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  • 町工場の前を通るとき、思わず中をチラ見しませんか? 溶接や炉の激しい火花を目にすると、ちょっと胸が高鳴るんですが、町工場萌えというのでしょうか。そんな人をトリコにしそうな書名『とろける鉄工所』(野村宗弘)…いやあ、第1話から強烈です。溶接という仕事がいかにハードかを描いているのですが、光に目が焼けてしまって激痛で涙を流し続けたり、溶けた小さな鉄が背中や耳の中、安全靴の中に飛び込んできて毎日が火傷の日々!! 作者の実体験がベースになっているマンガなので、リアリティにあふれています。ガンガンに燃え尽きてしまいそうな作業が描かれていて、「萌え~」なんて甘っちょろいものではありません。そんなキツイ仕事の日々を描いたマンガなのですが、仕事を離れてホッとする休息の場面に心から癒されます。主人公の中堅工員・北さんと明るくて優しい奥さんの若夫婦やベテランの小島さんと親思いのさと子の父子家庭が作り出す暖かい家族関係が胸に染み入るのです。オンとオフの切り替えというか、日々に隠れた幸せを意識させてくれるのが、このマンガの醍醐味に思えました。ちなみに、巻末に収録されたセリフなしのおまけマンガも珠玉の作で、手抜きをしない作者の「ものづくりへのこだわり」を感じさせてくれるのです。(2013/2/1)
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    投稿日:2013年02月01日
  • 『新宿・夏の死』というタイトルに、船戸与一はどんな想いを託したのだろうか。収録短篇の一つ「夏の渦」に、こんな一節があります。〈ノリピーの通夜のまえに観ていたテレビでキャスターがコメントした、アジア経済はいま完全に冬の時代を迎えたのだと。あれと同じだ。喧噪(けんそう)と狂乱。馬鹿騒ぎに明け暮れたあたしたちの熱い夜が終わり、冷え冷えとした季節に入ったような気がする。この替え唄はノリピーの死そのものにたいしてではなく、そういう日々への挽歌なのだ。涙はそれを偲んで流れだしている。 おかまよどうぞ/やさしくしてね。/昨日の夜の/ちんぽが痒い。 あたしはなおもがなるように唄いつづけた。それにしても、熱い日々が終焉(しゅうえん)したいま何をどうすればいいのだろう? 舎弟(しゃでい)っこのところは跡継ぎがいね。舎弟(しゃでい)っこの葬儀屋、継いでけろ。ふいに昨日の義父の電話の声が聞こえたような気がした。ああ、結局、そういうことになるのだろう、実際の葬儀屋が何をするのかわからないが、ノリピーの顔をメイクしたときの経験ではべつに死化粧してやるのは嫌いじゃない。帰(け)って来(こ)、故郷(くに)さ帰って来。耳の中で勝手に宮城弁が響く。流れには逆らわないほうがいいだろう。ああ、馬鹿騒ぎの時代は終わったのだ。今度の芝居をやり遂げたら、バー・ミロを畳み、荷物を纏めて東北新幹線に乗ろう。あたしは溢れでて来る涙をゆっくりと右手で拭った〉海上自衛官に捨てられて一晩、カミュXOをがぶ飲みしたあげく、心臓マヒであっけなく死んでしまった仲間の遺体を千葉の実家に届けたおかまたちがトラックの荷台で、替え唄をがなりたてる。女性歌手が「あなたがかんだ、小指がいたい・・・・・・」とささやくように唄った甘ったるい恋唄の替え唄。一時期、二丁目のおかまが好んで唄ったという、その替え唄こそは、馬鹿騒ぎに明け暮れた熱い夜、喧噪と狂乱の日々への挽歌なのだ。船戸与一は時代の移ろいを、そしてその流れに翻弄されあえぐ、生身の人間を綴ります。変貌激しい新宿を舞台に繰り広げられる「死」をめぐる8つのストーリー。冒頭に収録されている「夏の黄昏」は、父と息子の物語。〈問え、敏明が(としあき)が疲れきった表情で山北(やまきた)の自宅を訪れたとき、なぜ何かあったのかと訊(き)いてやらなかったのかを〉という、いかにも船戸与一らしい、激しく強い書き出しで物語は始まります。丹沢山系の山間にある終の棲家で余生を猪狩りに熱中して過ごしていた男にもたされた一人息子の自死の報。いま、社会問題化している「追い出し部屋」における最期の日々を綴った息子の日記を前に男は何を想うのか。四十九日の法要を数日後に控えたある日、「遅い、一切が遅すぎる」という自身への憤怒を胸の奥底に秘めて男は新宿に向かう・・・・・・。週刊誌の仕事をしていた1970年代から80年代にかけて、新宿、なかでも区役所通り、職安通り、ゴールデン街のあたりに頻繁に通っていた時期がありました。ゴールデン街に行けば、必ず立ち寄ったあるバーには、誰かしら知った顔――作家だったり、ライターやライバル誌の気のおけない編集者だったり――がいて、時間を忘れて飲んだものです。船戸与一は、『新宿・夏の死』で、かつての「風林会館」前のたたずまいや、区役所通り、職安通りの様子を物語にうまく溶け込ませていますが、そんな情景さえもが新宿から足が遠のいた私にとっては「熱い日々」を記憶の中から呼び起こす手がかりとなってくれます。いっぽう、中国人の街と化した、いまの「新宿」。「国際都市」へと変貌を遂げてやまない新宿が舞台ですから、不良外国人の「清掃」を使命とする右翼組織や、コロンビアからやってきた売春婦やイラン人のドラッグ密売人など、時代性もたっぷり盛り込まれていて冒険エンタテイメントとしても面白く読ませる力作揃いです。とまれ、最初に紹介した「夏の渦」はかつての「馬鹿騒ぎと狂乱の日々」――誰もが生きることに一所懸命で、それこそまだ隠花植物視されていたおかまだっておかまなりの意地と矜持をもって生きていた熱い日々が新宿には確かにあったのだということが描かれていて読むものの胸を少し熱くします。そんな時代はもう戻ってこないのか――「夏の死」という言葉に「熱い日々の終焉」の意味をこめた船戸与一の想いを感じます。(2013/2/1)
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    投稿日:2013年02月01日
  • 17、13、8、6、4、4、5、13、2。この数字の羅列は何を意味しているでしょう?この数字は「課長」「部長」「取締役」「常務」「ヤング」「ヤング主任」「専務」「社長」「係長」と役職名(タイトル名)を変えて現在も連載中の「島耕作」のタイトル別の冊数です。「課長島耕作」は日本がバブル経済で賑わっていた時を舞台とした作品で、銀座での豪遊、アメリカ企業の大型買収、社内での権力闘争など、現在のデフレ状態の日本経済ではお目にかからないであろうイベントが描かれています。作者の弘兼憲史先生はマンガ家になる前に大手電機メーカーに勤務されており、その時体験されたことも参考にされているので、会社員の私にとっては良質なビジネス書に値する作品です。あと、コンスタントに出てくるお色気シーンも楽しみの1つです。(2013/2/1)
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    投稿日:2013年02月01日
