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新刊 4/19~25発売! 150冊

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  • 成功する男のファッションの秘訣60 9割の人が間違ったスーツを着ている
    入社して22年も経つといろんな人にお世話になる反面、一度も話すこともないままの方もいる。

    この本の担当編集で出版部長でもある彼女(すみません、先輩にむかって…)とは、編集者と営業という立場で、お互い3つの編集部、3つの営業部署に異動を繰り返しつつその度に、お仕事をさせていただく不思議な縁がある。その上、一時期は護国寺の駅のホームで2~3日に一度は偶然逢ったりするものだから、生まれ変わってどちらかが男性だったら結婚する約束なんかをしてみたりした。

    そしてその後、講談社が新刊全点電子化を目指し始めた2012年に、お料理、美容、ファッションなどの実用書を出版している彼女の出版部の電子書籍営業担当となった。

    電子書籍化の許諾を、著者お一人ずつにとっていただき配信点数は徐々に増やしている中、外資の大手電子書店が日本でオープンラッシュを迎え、同じ部署の仲間が担当する出版部からは、小説や新書などで電子のヒット作がいくつか出始めた。けれど、なかなか彼女の部署の作品が講談社電子書籍の売り上げ上位に入らない。黙々と許諾をとっていただいているにも関わらず…。

    ダイエット本やお料理本の特集を提案したり、なんだかんだやってはみるが芳しい結果が出ないまま1年が経ってしまった。

    そんな頃、とある電子書店さんが1冊しか紹介しないコーナーを作ったとプレゼンにいらした。これは!と彼女のところに飛んでいき、電子書籍で売れそうな作品選びを一緒にしていただいた。男性向けの作品で、電子で買いたい!という読者がいる作品。

    女性は電子書籍でティーンズラブやボーイズラブものや官能小説をよく買っているけれど、それに比べてお料理などの見目麗しい本は紙の方が圧倒的に売れる。女性は、“お店で買う、本棚におく、なんなら捨てるときにも、他人に見られるのが恥ずかしい”作品を電子で買っている。

    その点、男性は普通の小説やビジネス書など、書店にいく暇がなかったり、持ち歩くのに重かったりという理由で電子書籍を購入する傾向がある。でも、男性だって、恥ずかしいから電子で買うがあるに違いない!とこの作品を選んだ。

    紙でも重版がかかっている作品ではあるけれど、まだまだお洒落に興味があっても本を買うのは恥ずかしいなと、電子だったら買ってくれる読者がいるはずと。

    結果、デイリーではあるものの、その電子書店さんで扱っている約10万点の作品での総合ランキング2位を獲得。その月の講談社全電子書籍での売り上げでも2位を獲得することが出来、やっと、彼女といっしょに「すごいね!」と喜べた。

    それからまた時間はあっという間に経ち、そろそろ1年。次の企画を練らなければと焦る日々。

    (2014.08.15)
    投稿日:2016年02月24日
  •  最後はなぜかうまくいくイタリア人――では、われら日本人はどうなのだろう?
     過去30年にわたってイタリア人と濃密な時間を共有してきた日本人が、それこそボコボコにされながら身につけた、イタリア式生き方の知恵を凝縮した一冊――『最後はなぜかうまくいくイタリア人』(日本経済新聞出版、2015年10月30日配信)が、「イタリア人ってどうなっているの?」とか「これでいいのか、日本人」などの身近な疑問から「最高の人生とは?」といった“哲学的”問題まで、ワイワイ、ガヤガヤ…いつでもどこでも愉しげなイタリア人、その対極にいるかのような日本人を独特のセンスで論じていて、面白い。

     著者の宮嶋勲さんは、1959年生まれ。京都出身、22歳まではイタリアとはまったく縁がなかったそうですが、東京大学経済学部卒業後、1983年から1989年までローマの新聞社に勤務。以来30年にわたってイタリアと仕事をし、現在は、ワインと食についての執筆活動を中心に1年の3分の2を日本で、3分の1をイタリアで過ごすという、日伊の架け橋的存在です。2014年、イタリア文化への貢献に対し、“イタリアの星勲章”コンメンダトーレ章をイタリア大統領より授与されています。

