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  •  最近、よく「限界集落」という言葉を耳にします。高齢化が進んでしまって社会的な共同生活が難しくなり、消滅に至りそうな集落のことを指すそうです。国そのものが超高齢化社会へとまっしぐらに進んでいるので、誰にとっても他人事ではないのかもしれません。ご紹介する『水域』は、ヒット作『蟲師』の作者として知られる漆原友紀の作品です。テーマとして「限界集落」そのものが描かれているわけではありませんが、村の存亡に関わる「ある出来事」が物語の鍵を握っているとても幻想的な漫画です。物語の発端は、主人公の女子高生・千波(ちなみ)が部活の練習中に倒れてしまった時に見た夢から始まります。その夢では、深山の村で生活するスミオという少年と年老いた彼の父親に出会うのですが、村には他に住人がいません。夢に登場する川や滝、茅葺の家の中…千波は訪れたことがないはずの村なのに、どこか懐かしさを感じます。以降、頻繁にスミオとその村の夢を見るようになります。実はこの村は千波の母親や祖母がかつて住んでいた故郷なのです。「ある出来事」によって村人はいなくなり、母親にとって村のことは心の澱のようになっていました。この漫画を読んでいて面白いのは、夢と現実が徐々に同期するようになって謎が解明していく展開と「ある出来事」を通して描かれる故郷へのそれぞれの想いや絆です。読後には、深く心地よい余韻に浸れました。(2013/6/21)
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    投稿日:2013年06月21日
  • 「親の顔が見たい」――子供が事件を起こした時、当の子供以上に厳しい言葉がその親に向かって投げつけられることが少なくありません。ときには「土下座してあやまれ」という言葉まで目に入ってくることもあります。
     そんな風潮にざらっとした違和感を抱いていたのですが、柄谷行人著『倫理21』は、「親の責任」を問う社会を一刀両断にしてみせます。柄谷行人はこう書いています。

    〈子供がやったことになぜ親が「責任」をとるのか。その場合、誰に対する責任なのか。それは「世間」といったものに対してです。罪を犯した子供はそれなりに処罰されますし、その親もそのことで十分に苦しみ、罰を受けている。被害者の親が怒りを禁じえないというのはわかりますが、なぜ「世間」が――現実にはジャーナリズムが――、その怒りを代弁するのでしょうか。もしその結果として、非難攻撃された親が自殺したとして、そのことに「世間」は責任をとるでしょうか。「世間」というのは曖昧模糊としたものです。はっきりした主体がない。誰かが親を追及するとすると、その人は自分はともかく、「世間が納得しない」からだというでしょう。〉

    「世間」の非難、追及のなかで、親が自殺に追い込まれるというのは、仮定の話ではなく、実際に起きた、痛ましい出来事です。1972年、銃撃戦の訓練のために山に入った連合赤軍メンバーが人質をとって長野県の「あさま山荘」に10日間にわたって立てこもった。銃撃戦によって警察官、民間人に死傷者がでる大事件となって、テレビ各局はほとんど一日中中継し、日本中がテレビの前に釘付けとなりました。そして逮捕された日本赤軍メンバーの父親が事件後に自殺しました。大手企業取締役の職にあったが、責任を取って辞職した父親もいました。
     柄谷行人はこう続けます。

    〈欧米にはキリスト教的道徳があり、それが個人主義の基盤になっていると、よくいわれます。しかし、別の意味で、儒教圏の中国や韓国にも道徳的機軸があり、それが逆説的に、一種の個人主義を可能にしています。日本にはそのようなものがない。そのかわりに、「世間」という、得体の知れないものが働いているのです。本居宣長(もとおりのりなが)は、道徳というようなものは中国から来たもので、いにしえの日本にはそんなものはなく、またその必要もなかったといいました。ある意味で、この指摘は正しい。日本人は、道徳というと、何となくけむたいような感じを受けます。戦後アメリカ化によって道徳観が壊れたというようなことをいう人がいますが、それは嘘です。しかし、道徳的規範がないということは、まったく自由で、共同体の規制がないということを意味するのではありません。なぜなら、規制は「世間」というものを通してなされるからであり、この「世間」の規制は極めて強く存続しています。〉

     連合赤軍事件から数年後に新聞で連載された円地文子(えんちふみこ)の『食卓のない家』(新潮文庫、2016年4月5日配信)という小説があります。息子が連合赤軍のような事件で逮捕された時、その親がどうするかという主題を扱った極めて重要な作品だと柄谷行人はいう。

    〈この作品では、会社の技術者で幹部である父親が、世間の非難にもかかわらず、辞職しない。もちろん、これはフィクションであって、実際にはモデルとなったと想われる一人の父親は辞職していますし、また、もう一人の父親は、自殺しています。だから、この作品は、実際のケースにもとづいているけれども、どこにもなかったような、もしかすると、この国では決して起こらないようなことを『思考実験』として描いているのです。〉

     円地作品中の「親たちは攻めよせて来る世間の攻勢に狼狽し、萎縮してひたすらに息子の非行に対して、陳謝しなければならなかった」「罪九族に及ぶ的な犯人を家族の中に包み込んでしまう倫理観がこういう場合知らず知らず翼を得たように羽ばたくのも日本人の本能なのであろう」という叙述を引用したうえで、柄谷行人はこう指摘しています。

    〈しかし、この父親だけは謝罪もしないし、辞職もしない。彼の考えはこういうものでしょう。子供が赤軍に行ったことを肯定するわけでもないし、また、それに関しては親自身に原因があるかも知れないと思う。しかし、世間に対して息子のやったことで責任をとる必要は何もない。もし息子が独立の人格でなく親に従属するものであるならば、親の責任があるかもしれない。しかし、そうではない。もし自分が辞めたならば、息子に自由がないとみなすことになる。息子がやったことに対しては、息子が責任をとればよい――〉

     非難の嵐の中にあって、この父親のような態度をとることは、日本においては大変な勇気と決断を必要とします。それは一つの闘争であり、円地文子はこの闘争を連合赤軍の闘争よりはるかに重要だと思っていたはずだと、柄谷はこの作品の重要性を強調しています。
    「世間」という得体の知れないものとどう向かいあうのか――に始まる、柄谷行人の思考は、「東京裁判でなぜ、天皇の戦争責任が問われなかったのか」に及んでいきます。現在の憲法改正論議にも関わる、すぐれて今日的問題です。時代の大きな曲がり角に立ついまこそ、戦後日本人のありようを問いつづけてきた批評家の視点とその論点に耳を傾けていただきたい。(2013/6/21/2017/3/8改訂)
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    投稿日:2013年06月21日
  • 審判、広報、チームドクター…果てはピッチの芝の管理人まで!  サッカーに“裏方”として関わるさまざな職種の人々の、苦悩と喜びを描いた連作集。作者の能田達規先生は、サッカークラブを経営の点から描いた『オーレ!』や2部リーグのチームが1部を目指す物語『ORANGE』など、サポーターから愛される名作を生み出してきた方です。そんな先生だからこそ描けたであろう、さまざまな「サッカーの世界」――。是が非でもピッチに立ちたい選手と、それを止めなければいけないチームドクター。試合のためには嫌われ者にもならなければならない審判。外国人監督のプライベートな面倒まで見ている通訳……数多くの裏方たちの、「己の仕事」に対する悲哀と歓びは、サッカーに興味がない人であっても心に響くものがあるのではないでしょうか。サッカーが好きな人もそうではない人も、ぜひ一度読んでみてほしい作品です。
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    投稿日:2013年06月18日
  • 能力バトルという要素は、少年マンガにおいてはもはや“不可欠”といってもよいものとなっております。『ジョジョ』のスタンドしかり、『BLEACH』の斬魄刀しかり…枚挙に暇がありません。この能力バトルにおける「キャラクター個人だけがもつ特殊能力」というのは、エンターテイメントを大きく変え、よりキャラクターを掘り下げることができるようになったのです。キャラ立ちを考えれば、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』の八犬士もそれぞれ特殊能力を持つべきなんですよ!
