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  • 私たちを取り巻く環境、世界が以前にも増して複雑化しているのは、誰の目からも明らかだろう。膨大な情報、多様な価値観が入り乱れ、変化も激しい現代社会で、本来の「人間らしさ」を取り戻すのは困難のようにみえる。日本で「断捨離」がブームになっているのに、そうした背景があるのは確かだろう。本書は、1895年にフランスで刊行され、欧米でミリオンセラーとなった「La vie simple」の邦訳。当時の欧米では、産業革命後の工業化により、社会全体としては豊かになる一方で、貧富の差が広がりつつあった。現代と似たところもある激動の時代にあって著者は、人間らしさとは「簡素な生き方」「簡素な精神」にあるとし、物質的な豊かさやそれに伴う虚栄心や権威欲、傲慢さや野心などにとらわれない「善き人間」になるための考え方を説いている。著者のシャルル・ヴァグネル(1852-1918)はフランスの教育家、宗教家で、近代フランス初等教育を宗教から独立させ、無月謝の義務教育として確立させた功績でも知られる。
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    投稿日:2017年06月13日
  •  原リョウが帰ってきた。14年ぶりの新作『それまでの明日』が2018年3月初め、紙書籍、電子書籍同時に刊行され、ミステリーファン、ハードボイルド派の間では、「原リョウ復活」の話題でもちきりだという。
     1988年(昭和63年)4月、『そして夜は甦る』(早川書房、2013年3月15日配信)で鮮烈な作家デビューを果たした原リョウは、1年半後の1989年(平成元年)10月に第2作『私が殺した少女』(早川書房、2013年3月15日配信)を発表。第102回直木賞(1989年下期)に輝き、ハードボイルド作家としての位置を確かなものとした。以後、1995年(平成7年)『さらば長き眠り』(早川書房、2013年3月15日配信)、2004年(平成16年)『愚か者死すべし』(早川書房、2013年3月15日配信)と書きつなぎ、第4作の『愚か者死すべし』から14年かけて刊行されたのが、今回取り上げる第5作『それまでの明日』です。これら長編5作品のほかに、1990年(平成2年)刊行の短編集『天使たちの探偵』(早川書房、2013年3月15日配信)がありますが、デビューから30年で6作品──自他ともに認める寡作作家です。それだけに14年ぶりの最新作に関心が集まっているのだろう。
     直木賞選考委員の藤沢周平は選評で「魅力ある文章と魅力ある一人の私立探偵を造型」と評しましたが、上記6作品はすべて、東京西新宿に事務所を構える私立探偵、沢崎が登場する〈沢崎シリーズ〉と呼ぶべきものです。
     原リョウは、船戸与一との対談で、〈私立探偵・沢崎〉についてこう語っています。エッセイ集『ハードボイルド』(早川書房、2016年2月29日配信)より引用します。

    〈沢崎というのは僕にとってはつくった人間だし、ある意味ではマーロウをモデルにしてます。小説の主人公を自分の感覚から単純に出しても主人公たりえないような気がするんで、沢崎なんかはそれこそひとつの台詞に三日も四日もかかったり、どこからかつくりだしてこないとだめなんですよ。〉

     マーロウは言うまでもありませんが、『長いお別れ』(早川書房、2012年8月31日配信。2016年1月29日、原題そのままの『ロング・グッドバイ』を書名とする村上春樹の新訳も配信)で知られるレイモンド・チャンドラーが生み出した私立探偵フィリップ・マーロウのこと。チャンドラーに心酔し、「とにかく真似られるだけ真似ようとしました」と語る原リョウです。チャンドラー・ハードボイルドの中核であるマーロウをモデルに〈私立探偵・沢崎〉を造形した。下の名前も考えてはいたが、一作目を書き終えた時、下の名はどこにもなく、結局そのまま姓だけになったと、船戸与一との対談で明かしています。

