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  • 「憲法改正まであと四百八十日」
     民間保守団体「日本会議」が注目を集めています。安倍政権との距離の近さが取り沙汰されているわけですが、その「日本会議」の事務局として運動立案などの機能を果たしている「日本青年協議会」の機関誌『祖国と青年』2015年4月号の名物漫画コーナー「憲法の時間です!」に驚くべき一コマがあったという。この漫画コーナー、普段は巻末収録のところ、巻頭特集のすぐあとに掲載という特別扱いで、松本零士の名作『宇宙戦艦ヤマト』を連想させる「改憲戦艦ヤマト」が登場します。来襲する「護憲艦隊」の攻撃に耐えながら、「賛同者エネルギー」を充填し終えたヤマトがついに改憲砲を発射。護憲艦隊を一瞬にして全滅させる。そして最終コマに「憲法改正まであと四百八十日」の文字――今注目の書『日本会議の研究』(扶桑社新書、2016年6月10日配信)に「これは日本青年協議会による改憲へのカウントダウンではないか。戦慄を覚えた」と綴った著者の菅野完氏の指摘が気になりました。

     いったいどんな漫画なのか。国会図書館に行き、『祖国と青年』2015年4月号を実際に見てみました。いま私の手元にそのコピーがありますが、わずか5ページ、漫画としての出来映えは、正直言って名作のパロディとは恥ずかしくて言えない代物です。そんな漫画のなかに「憲法改正まであと四百八十日」の文字があったくらいで、〝戦慄を覚えた〟はいささか大げさに過ぎないか。保守陣営を代表する論客・櫻井よしこ氏の「安倍内閣の今が、憲法改正の最善のチャンス」と題する記事のすぐ後のページから始まる漫画コーナーです。櫻井よしこ氏の記事と歩調を合わせて目標としてぶち上げただけではないのか。もしそうであれば、なにも戦慄を覚えるまでもないではないか。著者・菅野完氏自身、「こんなものいったい誰が読むんだと思った」という陳腐な漫画なのです。
     しかし発行元の日本青年協議会、そして一心同体ともいうべき「日本会議」の歴史、活動実態を知れば知るほど、『祖国と青年』で展開される主張や活動をいささかも軽視してはならないというのが、2008年頃に「変な奴らが世の中で暴れ出しているぞ?」と感じ始めたのをきっかけに、「日本会議」「日本青年協議会」「美しい日本の憲法をつくる国民の会」など保守系団体の追跡・分析を続け、『日本会議の研究』を上梓した菅野完氏の結論です。菅野氏は、〝戦慄〟の理由をこう書きます。

    〈奥付によると『祖国と青年』2015年4月号の発売日は4月1日。2015年4月1日から480日後といえば、2016年7月25日。参議院議員任期満了の日だ。この日までに参院選は実施され、新しい参議院議員が就任する。(引用者注:6月22日公示、7月10日投開票)
     2016年の参院選が改憲の天王山になるという点は、大方の見方と一致する所だ。いかに安倍政権が改憲を強く志向するとはいえ、現在の参院の状況では改憲の発議さえできない。ゆえに、安倍政権は是が非でも次の参院選挙での勝利を目指し、必死の攻勢をかけるだろう。現に、安倍首相本人が「改憲発議は来年の参院選明けが常識」と発言している(『ハフィントンポスト』2015年2月5日)。「憲法改正まであと四百八十日」とはまぎれもなく、このタイムテーブルを指したものだろう。つまり、日本青年協議会は2016年の参院選挙に勝利し改憲を実施するぞと宣言しているのだ。〉

     菅野氏は以下のように続けます。

    〈日本青年協議会は、「日本を守る会」の事務局であった40年前から今現在に至るまで、手堅い運動手法で自分たちの運動目標を着実に政策化し続けている。彼らが取り組んだ運動のほぼ全てが、立法化あるいは政令化され、現実のものになっている。その彼らが、「改憲」という最終目標にむけ、2015年4月の段階で明確にカウントダウンを始めていたのだ。〉

     第三次安倍内閣の全閣僚中、日本会議国会議員懇談会に所属する国会議員の割合はじつに8割を超え、その影響力の大きさに注目が集まっているわけですが、著者によれば、より注視すべきは、実働部隊ともいうべき日本青年協議会が取り組んだ運動のほぼ全てが立法化あるいは政令化され、現実のものとなっていること、つまり日本青年協議会、ひいては日本会議が着実に実績をあげてきている点だという。
     1979年(昭和54年)の元号法制化が始まりでした。戦後すぐの時代から様々な保守系団体が元号法制化運動に取り組んできましたが、どれも実現には至らず、挫折を繰り返してきました。しかし日本会議の源流となる「日本を守る会」は、事務局になった日本青年協議会を中心に、地方議会での意見書採択運動の展開・全国各地での元号法採択要求デモの実施・各界著名人を招聘しての元号法シンポジウムの開催といった運動を大々的に展開し、政府与党への圧力を強め、運動開始から何と2年で法制化を実現してみせたのです。