    『戦闘破壊学園ダンゲロス』は超人的な能力を持った魔人たちが、希望崎学園、通称ダンゲロスを舞台に、生徒会派・番長派の二大勢力に分かれて戦いを繰り広げるという物語です。普通の人間から突然変異的に生じる魔人。魔人となった者は人間を上回る身体能力と、それぞれ個別の特殊能力をもっています。大元はネット上で行われたウォー・シミュレーションゲームで、それを題材にまず小説が生まれ、その後、このマンガ版がうまれました。
    はじめがウォー・シミュレーションゲームのユーザー投稿でキャラクターが応募されたこともありますが、他のどの作品とくらべても特殊能力が馬鹿馬鹿しいものばかり。たとえば、原作者・架神恭介の名前を冠したキャラクターの特殊能力は以下の通りです。「サドンデスソース (中略)視界に入るカレーの辛さをお子様カレーから激辛カレーまで自由に変じることができる!!(中略)度を過ぎた辛さのカレーは劇薬と何ら変わりなく架神の能力は事実上カレーを猛毒へと変える力でもあるのだ」。こんなあまりにも特殊な特殊能力をもった魔人たちが知略の限りを尽くすのです。
    山田風太郎の「そりゃさすがにどうよ」なエロ忍法対決を彷彿とさせる、第3巻の戦いもすごい。番長側の鏡子のもつ超絶ビッチな能力「半径2メートルの性器を鏡に映し出し、それを鏡を通して直接愛撫できる能力(能力名:ビチビチビッチ)」というなんとも恐ろしい能力をつかって、生徒会側の刺客4人と対決するのです。これは、まさしく山田風太郎ではないでしょうか!この戦いに割って入ってきた“転校生”の能力が「木曜スペシャル」…どのような効果かは、実際呼んでみたほうが良いでしょう。
    生徒会VS番長。そこに強力な転校生が…。といえば、やはり菊地秀行の『魔人学園』はじめとする「転校生シリーズ」が思い出されます。「こまけぇこたぁいいんだよ」と、あらゆる理屈をねじ伏せるのパワー、ケレン味としかいえない魅力、これを表す言葉は「バロック」以外には見当たりません。
    菊地秀行×山田風太郎×ジョジョという男の子の大好きなものを、全部ミキサーにかけて一つにしてしまったような、冒涜的な面白さを是非味わってください。
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    投稿日:2013年06月14日
  • 豊臣秀吉といえば、貧しい農民の出ながら、その努力と知恵によって戦国の世を生き抜き、太閤の位まで上り詰め天下を取った英雄との評価が一般的です。かつて田中角栄が佐藤栄作の長期政権の後継を大蔵官僚出身のエリート福田赳夫と争って総理の座についた時、日本中が「今太閤」ともてはやし熱狂的な田中角栄ブームが日本列島を席巻しました。秀吉の別名であった「太閤」にはそれほどプラスのイメージが色濃いのですが、本書『妖説太閤記』(上・下2巻)は、立身出世を果たした英雄=秀吉像を徹底的に洗い直し、戦乱・下克上の世を徹底的なエゴイストとして生きた男として描ききっています。一歩引いた視点から人物や歴史を見直すのを特長とする山田風太郎らしい、もう一つの秀吉物語となっています。冒頭にこんなくだりがあります。野武士の一団が、東へゆく公卿(くげ)の奥方一行を襲った。逃げまどう京女たちは、裸にむかれ、ねじ伏せられた。
    〈「来い、平六!」と、つみあげた荷のそばに、女をひとりつかまえている大男のところへ駈けもどった。ぬけめなく彼はあらかじめいちばん美しい女の乗っている輿に眼をつけて、平六という男につかまえさせてあったのだ。「ついて来い、平六!」ほかの連中に気づかれて、横取りされてはたまらない。一町も離れた場所まで駈けてゆくと、彼は立ちどまり、「そこに下ろせ」と、平六に命じ、そして、もう魂を失ったもののように立っている女に、「やい、寝ろやい」と、さけんだ。――が、女は、彼の声もきこえないようにまだぼんやりと佇(たたず)んでいる。月光におぼろおぼろと浮かぶその高貴な美貌(びぼう)を見ると、彼は口がからからにかわき、「おい、寝てくれろ。・・・・・・」と、やや気押(けお)された声を出した。女は眼をあげた。その眼は、恐怖というより、それを通りすぎて観念しきった覚悟のひかりをたたえていた。そして彼女は平六を見た。
    「おまえ。・・・・・・」と、彼女はあえぐようにいった。「せめて、おまえから。――」平六にいったのだ。隆々たる体格をしているが、うすばかの平六にいったのだ。――ようがすか? そんな気弱な眼をむける平六をにらみつけ、彼は女の方へ一歩踏み出そうとした。すると女がいとわしげに眉をひそめてさけんだ。「おさがり、鼠のような男! おまえがそれ以上ちかづくなら、わたしは舌をかんで死にますよ!」その夜の襲撃のすべてを計画し、野武士の全員を指揮した、実質上の隊長たる彼に、女はそういったのだ。死ね! とわめき返そうとした声はのどにつまった。鼠に似た彼の顔が、くしゃくしゃっと猿みたいに赤くなった。これがはじめてではない。彼がとりかかろうとする女は――美しい女は、みんなこれと同じ意味の言葉を彼に浴びせかけたのである。彼はがっくりとなった。〉〈「惨憺たるものだな、おれの人生は」
    地蔵堂の縁にもどって、冷え冷えとした秋の日の下にまるくなって、膝をかかえこみ、彼は声に出してつぶやいた。〉「猿」と呼ばれた彼(後の秀吉)は尾張の海部郡蜂須賀村を本拠とする野武士蜂須賀党に入ってめきめきと頭角を現した。年少で、体格こそ貧弱だが、とにかく敏捷(びんしょう)で、ぬけめがなく、はしっこくて、ずばぬけて頭がきれた。まだ少年といっていい年なのに、乱波(らっぱ。今風にいえばスパイ。偵察、諜報のみならず、流言、放火、暗殺などの使命も果たす)や泥棒の采配を彼から受けて、誰も怪しまなくなった。彼は毎日、愉快な充実した気分で暮らしていたが、ただ一つ大いに物足りないことがあった。〈女だ。だれも、それほど買っている彼に、女らしい女をあてがってはくれないのだ。(中略)これだけが彼の唯一の不平であった。彼はいたみかけた干魚みたいな女を抱きながら、いつも目をつぶって、幻の女人を頭にえがいた。はっきりとその容貌までえがいたわけではない。いままでの放浪時代あちこちとかいま見たさまざまの美女を混合したもので、要するに高貴な感じのする女人の幻影であった。〉内向する「女人の幻影」は、後に織田信長の妹・お市の方への秘かな想いへとなって秀吉が天下取りに向けてうっていく布石や謀略にも微妙に絡んでいくのですが、それにしても、「本能寺の変」――信長に対するクーデター決行に明智光秀を追い込んでいった秀吉の周到な仕掛け、謀(はかりごと)の凄まじさです。自らの野望の実現のためには蜂須賀党の乱波を駆使し、利用できるものなら僚友であろうが誰であろうと利用していく秀吉という類い稀な人間。その奥深いところに光をあてていく山田風太郎の筆力に圧倒される思いです。ちなみに秀吉の名を信長からもらうはるか前、藤吉郎はねね(後の北の政所)を妻としますが、この時藤吉郎26歳、ねね13歳です。吉川英治『新書太閤記』をのぞいてみると、「17、8の小柄な麗人」としているが、これは明らかに吉川英治の嘘。やむをえない「創作」だろうと山田風太郎は指摘しています。政略的な必要から幼童と幼女の結婚がざらにあった時代ではあったものの、藤吉郎自身にその年齢の少女を性的な対象として異常だとは感じない嗜好(しこう)があったとみるべきだろうというのが山田風太郎の解釈です。「妖説」という言葉をタイトルに入れた意味もうなずける気がします。(2013/6/14)