     さて、14年ぶりに戻ってきた〈私立探偵・沢崎〉の物語──『それまでの明日』は、西新宿のはずれのうらぶれた通りにある〈渡辺探偵事務所〉を、とうに絶滅していたはずの紳士が来訪して始まります。
     日増しに寒くなる11月初旬の夕方──沢崎があしたの夜の張り込みに備えて、ロッカーからコートを取り出そうとしていると、ドアにノックの音がした。「どうぞ」と答えると、五十代半ばの男がドアを開けて、事務所に入ってきた。かすかに左足を引きずるような歩き方には、ものなれた動きと落ち着きがそなわっていた。椅子に腰をおろして、まっすぐ沢崎に注がれた眼には、ここを訪れる依頼人のほとんどが見せる不安げな様子はなかった。

    〈“彼は依頼人ではないな”というのが、私の第一印象だった。私より年長であり、私より収入も多く、世の中のあらゆることに私より優れた能力を発揮できそうだった。探偵の仕事なら私のほうが上だと思うが、探偵に解決してもらわなければならないような問題が生じたとしても、たいていのことは自分で解決できる人間に見えた。
     時候の挨拶などお定まりの会話をひとしきり交わしたあとで、来訪者はようやく用件を切り出した。私の推量はみごとにはずれていた。
    「うちの社ですでに融資が内定している、赤坂(あかさか)の料亭の女将(おかみ)の私生活を調査していただきたい」
     望月皓一(もちづきこういち)はよく知られている金融会社の新宿支店長だった。金融業にたずさわる人間が紳士に見えるようでは、私の観察眼もあまり当てにはならないようだった。だが、金銭を扱う人間は紳士ではないと決めつけるのは公平な態度とは言えなかった。〉

     望月皓一は15分ほどで、赤坂の料亭〈業平(なりひら)〉の女将の平岡静子(ひらおかしずこ)という女性の身辺調査に必要な事項を話し終えると、「今日のところは30万円をお預けしておきます」と言って、会社の名前入りの封筒をデスク越しに差し出した。一週間分の探偵料金と経費の一部にはなるだろうということらしかった。そして、外部には明かせない会社の事情がある故、電話連絡は避けて欲しい、一週間後の土曜日に電話するか出向いて調査結果を聞きたいと念を押したうえで、沢崎の事務所をあとにした。

     調査を始めた沢崎は、料亭〈業平〉の場所を確かめに寄った交番の巡査から平岡静子が夏の初めに亡くなっていたことを知らされます。依頼者が平岡静子の死を知らなくて、すでに調査の必要はないのかもしれなかった。あるいは姉の後を継いで女将となった、静子によく似ているという嘉納淑子の身辺調査をする必要があるのかもしれなかった。融資しようという相手の名前を間違えることはないはずだが、料亭の名義変更がすんでいないための混乱がないとは限らなかった。名刺にあった番号に電話を入れたが、外出中でつながらない。名刺の裏に手書きされた自宅の番号にもかけてみたが、長い呼び出し音の後で電話に出た男は「留守です。あんた、どなたです?」と関西方面のなまりがあった。
     沢崎は答えずに、電話を切った。オフィスも自宅も空振り。自分が携帯電話を使わない沢崎は、携帯の番号は聞いていない。気にもとめていなかったが、今となっては後の祭りだった・・・・・・となれば、望月皓一(支店長)が戻るという閉店時間にミレニアム・ファイナンス新宿支店を訪ねるしか、依頼主に予想外の事態を知らせる方法はなかった。
     新宿2丁目のテナント・ビルの3階にあるミレニアム・ファイナンス新宿支店のベンチに腰を下ろし、パンフレットを見るふりをしながら店内の様子を観察する姿勢をとった沢崎。その時、事件は起きた。二人組のニットの眼出し帽の男たちが支店のなかに飛びこんできたのだ。