     もう一つ、日本会議が安倍政権に対していかに影響力を及ぼしているのかを如実に示した最近の事例があります。2015年8月14日(70年目の終戦記念日の前日)、安倍首相の「戦後70年談話」(いわゆる安倍談話)が発表されました。そのなかで安倍首相は「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました」と述べました。それに対し、海外の有力メディア、たとえばCNNは「安倍首相が自分の言葉で謝罪を述べなかった」「謝罪の主体と対象が不明確である」と、その曖昧さを厳しく指摘しましたが、この「曖昧さ」こそが、安倍談話の守るべき一線だったのだ――とする著者が注目するのは、「安倍談話」の内容検討のために2月に設置された有識者会議の座長代理となった北岡伸一氏(国際大学学長)が語った「日本は侵略戦争をした。私は安倍首相に『日本が侵略した』と言ってほしい」との見解。3月9日のことです。しかし、それから1か月後の4月10日に突然、北岡座長代理は「『植民地支配と侵略』や『おわび』の踏襲にこだわる必要はない」と、全く逆の考えを示すに至ったのです。3月の「侵略したと言って欲しい」という北岡見解が報道されるや、日本会議周辺からは厳しい批判が巻き起こりましたが、それにしてもわずか1か月の間に見解を180度転換するとは? 北岡座長代理にいったい何があったのでしょうか。
     著者は、この問題の原点とも言うべき「戦後50年目の村山談話」をめぐる攻防を検証、「日本会議」周辺の「一群の人々」の運動の実態を明らかにしていきます。それはいまも、変わりなく続いているわけですが、詳細は本書をご覧いただくとして、ここでは運動戦略の骨格だけを紹介しておきます。

    〈1977年に椛島有三(引用者注:長崎大学学園正常化闘争で民族派学生運動のヒーローとなり、社会人になってからは元号法制定運動を短期間で成功に導いた。この実績をベースに保守陣営の中で頭角を現すようになり、現在は「日本会議」事務総長)が元号法制定運動で提示したこの戦略の基本パターン、すなわち

    「国会や政府をゆり動かす」ため
    「各地に自分たちの問題として取り上げるグループを作り」
    「県議会や町村議会などに法制化を求める議決をしてもらひ」
    「この力をもって政府・国会に法制化実現をせまる」

     は、まさに現在の「日本会議の運動戦略」そのものだ。〉

     このような運動戦略で広範な活動を展開する日本会議。著者の言葉を借りれば、「どんな左翼・リベラル陣営よりも頻繁にデモを行い、勉強会を開催し、陳情活動を行い、署名集めをしてきた」「市民運動が嘲笑の対象とさえなった80年代以降の日本において、めげずに、愚直に、市民運動の王道を歩んできた」一群の人々が、今安倍政権を支えながら、悲願達成に王手をかけた。2016年7月をターゲットとする憲法改正カウントダウンとは、そういう大きな意味をもつ宣言なのだ――恐るべし、日本会議というわけです。

     消費増税を先送りした安倍晋三首相は、一人区を駆け回る形で参議院選挙戦に突入しました。念願の「憲法改正」は、28ページに及ぶ自民党選挙公約の末尾にわずか2項目出てくるのみで、これまでのところ街頭演説ではまったく触れていません。前面に打ち出しているのは「アベノミクス」――経済政策。昨年、むりやり法制化した安全保障関連法も、その前の特定秘密保護法も、直前の選挙の際には多くを語らず、選挙に勝利した途端、一気に突き進むという手法で法制化を実現しました。「争点隠し」というべき手法です。
     これまでうまくいった同様の手法が、「憲法改正」にも繰り返されようとしているのでしょうか。
     とまれ、71年目の8月15日を前に、戦後日本が大きな岐路に立たされていることは間違いありません。選挙が近づいてきて安倍首相がその言葉に触れることがなくなってきたとはいえ、常々祖父の岸信介元首相から受け継いだ悲願として声高に語ってきた「憲法改正」です。
     いよいよ現実味を帯びてきた「憲法改正」に向かう流れを主導しているのは誰か、その運動の歴史は何を物語るのか――戦後の「改憲運動」の歴史をさかのぼって検証し、膨大な資料を集め、読み込んで保守陣営の人と人のつながりを明らかにした労作『日本会議の研究』こそは、今私たちが手にすべき本だ。
    「憲法改正」発議を可能とする参議院の3分の2の議席を、彼らに与えるのか、否か――。(2016/6/24)
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    投稿日:2016年06月24日