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    投稿日:2013年06月14日
  • 2007年に『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~』、2011年に『花ざかりの君たちへ~イケメン☆パラダイス~2011』のタイトルで2度シリーズドラマ化され、2012年に韓国でテレビドラマ化までされた大人気コミック!!憧れの彼☆のために、男子校に女の子一人で乗り込んで超逆ハーレム状態!!!!…なんて羨ましい設定で繰り広げられるドタバタハイテンションラブコメディです!高校生ならではの苦悩や青春が詰まった一作です。校内イベントがいっぱいあったり、クラスメイト全員がすっごく仲がいいんです。私の時はどうだったかなーなんて思い出にふけったり…。クール系からやんちゃ系、ナンパ系から不思議クン系と、出てくる男の子全員が個性的で、憎めない人たちばかり!これはドラマでもヒットしますよね!
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    投稿日:2013年06月14日
  • 妄想大好き女子と超ピュア男子との青春ラブコメ!!!!!夜に公園でこっそり○○な本を読んでいた真奈緒は、同級生の与倉と遭遇。彼の恋愛相談を聞きながら妄想に耽る真奈緒だったけど、いつのまにか与倉自身に欲情するようになって…!思春期の頃って誰でも家族に言えない秘密を持ち始めていて、それらはすべて家の外に置いてくるようになりますよね。例えば、好きな人の話だったり、友達同士の秘密ごとであったり。真奈緒はそれがたまたま○○な本というだけで、ごく普通の女子高生です。思春期の女の子なんです!多感な時期特有の感情の起伏や行動力には驚きばっかり。超爆走女子・真奈緒がすごく男前で少女マンガなんだけど少女マンガっぽさがない、青春ドラマを見ているような作品です!!
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    投稿日:2013年06月14日
  • この作品を初めて読んだのは20年以上前の中3の頃です。友人の家に遊びに行くと、その彼にはお兄さんがいたこともあってか、当時私が読んでいたマンガよりも一世代上のマンガが本棚に並んでおり、その中で大人びた雰囲気を感じさせるこの作品が置いてありました。正直その当時は恋愛における男性と女性それぞれの思考・感情を理解することがまったくできませんでした。その後20年の時を経て、改めてこの作品を読み、中3の頃には理解できなかった男性と女性それぞれの思考・感情を何となく理解できるようになり、「ラブコメ作品として楽しむことができた!」ことを実感すると同時に、20歳で上京、25歳で結婚、29歳の時に長男、31歳で長女が生まれ、その後2人の子供の成長とともにあっという間にアラフォー世代に突入した私ですが、いくら年齢を重ねても「女性の思考・感情を完全に理解することは難しい。。。」ことも実感しました。
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    投稿日:2013年06月14日
  • ピエール瀧さんは本当に多才な方ですよね。電気グルーヴとしての音楽活動は言うに及ばず、タレント・俳優・ラジオDJ・コメンテーター・ゲームプロデュース等、多くの顔を持っています。私のなかでもっとも印象的なピエール瀧さんの肩書は演歌歌手です。『ドリルキングアンソロジー』というオムニバスアルバムに収録されているピエール瀧もとい、瀧勝が歌う演歌『人生』。初めて聴いたのは中学生のとき、場所は友達の家でした。当時受けた衝撃が強すぎて、今もこの曲をどうとらえていいのかわかりません。コラムニストとしてのピエール瀧さんも、学生時代の私を虜にして止みませんでした。どちらにも共通して言えることは、〈心地いい悪ふざけ〉ということだと思います。ピエール瀧さんは「大人だってふざけてもいいんだ」ということを教えてくれました。私にとってはあらゆる意味で大きな存在です。本作『樹海少年ZOO1』にもさまざまな〈悪ふざけ〉が散りばめられています。そのどれもが本当にくだらなくて、しょうもなくて、素晴らしいのです。
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    投稿日:2013年06月11日
  •  80歳にしてエベレスト登頂を果たした三浦雄一郎さんの快挙には日本中が湧きました。高齢者、老人が元気です。三浦雄一郎さんだけではありません。
     日本のテレビ放送史に燦然と輝く兼高かおるさん。1959年(昭和34年)に始まり、1990年(平成2年)に終了するまで人気TV番組「兼高かおる 世界の旅」のディレクター、プロデューサー、レポーター、ナレーターの一人四役、いや時にカメラマンまでつとめていますから一人五役をこなしたスーパーウーマンです。
     31歳の時に始まった番組が幕を閉じたとき、兼高かおるさんは62歳になっていました。まさにテレビ放送史とともに歩んだ31年間だったわけですが、その間に体験したこと、学んだこと、悩んだこと、困ったこと、そして何にもましてうれしかったことを率直に、本音で綴ったのが本書『わたくしが旅から学んだこと 80過ぎても「世界の旅」は継続中ですのよ!』です。
