書籍の詳細

太平洋戦争敗戦直後の夏、親泊大佐は一家で自決した。ガダルカナル島など激戦地を転戦、人肉が売られる地獄から生還し、故郷沖縄も焦土と化すなかで、からくも生き残ったとき、なぜ彼は死を選んだのか。遺族や戦友の証言を丹念にひろい、残された史料から親泊のこころの足跡をつぶさに辿る。戦闘そのものが命を奪うだけでなく、人間を徹底的に追い詰める戦争の悲惨を通して戦争とは何かを問い直す、渾身のノンフィクション。

まだユーザーレビューはありません。最初のレビューを書いてみませんか?

自決 こころの法廷のレビュー一覧

絞込み条件
  • レビュアー絞込み
表示形式
  • 表示件数
  • 表示順
  • ポツダム宣言受諾、終戦を告げる天皇による放送が行われた1945年(昭和20年)8月15日から19日後の9月3日未明、大本営報道部部員だった陸軍大佐の一家――大佐とその妻、9歳の長女と7歳の長男の4人が東京の自宅で自決した。2日前の9月2日には、東京湾に停泊した米戦艦ミズーリ号上で、降伏文書調印が行われ、第2次世界大戦が終わっていた。大佐一家はなぜ、自決したのか――。著者・澤地久枝は、沖縄の名家出身の大佐がどのように生きて「自決」にゆきついたのか、その示唆するものはなにか、資料を求め、関係した人々を訪ね歩いて調べていく。丁寧に事実を掘り起こし、事実だけを積み重ねて、子どもを道連れにした大佐の自決の真実に迫っていく。そこからは無名の、多くの日本人が直面した「自決」や「沖縄の集団自決」、「玉砕」にも連なる問題が浮かび上がってくる。圧倒的な米軍を前にしたガダルカナル島における死闘を経験している大佐は、しかし大本営報道部員として、国民を鼓舞し続けて敗戦を迎えた。その大佐が友人に語った最後の言葉を澤地久枝は掘り起こしている。「終戦の間際 天皇、皇太后ら全く意気地なし。みずから戦を宣しながら真先に軟化して敗戦に至る。終生の恨事」。子どもたちを残して逝くことは忍びないと悩んだすえのことだったのだろう。サイダーに加えた青酸カリを二人の子どもに与え、妻は夫の拳銃で撃たれた。そして夫は自身の左胸を撃ち抜いて波乱の生涯を静かに終えた。一級のノンフィクションです。(2010/06/18)
    • 参考になった 2
    投稿日:2010年06月18日