     その宮嶋さんが描く「最後はなぜかうまくいくイタリア人」の性(さが)は、「おや、まあ、へー」の連続で、われら日本人にはとうてい真似できない(でも、ちょっといいな、うらやましいなと内心思ったりする)スローな流儀です。目次はさながら、イタリア流生活の知恵を集めた格言集です。〈仕事は「労働」ではなく、「人生」である〉とフツーに考えているのがイタリア人ですから、仕事に生かせる知恵もたっぷり並んでいます。特に目についた“格言”を以下に列記します。
    ・アポの時間は、努力目標と考える。
    ・いつでも仕事し、いつでもサボる。
    ・いつでも重視すべきは、“成り行き”。
    ・役割にこだわらず、「なんでも屋」になる。
    ・人生――好きなことだけ楽しみ、嫌いなことは先延ばす。
    ・有意義な一日は、「脱線」により生まれる。
    ・目標達成ではなく、その過程を楽しむ。
    ・短所は直さない、長所は大事にする。

     日本で「成り行き任せ」といえば、圧倒的に負のイメージです。例えば「デジタル大辞泉」(小学館:ジャパンナレッジ収載)には〈成(り)行き任せでは自分に合う仕事は見つからない〉と、「成り行き任せになどしていたら、人生大失敗だぞ」「もっとしっかりしなきゃダメじゃないか」と叱られているような用例が載っているほどです。
     しかし所変わってイタリアでは、価値は大逆転――“成り行き”が大事にされ、成功の秘訣になります。イタリア流の“成り行き”の考え方を、宮嶋さんはこんなふうに説明しています。

    〈イタリア人は先の計画を立てることが苦手である。とくに24時間以上先の予定は立てたがらない。いまを生きること、精一杯楽しむことに夢中になるタイプなので、その事案が終わるまでは、先のことを考える精神的余裕がないのかもしれない。
     もちろん仕事だと予定なしというわけにはいかないので予定は立てるのだが、可能な限り曖昧さを保とうとする。「明後日の10時に打ち合わせをしましょう」という代わりに、「明後日の午前中に会いましょう」という範囲にとどめておきたがるのである。
     どうせすぐに時間を決めなければならないのだから、最初からさっさと決めておけば二度手間にならなくて済むと私などは考えるのだが、どうも直前までフリーハンドでいたいらしい。日本人的几帳面(きちょうめん)さに縛られている私はどうしても落ち着かなくて、「何時にするの?」としつこくプレッシャーをかけて嫌がられている。そんなときのイタリア人の答えはいつも、「Vediamo(様子を見よう)」である。とことん縛られるのが嫌なようだ。〉

     そんなイタリア人がビジネスで日本に来ると、対応する日本人との間で生じるギャップは半端ではない。著者が実際に参加したワイン生産者と一緒に、彼/彼女が造るワインを飲みながら食事を楽しむ「ワインメーカーズ・ディナー」と呼ばれるイベントの例ですが、日本側は開場から締めの挨拶まで、どのタイミングで、誰が、何を行うか、綿密な分刻みのスケジュールを用意して打合せに臨みます。
     ――しかしその打合せの間、イタリア人のワイン生産者たちは真剣に聞いているふりはしているものの、心ここにあらずといった様子が見え見えだという。イタリア人の考え方の根っこにあるのは、「お客様が遅れるかもしれないし、どんな雰囲気になるかわからないのに、細かいことを決めても意味がない」というものなのだ。
     宮嶋さんが続けます。

    〈イタリアのように、不確定要素が常に破格に多い社会に暮らしていると、緻密(ちみつ)な計画を立てることはあまり意味がない。開始時刻にしても、そもそもイタリアでは、ほとんどの場合何時に始まるかわからないのである。だから、すべてはその場で対応していくしかない。「お客様が全然集まっていない。これだと30分は開始が遅れる。その間はアペリティフタイムにして、私たちが適当に話をしておきます。終了時刻を遅らせることはできないので、最初のあいさつは短くしましょう」といった具合である。
     子どものころから常にこのような予想不可能状況の中で生きてきたイタリア人は、その場で臨機応変に対応する能力には抜群に優れている。イタリアでは前もって準備してもあまり意味がないし、それよりも、白紙状態でいて、その場その場で対応するほうが賢明なのだ。〉

     そのようなトレーニングをあまり積んでいない日本人は、臨機応変対応能力ではイタリア人に劣るので、イタリア社会では出遅れがちになる。だから逆に、「こんな予定も立てられないような国はダメだ」と怒り、自分を慰めるしかないことが多い――宮嶋さんはこう、日本人を観察するのですが、目標(計画)と過程(脱線)についても、イタリア人と日本人の間には大きなギャップがあり、しかもそれはどうやら“成り行き”の問題と同根らしい。なにしろ、第2章の扉にもあるように、「好きなことだけを楽しみ、嫌いなことは先延ばす」ことを“最高の人生哲学”だと考えているイタリア人です。計画(予定)度外視の「寄り道」をイタリア人ほど好きな人はいません。それに対して、われら日本人は物心つく頃から、「寄り道をしてはいけません」と言われ続けて育ちます。