     兼高さんが半生を投じた「世界の旅」は、初期のテーマ曲「80日間世界一周」とともに日曜朝の記憶として懐かしく思い出されます。初めて見たのは1962年(昭和37年)か63年(昭和38年)頃、確か中学1年か2年だったと思います。1964年(昭和39年)が東京オリンピックの年で、外国への関心も高まっていた時代です。
     兼高さんが自分の足で歩いて、顔と顔をつきあわせて伝える「アメリカ」が輝いていました。それまでにTVドラマでのぞき見るアメリカの暮らしは、自分たちの世界とは別世界、テレビの中の世界だと思っていました。どこか作られた世界だと感じていました。それが、兼高さんという生身の日本人が飛行機(協力会社のパンアメリカン航空やスカンジナビア航空)に乗って飛び回って伝えてくる「外国」は作り物のドラマとは違うリアルをまとっていました。
     1ドル360円の時代です。若い人には信じられないでしょうが、ドルの持ち出し制限もあって外国への渡航は夢のまた夢という時代でした。そんな時代に兼高さんは「外国」を、「世界」を日曜日ごとに私たちの生活の中に届けてくれていたように思います。
     ――と簡単に言いましたが、「兼高かおる 世界の旅」は尋常ではありません。兼高さんは平然と、簡単に書いているのですが、取材旅行の距離が半端じゃありません。引用します。

    〈わたくしが「世界の旅」の仕事を始めた1959年(昭和34年)ごろ、世界に国は90くらいしかありませんでした。それが、その後、どんどん増えていき、今では国連加盟国が190か国を超えました。
     そのうち、わたくしが取材で訪れたのが150ほど。地球は180周したものの、人生はまだ1周目。結局、一生のうちにすべての国は回れないでしょう。でも、まだ訪れたことがない国への興味は尽きません。〉

     31年間に取材で行った国が約150、地球を180周――訪問国を大陸別に整理した一覧表が巻末に収録されていますが、まさに圧巻です。しかも、その行き先がアメリカやヨーロッパの先進国、つまり行きやすい、安心な国や地域に限られていません。
     たとえばアフリカ。44もの国と地域を歩いています。しかもそのうち35の国・地域は1950年代後半から60年代にかけて足を運んでいるのです。開発が始まるはるか前の、交通手段にさえ事欠く時代の話です。
     中東も同様、15もの国や地域を歩いています。文字通り「世界の旅」なのです。
     そして「世界」を極めた兼高さんはその旅から多くのことを学びます。「旅をしながら見えてきた世界、そして、日本」として、次のように綴っています。

    〈アメリカ留学中にも、自分がいかに日本について知らないかを痛感しました。そして、もっと日本のことを知らなければ、学ばなければという思いを強くしたのです。わが母国の日本を知らずして、グローバルな視点で世界を語れないと。
     日本に帰ってきてからは京都に通い、桂離宮(かつらりきゅう)や修学院離宮(しゅがくいんりきゅう)などの伝統的建造物を巡り、歴史や文化について本を読みました。(中略)
     日本は知れば知るほど奥深い。そうやって学んだことが、のちのち「世界の旅」の仕事などで外国の人々と交流する上で役に立ったことはいうまでもありません。〉
    〈わたくしたちにとって日本語は母国語。多くの言葉を知り表現できれば、感受性も豊かになり、生活に潤いも生まれるでしょう。そして、自分が主張したいこともしっかりと言語化できるはずです。〉

     安倍内閣が「世界に打って出る人材」をつくるために英語を小学校の正式な教科にしようと唱えています。しかし、英語の前にまず日本語力を身につけることが先決と説く兼高さんの主張に確かなものを感じます。
     地球を180周した体験に裏打ちされた兼高さんの信念の書は、私たちの今を見つめなおす、たくさんの手がかりを与えてくれます。
     なお冒頭に紹介した三浦雄一郎さんの近著『私はなぜ80歳でエベレストを目指すのか』(小学館)も配信されています。三浦雄一郎さんと兼高かおるさん――元気な老人パワーの注目書、あわせてお読みください。(2013/6/7)
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    投稿日:2013年06月07日
  • 近年、素晴らしいエッセイコミックが次々に生まれているので、必然的にその類の作品をご紹介する割合も高くなってしまいます。ある出来事を描く場合、当事者であるかどうかによって、説得力や共感の重みがグンと違ってきたりします。『今日もいい天気 原発事故編』は名作『遥かなる甲子園』や『そばもん ニッポン蕎麦行脚』の作者、山本おさむが自らの実体験を描き出した渾身の作品です。もともとは、妻の故郷である福島県の天栄村に移住して田舎暮らしを面白おかしく描いていた連載だったのですが、「3.11」のあの日を境にして一変してしまった村と山本の生活環境を一冊にまとめた内容です。一変させてしまったのは、言うまでもなく原発事故です。仕事場のある埼玉と福島の間を右往左往する山本は、妻と愛犬との今後の生活拠点について悩まされます。まず、あの日から直後、埼玉で一家は暮らし始めます。福島のわが家に帰りたいけど、放射能が怖くて帰れない。そんな状況の中でマスクをかけて車の窓を閉め切って、恐るおそる村に帰った夫婦が目にしたものは、マスクをつけずにいつものように登下校する小学生や農作業をする、ごく日常的な地元の人々の姿でした。もちろん地元の人々が、放射能が「怖くないわけはない」のです。地元に暮らす人々の心の機微や原発事故に対してのスタンスが、この作品には圧倒的なリアリズムで描かれているのです。特に、後半の「雑草の王国」の章に描かれた、無残な荒野と化した原発周辺の町と山本の心情を吐露した詩に胸を打たれました。“全国民が当事者”であるはずの、あの日の事故のことを後世に伝える不朽の作品です。(2013/6/7)
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    投稿日:2013年06月07日
  • TBSテレビ7月クールの木曜ドラマにも決定し、ノリに乗っている【ぴんとこな】。この枠は「花より男子」「美男ですね」などのTBSドラマ〝イケメンシリーズ"で有名で、ついに歌舞伎界のイケメンver.でドラマ化です。とっても楽しみです。ええ。御曹司役はKis-My-Ft2の玉森君らしいですよ~。ドラマ情報ばかりになってしまいましたが、歌舞伎の世界を少女マンガでわかりやすく描かれており、歌舞伎世界を知るにはすごく読みやすい作品だと思います!かつ……ちゃんと、恋愛要素あり、青春要素あり、萌え要素もあり、でございます。ちなみに、「ぴんとこな」とは、歌舞伎用語で「男らしさと憎みきれない色気を併せ持つ二枚目の役柄」を意味しているそうです。うーん深い。