    〈「誰もその場を動くな」先頭にいた大柄の黒ずくめの男が、右手に持っている大型の自動拳銃を振りかざして怒鳴った。
     店内の女性たちがいっせいに悲鳴に近い声をあげた。
    「騒ぐな!」と、黒ずくめの男が一喝した。「こちらの言う通りにすれば、誰にも危害は加えない。警報装置やパソコンには一切触るんじゃないぞ」
     あとから来た濃緑色のフィールド・ジャケットを着た男は中背で、左脇に銃身の長いライフル銃か猟銃のようなものを抱えているのがわかった。彼は右手で運んできたポリタンクを接客用のカウンターの上に置くと、左脇の銃を持ち直して、いつでもポリタンクが撃てるように構えた。ふたを開けっぱなしにしたポリタンクから発するガソリンの匂いが店内に漂った。
     女性たちの何人かが小さな悲鳴をあげたが、そのほかの者はむしろ恐怖で声が出ない状態になっているように見えた。
    「いまこの瞬間から、おまえたちは、おれたちがある目的を果たすための人質になった。おれたちの指示に従わなければ、このガソリンをぶちまけて火を点けることになる。わかったか」〉

     二人組の狙いは、言うまでもなく金庫の中身を頂戴することだが、それは厳重なセキュリティシステムに守られており、支店長のキーと本店警備室のキーが連動して解錠しなければ、開かない仕組みだ。支店長は閉店時間を過ぎても戻ってこない。二人組のうち黒ずくめの男は、解錠のしようがないことがわかると、濃緑色のフィールド・ジャケットを着た男を残して立ち去り、強盗は未遂に終わる。銃には空包が一発入っているだけだったし、ポリタンクの中身はほとんどが水だった。

     主犯格の黒づくめの男は緊急手配されたが、誰が何を目的に強盗未遂事件を起こしたのか? そして、何より問題は、支店長の望月皓一の行方だった。通報を受けてやってきたのは、警視庁新宿署の錦織警部。沢崎とは旧知の捜査課長だ。錦織は探偵が強盗未遂事件の現場に何故いたのかに強い関心を抱く。
     錦織に呼び込まれた支店長室。沢崎は机の上の写真立てに入っている家族写真をじっくり時間をかけて見た。夫と妻、それに姉妹の4人。マンションのベランダで撮った家族団欒の写真で、背景に写っていた大きな白い建物に見覚えがあった。
     本店から駆けつけた総務部長らの手によって金庫が開けられ、想定外の現金が入ったジュラルミンのケースが二つ出てきた。ざっと4億か5億に近い。事情を知るはずの支店長の望月皓一は行方不明のままだった。

    〈「ここで見聞きしたことはすべて“部外秘”だ。いいな。あした、午後いちばんに新宿署に出頭してくれ」
    「なかなか面白かったよ」
     私は支店長室を出ると、店内にはすでに警察の人間だけしか残っていないことを確認して、〈ミレニアム・ファイナンス〉をあとにした。
     支店長の望月皓一はいったいどこへ行ったのだ。〉

     ミレニアム・ファイナンスの支店長室・金庫室に出所不明の大金が隠されていた。沢崎に料亭の女将の調査を依頼してきた望月皓一──いまでは珍しい“紳士”の依頼はどう関わるのか?
     そして──沢崎が家族写真の撮られたマンションを突きとめ、錦織の部下の田島警部補とともにその部屋に入ると、浴室のバスタブに男が浮かんでいた。望月ではない。

     いったい、何が起きているのか。沢崎とは因縁のある暴力団〈清和会〉幹部の橋爪も登場。いっそう複雑な様相を呈し、深まる謎に私立探偵・沢崎が切り込んでいきます。張り詰めた、スピード感のある文章は、一気に予想もしない真相に向かいます。
     強い地震が東日本を襲った。強盗未遂事件の現場で居合わせ、謎の解明に協力してきた海津一樹は仙台の漁師町の近くにいて、西新宿の沢崎と電話で話をしていた。

    〈「わかった。東京に帰ってきたら、また会おう」
    「こんなにさっぱりした明るい気持で父親に会えるのは、あなたに──」〉

     電話がプツンと切れて、物語は終わります。書名『それまでの明日』の深い意味を初めて知った。(2018/3/30)
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    投稿日:2018年03月30日