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竹宮惠子先生デビュー50周年記念 本人ガイド付き! 『風と木の詩』舞台背景

少年同士の純愛を描いた衝撃のロマン『風と木の詩』の舞台は、19世紀末のフランス。なぜ19世紀末なのか、なぜフランスなのか、著者・竹宮惠子先生のガイド付きで作品の背景に迫った!!

物語の背景には史実が隠されている!?
だからこそ生まれる迫真力!!

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

「とにかくこれは、ジルベールとセルジュの友愛の物語なので、生活以上のもの、つまり戦争などの状況を入れたくなかった。このお話は本当にはセルジュが死を迎えるまで続くので、『一番長くヨーロッパに戦争がなかった時期』、そして『愛というものをさまざまな視点から考える余裕のあった時期』ということから、19世紀を選んだわけ」

いち早く中央集権国家として成立したフランスは、ヨーロッパの政治・経済・文化の中心だった。しかし、普仏戦争による敗北(1870年)とパリ・コミューン(1870〜71年)という厳しい試練を受け、世紀末を迎えるにつれ混沌としていた。文化的には「ベル・エポック」と呼ばれ、戦争とコミューン後の束の間の平和と繁栄の時期で、デカダンスの雰囲気に包まれていた。
物語には社会事象がメインには描かれていないが、いくつかの描写で史実が明らかにされ、ドラマに重厚さを付与するのに成功している。

※普=プロイセン王国。(現・ドイツ)

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「…普仏戦争でぼくは片足を失ったが…」(ワッツ先生)

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「…普仏戦争が始まった年——ぼくは三歳でした」(セルジュ)

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

「……それと世紀末ヨーロッパの社会的な病気・アヘンによってジルベールが死へ導かれるので(19世紀末を舞台にしたのは―編集部・注)その必然性もあったと思います」

※アヘン戦争=1840〜42年、アヘンをめぐって起こった、イギリスの清国侵略戦争。中国植民地化の第一歩となった。

自然科学の発達が変えた日常生活

自然科学の発達が目覚ましかった19世紀は「科学の世紀」ともいわれている。資本主義の進展にともない高い生産性が要求されたため、技術も革新・進歩せざるを得なかったのだ。世紀を通じての数多くの発明・発見が19世紀末に実用・応用化されることで、人々の日常生活をかえている。ジルベールとセルジュも、そうした旧文化と新文化が並列的に混在する中で生きた。その日常生活を覗いてみよう。

〈当時の平均的な家庭生活〉

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出窓のある部屋での家族の団欒風景。石炭ストーブで暖を取っている。ミシンを操る婦人の姿もある。一般家庭の日常的な団欒の様子。弾いているのはクラヴィコード。

〈当時の照明〉

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1880年代にはガスから電気へと変わっているが、街路などではガス燈が灯る。家庭ではランプもまだ数多く使われている。

〈当時の交通〉

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当時の交通機関は、汽車と馬車が主役だ。当時イギリスに次いで、フランスは全国に蒸気機関車による長距離交通網が完成していた。1890年代にはパリに電車が走り、現在パリ名物となっている地下鉄工事も始まっているが、これは物語には登場していない。

名門「ラコンブラード学院」

南フランス、プロバンス地方のアルルからさらに田舎に入ったサン・クライザールにある伝統学院。生徒総数は1,745 名で、そのうちの3分の2が寮生だ。寮では、A級生(16〜19歳)、B級生(12〜15歳)、C級生(8〜11歳)と年齢によって、A〜C棟の3つに分かれて過ごしている。

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階段教室の様子。

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寮の談話室。

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寮の運営は、任命制の生徒総督と監督生が権限を持って当たっている。

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生徒にしかわからない隠語が飛び交う。

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伝統行事の陣馬合戦。スポーツは馬場での乗馬、フットボール、フェンシングなどを楽しむ。

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

「(モデルとなった学校は)ありません。つまり、物語のために都合のよい学校を創作しちゃったわけで、私立だ、ということになっています。実際にこのような私学が存在可能か否かは全く関知しません」

物語を彩るファッション

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

「生活らしさを出すのに洋服のアウトラインだけではダメなので、動き方そのものを研究するために、ありとあらゆる世紀末の画集を見た。そんな中に、スリッパについてとか、お化粧道具についてとか、召使いたちの立居ふるまいなどが読みとれるのだけれども、何といっても、すごい量をこなさないとわかってこないので大変。好きな時代じゃないとやれなかった。」

