それは、「だがその先に希望があることを今の私は知っている」という言葉です。この作品に出合えて感謝しています。(2012/5/15)
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    投稿日:2012年05月15日
  • グルメコミックは数ありますが、『麺屋台ロード ナルトヤ』(馬場民雄)の主人公はなんと小学生です。小林斗也(トウヤ)は妹と両親との4人家族なのですが、母親が病気で入院しているため家事を手伝ううちに料理の才能に目覚めてしまいます。ふとしたことで、屋台を引く牧村成美(ナルミ)というちょっとだらしない青年と出会い、この屋台でラーメンを作ることになります。小学生だからといってあなどれません。昆布やかつお節、干ししいたけなどのうまみ物質をうまく組み合わせてこしらえたラーメンは、「懐かしくて 体の芯から暖かくなるような」美味しいラーメンなのです。そして、より美味しいラーメンをつくろうとして、トウヤは熱心に打ち込むのです。二人の屋台「ナルトヤ」は、やがて「屋台レース」に出場するのですが、ここからの屋台グルメバトルが見所満載。東京・日本橋から京都・三条大橋まで宿場で屋台競技をしながら、より多くのカードを集めた者が優勝するというもの。ヤンキー屋台や東大ラー研、源義経をほうふつさせる鞍馬小太郎など、キャラのたった者たちと腕を競い合います。なかでもトウヤが作った「さくらラーメン」がすこぶる美味そうなのです。これは、桜の木片を燃やした煙による、くんせいチャーシューが桜色のメンにのったラーメンで、澄んだスープに桜の花びらがよく似合うという屋台の風情を活かした逸品です。ラーメン通をうならせる本格コミックをぜひご賞味ください。(2012/5/15)
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    投稿日:2012年05月15日
  • さあ、ひとりのおっさん読者を狂わせてしまった罪な漫画家、タアモさんのコミックスがまた増えましたよ(゚∀゚) その名も『いっしょにおふろ』。い、いっしょにおふろって、一体…(;´Д`)ハァハァ あ、なんかもう変質者ですね。このコーナー2年以上やってきて今や完全に迷子です。さて内容ですが、このコミックスも、ときめきと切なさいっぱいな短編4つ入り。う~ん、ほんとに切ない。ぜひご一読いただきたい作家さんです。シェアしたい……この感動を! 倒置法にしてみました(*゚д゚*) ところで、おまけページに描かれているのですが、この本のカバーイラストについて担当の編集者さんから「とにかく寒そうに!! 僕があたためてあげたい(ハート)みたいな感じで!!」という指示があったのだそうです。もとから男性もターゲットに含めてつくっているのかな? よくわからないですが、バッチリやられています(●ゝω・)b(2012/5/15)
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    投稿日:2012年05月15日
  •  幕末期から明治維新、近代国家への道を歩む日本にあって、土佐の下級武士の出身ながら、日本最大の財閥、三菱グループの礎を築き上げた創始者、岩崎弥太郎を描いた作品は少なくありません。
     代表的なのは、司馬遼太郎『竜馬がゆく』(文藝春秋、全8巻、2013年6月21日~2013年8月7日配信)、本宮ひろ志『猛き黄金の国』(サード・ライン、全4巻、2006年12月22日配信)などですが、経済学者でもあった直木賞作家・南條範夫による『暁の群像 豪商 岩崎弥太郎の生涯』(上・下)は、岩崎弥太郎を激動期に現れた英傑の一人としてではなく、煌めく元勲や政府要人との接点を徹底的に利用して商機を巧みにつかんでいったこと、そしてその商才がどう研ぎすまされていったのかを描いている点に大きな特徴があります。
     若き岩崎弥太郎の商売人としての才覚を最初に見抜いたのは、奉行を批判する落書きを咎められて牢にたたき込まれていた弥太郎と同房となった瀬左衛門という商人。禁制の品を売った咎で入牢してきた瀬左衛門が取り調べもないにもかかわらず、平然として焦慮の色もないのを不思議に思って「獄から出たくはないのか」と声をかけた弥太郎は、商人の思いもよらぬ答えに少し呆れると同時に少し感心します。これが商売人としての弥太郎の原点となる出会いです。少し長くなりますが、引用します。