  • 油断していたら思いっきり泣ける漫画に遭遇してしまった。それもそうとは知らずに手に取ったら・・そういうことってありませんか?絶対にオススメの一冊です。人前で号泣してみました。この土田世紀の「雲出づるところ」はお互いに深い心の傷を抱えながらも、引き合うようにして出会った主人公の十一(じゅういち)と出水(いずみ)の物語である。私はこの作品を読んだ時に、自分がもし十一と出水と出会ったならば、作品に出てくる第三者のように憐れんで見てしまうのだろう…と、自分の汚い部分や浅はかさをを十分に理解してしまった。人を理解するのは本当に難しい。しかし二人は幸せだったのだと思う。せめて自分の近くにいる人のことは大切にしようと改めて思えた作品だった。土田世紀の巻末のコメントがまた非常に素晴らしい。「他者の孤独の輪郭をやわらかくたどってみることが『愛する』ということ」(2013/2/1)
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    投稿日:2013年02月01日
  • 私がまだ小さかったころ、父の運転するバイクのタンデムシートにまたがりツーリングに行ったことがありました。行き先は千葉の銚子の方だったと思いますが、当時の私はバイクのスピード感に対する恐怖で、一日中ガチガチに緊張し、あまり楽しかったという記憶がありません。その当時、父の乗っていたバイクはホンダのXL250。今回紹介する『風を抜け』に登場するバイクと同じ、オフロードタイプのマシンでした。舞う土ぼこりや跳ねる泥、風の圧力などを実際に体で感じている錯覚を覚えるくらいに緻密に描写されているレースシーンも素晴らしいのですが、心震える印象的なセリフが各所に散りばめられており、個人的にはそれが嬉しかったです。「世界で1番速いヤツを、2番目にしちまいな!」いつか言ってみたいし、言われてもみたいですよね。タンデムシートが恐かった私も大人になり、昨年には大型自動二輪の免許を取得しました。いろいろと夢がふくらんでいる今日このごろ、馴染みのバイク屋さんにリトルカブを修理してもらっているのを待つ間に、この原稿を書きました。(2013/1/29)
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    投稿日:2013年01月29日
  • 格闘漫画は昔から変わらず人気のあるジャンルです。主人公とライバルが肉体と精神をガチでぶつけあうというシンプルなパターンからは、数々の名作・名シーンが生まれました。このジャンルは歴史は古く、作品も多いですから、90年代以降になると、ただ闘うだけではなく、テーマにしろ描写にしろ、特色のある作品が増えてきたように感じます。この『エアマスター』の特色がなにかといえば、それは「過剰な熱血」と「とんでもない“勢い”」です。壁にぶつかり、新体操の夢を諦めた女子高生・マキが、ストリートファイトを通じて、自分のなかに眠る「エアマスター」という“怪物”を覚醒させるというのが、物語の本線です。このマキの前に立ちふさがるのは、個性的というにはあまりに強烈なキャラクターたち。たとえば北枝金次郎。地元では負け知らずで、黒正義誠意連合を率いる金次郎も、アクの強い強敵たちに連敗。自分を見失い、謎のヒーロー「シズナマン」に改造されてしまいます。そんな金次郎も、物語の終盤で本来の自分を取り戻し、雄叫びをあげます。はじめは小さな「おおおお…」という叫びも、最後にはみたことのない大きさ(の文字)になり、その絶叫とともに最強の敵に立ち向かっていく。14ページにわたり150文字以上の「おおおお…」がつづくシーンを、そこだけ見たら「なんじゃこりゃ」と思うかもしれません。ただ、1巻から続けて読み、北枝金次郎というキャラクター…いや“人間”を知っている読者なら、絶対に必要なシーンだとわかります。150文字以上の「おおおおおおお…」を絶叫する、これが北枝金次郎だと。クセのあるマンガだと思います。全く合わないと言う人がいるのも分かります。ただ、魂が共鳴するような体験を一度味わえば、読み返すたびに何度でも、異常な勢いと熱量が蘇るのです。どんなに落ち込んでいても「エアマスター」を読み始めるだけであの「おおおおおおおお…」が条件反射のようによみがえる、そんな一撃必中なカンフル剤のような作品です。(2013/1/25)
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    投稿日:2013年01月25日
  •  2013年1月20日、オバマ米大統領の二期目の4年間がスタート、21日には首都ワシントンで就任式が行われましたが、それにしても「アメリカ」って、なんだろうか。iPadの画面に表示された『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文藝春秋、2012年8月31日に画像型配信、後にリフロー型に切り替え再配信)の表紙、明快すぎる書名を眺めながら考え込んでしまいました。
     著者の町山智浩さんは1962年生まれ、アメリカ合衆国カリフォルニア州在住。映画評論や多彩なコラムを執筆している人気コラムニストです。
     町山さん、のっけからアメリカ人の無知さかげんをやり玉にあげて、本書序章をこう書き始めます。

    〈筆者が毎晩欠かさずに観るアメリカのテレビ番組は、夜11時半からの国民的トーク・ショー『トゥナイト』。この番組でいちばん面白いのは「ジェイウォーキング」というコーナーだ。司会のジェイ・レノが街頭の人々に、小学生レベルの質問をしていく。例えば北京オリンピックの最中には、こんな感じ。
    「今、オリンピックやっている国はどこですか?」「アメリカ? ・・・・・・じゃないのね・・・・・・」
    「ヒント。アジアです」
    「タイかしら?」
    「・・・・・・オリンピック発祥の地は?」「アメリカ?」
     答えているのは小学生とかチンピラじゃない。きちんとした服装の白人女性だ。レノは思わず尋ねる。「ところで職業は?」
    「大学生。教育学部よ。先生になるの!」
     ギャフン。スタジオの観客は大爆笑。(中略)
     この手の番組はあまりに面白すぎて、「ヤラセ」や「仕込み」じゃないの? と疑ってしまうが、これが現実だ。
     ナショナル・ジオグラフィック(全米地理学協会)が、2006年に18~24歳のアメリカ人に対して行った調査によると、88%は世界地図を見てもアフガニスタンの位置がわからず、63%はイラクの場所を知らなかった。
    「アメリカが外国に戦争をしかけるのは地理の勉強をするためだ」というジョークがある。パスポートをもっているアメリカ人は国民の2割にすぎない。他の8割は外国に関心がない。彼らが外国の土を踏むのは、銃を持って攻め込むときだけだ。
    「でも、外国の場所なんか、俺もあやふやだよ」という人は、さらにナショナル・ジオグラフィックの調査を見て欲しい。アメリカの地図を見てニューヨーク州の場所を示せない者が5割もいたのだ。