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    投稿日:2013年06月07日
  • 私の住んでいる街には相撲部屋が二つあります。ですのでお相撲さんを見かけるということは珍しいことではありません。まだ体の線が細いあどけない表情のお相撲さん、青い目のお相撲さん、テレビで見たことあるお相撲さん、大銀杏のお相撲さん、そして親方。このレビューを書いている現在、平成25年の夏場所が終わったばかりです。稀勢の里のことを書こうとして「きせのさと」と入力したら、一発で変換されるんですね! なんだか少しうれしくなりました。とは言え、非常に惜しかったですね。14日目に全勝対決となった白鵬との大一番は多くの人が固唾を飲んで見守ったものと思います。日本中の期待を背負う存在の稀勢の里。来場所での優勝と日本人横綱の誕生を祈っています。本作『バチバチ』は、大関の父のもとに生まれた主人公・鮫島鯉太郎がいろいろな壁にぶつかりつつ、力士として成長していく物語です。心がじんわりと熱くなっていき、一気に読み終えてしまいました。鯉太郎にも稀勢の里にも、頑張ってほしいなと思います。
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    投稿日:2013年06月04日
  • 私が今住んでいるアパートは、一説には東京オリンピックと同じ時期に建てられたともいわれる年代物です。当然、フローリングではなく畳敷き。床にビー玉を置くと、勝手に転がっていきます。
     口さがない友人たちからは「男おいどんハウス」とか「どくだみ荘」など呼ばれ、端的に「女にもてなさそう部屋」とまで言われています。でも、「おいどんと一緒ならそれもいいかな」なんて思ってしまうのです。それに我が家は6畳なので、おいどんの四畳半よりは1.5倍マシなはずなのです。
     『男おいどん』は、『宇宙海賊キャプテンハーロック』や『ガンフロンティア』といったフロンティア精神に溢れた男らしい男を書かせたら日本一の松本零士が、それらに先駆けて書いた、それはそれは、男らしさが空回りした青年の物語です。類似作品に『元祖大四畳半大物語』『聖凡人伝』『ワダチ』などがあります。
     九州から上京した大山昇太は、大学を目指して、働きながら夜間の学校に通っています。トラブルを起こして勤め先をクビになり、当然ながら勉強をしている余裕はありません。けれど周囲にはたくさんの女性が登場し、なぜか昇太に優しくしますが、なにひとつ進展はありません。「おいどんには春がきたど!!」なんて言いますが、目当ての男性の気を引くために利用されただけだったり、元彼にかっさらわれていったり、結局はいつもの四畳半で一人涙に暮れながら寝ることになるのです。
     おいどんのセリフはいちいちたまりません。松本零士作品は名台詞の宝庫ですが、『男おいどん』も、どのページをみても名台詞だらけです。
    「でもねー あいつらはみんな将来への軌道にのってちゃんとやっとるんよねー」「なんだくそっ おいどんは先が長いんだど くそ おのれくそ」「てめーら ろくな死に方はせんのど というてみてもすききらいは女のほうのみかたしだい こりゃだれをもうらめんねー」
     何者でもないというコンプレックスと、結局何者にもなれないんだという諦観が合わさったおいどんは、“前向きだけど後ろ向き”という不思議なキャラクター性をもっています。未来も女性も、決して手に入らないとわかりながらも、求め続けるその姿に、同じような家に住んでいる私は感情移入してしまうのです。
     永遠のモラトリアムを過ごしたおいどんは、最後にどうなってしまったのか、それはみなさんに読んでいただければと思います。
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    投稿日:2013年05月31日
  • 人間はどこまで「復讐の鬼」になれるのか。どこまで「屈辱」に耐えられるのか。昭和から平成に至るまで、五指にはいる流行作家として官能バイオレンス小説を量産してきた勝目梓作品の根底には極限状況に追い込まれた人間の荒涼とした心象風景がひそんでいて、これでもか、これでもかと続く性描写のなかに、そんな一行を目にした瞬間、読むものは一気に緊張し、先を急ぐことになります。読み出したら止まらない、一気に読み通してしまうことになるわけですが、今回紹介する『鬼畜』は、そうした勝目作品のなかでも、人間が「人間」であることを拒否した時、どこまで非人間的な行為が可能なのかを追求した問題作といっていいでしょう。銀行員・三沢英司の妻と娘が相次いで自殺をした。自殺の背後には三沢が仕える常務の柏木の存在があった。柏木の差し金でゲームソフトの部品メーカーが倒産に追い込まれた。社長は柏木の部下として担当だった三沢を恨んで、娘を誘拐してその体をオモチャにした。妻は柏木に体を奪われたあげくの自殺だった。それを知って銀行を退職した三沢による復讐劇が始まる・・・・・・。〈目をふさがれた二人は、三沢に腕を取られて、よろめきながら家の中に連れ込まれた。奥の裏手の部屋に人質を連れていって、三沢は初めて口を開いた。「手のテープも剥がしてやるから、二人とも着ている物を全部脱いでくれ。あんたらには怨みはないから殺しはしない。ただし、おとなしく協力してくれないとなると、命の保証はできないからそのつもりで・・・・・・」