    〈「ご禁制などと言うものは、事実そのままに守られましたならば、とても我々商いをやってゆけるものではありません。袖の下を使えば、いくらでもおめこぼしがあればこそ、商売も成り立つのでございます」
     ふーん、そんな考え方もあるものかと、弥太郎は少し呆れると同時に、少し感心した。
    「岩崎さまのことはだいたい、存じています。お若いこと故、無理もありませぬが、短気は損気でございます」
    「しかし、私は正しいことをしているのだ」
    「正しいことをしているお積りでも、こうして牢に入れられて、いつご赦免になるのか分からぬ有様では仕方がありますまい」
    「その通りだ」
    「外におられる方々に連絡して、お役人衆に、袖の下でも何でも使って、早く出していただくようになさいませ」
    「そんな曲がったことは出来ん」
    「世の中は、曲がったこと、間違ったこと、馬鹿げたことばかりでございます。あなたさまが、それをご自分で、叩き潰(つぶ)すだけの大きな力をお持ちでない限り、それに逆らうのはむだでございます。少なくともご損でございます。私ども商人は、良い悪いよりも、損か得かで、物事を判断して参ります。それより他に方法がございません。お武家さまとて、結局、おなじことなのではございませんか」〉

     こいつのいう通りだと思ったものの、それを口に出して是認するのは忌々しい。「壁に向かって何を考えているのか」弥太郎が聞くと、瀬左衛門は「算用の稽古をしている」と答えて、「一から百まで足すといくつになるか」と弥太郎に答えを求めます。暗算を試みたものの頭がこんぐらがるばかりで一向に答えが出てこない。

    〈瀬左衛門が微笑して、
    「五千五十でございます」
    「お前は、はじめから、その答えを知っているのだろう」
    「その通りでございます。しかし私が申し上げるようにお考えになれば、あなた様にも、一呼吸の間に計算できます」
    「どうするのだ」
    「一から百までを足すとしますと、一と九十九で百、二と九十八で百、三と九十七で百、こう考えてゆけば、四十九と五十一で百まで、四十九の百ができます。これで四千九百となりましょう。後に残ったのが、最後の百と、真ん中の五十、これを足しますと、五千五十となります」〉

     弥太郎は続けて問われた一から千までを足すといくつになるかを難なく暗算して見せます。
     算用問答だけではありません。牢中生活で瀬左衛門は「自分が正しいと言う信念だけでは世の中を渡ってゆけないこと、権力と言うものはむやみに抗(あらが)うよりはこれを利用する方が遥かに得策であること」などなど、実例を以て諄々と諭します。後年、瀬左衛門は弥太郎を引き立て商人への道を歩むきっかけをつくることになります。
     岩崎弥太郎は、明治維新後に廃藩置県、藩札廃止、西南戦争に際して巨額の利益を手にし、また饗応の手練手管を駆使して明治政府を牛耳っていた大久保利通、大隈重信に取り入り、結局日本の海運を制覇することに成功します。これが大三菱の基礎となっていくわけですが、その始まりが若き日に牢内で学んだ「商売人の心得」だったというのですから、人の人生、何がどこで幸いするかわかりません。
    (2012/5/11、2018/2/20追補)
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    投稿日:2012年05月11日
  • どんなに踏みつけられへし折られても、まっすぐに空を見上げ続けていれば、いつか花を咲かせることができる。まるで演歌のような主人公・コージの生き方に勇気づけられる人は多いと思います。私はリアルタイムで読んでいた世代なもので、当時まさにそう感じていました。この作品が連載されていた時期はちょうど私が社会に出て働きはじめたころ。田舎出身のマイノリティであるコージやオキナワに自分を重ねたりしていて、未来への不安定な感情とともに存在している思い入れ深い作品です。なので、著者の訃報を聞いて真っ先に読み返したのがこの作品でした。泥臭くて暑苦しくも、一直線に心の叫びが伝わってくる力強い作風。鼻の穴とか服のしわとかどうしてここまで描き込むのかと思える自己主張の強い墨っぽい絵柄。ひとコマひとコマにやっぱり気持ちが入ってしまいますね。こんな思いにさせてくれる作品には、これからもなかなか巡り合えないじゃないかと思います。つきなみですが早過ぎるよ土田さん。この場を借りてご冥福を心からお祈り申し上げます。(2012/5/11)