     これが世界一の覇権国家の将来を担う若者たちの現実である。〉

     あまりにも面白すぎて、引用では省略しましたが、街頭インタビューが流行(はや)りに流行って、以下のような抱腹絶倒なのですが、これで大丈夫なのか他人事ながら気になってくる珍問答が電波に乗って全米を席巻しているようです――。
    「今まで世界大戦は何回あった?」「三回?」
    「ヒロシマ、ナガサキといえば?」「ジュードー?」
    「ベトナム戦争でアメリカは勝った? 負けた?」「え? もちろん私たちの勝ちでしょ! ・・・・・・ベトナム戦争ってアメリカがしたんだっけ?」
    「9・11テロの犯人の宗教は?」「ヒンズー!」
    「アルカイダって何?」「テロリスト! イスラエルの」
    「この世界地図でイランを指差してください」その紳士が指差したのはオーストラリアだった――日本人でイランはここと言いながらオーストラリアを指差す人はあまりいないのではないでしょうか。ニューヨークの場所はともかく、東京の場所を知らない日本人はまずいないでしょう。
     著者は「無知なアメリカ人」がどうして生まれてきたのか、いつのころから発生してきたのかに思考をめぐらせ、文献をあたり、新聞、テレビなど当のアメリカ人が目を向けないメディアに目を光らせ、探求していきます。こうして、アメリカの笑うしかない現実――アメリカで生活しながら見聞きしたバカげたニュースを集めたのが本書です。
     目次を一読しただけで、私たちが知っているようで実はなにもわかっていないアメリカという国の素顔が見えてきます。安倍新首相は最初の訪問国としてアメリカを希望しながら、オバマ大統領側からは日程的に「日米首脳会談」は無理とすげなく断られてしまいましたが、そもそも「アメリカ」とは何か、これからの時代にどうつきあっていけばいいのか、を草の根の民の視点で再考するべき時なのかもしれません。バカげたニュースを集積した本書はそんな時がきていることを雄弁に物語っているような気がします。
     最後に著者の一言――「笑って読んで欲しいけど、ムカッときたらごめんなさい。ちなみに、リック・シェンクマン著『アメリカ人は嘆く われわれはどこまでバ カか?』(扶桑社、2012年12月28日配信)によると、自分たちの国が日本に原爆を投下した事実を知っているアメリカ人は49%にすぎないそうです」
    (2013/1/25)
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    投稿日:2013年01月25日
  • ヒカ碁だあああヾ(@⌒▽⌒@)ノワーイ! 連載当時、子供たちの間で空前の囲碁ブームを巻き起こし、話題を呼んだ有名な囲碁マンガです!囲碁をテーマにしたマンガって珍しいと思いますが、こちらは平凡な少年が天才囲碁棋士の霊に取り憑かれたことで囲碁の世界に巻き込まれていく…というわりとファンタジー色の強いお話です。平安時代の天才棋士・藤原佐為の霊に取り憑かれた主人公・進藤ヒカルが、佐為と関わることで囲碁の面白さを知り、同い年のライバル・塔矢アキラと出会い、「神の一手」を目指し成長していくストーリー。緻密で繊細な絵柄と、熟考され伏線を張り巡らされたパズルを読み解くようなストーリー展開に、続きが気になって気になって、気づいたら時間も忘れて夢中で読みふけっておりました大学生当時。特に15巻の…佐為が……うっ・゚・(ノД`;)・゚・ではもう号泣しまくりでしたねー……物語的にこうなることは決まってたと思いますが、佐為の出した結論が切なすぎて…。その後のヒカルも見てられなかった。でもライバルであるアキラの存在が、ヒカルを悲しみから引っ張りあげてくれたんですね。そこで私の腐脳も活性化するわけですが、今回はそれは置いといて、とにかく物語が素晴らしいです!まだ読んでない方は絶対ハマるので是非一読を~!私もこれ読んでおじいちゃんと囲碁やろうと思いましが、ルールが難しくて断念しました…orz(2013/1/25)
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    投稿日:2013年01月25日
  • 現役バリバリの猟師生活を送る作者による猟生活実録エッセイ(?)コミック。「猟師」をテーマにしたマンガって、どうしてもマタギ感というかオス感というか、劇画っぽいものをイメージしがちですが、この作品は軽やかでゆる~い雰囲気。作者の風貌もロンゲの今風兄ちゃんで、「バンドマンの兄ちゃんが猟師もやってる」くらいの感じです。ただゆるいとはいえ知識のないこちらからすると猟の様子は非常にエキサイティング。山へ分け入り鳥を撃ち、罠を張って猪を獲る。リアルモンハンですよ。当然こういう話では避けて通れない「命」についてもきちんと触れているのですが、そのうえで「猟師、いいな…」と思わせるだけの面白さがこの作品にはあります。これを読んで、「銃の免許取ってみようかな」「猟やってみたいな」と思う人は間違いなく増えますよ。(2013/1/22)
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    投稿日:2013年01月22日
  • 「地震・雷・火事・親父」とは、怖いものを順に並べた言葉ですが、最近、親父はなかなか当てはまらないようです。威厳があって子供から恐れられる親父って、確実に減ってますからね。石原まこちんの自伝的漫画『GENGO』の書名は、親父の名前からなのだそうです。通常、「第5巻」等と示す表記が「ROUND5」等と記されていることからも、バトルを予感させる内容ですが、まさに「ニートVSガンコ親父」で物語は始まります。高校を卒業して、就職祝いに親父から30万円の腕時計をプレゼントされるのですが、主人公の誠は働くのが嫌で、なんと入社3日目で退職してしまいます。ガンコ親父でなくても、家庭内の雲行きは怪しくなりそうな幕開けです。その後は、他人から「いま何してるの?」と聞かれるのがいちばんつらい状況の毎日が描かれます。で、この漫画の何が面白いのかというと、誠の前にある日「姫」が現れ、「ハタチまでに 何か一つ 私がおどろくようなコトを 成しとげたら 付き合ってあげる」と言われてからの展開です。最終話まで、目が離せなくなりました。黒々と鬱屈した毎日が続く中で、まばゆい夢は叶うのかどうか、お楽しみください。(2013/1/18)
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    投稿日:2013年01月18日