    静かな冷たい声だった。人質の体が震えた。〉浦和にある柏木の自宅から柏木の妻・和子と女子大生の娘・真理を拉致して房総の畑と山林に囲まれた古い農家を改造したアジトに連れ込んだ三沢は、着ている物をすべて脱ぐように命じ、自ら脱ごうとはしない二人のシャツやブラジャー、パンティを剥ぎとった。三沢はまったく表情の動きを見せない。〈彼は人質たちを仰向けにさせた。二人は腕と手ですかさず胸と股間を覆(おお)った。三沢はその腕と手を乱暴につかんではずさせ、あらわにした彼女たちの乳房と陰毛の茂みを手で軽く叩いて言った。「体で協力してもらうことになるから、そのつもりでいてくれ。怨みはおれじゃなくて、こうなる原因をしこたま作った柏木修に向けることだな。時間はたっぷりある。急ぐことはない。トイレに行きたきゃ手を上げて教えてくれ。飲み物も食べ物も用意してある。乱暴な扱いを受けるかどうかはあんたたち次第だ」〉三沢が最初にしたことは、柏木への電話を妻の和子にかけさせることだった。全裸、テープで眼隠しをした和子を広い板の間の隅の電話の前まで連れていき、その晩柏木が泊まっていることを調べてあった愛人宅の番号をプッシュした。〈「和子か。どうしてここがわかったんだ?」柏木はいきなりそう言った。持ち前の高圧的な口調だった。和子が一瞬口ごもって三沢に顔を向けた。三沢はニヤリと笑って和子の裸の尻をわしずかみにした。指先が谷間に深く沈んで陰毛の毛先に触れていた。和子は腰をよじった。張りを失いはじめている乳房が大きく揺れた。「あたし、いろいろ考えました。それで、真理と一緒にしばらく家を出ることにしたの。それだけです・・・・・・」〉十七年間、家畜として柏木に仕えてきた三沢が鬼畜と化して行った宣戦布告です。三沢は自殺した妻と娘が受けた恥辱を人質に与え、二人が犯され蹂躙されながらも体が反応していってしまう様子、喘ぎ苦悶する表情をビデオに写し撮り、柏木に送りつけていきます。柏木の愛人・夏子宅に乗り込んだ三沢。三沢を尾行していたのが露見して逆にとらわれの身になった私立探偵の腰のあたりにかがみこんだ真理と和子が競う合うかのようにして舌や唇をはわせている姿が映ったビデオを見せられた柏木が悲痛な声をあげるシーンです。〈「三沢、貴様それでも人間か!」
    「うれしいよ。他でもないあんたにそれでも人間かって言われると、おれは自信が湧くね。おっしゃるとおり。おれはもう人間を止めたんだよ。鬼畜になったんだよ」
     三沢は言った。声も表情も鎮まりかえったままだった。〉三沢の「無表情」の行きつく先には何が待っているのか。勝目梓は復讐のために「鬼畜」の道を選んだ男と二人の女の心象風景を、こう描いています。〈性具のモーターの唸るような音と、和子と真理の喘ぎが、埃っぽい匂いのする部屋の湿った空気をかき乱した。
     他には何の物音も聴こえない。三沢はほとんど無表情のままで、黙りこくって性具を操っている。そこにあるのは、無残に弄ばれている二人の女の肉体と、暗くて冷えびえとした欲望を凶器の如くに振りかざしている、荒涼とした男の心象だけだった。〉三沢ははじめから救いなど求めようとは思っていない。三日がたって、三沢は人質に対する陵辱をぴたりと止める。そして物語は一気にノンストップのラストシーンへ。 翻弄された二人の人質は? そして三沢は? 柏木は?――勝目エンターテインメントの思いもかけぬエンディングをご堪能ください。(2013/5/31)
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    投稿日:2013年05月31日
  • 世にも稀なる残念な男・関根圭一郎。手先が器用で仕事もできるイケメンエリートサラリーマンですが、超がつくほど無自覚で鈍感。幼い頃から周りに人間に流され自分の意思がない人生を送っています。無趣味なつまらない自分を変えようと一念発起して手芸(マジック)を始めますが、そこで知り合った女の子に、自分でも気づけなかった小さな恋心を指摘され、驚愕。少しずつ人間味が出てきた彼にもようやく新しい恋が!そこからの関根さんの行動が逐一かわいくて、癒されます!そしてやっぱり、「世にも稀なる残念な男」。何度も訪れるタイミングを外しにはずし、物語は3歩進んで2歩下がり…。読んでいてハラハラする、関根さんの新しい恋。一見クールに見えて脳内暴走中の不器用な彼の恋の様子に一緒に応援したくなる作品です!マンガとしては「流され人生」の男の子の話はありがちですが、ここまで鈍いのはある意味新鮮です!
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    投稿日:2013年05月31日
  • 中学三年生の男女が同居!?なんともありえない展開から始まったこの漫画。突っ走り女子と超イケメンマイペース男子のドタバタラブコメディです。最初はケンカばかりだった二人ですが、いつしかお互いの中に恋心が芽生え、でもそれはうまく成就できなくて・・・。中学生が同居というトンデモ展開からはじまりますが、超王道少女マンガです。結構円満にストーリーは進んでいきます。主人公の女の子は、初めての「付き合う」ことに、些細なことに悩んだり、大騒ぎして。カラ回ってるなーって思いつつも、そこはそうじゃないでしょ!ってツッコミを入れたくなる箇所もところどころ(笑)見ていて微笑ましい気持ちになります!周りの人たちが本当にいい人ばかりで、友達って大事だなーって改めて思わされたりします。連載終了から数年を経て続編「グッドモーニング・キス」が始まってますが、そちらは主人公たちが大学生になったお話し。合わせて読んでいただければより楽しめると思います!
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    投稿日:2013年05月31日
  • アニメ化もされており、絵柄がかわいらしいので、女性も手に取りやすそうな作品ですよね。でも「可愛い!読む!」みたいなノリで読むとえらいことになりますよ。1巻から出てくるのは淫奔を司る悪魔(簡単に言えばエロ悪魔)と食糞悪魔ですから。個人的に「いま一番ゲスいマンガ」(褒め言葉)だと思っております。こればっかりは読んで頂かないとうまく説明できないのですが、物語の本筋に関係ない、ちょっとしたモブのセリフや行動すらゲスい、ってのは革命的じゃないでしょうか。内容的には「悪魔と探偵助手のドタバタコメディ」ですが、ネタがハード(主に下ネタ方向に)なのでもしかしたら読む人を選ぶかもしれません。でも僕はコレ大好きです。
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    投稿日:2013年05月28日
  • 大ヒットの『君に届け』の作者、椎名軽穂さんの隠れた?名作とも言われている本作品。少女マンガレビュー担当ということもあり、最近頑張って少女マンガを読んでいたのですが…、これはハマりました。うーん、うまい!椎名先生。絵も皆さんが感じてらっしゃる通り、とても丁寧で上手ですし、何と言っても描く男の子たちが……カッコイイわけです!ツボを突いてる!!!わかってらっしゃる!!!…と本当に感服いたしました。主人公の好きな男の子ユキちゃんは、まあいいんですけど(とか言ったらファンに怒られそうですが)私は断然「赤星」派!!赤星くーん!きゃっ!とか言ってる場合ではないのですが、ナゼ?ナゼ?赤星君を好きになれない!???と主人公に何度も問いかけました。是非是非!