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    投稿日:2012年05月11日
  • 現在連載中、今市子さんの大好きな作品!今市子さんの作品は、絵柄が本当に美しい。まるで芸術作品のようです。キャラクターそれぞれに味があり、きちんとしたストーリーの中にコメディ要素も満載で、読み応え抜群です!柏原聖は、二丁目デビューした夜はじめて本当の恋を知った。お相手は「千人斬り」と名高い二丁目の王子。でもキスをされた直後、父危篤の連絡が入り、聖はホテルを去った。ところが数日後、大人達の事情で同居することになった義理の兄・鉄平が王子と同一人物だったのだ!! 聖の母と実兄もひとつ屋根の下で過ごす生殺し生活。果たして恋は進展するのか!? ドタバタ☆ファミリーラブコメディです!ラブの部分は少な目ですが、そこはストーリーで読ませてくれます。まるでホームコメディドラマを観ているようで、本当に面白い!とにかく家族構成が複雑!! 主人公・主人公の腹違いの兄・主人公の母・母の前の旦那の連れ子の4人で同居生活…ってなんじゃそりゃ!!w そして登場人物の中でも特に目立っているのは、聖のじいちゃんズでしょう!二人の関係性も謎です。健全な関係だとは思いますが、昔何があったの!?と妄想してしまいそう…w曾じいちゃん、スラっとしててカッコいいっす☆一度読んだだけでは人間関係が複雑でよくわからないかも。二度三度読み返して理解できる作品ですね。でも読み返すだけの価値はあります!何度も読んで面白さがわかってくる、スルメみたいな作品です。3巻の人物相関図は必見です!(`・ω・´)ぜひ今市子ワールドをご堪能ください♪
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    投稿日:2012年05月11日
  • 余命一年。こう告げられたら、私は一日中ダラダラ寝て過ごしたあの日を悔み続けるだろう。やり残した事、やりたい事、会いたい人、想いを告げたい人をおそらくリストにして日数を逆算し、綿密に計画を立てて出掛ける準備をする。それを達成した日からは一分一秒をかみしめながら好きなものでも食べて残りを穏やかに過ごすのかもしれない。お金の心配なんてしないで気の向くままに旅行でもして、開き直ったように人にフレンドリーになってみたりするのだろう。でもそれは残り時間が一年だった場合。残り一日だとしたら?おそらく私は嘆き悲しみ、ごめんなさいと言うことくらいしかできない気がする。24時間はあまりにも短い。ここに、それぞれの24時間の物語がある。
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    投稿日:2012年05月11日
  • 近所のコンビニエンスストアに、やたら愛想よく接客する店員がいます。男性なので看板娘にはならないでしょうが、コンビニの店員さんというと無機質的なマニュアル対応のイメージなので、ちょっと暖かい感じがします。『コンビにマリア』(三浦みつる)のヒロイン花巻まりあは、東北の農村からやってきた明るく素直ながんばり屋さん。亡くなったばあちゃんの遺志をついで、コンビニのロージー美咲ヶ丘のオーナーを訪ねてきたのですが、縁あってこの店で働くことになります。オーナーの祖父は痴呆症気味で、妻に先立たれた主人が店を何とか軌道に乗せようとしています。長男は不倫が原因で銀行を退職して店を手伝い、次男は売れない小説家、そして三男はお気楽に素人のバンド活動をしています。そんな、ちょっとさえない感じの男ばかり5人家族の中で住み込みで働くことになるのですが、一生懸命なまりあを家族は暖かい目で見守ります。何よりも家族経営のコンビニに、まりあの笑顔が咲くことで、店の雰囲気ががらりと変わります。中でも私が好きな話は、作業員が嫌がらせのように毎度店を泥だらけにする話です。まりあが嫌な顔ひとつしない理由を問われ、泥だらけがどうして汚いかわからないと答えます。田舎でばあちゃんと毎日畑仕事をしていたと思い出話を始め、ばあちゃんが話していた回想シーンが描かれています。「(働いて)泥まみれになって 人様がら何言われようと 恥ずかしがっごどない」「こうして一生懸命 汗して働いている姿が 一番きれいなんだぁ」と、まりあに教えるのです。5人家族と店に暖かい陽だまりのような存在となって働くまりあの話を読んでいると、読者の心も暖まっていくような気がします。(2012/5/8)