  • 【博学知識1】開店前の料理店の店先。掃き清められ、打ち水がしてあって、じつにすがすがしい。そして、夕闇の中に白く浮き上がっている盛り塩。これはいったいなんのためにあるのか? 【博学知識2】日本ではおめでたいときに「万歳」を三唱しますが、この習慣はいつ始まったか? 【博学知識3】ひな祭りのときに菱餅を食べ、赤飯にハマグリのお吸い物を用意します。ひな祭りは女性の祭り。そのひな祭りに菱餅、ハマグリというのはどうしてか? 【博学知識4】 映画館の暗がりにポッと灯っている非常口の標識。この標識に2種類あることに気がついていましたか。白地に緑の文字と、反対に緑地に白抜き文字の2種類ですが、それぞれの意味、違いとは? 以上は正月休みに好きな赤ワイン片手にiPadで『退屈しのぎの博学知識塾 1』を読んでいて、答えがわからずメモしておいた知識の一部、特に気になった項目です。この本、168ものクエスチョンが「1時間目」から「7時間目」までの7つに分けて並んでいるスタイルで、どこから読んでも、また気になるクエスチョンを拾い読みしていってもオーケーの自在さが特長です。書名の「退屈しのぎ」は言い得て妙というか、肩をはらない本のイメージを強調しつつも、流行(はやり)の「雑学」とせずに「博学」と胸をはっているところに、著者や編集者の意気込みを感じます。とまれ、上掲の気になるクエスチョン、そんなことはとっくに知っている、わかっているという読者もいらっしゃるだろうとは思いますが、同書からアンサーを引用してみましょう。まず1番目のQ(料理店の店先の盛り塩の由来)についてです。〈店先のすがすがしさにダマされて、つい清めの塩ではないかと思ってしまう。相撲の土俵にまかれる塩からの連想だ。ところがどっこい、みかけの清らかさに反して、そこには商売人のしたたかな下心がこめられているのだ。昔の中国の皇帝は、後宮に妃を三〇〇〇人囲い、牛車で夜ごとその住まいを訪問していたが、いかに精力絶倫でも、三〇〇〇人にまんべんなくとはいかない。まあ三〇〇〇人はおおげさとしても、妃の側からすれば競争率が激しいので、よほどのことがなければ通ってはもらえない。そこで、頭のいい妃が家の前に盛り塩をしたという。すると計画通り牛車がとまり、その夜は寵愛(ちょうあい)を受けることができた。その秘密は、ウシの大好物が塩だったから。草食動物は、塩分をつねにとらなくてはならないから、塩には目がない。目の前に盛られたら、ウシはテコでも動かない。その習性を知っていたこの妃は、盛り塩で牛車を釘づけにしたというわけだ。この話から、きてほしい人を招きよせるおまじないとして軒先に塩を盛るようになったわけだが、商売人にとって、きてほしい人とはお客さんだから、これが転じて客よせのまじないとなったのである〉じつは私も「清めの塩」と思い込んでいました。それが「客よせのまじない」とは。そもそもウシが塩に目がない――目からウロコとはこのことです。もう一つ、正解をみてみましょう。3番目のQ【博学知識3】の「ひな祭りにつきものの菱餅とハマグリ」についてです。〈菱餅は、前出の樋口清之先生(引用者注:歴史学者)によると、ズバリ、女性器をかたどったものだという。その原型は、宮中の正月行事の席に出される「お菱はなびら」という餅。小豆をまぜた餅米でつくったこの菱形のピンク色の餅は、中心部にゴボウが配置され、そのまわりを白い餅で囲んである。みれば、それとすぐわかるそうだ。女性器を月経の血でけがれたものとする見方があるいっぽう、もっと古い原始信仰では生命力と邪気ばらいの象徴としてあがめ、その霊力にあやかろうとする考えがあった。そうした伝統を引いたのが菱餅であり、そこには女性の生命力を祝う素直な気持ちが表されている。では、赤飯とハマグリはどうか。赤飯は祝いのしるしだからいいとして、ハマグリの意味だが、これはその二枚の貝殻がほかのものとは絶対にあわないことから、貞操堅固の象徴としてとり入れられたらしい。江戸時代には、嫁入り道具に貝桶(かいおけ)というハマグリの貝殻を入れる桶があったが、これもそうした意味からだった。つまり、こちらは女性の生命力の象徴としてではなく、封建倫理の名残(なごり)がそのまま引き継がれたものである〉Q2の「万歳三唱の由来」、Q4の2種類ある「非常口」の意味するところについては、1時間から2時間の「退屈しのぎ」にはうってつけの本書をどうぞひもといてみてください。(2013/1/18)
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    投稿日:2013年01月18日
  • 以前『アイツの大本命』をブサイク受けだ~わ~い!!ヾ(≧∇≦)ノ"とオススメしましたが、こちらはその原点ともいうべきでしょうか…ブサイクではないけど面食いの平凡受けと美形たちが織り成す物語です☆ 伝説の美しい兄を持つ唐沢ことりは、自分の凡庸さがコンプレックスになっている普通の高校生。だけど兄の影響か、超☆面食い!! 凡人顔のことりが、イケメンたちに囲まれて、イケメンたちに溺愛される…というとっても美味しいBLです!(*´Д`*) ことりの周りは兄・孔雀を筆頭に、同じクラスもわざと集めたみたいにイケメン揃い!イケメン好きとしてはハーレム状態ですね!(*´∀`*) そして超美形な赤岩に恋をして、両想いに…!? ことりは平凡だけど、健気で優しくて可愛らしい雰囲気を持っていて、周りのみんなから愛されてるのに自分の魅力に気づいてません。そんな鈍感なことりが、他のイケメンに目移りしないか赤岩は不安だったり、ことりはことりで、赤岩が美形でモテるのが心配だったり…ちょっぴり切なくって甘くってほのぼのと癒される…そんな恋の物語です。そして番外編では、美形の兄・孔雀のお話が。実は血の繋がらないことりに密かに恋心を抱き、想いを隠し続けている…という切ないですが、兄弟愛好きーとしては非常に萌えました!ヾ(*´Q`*)ノ 目の保養にどうぞ♪
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    投稿日:2013年01月18日
  • 何年か前のこと、夕方のニュース番組の特集で「現代に残るバンカラ」といったようなタイトルで、東北地方のとある高校で受け継がれているバンカラスタイルの応援団に在籍している男子高校生を取り上げていました。擦り切れた学帽と学ラン、足には下駄。その装いも印象的だったのですが、何よりも心を打たれたのは、あどけなさの残る彼らが一生懸命「応援団らしく」振る舞おうとするそのコントラストでした。ちぐはぐな感じがくすぐったいような、でも見守ってあげたいような。そんな興味深い特集でした。この作品は「古き良き時代」からちょっと下った1980年代から90年代にかけての応援団の姿を描いたものです。応援団≒バンカラ≒不良という図式はなんとなくみなさんの頭の中にもあるのではないでしょうか。もちろん他校の応援団や暴走族などとのケンカのシーンもあるのですが、それ以上にこの作品を形作っているのは主人公・橘薫をはじめとする登場人物たちが繰り広げるヒューマンドラマです。月刊誌に連載されていたということもあって読み切りが多いのですが、そのどれもが一本の映画にできるくらい素晴らしい話です。読後、無性に学校が懐かしくなりました。
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    投稿日:2013年01月15日