産業革命による紡績機の発達によって、紳士淑女のファッションにも大きな変化が起こる。女性の服装では、映画『風と共に去りぬ』に見られる「クリノリン・ドレス」が、セルジュの母の独身時代の1860年代に流行した。1870〜80年代には、後腰にパッドを入れた独特な形をした「バッスル・スタイル」が流行。前方から見ると細く見えるが、側面からは胸と腰を突き出したシルエットが特徴的だった。一方、男性の服装では、ジレ(チョッキ)にフロックコートを着た現代のスリーピース・スーツの原型が見られる。

※普=プロイセン王国。(現・ドイツ)

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「クリノリン・ドレス」に身を包む、パイヴァたち。

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「バッスル・スタイル」のドレスを着たパトリシアと礼装のセルジュ。

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ラコンブラードの制服は19世紀末の基本的スタイルの見本のようだ。

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C級生の上衣はスペンサー丈でチョッキはない。
スペンサーは1790〜1890年頃に用いられた上衣。

音楽とサロン文化

貴族やブルジョワの夫人が女主人として、邸宅の間を開放し、各界の知識人や文化人を招いて催されたのが「サロン」だ。16世紀のフランスで始まり、18世紀後半頃が最も盛んとなった。『風と木の詩』の時代でも、依然として貴族の重要な社交の場となっていた。 「サロン」で最も重要視されていたのが、知的に洗練された会話のやりとりと音楽。「サロンと音楽」という言葉が残されているほど、音楽は不可欠だった。

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

「『風と木の詩』の初期にはモーツアルトのソナタをよく聴いて、バイオリンをジルベール、セルジュはピアノというふうに見たてて、聞いている間は二人の会話をきいているような気がしたものです。前奏曲集などの小曲集も、エピソードを生みだすには役立ってくれたと思います」

〈サロン音楽〉
ピアノの独奏あるいは小合奏がメイン。軽い上品なタッチの静かな調べということから、シューベルトやモーツアルト、ショパン、バッハらの小曲が楽しまれていたようだ。原作『風と木の詩』の中で曲名が分かるのはシューベルトの即興曲とモーツアルトのソナタだけだ。

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アルルのバーでピアノを弾くセルジュ。

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叔母のサロンでのコンサート風景。

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アール・ヌーヴォー的な装飾を施したグランドピアノを見るセルジュ。

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練習用の鍵盤。フタを閉じるとクラヴィフードのように見える。

舞台設定の参考とした文学と映画

『風と木の詩』は19世紀末が舞台。歴史的な事実を調べただけではドラマは描けない。その時代に生きた人々を知るために、竹宮惠子先生は19世紀末を舞台とした小説を読み、映画を観ている。その代表的なものを紹介する。

◆竹宮惠子先生のプチガイド◆

〈舞台設定の参考とした文学〉

◎デュマ『椿姫』
「もちろんこれは、セルジュの父親アスランの生きざまを描くために必要だった。椿姫に恋する迷惑男のアルマンは大嫌いだけど、その父親と椿姫マルグリットが、社会的な道徳と利己的な欲をかけ引きするシーンは大好き。戦争ドラマよりキンチョーする。」
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◎『コクトー詩集』
「コクトーの名前がジルベールの名字にされていることでもおわかりでしょうが、これほど彼の『気分』というものを言い表わしてくれた見事なセリフ(?)はありません。たくさん種類がありますが、どれもこれも好き。私自身の抽象性に一番近い言葉達です。
レモン・ラディゲ『肉体の悪魔』
スタンダール『赤と黒』
アンドレ・ジイド『狭き門』
ヘッセ『車輪の下』」など。
これらも世紀末ヨーロッパを知るためと、同性愛的なアコガレがどんなふうに存在したかを知るために読んだ。作者たちの同性愛的傾向等々をお勉強したりした。」
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〈舞台設定の参考とした映画〉

◎『if……(もしも)』
「イギリスのパブリックスクールでおこる歌劇な青少年の造反革命をファンタジックに描いた、マニアライクな名作。生徒達のホモ。セクシャルな遊びもちらっと出てくる。私にはショッキングな、元気の出る作品だった。マルカム・マクドゥエル君の男くささと、ルパート・ウェブスター少年(美少年役)の女のような顔が印象的。ジルベールの顔はこの少年がモデルと言える。役柄はただのお人形さん役でたいしたコトもなかったけど、少年が女のようにキレイ、いや女よりキレイと思った最初。基本的にこの学校のようすが、『風と木の詩』のモデルになっています。」

◎『悲しみの天使』
「……フランスの学校とイギリスの学校のフンイキの差をみるために観にいった。神父の偽善行為がなかなか参考になった」

◎『風と共に去りぬ』
「クリノリンドレスの時代をよく知りたかったので、アメリカの物語だけど参考に。ドレスの重さ、ドレスの扱い方がとてもお勉強になった。」

執筆◉綿引勝美(メモリーバンク)