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    投稿日:2012年05月08日
  • 今週は趣向を変えて、ちょっとマル得な情報をお届けしますよ~(・∀・) 『ポーの一族』、『トーマの心臓』『残酷な神が支配する』などなど漫画史に残る傑作を数々発表し「神」と崇められる萩尾望都先生。これら名作の電子書籍版ですが、実は文庫版が元本になっているのです。そのためページ数がとっても多め。これはお得です……。未読の方も、もう一度読み返したい方も、これを機に永久保存版としてあなたのweb書庫にストックなされてみてはいかがでしょうか。(2012/5/8)
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    投稿日:2012年05月08日
  • 「私、プロレスの味方です」という、直木賞作家の著書を知っている世代なら、この作品にも絶対ハマれるはず。舞台は昭和、格闘技ブームが到来する前のプロレスがおおらかだった時代。海外武者修行から帰国するも所属団体はすでに潰れており、成り行きでライバル団体のマスクマンとしてデビューすることになった男のアクションコメディです。とはいえ決してプロレスを茶化しているのではありません。血が滴り、肉が裂け、骨が軋むハードな試合場面や、興行の裏側にある大人の事情、アウトローの切なさなどを描くのが本筋。それに行き当たりばったり、意味不明なハッタリ、過剰すぎる演出などが挟み込まれる構成。娯楽要素が満載ってわけです。ドタバタもシリアスもひっくるめてこれがプロレスの醍醐味、と料理して出してくれるところが、私のような昭和からのファンにはたまりませんよ、ホント。しかしアグネスの名前の由来にはあきれましたね。ブラジルからの刺客だから…、ってそこで間違えるか! しかも実は何で間違えたかというとトホホな理由が。ま、それもプロレスですな。(2012/5/4)
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    投稿日:2012年05月04日
  • 軽い気持ちで読み始めたら面白くてハマってしまい、続きが気になって毎日寝不足になりながら読破した作品ですw100巻超えの長編ですからね…!本当に時間も忘れてドンドン読み進められちゃいますよ(笑) 昼は下着会社で働く平凡なサラリーマン、夜は関東最大の暴力団・新鮮組総長という二重生活を送る近藤静也が、恋に仕事に裏稼業に大奮闘!の極道アクションコメディ。「新鮮組」という名前からわかるように、登場人物は幕末歴史上の著名人の名前をもじったパロディなんですが、そこはギャグ漫画(笑)なので、個性的でおかしなキャラばかりです!W でも不思議なことに、読んでいるとどんどんドンの世界にのめり込んでいき、まるで本格極道の抗争アクションを目の前で見ているみたいに興奮しますっ!! 中でも私は新選組の鳴戸組組長・鳴戸兄貴が大好きで!! 鳴戸兄貴が…兄貴が…【ネタバレ】でしまった時は、ショックを抑えきれず「うおおおアニキー!!(TДT)」と夜中に泣き叫んだ記憶がw(完全にキチガイです)でもその後、鳴戸組二代目・龍宝の登場に、私の落胆していた心は完全復活しました!だって龍宝ったら、イケメンの上に鳴戸兄貴ラブなんだもの!!!!(´∀`*)妄想しないわけないじゃない!そういう腐った目線で見てる人っていないのかな!? 絶対いるよね!! そして実は鳴戸兄貴が【ネタバレ】てた時は本当に嬉しかったなあ~ヽ(‘ ∇‘ )ノ笑いあり、涙あり、人情ありで興奮度満点の長編大作なので、ぜひ長期休暇中にまとめて一気に読んで欲しい作品です!