  • 警視庁公安部外事一課の捜査員・倉島――ロシア担当の外事警察官を主人公として始まった、今野敏の新シリーズ。『凍土の密約』は、『曙光の街』『白夜街道』に続く、その3作目です。殺人事件などの犯罪捜査にあたる刑事を描く一般的な警察小説とは趣が異なります。そもそも公安、外事とは何か。今野敏は作中でこんな風に説明しています。〈日本には諜報機関がない。アメリカには、NSA(国家安全保障局)や、CIA(中央情報局)があるが、日本でその役割を担っているのは、公安調査庁でも内閣情報調査室でも、外務省の国際情報統括官組織でもない。警察庁の警備局ですらない。東京都の警察である警視庁が、その任務を果たしているのだ。だから、警視庁公安部の規模は、人員も予算も公表されているものの数倍はある。公安の捜査員の多くは、その身分が厳しく秘匿されている。彼らは、敵対組織に潜入したり、人知れず商社の社員として働いていたりする。また、エース級の公安捜査員は、領収書なしの金をほぼ無制限に使える。倉島も、その恩恵に与(あずか)ることがしばしばある。昨日の夜の飲み代も、領収書いらずの経費だった。公安の仕事は、日本という国家を守ることなのだ。それに負い目を感じることはないと、倉島は思うようになった。(中略)日本人は平和ボケしていると言われている。それは、いざ平和でなくなったときに対処できないという考えが前提になった発言だ。平和ボケ、いいじゃないか。倉島はそう思う。平和ボケのまま、ずっと暮らしていければいいのだ。平和ボケしていられる国を守り続けること、それが、自分の役割だと、倉島は思うようになった。それが、公安の誇り〉いわゆるエース級一歩手前の倉島捜査員に、赤坂署に設置された殺人事件の特捜本部に加われとの命が下された。しかもその指示は警察庁警備企画課から名指しで出されたものだった。殺されたのは、派手な街宣で知られる行動右翼の幹部。在日韓国人で、鋭利な刃物による刺創と切創が一つずつ。なぜ自分が殺しの特捜本部にといぶかる倉島だが、その眼前で新たな殺しが続く。ロシアとの取引を資金源としていた暴力団の組員、ロシア人ジャーナリストが連続して殺害された。ロシア人ジャーナリストは倉島とともに捜査に当たる捜査員が情報源としていた男だった。そして、やはり公安に協力していた大学教授が死体で発見される。4人を殺害した手口は鮮やかで、たとえば二人目の犠牲者である暴力団員の場合、背後から心臓を一突きされていた。それが致命傷で、他に傷はなかった。肋骨の間に刃物を滑り込ませるようにして突き刺している。軍隊などでかなり高度な訓練をうけた殺しのプロによる連続殺人と見て間違いないものの、目撃情報はまったくなく、特捜本部の捜査は難航する。4人の犠牲者に共通する「ロシア」との関わりに着目した倉島は独自の捜査を進め、ロシア人協力者からの情報提供を得て犯人に迫るが、なぜ4人を殺さなければならなかったのか、背景の解明がいっこうに進まない。じつは諜報戦争を戦う倉島たち、公安外事捜査官にとっては、極論すれば容疑者の逮捕よりも、なぜ殺さなければならなかったのか、人を殺してまで得ようとしたものはなんなのか、目的の解明こそが重要で優先すべきものだ。だから、犯人を特定しておきながら、その情報を特捜本部の刑事には提供せずに秘匿する。殺人者の身柄を押さえたところで、事案の根が解明されなければ、第2、第3のプロが送り込まれてくるだけのことで、「戦争」は終わらないというわけです。あくまでも裁判に耐えうる証拠、自白を求める刑事警察に対して、証拠や自白にこだわらない、事実だと納得できる情報さえあればよしとする公安。こうした姿勢、考え方の違いは当然、捜査方針、方法の違いを生みだし、内部対立が激化していきます。公安と刑事の対立が物語に奥行きを与え、緊張感あふれる展開で読者を引きこんでいくところは、さすが警察小説の名手・今野敏です。そして、思いもかけない結末――倉島は殺されたロシア人ジャーナリストが遺した「釧路」「留萌」というキーワードにたどりつきます。釧路と留萌。直線で結べばちょうど北海道を二分することになる二つの地名が「凍土の密約」というタイトルに深く関わる重要なメッセージとなっているのですが、それはここでは触れないでおきましょう。(2013/1/11)
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    投稿日:2013年01月11日
  • いま連載中のジョジョがある――。この作品がスタートしたとき真剣に”あっ、こんなにうれしいことだったんだ”と思いました。当時はずいぶんやきもきしたことをおぼえています。この前のシリーズである『ストーンオーシャン』が連載誌での立ち位置を微妙にしたまま、これまでのシリーズの流れをぶっ壊した形で終了し、新章スタートまでずいぶん間が空いたんですね。次はジョジョじゃないかも?なんて噂もあったり、また連載が再開してもしばらくは正式に第7部とは謳ってくれず、実質7部のようなものというアナウンスがあり、落ち着いたかなと思ったら掲載誌移籍。いや打ち切りのピンチか?とドキドキものでした。ただこの月刊ペースへの移行が結果的に良かった。いいタイミングだったなと思います。アメリカ大陸横断レースがメインで、舞台も砂漠に草原、山、海、都市と次々変わり、スタンド以外に回転という概念も導入。バディものであり師弟ものでもあり、そして宗教的な謎が絡むといった壮大かつ挑戦的な内容。月刊誌のボリュームが見事にハマった。ジョジョのシリーズは序列をつけにくいんですけど、いまのところ一番はこれですね。(2013/1/11)
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    投稿日:2013年01月11日
  • 伝説のパワフルヒット作・花男、ついに登場!懐かしいな~初めて読んだのは小学生の頃だっけか…学生時代、一大ブームになりましたね!連載も12年と長く続きました。その後、テレビドラマ化もされ、こちらも大ヒット!! Flower 4――“花の四人組”こと「F4」がカッコイイのなんのって…(*´ω`*) わたくし、深夜に放送されてた台湾版も見ておりましたが、こちらのF4もかっこいいっす! ド貧乏ながらも、超金持ち名門高校に通う主人公の牧野つくしが、学園を牛耳る御曹司4人組・F4とぶつかり合い、様々なトラブルに巻き込まれながらも、持ち前の明るさと雑草魂でたくましく生きていく姿を描いた、痛快青春ラブストーリー! F4のメンバーは、道明寺財閥の御曹司・司、花沢物産の御曹司・類、日本一の茶道の家元「西門流」の跡取り息子・総二郎、総合商社の後継者・あきらと、超絶お金持ちの美形揃いで、傍から見ると逆ハーレムですなw 普通の感覚では考えられない華やかでゴージャスな生活が見どころ☆ そしてこの作品で面白いのが時代背景ですね。連載当初はバブル崩壊の頃で、ジュリアナブームが到来! ポケベルが流行し、その後登場人物たちの通信手段は携帯電話へ…12年の間にこれだけ変化があったんですね~。誰もが羨むシンデレラストーリー(*゚▽゚*)身分違いの恋の結末は!?