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    投稿日:2013年05月24日
  • 大阪市長であり、日本維新の会共同代表である橋下徹氏の発言をきっかけに「従軍慰安婦」の問題がクローズアップされています。橋下氏は、軍隊に慰安婦は必要な存在だった、日本だけの問題ではない、また日本政府は2006年(第1次安倍内閣時期)の閣議決定で慰安婦強制動員の証拠がないとしているにもかかわらず、日本が国家的なレベルで慰安婦を強制的に動員したと世界が非難している、これは日本が不当に侮辱されているということであり、この点をしっかり主張しなければならない――などと繰り返し発言して内外に大きな波紋を投げかけました。そもそも「従軍慰安婦問題」とは何か。ここに一冊の本があります。タイトルは『従軍慰安婦』。1995年に岩波書店から岩波新書の一つとして発行された、吉見義明(中央大学教授)の労作です。吉見教授は長年、従軍慰安婦問題に関する公文書類の発掘調査に取り組んできた第一人者で、本書はその研究成果を一般読者に向けてわかりやすく書き起こしたものとなっています。「従軍慰安婦」の問題は様々な側面から議論されていますが、橋下氏や安倍首相はどうやら、「日本軍の直接・間接的な関与」を認めた河野(洋平官房長官)談話を否定し、「日本軍の関与を示す証拠はない」と主張しています。この問題に関連して、本書に二人の注目すべき回顧談が引用されています。一人は中曽根康弘元首相。もう一人は鹿内信隆元産経新聞・フジテレビ社長です。中曽根康弘元首相について、吉見教授はこう記しています。〈戦後に首相となった中曽根康弘も、この時期、主計将校(中尉)として軍慰安所設営に関係していた。彼は四一年一二月、フィリピンのダバオ、翌年一月、ボルネオ島のバリクパパンと転戦したが、この間、第二設営班の主計長としてみずから軍慰安所を開設したことを、回想記『二十三歳で三千人の総指揮官』に記している。 三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。 (松浦敬紀編『終りなき 海軍』)〉 中曽根元首相は2007年、日本外国特派員協会での記者会見で、自身の回顧録中の「慰安所」とは「徴用工員たちのための娯楽施設」「軍人らが碁を打つなどの休憩所」と弁明していますが、鹿内信隆氏の回顧談はさらに具体的、若き時代を懐かしむかのようです。〈陸軍主計将校であった鹿内信隆(戦後産経新聞・フジテレビ社長)は、対談で三九年四月入校から九月卒業までの陸軍経理学校時代の思い出をつぎのようにのべている。 そのとき[慰安所の開設時]に調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの”待ち時間”が、将校は何分、下士官は何分、兵は何分・・・・・・といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」(引用者注:ピーは中国語で売春婦の蔑称。慰安婦をさす隠語として使われていた)というんで、これも経理学校で教わった。この間も、経理学校の仲間が集まって、こんな思い出話をやったことがあるんです。(桜田武・鹿内信隆『いま明かす戦後秘史』上巻) 公文書で『ピー屋』という用語を使うわけもないから、「慰安施設設置要綱」とか「特殊慰安施設設置要綱」とでもいったのだろうが、陸軍経理学校で教えていたということは、軍慰安所設置は一般に考えられているよりももっと組織だっていたことになる。なお、鹿内主計中尉は、アジア太平洋戦争下に、陸軍需品本廠から東京葛飾の国際護謨工業(コンドームを扱うオカモト株式会社の前身)に派遣されて、コンドームの生産を指導することになる〉 「単なる娯楽施設」と弁解した中曽根元首相のようなわけにはいかない具体的な回顧談です。陸軍経理学校で将校に対して「女の耐久度」や「消耗度」を見積もる方法を教え、指導しているのですから、従軍慰安所の設営・運営に軍が関与していたと考えるのが自然です。そもそも慰安所設立の目的は、中曽根元首相も「原住民の女を襲うもの」がでてきたと言及しているように、占領地域において増加の一途だった強姦事件対策が第一にあげられています。第二が軍隊内に蔓延する花柳病(性病)をどうするかでした。その手段として奨励されたのが、「サック」(コンドーム)と「星秘膏」(予防薬)の使用で、コンドームはまさに主計将校を工場に派遣して生産管理をしなければならない重要な「軍需品」だったわけです。いずれにしても、多くの女性を徴集して従軍慰安所を大量につくっても、強姦事件はなくならず、性病の蔓延も続いたことを本書は多くの文献資料から明らかにしていくのですが、驚くべきは当時の陸海軍エリート将校たちの発想、思考と、70年後に「沖縄の米軍はもっと風俗を利用したらいい」と言ってのけた橋下発言が重なり合い、共鳴しているかのように見えることです。本書『従軍慰安婦』を今こそ、読み直してみてください。日本の歴史問題をここから見直すときだと思います。(2013/5/24)
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    投稿日:2013年05月24日
  • 少子化の世の中と言われ続けてずいぶん久しいですが、実際には不妊に悩む夫婦がたくさんいますので、こればかりはどうしようもないことのようです。『不妊治療、やめました。~ふたり暮らしを決めた日~』(堀田あきお&かよ)は、書名で本の中身を想像できてしまいますが、実際に読みはじめるとその濃密な内容に驚かされます。子供を授かりたいと願う堀田夫妻の実録漫画なのですが、序盤から“不運”としか呼べない妻の闘病が続きます。女性特有の病気を完全に克服するための目的もあって、子供を授かるようにふたりで奮闘します。それでも、ふだんの生活ではなかなか妊娠しないので、不妊治療のための病院通いの幕開け、最先端の医学や漢方、和漢などあらゆる不妊治療に奔走するわけです。コメディタッチで軽やかに描かれていますが、相当へこんだんだろうな、と思わされる場面もあったりして最後にはジーンと深く胸に染み入るような感動があります。いろんなご夫婦に読んでもらいたい本です。(2013/5/24)
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    投稿日:2013年05月24日
  • 生活の中で自転車に乗ることが少なくなったなと思います。昔は駅までの通学やちょっとした買物、友達の家など、どこへ行くにも自転車だったのですが。それでも年に何回かは自転車に乗ることがあります。しかし自動車やバイクといったエンジンの付いた乗物に慣れてしまうと、自転車という乗物に対して急に不安になります。まず後方確認。自転車ってミラーがないんだなと改めて実感します。目視で確認しないといけません。次に道のどこを走ればいいのかということ。自転車は〈車両〉であると聞かされています。ということは車道を走らなければならないのか? ということは歩道を走った場合はノーヘル、ニケツに並ぶ、原付免許とりたての高校生における交通違反の三大登竜門のひとつ、通行区分違反に抵触してしまうの…? 反則金5000円…!? 考え始めたら、布団に入ってもなかなか寝付けません。そんな夜には本作『弱虫ペダル』を読むことをおススメします。自転車のロードレースって非常に奥の深い世界なんだなと目からウロコが落ちました。そして涙腺が熱くなりました。すべての登場人物たちに心からのエールを送りたい、そんな作品です。
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    投稿日:2013年05月21日