     毎年8月の初めに、その年のワインの最終評価を決める重要な試飲会が、4日間にわたってトスカーナで開かれます。著者がイタリア人の友人Aと二人で、その試飲会の前日、トスカーナに向かうときのエピソードです。著者と友人Aがローマを車で出発したのは昼の12時。前日の夜は試飲会参加メンバーが集まって夕食を共にしながら打合せをすることになっており、二人は11時にローマを発つ予定だったが、当日の朝、友人Aが妻とちょっとしたことで喧嘩となり、1時間遅れての出発となった。
     それでもAは「道中ゆっくり昼食をとっても18時にはホテルに着くから、20時の夕食にはまったく問題なく間に合う」と言い訳。「それならどうして初めから12時出発としなかったのか」と突っ込みたくなるのを我慢して笑顔でローマを後にしたのですが、それからが計画、予定の変更で大変なことになります。まず海水浴客による渋滞に巻き込まれ、13時半ころになると、美味しいレストランを探そうとAが言い出す。一度レストランに座ったら、最低2時間かかるのがイタリアだ。グルメの旅ではなく、トスカーナに夕食前に着くことが、目的なのだからバルで軽く済まそうと主張するが、Aは「レストランの主人に軽くしてもらうように頼むから大丈夫」と譲らない。
     結局、前菜、プリモ、メインと3皿、しっかり食べて店を出たのが、15時半過ぎ。まっすぐトスカーナに向かったところで、時間的には厳しいところですが、あろうことかAは、「いま飲んだワインの生産者が近くにいる。寄っていこう。直売もある」と言い出した。議論をしてもしょうがないので、ワイナリーに立ち寄ることに。新しいワイナリーを発見したことはうれしいし、意味ある寄り道だが、ワイナリーを出たのはもう17時近かった。日頃慎重な運転をするAが猛スピードで突っ走り、結局40分遅れで目的地に着いた。イタリア人の常で、他のメンバーも予想通り遅れてきたので、結局は遅刻にもならなかった。これがイタリアなのだ。

    〈・・・・・・考えてみれば、最後は焦ったし、無謀な運転で怖い思いもしたが、おかげで新しいレストランを知ったし、美味しいランチを楽しんだ。興味深いワイナリーも発見したし、これは職業的にも有益であった。相次いだ寄り道、脱線のおかげで、ある意味とても有意義な一日だったのだ。〉

     脱線し寄り道をするからこそ、有意義な一日、そして人生があると信じるイタリア人。そういえば、マルチェッロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレン主演の「ひまわり」――地平線にまで及ぶ一面のひまわりが映し出されたエンディングが鮮烈な印象を残した名画(1970年公開)ですが、マストロヤンニ演ずる出征兵士アントニオは終戦後もソ連の地に留まり、帰りを待ちわびるソフィア・ローレン(妻ジョヴァンナ)のことをさっぱり忘れて、いまここにある幸せを謳歌してしまう。ここにイタリア人の典型的な寄り道気質を見たと著者は綴り、日本人との違いをこう結びます。

    〈日本では、子どものころから脱線や寄り道はよくないことだと教えられて育つ。小学校でもすこしでもわき道に逸れる生徒がいると、「いまは何をする時間ですか?」と本来の道に戻るよう先生に叱られたものだ。下校時には先生が「寄り道をしないで、まっすぐ家に帰りなさい」とプレッシャーをかけた。下校時の寄り道ほど楽しい経験はないにもかかわらずだ。
     その結果私たちは、目的遂行能力は高いが、その過程を楽しむことができない、というよりも、それを楽しむことに罪の意識を持つようになってしまったような気がする。
     本来の目的を忘れて寄り道に熱中する。しばしばそこから非常に面白い経験や発想が生まれる。イタリア人は、事務遂行能力は低いが、発想とアイデアは抜群だと讃えられる。そのような卓越した思い付きは、彼らの得意技である寄り道や脱線から生まれているのかもしれない。〉

     ファッションは言うに及ばず、革製品でも家具、車でも、オリジナリティに満ち満ちた一級品を生み出すイタリア人の秘密。1979年のウオークマン以降、真に独創的な製品を世界に発信することなく輝きを失って久しい日本のなぜ? 大好きなイタリアとわが日本――それぞれの光と影を、愛情たっぷりに鳥瞰した好著です。(2017/2/10)
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    投稿日:2017年02月10日