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    投稿日:2013年01月11日
  • 矢吹丈。永遠のヒーローという代名詞がこれほど似合うキャラは他にないと思います。手のつけられない不良だったジョーが、ボクシングと出会い、力石というライバルと出会い、目標(=あした!)へと歩んでゆく物語!! タイトル天才すぎますよね…。『ジョー』といえば、ラストシーンがあまりに有名ですが、その最大の布石は、紀ちゃんとの公園の場面でした(※いちおう以下ネタバレ注意です)。「もうボクシングやめたら」という紀ちゃんに、めずらしく胸の内を吐露するジョー。「負い目や義理だけで拳闘やってる訳じゃないぜ」「後には真っ白な灰だけが残る……(中略)そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ」。ここまで読んできて、初めてジョーの秘めた思いに触れた気がします。あんなセリフを聞いたら、ぐっときますよ。ところがなんと紀ちゃん、ここでジョーのもとを去っていってしまった……! 男と女の温度差を、これでもかと突き付けるシーンでございました。もうあれで僕は決定的にジョーの応援団になりましたよね。紀ちゃんがいなくても俺がいるよ、と。俺だけは分かってるよ、と。(きっとみんなそう。)こんな風に、想いをよせくれる人と別れ、パンチドランカーの恐怖を打ち払い、世界の頂点たる男・ホセとの戦いを目指すジョー。パチンコだけでもじゅうぶん食べていけるほどの腕前を持っているのに、なぜそんなにがんばるの…、もう十分じゃないですか…、と何度思ったことでしょう。やめることの許されない戦いをつづけるジョーの姿。苦しみもがき、また次に挑む。果てしない繰り返し…。はたからみると破滅的だけど、そこにヒーロー像を見てしまうのが男子というもの。ジョーの生き方には、揺るぎない情熱と信念が表現されています。やっぱりジョーは永遠のヒーローです。 …以上、あしたはどっち?なシダがお送りしました(・∀・)  (2013/1/8)
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    投稿日:2013年01月08日
  • 「朱よりも赤く、炎より深い――」それが、緋色です。陶芸の世界では、その緋色を出すことは至難の業であって、名工たちの見果てぬ夢なのです。これは『緋が走る』(原作:ジョー指月 漫画:あおきてつお)の序文からの受け売りですが、この作品は陶芸の町である萩を舞台に、緋色の器を目指す女性陶芸家の物語なのです。急死した陶芸家の父の遺志を継いだ美咲(みさき)が、陶芸の世界へ入るのですが、それは厳しく果てのない道のりで、それだけに人生をかけるやりがいもあるようです。原作者の綿密な取材の裏打ちと陶芸に対しての熱い思いが伝わってくるようです。それは、萩城の通称を表すユニークなペンネームにも込められているのかもしれません。緋色を作り出すような窯の炎のように胸を熱くさせられる作品なのです。(2013/1/8)
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    投稿日:2013年01月08日
  • 〈・・・男たちは前後から角川を挟み込み、ひとりがいきなり物もいわず、角川の両肩をつかんで局部に膝蹴(ひざげ)りをくれた。顔をしかめて前に屈(かが)む角川の頬(ほお)に拳が叩(たた)き込まれ、角川は後ろに足をもつれさせてたたらを踏んだ。「おっさん、悪いけど、きょうはゴルフどころやないで。命もらいに来た。死んでもらうで」上の歯左右に金歯の光る男が、左手で角川の肩をつかんで支え、同時に右手はベルトから拳銃を抜き出して角川の脇腹に銃口を押しつけた〉溝口敦のドキュメンタリー小説『民暴の帝王』は、関東一円に根をはる広域暴力団・稲森会幹事の角川孝が早朝、自宅前で襲われ拉致される迫力シーンで始まります。1992年に光文社カッパノベルスで出版され、翌93年には小林旭、渡瀬恒彦主演で映画化されました。著者のノンフィクション作家・溝口敦は、この作品の直前、1990年に東京都新宿区高田馬場の仕事場の前で何者かによる襲撃を受けています。山口組関係の著書が引き金となったと見られていますが(犯人は逮捕されず時効となっています)、そうした経験もあってか、暴力団など日本の裏社会、地下帝国を徹底的に追究するノンフィクション作品を世に問うてきた溝口敦が、フィクションとして描くことで「業界」の深層にせまろうと試みて、注目を集めたシリーズ第1作です。2006年には、東京三鷹市の路上で著者の長男がハサミを持った指定暴力団山口組元組員に太腿を刺されて重傷を負うという事件が発生していることからも、その著作がいかに真相に迫っていて業界にとって「危険」なものであるか、わかろうというものです。さて『民暴の帝王』です。映画では小林旭扮する「大和会理事長・江田晋」は原作では稲森会の石毛晋です。民暴、すなわち民事介入暴力で大きな力を持つ経済ヤクザですが、稲森会の名前からは実在の広域暴力団・稲川会の存在が容易に思い浮かびます。また、対抗勢力として日本最大の暴力団、大阪に本拠を置く「山内組」が登場してきますが、これはいうまでもなく山口組を想起させます。そして何より、ストーリーの根幹をなすのが、太平洋相互銀行――資金量1兆円、首都圏100店舗の相互銀行界の雄であったが、創立者の大規模リゾート施設構想が引き金となって経営危機と内紛が表面化、右翼や暴力団の食い物にされてきた――をめぐる東西の民暴の利権争奪戦争。太平洋相銀は結局、三友銀行によって吸収合併されるに至るわけですが、こうした設定は、かつての住友銀行による平和相銀吸収合併の経過がそのまま下敷きとなっているかのようで、暴力団組織同士の思惑を秘めた交渉、駆け引き、権謀術数などのディテールは、さすがと唸らせるリアリティです。民暴はいかにして、つけ狙った企業に入り込み、食い物にしていくのか――。太平洋相銀=三友銀行のゴルフ場計画に食い込もうと企む稲森会の石毛を乗せた車が非上場とはいえ宅配便で急成長を遂げたウドウ輸送本社の玄関口に乗り付けたシーン。〈石毛はノックもせずに会長室に入り込むと、いきなり立ったまま切り出した。「きょう来たのは、会社ごとゴルフ場を買わないか、と思ってね。いや、冗談。買うのは私で、あんたは名義貸しだ。会社の名前で株を買ってもらいたいし、あんたの名前で役員にもなってもらいたい。