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    投稿日:2012年05月04日
  • 池田清彦著『虫の目で人の世を見る 構造主義生物学外伝』は、奇書である。小学4年の頃に蝶の標本づくりを始め、高校生物部をへて、大学院の頃にカミキリムシにはまり、以来、日本国内のみならず、遠くオーストラリア、ベトナムなどアジア各地にまで「虫」を求めて通い続ける歴戦の「虫屋」である生物学者が、日々の「虫」との付き合い、それに関わる「人」との交流(何でも「虫友」というらしい)を徒然(つれづれ)に綴った新書版の本をそのまま電子化したものですが、ここに書かれている「虫と人の世界」が、面白い。凄まじく面白い。そもそも「虫屋」とは? 著者によれば、〈魚屋は魚を売って商売する人であり、肉屋は肉を売って商売する人であるが、虫屋は虫を売って商売する人ではない。生きた虫を売る人を何と呼ぶかはよく知らないが、虫の標本を売る人は昆虫標本商と言い、虫屋とは言わない。虫で商売をしている人は他にもいて、たとえば、研究と称するほとんど何の役にもたたないことをしてお金を儲けている人は、昆虫学者と呼ばれる。(中略)虫屋というのは虫を商売にしている人ではなく、趣味で虫を集めている人のことだと理解してくれればそれでよい。虫屋の中でも蝶を専門に集めている人は蝶屋と言い、カミキリムシを専門に集めている人をカミキリ屋と言う。〉養老孟司さんも著者と一緒にベトナムまで虫採りに出かける「虫屋」で、「虫友」だそうです。趣味に生きる人たちとしては「鉄ちゃん(テッチャン)」が有名ですが、その純度、熱烈さにおいて「虫屋」は鉄ちゃんの上をいっているかもしれません。たとえば、こんな具合です。ハノイの南西100キロのクックホンという森の中でのこと。〈フタオチョウを採るにはトラップをかけるのである。腐ったカニが一番とのことだが、これはすさまじく臭い。次善の策は水たまりに小便をかけておくことである。これも西村君(引用者注:案内役でクックホンの蝶の大家)に教わったのである。ナガサキアゲハやミカドアゲハ、スソビキアゲハ、無数のシジミチョウやシロチョウが群がる水たまりを見つけ、しめしめと思って放尿をする。待つこと数分、弾丸のようにフタオチョウが次々飛んできた。そっと網をかぶせて採る。中には網をかぶせようとする刹那に逃げる奴もいる。いきおい、こちらも網を振り回すことになる。網は水たまりをかすり、飛沫が顔にかかる。少し臭いような気もするが、自分のだと思えば気にもならない。そこへ西村君がやってくる。「フタオ、採れたでしょう。さっき細工しときましたから」「細工ってまさか。小便したの」と恐る恐る聞く私。にっこりほほえむ西村君。〉虫屋への道をまっしぐらに進み、様々な虫との出会いをしてきた著者が生涯忘れることのできない特別な日。山梨大学に赴任した著者が甲府の西にある明野村の正楽寺にオオクワガタを採りに行きます。〈黒々とした森の中に入っていく。昼間はオオムラサキやスズメバチやカナブンたちでさんざめいていた森は、魔物のすみかのように生きものの気配だけがして、老婆の手のようなクヌギの大枝からは妖気が立ち上がっていた。目が闇に慣れてくると、それらの枝の所々、多くはコブ状になって樹液がにじみ出ているような場所に、巨大なオオムカデが音もなく歩いているのが見えた。さらに目をこらすと、オオムカデの向こうに漆黒の戦車のような影がうごめくのが見え、これが目ざすオオクワガタなのであった。手のひらに載せると脚を全部縮めて死んだふりをする。見慣れている同行の瀬田さんはともかく、生きたオオクワを初めて採った私は、こうなるともうオオクワをもっと採ることしか考えられなくなる。森にすむ魔物も、恐ろしげな妖気も、下草にひそむマムシも、こわいものは何もなくなる。