  • いしいひさいち先生といえば、『となりの山田くん』や『ののちゃん』を描いた、押しも押されね四コマ漫画界の大看板。新聞4コマで見かけることが多いので、「ほんわかする作品ばかり描いているのだな」と思われていると思いますが、それは誤解です。時事問題から哲学者4コマまで、ハイブロウ向けな作品もたくさん発表しているのです。また、もう一つの特徴として、ごくたまに、難解というにはあまりに理解不能な作品を発表し、読者を混乱に陥れたりもします。未確認のネットの情報ですが、どうやらいしいひさいち先生自身も、「自分でも意味がわからない」ことが多々あるそうで。もう、ニントモカントモ。
     『女には向かない職業』は、朝日新聞に連載されている『ののちゃん』(旧:となりのやまだ君)のスピンアウト作品。ののちゃんの担任の藤原先生が学校をやめ、推理小説作家になった後が描かれています。『女には向かない職業』では新聞4コマでは潜めていた毒がすべて藤原センセイに集約されている素敵な4コマとなっています。
     この作品が素敵である一番の理由は、藤原先生が正しくダメ人間だからです。酒癖は悪く、出版社の飲み会では大暴れし、ペコちゃん・ケロヨンを持ち帰り、書評家からは作品についてではなく「酒量を減らせ」と書かれます。部屋は本当に足の置き場もなく、限界を越えたところで引越しをし、すべてをチャラにします。ただ、締め切りに関しては、担当者からの「まだか まだか まだか まだか ……」のクレイジーなFAXが届くぐらいなので、一般的な作家と変わらないレベルに収まっているようです。
     4コマまんがの常として、なにかが起きていく話ではありません。ただ、小説家・藤原瞳の自堕落な日常が描かれているだけなのです。なのになぜ、私がこんなにもこの作品が好きなのか、それはいまだにわからないのです。
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    投稿日:2013年05月17日
  • (1)赤城左門。法医学担当。彫りの深い顔。髪は無造作にかき上げられており、数本の束がはらりと額にかかっている。頬に無精髭が浮いているが、不潔な感じがせず、男の色気を感じさせる。「一人前の男は一匹狼でなければならない」という人生観を持っていて、そのような行動をとる。(2)黒崎勇治(ゆうじ)。第一化学担当。長い髪を後ろで束ねた、毒物の専門家。必要なこと以外滅多に口をきかない、武道の達人。(3)青山翔(しょう)。文書鑑定担当。筆跡鑑定やポリグラフ、プロファイリングに長けている。色白でおそろしいくらいに端正な顔だち。睫毛が長く細面(ほそおもて)で、初対面の人間は例外なく見とれる。(4)結城翠(ゆうきみどり)。物理担当。異常なまでに聴覚が発達していて、かすかな物音を聞き分ける特殊能力を持つ女性。見事なプロポーション、切ないくらいに肉感的。大きくよく光る眼が色っぽく、唇がまた肉体の官能美を上回るほどにセクシー。(5)山吹才蔵(やまぶきさいぞう)。第二化学担当。髪を短く刈り、作務衣(さむえ)を着て殺人事件の現場にやってきて、死体の脇に膝をついて経をあげてから検証にとりかかる。寺の一人息子で、警視庁職員でありながら得度して僧籍をもつ。警察小説の旗手、今野敏が1998年に発表した『ST 警視庁科学特捜班』の魅力的な登場人物です。それぞれが特異な能力を持ちながら、あまりにも特異であることから所属する科学捜査研究所内で異端視され「はみ出し者」扱いされている。この5人を集めて「科学特捜班――ST」が結成され、折から中野区内で発生した殺人事件の特別捜査本部に初めて投入されるところから、物語は始まります。メンバーは皆、刑事ではなく一般職、それぞれの専門分野の研究者・科学者であって、警察手帳はもっていないし、拳銃や手錠を携行することもありません。いうまでもありませんが、逮捕権や強制執行の権限もありません。彼・彼女らSTをキャップとして率いるのはキャリア組の百合根友久警部、30歳。捜査経験は浅いが、その分柔軟な思考の持ち主で「はみ出し者の集団」の陰口も聞こえるSTメンバーの異色な能力を生かしていこうと努めます。しかし経験主義色の濃い刑事たちは特異な存在のSTメンバーを色眼鏡で見るものも多く、捜査会議でも異質なSTは刑事たちに相手にされません。刑事とSTの間に立つ百合根警部は冷や汗の連続という展開。警察小説といえば、ふつう刑事が主役。地道な捜査に基づいて真相を予見して犯人を絞り込んでいくプロセス、推理がその魅力です。しかし、本書では主役は刑事ではありません。警視庁の一般職として科学捜査研究所に属する研究員。どこか頼りないキャリア警部に率いられる異能スタッフたちが、2人の中国人女性、南米系の白人女性の死体が中野区内で連続して発見されるという事件に挑みます。中野区内のマンションの一室で発見された最初の中国人女性はメッタ刺し、乳房も下半身もむき出しの状態だった。行き当たりばったりの犯行の可能性が濃厚だった。同じ中野区内の神社境内で発見された二人目の中国人女性はどこか他の場所で殺害されて神社境内に遺棄されたとものと見られ、この点で一例目とは真逆な計画性がうかがわれるケースだった。3人目の南米白人女性の場合は、寺に遺棄されていたが、着衣に乱れはなかった。3例とも膣内に精液が残されていたという共通項はあるものの、精液の血液型は違っていたし、プロファイルの概念に照らし合わせていくと犯罪のパターンがそれぞれに異なっていて「連続殺人」とは言えないのではないかと考える刑事も多かった。この難事件を異能集団のSTが解決していくわけですが、今野警察小説の新機軸となった科学捜査の醍醐味を楽しませてくれると同時に、STメンバーの特殊能力が物語の展開に力とエンタテイメント性を与えています。遠く離れた犯人の声を聞き分けてしまう結城翠。襲いかかるチャイニーズマフィアの集団を数十秒で無力化してしまう黒崎勇治。そして犯人が仕掛けたプロファイリングの罠を見抜いていく青山翔・・・・・・。異色な警察小説として1998年にスタートした『ST 警視庁科学特捜班』は、広範な読者の支持を得て、シリーズ化されました。イーブックジャパンでは現在、本書の他に7作品(『ST 警視庁科学特捜班 毒物殺人』、『ST 警視庁科学特捜班 青の調査ファイル』、『ST 警視庁科学特捜班 赤の調査ファイル』、『ST 警視庁科学特捜班 黄の調査ファイル』、『ST 警視庁科学特捜班 緑の調査ファイル』、『ST 警視庁科学特捜班 黒の調査ファイル』)がリリースされています。魅力ある異能集団の活躍をあわせてお読みください。(2013/5/17)
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    投稿日:2013年05月17日
  • 父親が再婚してからというもの、自分の家に居場所がなくなった真魚(まお)と、事故で両親を失い、さらには弟と妹とも引き離されてしまった長男・基。二人はあるキッカケで基の両親が残した家で2人一緒に暮らすことに!初めはただの幼馴染の関係だった二人ですが、時間をかけてじっくりゆっくりと気持ちを変化させていく模様がとても丁寧に描かれていて、すごくかわいくて、ほっこりします。出てくるキャラクターみんなにそれぞれの想いや悩みがあって、こうやってすれ違っていくんだなーと共感する場面もあったり…。タアモ先生の作品はいままで短編が多かったのですが、初の長期連載でこのクオリティ!無駄に話がつなげてあったりすることなく、ゆるやかに読めるストーリーになっていると思います。
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    投稿日:2013年05月17日