ものはゴルフ場だけど、変な会社じゃない」あずさみカントリーを所有するためのダミーは茂木が探すということだったが、石毛にしてみれば気の置けない仲間の方が便利である。あずさみ開発社長の名義人としては有働がよかろうと石毛は考えたのだった。(中略)石毛は茂木信夫が持ち込んできた話をかいつまんで有働に伝えた。ウドウ輸送は宅配便で急激に伸びている会社だから、社会的な信用という点では問題がない。有働には否も応もない話だった。石毛のいうことなら何でも聞く金庫みたいな存在である〉自らは経済活動の表にはけっして出ることはなく、一般社会で堂々と活動できる企業経営者を名義人として裏で操るようにして利権を手にしていく。いうまでもなく、これは第一歩で、利害が衝突する邪魔な存在が現れれば、あらゆる手段――暴力の行使も含めて――を用いてこれを排除することもいとわない。いまや民暴は一般社会と切り離された特別な世界ではありません。見るからに暴力団員という存在ばかりではありません。どう見てもできるビジネスマンという存在が知恵も暴力(力)をもつ民暴であったりする時代。あなたの隣にある危機、民暴の世界を描く迫真作。大きな文字で読みやすい小学館eBooksから2012年秋にリリースされた注目書です。(2013/1/4)
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    投稿日:2013年01月04日
  • この作品が大ブレイクした当時、モデルになった北海道大学能獣医学科の受験者が激増したそうで。バブルのしっぽの時期でもあって、シベリアンハスキー犬を飼うことがブームにもなってましたね。で、少し落ち着いたころに、ドロップアウトした人が多かったとか、犬が大きくなりすぎて困ったとかというオチがあって…。私も相当ハマっていたので、流行ったころが受験前だったら、下手をすればこの人たちと同じ運命だったかもしれません。チョビみたいな大型犬と遊びたいなあとか、こんな感じの人と研究できたらいいよなあ、とか本気で思ったかも。ただ、そのころ私は同じように生き物を扱う農学部に在籍しており、変に憧れるところがないぶん、けっこう冷静に読んでいた気がします。特に登場人物の個性的な設定については、菱沼さんや漆原教授みたいな人が身近にいたこともあり、実際いたらとんでもなく迷惑、と実感してましたから。むしろ、そんな人たちをコミカルに描けるなんて、漫画恐るべし!と感じた作品です。きっと『銀の匙』でも同じような現象が起こるんだろうなあ…。(2013/1/4)
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    投稿日:2013年01月04日
  • 高久尚子さん大好き!ヽ(=´▽`=)ノ これはねえ~…ホント色々面白くて笑い転げましたよwww 服の上からでも下半身を見ただけでアソコの形や大きさまではっきりと鮮明にわかる包茎整形治療の名医・犀川千博が、ケータイショップの販売員・浅野歩の「絶世の美チン」に一目ぼれ!! …という、とても斬新なお話です…!!!!(* ̄∀ ̄) 千博は「君(のアソコ)は世界一美しい」と猛烈にアプローチするけど、歩は複雑な気持ちで素直に喜べなくて…!? うーん、これだけ書くと完全にギャグだよなあwww でもこれコメディとしても(!?)すっごい面白いんです!! 千博の歩に対する(下半身にだけではない)愛もちゃんと伝わってきますよ!W そして名医だけあって、アソコのお取り扱いはお手のもの…(笑) 歩は幸せ者ですね~(*´∀`*)ウハウハ しかしそんな幸せな歩にも悩みは尽きない! 千博は仕事で毎日、他の下半身と接しているし、中には美チンもいるわけで…いつ他の下半身に目移りしてしまうかと、心配でたまりませんw でも大丈夫! 千博は醜い下半身を見る毎日にうんざりし、歩の美しい下半身とかわいい笑顔に癒しを求めているわけで…うん、てかやっぱ書くとギャグだなあwww いえいえ、でもちゃんと恋愛の切なさも甘さも、エロも萌えもあってホントに面白い作品でオススメです!D=(´▽`)=b♪
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    投稿日:2013年01月04日
  • 三ノ輪生まれということもあってか、荒木経惟氏は東京の街並をよく撮影しているように思います。この『東京風』に収められているのは新宿、池袋、六本木、浅草の街と外国人労働者を中心とした人々の日常です。撮影されたのは1992年。繁華街の風景は今よりももっと猥雑で混沌とした印象を受けます。石原慎太郎さんが「ゲロのような街」と表現した東京の街もこの20年で少しは洗練されたのだな、と感じます。そんな猥雑な世界にあって、そこに写る人々の表情にはどこか間が抜けていて微笑ましい印象をうけるのは、荒木さんの力でしょうか。好景気のなせる業なのでしょうか。ここに笑顔で写っている人たちは今何をしているのだろう。故郷へ帰ったのだろうか。どこかでこの時代の生活を懐かしんだりしているのだろうか。「東京」のアウトサイダーであり、一方で当時の「東京」を象徴するような存在だった外国人労働者たちの日常の姿を見ていると、ついそんな想像をしてしまいます。(2013/1/4)
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    投稿日:2013年01月04日
  • 老嬢――「未婚のまま婚期を過ぎた女。年とった未婚の女。オールドミス。老処女」と辞書(日本国語大辞典)にあります。林真理子『初夜』は、そんな老嬢の人生を描く11の物語からなる短篇集。東京から急行で2時間ほどの地方都市に暮らす老嬢の、鬱屈した生活、心の奥底に秘めた思いを見つめる林真理子の視線は、表向きの笑顔に隠されたオンナの本音を射貫いてみせます。「女は恐い」という言い方がありますが、独身アラフォーのどこにでもあるような日常をさりげなく描きながら、密やかにしまい込まれていた本音が出口を求めて蠢くような、彼女たちの物語を読み進めていくうちに、この「女は恐い」という言葉がゾッとする思いとともに浮かんできました。なかでも9番目に収録されている『帰郷』が出色です。東京での暮らしに区切りをつけて生まれ故郷の町に帰ってきた幼なじみの二人の葛藤を通して、オトコには見えてこないオンナという生きものの奥に潜む悪意を描き出して不気味です。〈私は子どもの頃から松子が大嫌いであった。