この日は、オスのオオクワガタを十匹以上も採り、生涯忘れられない日となった。〉他にも、ゴキブリを素手で捕らえ、ゴミ箱に捨てるまで0.8秒という、飛んでいるハエを箸でつかんだという宮本武蔵並みの技など、紹介したい話がまだまだありますが、最後に巻末に「カッパの系統と進化」と題する研究論文が収録されていることに触れておきます。報告者は「国立河童研究所特別研究員 井桁希世」。本書著者・池田清彦の別名であることは察しのいい読者の皆さまにはすでにお分かりかと思います。騙されたと思ってお読みください。(2012/5/4)
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    投稿日:2012年05月04日
  • 手塚治虫先生の業績を記念し1997年に創設された手塚治虫文化賞。先日、今年の受賞作が発表になりました。賞を主催する朝日新聞社さんが設けるサイトで、各受賞作品とコミックの表紙画像が紹介されています。ふと見ていると、一連の受賞作品の中に「あのジャンプ」というタイトル」があります。「あの」って…? さらに横には、しわくちゃになった少年ジャンプの画像が…。一体なんだろうと思い、続きを読んでみると、これは昨年の震災のとき、被災地の仙台で、子どもたちがみんなで回し読みしたという、あの「少年ジャンプ」そのものの画像なのだそうです。実際にその場に立ち会った塩川書店の塩川さんという方のコメントが掲載されていました。「子どもがマンガを読んで笑えば、大人も笑顔になる。マンガは人々をあったかくしてくれたんですよ」。子どもたちを元気づけるという偉大な仕事をなし終えた一冊の「少年ジャンプ」。ボロボロになってしまったその姿が、すごく輝いてみえます。(2012/5/1)
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    投稿日:2012年05月01日
  • 今年、2012年はロンドン五輪が開かれる年。女子バレーボールチームの出場に期待したいですね。バレーボールマンガの名作『サインはV!』(作画:望月あきら 原作:神保史郎)は、東京オリンピック開催直後が舞台と年代を感じさせる作品です。当時は、「東洋の魔女」として日本の女子バレーボールチームが世界にその名を轟かせ、空前のバレーボール人気が背景にあったようです。このマンガは、社会人チーム立木大和の天才的プレイヤー朝丘ユミが主人公なのですが、椿麻理とのライバル対決が軸となります。ふたりは元々同じチームに所属していたこともあって、負けたくないという意地のぶつかり合いによってお互いを磨きます。私が好きな選手はこの二人ではなく、ジュン・サンダースです。黒人の血を引くジュンは、幼少のころから不運な環境で育ってきましたが、持ち前のガッツで立木大和を朝丘とともに支えるようになります。しかし、不運にもジュンは難病に侵されてしまいます。ここからラストにいたるまでの、ジュンの不屈の精神が素晴らしいのです。ジュンは椿打倒に燃え、アメリカにいる母に会うため、勝利の切符をなんとかもぎ取ろうとして力を振り絞ります。ボロボロの体にムチを打って、試合に出させてくれと泣きながら訴えるジュン。そして監督の牧が「和泉にかわってジュン・サンダース!」とコールし、試合は大詰めを迎えるのですが、いやあ、鳥肌が立ちました!! 実はこの作品をまともに読んだのは今回が初めてなのですが、時代を超えて、人の気持ちを熱くさせるマンガです。いつの時代も、ナデシコは本当に強いですね!!(2012/5/1)
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    投稿日:2012年05月01日