彼女も私と同じぐらい、いや、それ以上に私のことを嫌っていた。その原因に名前のことがあると誰かが言ったものだ。彼女の松子という名前は、当時の田舎でも珍しいほど古めかしいものであった。松子は私の“絵里果”という名前に激しく嫉妬したらしい。他の友達のようにエリカちゃんとは呼ばず、エッちゃんとわざと平凡に発音した。そんな私たちがどうして一緒に遊んでいたかというと、そのあたりで同い齢の女の子は私たちだけだったからだ〉二人しかいない同年齢の友だちだが、自分の古めかしい名前に比べていまふうの名前が羨ましいを超えて妬ましくてしょうがない、だからみんなと同じように「エリカちゃん」とは呼ばず、平凡に「エッちゃん」と呼んだというのです。子どものときから、底にある種の感情を秘めながら表向きは友だちとしてフツウに遊ぶ二人に、忘れられない事件が起きます。暑い夏の日、遊びに来た絵里果を松子は川原に行こうと誘います。真新しい大人もののサンダルを借りて履いた絵里果が川に入っていった時のことです。〈私はスカートの裾をさらにたくし上げ、そろそろと真ん中に向かって進んでいった。大人もののサンダルは、私の足に合わず、非常に歩きづらい。一歩一歩踏みしめて歩く。水の冷たさが、私たちの遊んでいた小さな流れとはまるで違う。底の石も意地悪く尖(とが)っていると思った瞬間、私は流れに足を取られた。私はとっさに近くの岩に手をついた。水が太ももから入り、下着まですっかり濡らした。気がつくと左足の裏にしっかりとした石の感触があった。目の前を赤と白のサンダルがぷかぷかと浮いている。手を伸ばしたが届かなかった。サンダルは急にスピードを早め、水に抱かれて進んでいく。夏の光の中、それはまるで悪夢のようであった。映画の一場面を見ているようで、とても現実のこととは思えない。大人のものを勝手に借り、それを紛失してしまったということに、ようやく私は気づいたからである〉松子の母はサンダルのことを聞くなりいきなり娘をぶった。絵里果の目の前で、松子の髪をつかんで思いっきり打擲(ちょうちゃく)した。許してと泣き叫ぶ松子。絵里果も体を震わせて泣いた。おばさん、許してあげて。悪かったのは私なの。ぶつなら私をぶって・・・・・・。〈いま思い出してみると奇妙な出来ごとであった、新品といっても、たかが普段履きのサンダルである。後に私の母親が新しいものを買ってわびに行ったが、近くの下駄屋で似ているようなものをいくらもしない値段で買えたという。松子の母親はどうして私の目の前で娘をあれほどまでに折檻したのだろうか。そして激しく泣き叫んだ松子。あれは私をいたぶるために、母子で仕組んだ芝居だったのだろうかとふと思うことがある〉中学、高校と進み、離れていった二人が、それぞれの事情をかかえて故郷の町に戻ってきます。そして松子の末娘・理沙が、絵里果が開いた英語塾に入室して、二人の思いが再び交錯します。松子はたくさんのものをもって町に帰ってきたという絵里果の嫉妬心。絵里果の前に、保育園の黄色い帽子を被った理沙の姿。「先生」と近づいてくる理沙。〈「理沙ちゃん、川原に行こうか」こっくりと頷いた。(中略)川原の水は冷たい。濃くなった闇の中でいっそう冷たく感じる。理沙は私に寄り添って傍らにいる。私が水の中に手を入れると真似て小さな手を入れる。「もっと真ん中まで行ってみようか」〉恐るべし、女の制御できない悪意――。(2012/12/28)
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    投稿日:2012年12月28日
  • おそらく最初に読んだ少年誌掲載漫画の単行本だと思います。小学生高学年のころかな?友達の家に7巻ぐらいまであって、遊びに行くたびにみんなでむさぼるようにまわし読みしていました。この作品を見て、子供ながら東京の下町に憧れましたっけねえ。その影響は後々まで残っていて、上京したとき、まず最初に浅草見物にいったほどです。そんなこともあり、かなり思い入れのある作品。特にお気に入りは幼少のころ読んだ初期の劇画タッチの時代です。当時、両さんは現在のキャラとは違っていてワイルド、というよりもバイオレンス警官。消えてしまったキャラである、どこから見ても反社会的勢力の人のような戸塚とともに、はちゃめちゃな行動をしていたものです。両さんに憧れるタバコ屋の娘・佐々木洋子なんてのもいて、どこか映画の寅さんチックでした…。とか言いながらも、機会あるごとにちょこちょこと現在まで読み続けてるんですけどね。せっかくこんなにリリースできたのですから、未読のエピソードをつぶすために、少しずつ読んで完全制覇を目指すことにします。(2012/12/28)
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    投稿日:2012年12月28日
  • 古代遺跡などが存在する有名な観光地に行くと必ずといっていいほど「日帰り遺跡巡りツアー」なるものが存在します。僕は歴史に興味がないというわけではないのですが、過去に遺跡を眺めて興奮した、楽しかった、という経験があまりないため、今日までほとんど参加したことがありません。本書は若かりし立花さんが40日間に渡ってギリシャの島々を訪れ、そこに点在する遺跡の数々を巡りながら感じたこと、考えたことが美しい写真とともに綴られています。その中で遺跡の楽しみ方、というものを立花さんはこう言っています。「遺跡を楽しむのに知識はいらない。黙ってそこにしばらく座っているだけでよい。大切なのは、「黙って」と「しばらく」である。できれば、二時間くらい黙って座っているとよい。そのうち、二千年、あるいは三千年、四千年という気が遠くなるような時間が、目の前にころがっているのが見えてくる。抽象的な時間ではなく、具体的時間としてそれが見えてくる。」 なるほど、遺跡を楽しむにもコツがあるようですね。今までもったいないことをしていたのかもしれません。そのほかにも、ただの旅行ではない、立花さん流「思索紀行」のコツがたくさん入っています。
    それと、この電子書籍版『エーゲ 永遠回帰の海』には電子版のみの特典として、「立花隆 エーゲを巡る」と題した増補写真集(50ページ以上!)も巻末に収録されています。eBookJapan編集部が選び抜いた「思索の旅」を語る写真たち。こちらもどうぞお楽しみください。(2012/12/28)
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    投稿日:2012年12月28日