書籍の詳細

殺人など事件が起きると、警察、被害者の遺族、容疑者の知人らへの取材に奔走する新聞記者。その記者がほとんど初めて、容疑者本人を目にするのが法廷だ。傍聴席で本人の表情に目をこらし、肉声に耳を澄ましていると、事件は当初報じられたものとは違う様相を帯びてくる――。自分なら一線を越えずにいられたか? 何が善で何が悪なのか? 記者が紙面の短い記事では伝えきれない思いを託して綴る、朝日新聞デジタル版連載「きょうも傍聴席にいます。」。「泣けた」「他人事ではない」と毎回大きな反響を呼ぶ28編を書籍化。

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きょうも傍聴席にいますのレビュー一覧

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  • 〈「裁判傍聴業」を自認していた作家・佐木隆三さんはもういません。第2弾はいつか。待っています。〉
     第1弾の『母さんごめん、もう無理だ きょうも傍聴席にいます』(幻冬舎、2016年3月9日配信)を紹介するレビューの最終行に期待を込めて書き留めて(2016年5月13日公開)1年半。待望の第2弾『きょうも傍聴席にいます』(幻冬舎新書)が2017年11月末にリリースされました。朝日新聞デジタルの連載「きょうも傍聴席にいます」2016年2月~2017年7月掲載分28作が収録された。執筆は「朝日新聞社会部」とありますが、大半は入社10年未満の若手記者です。。
     三橋麻子・社会部次長は、
    〈いわゆる「駆け出し」だ。私は全作の記事の監修をしたが、若手だからこそより新鮮で自由な感覚で表現し、それがまたこの連載の魅力になっている〉
     “駆け出し記者”だからこその魅力を本書「あとがき」で強調しています。

     巻頭収録の「絶対君主が支配する虐待の家」は、〈今回掲載した傍聴記のうち、特に多くのアクセスを集めたものの一つ〉だと、三橋次長の「あとがき」にあります。
     光黒祥吾記者の傍聴記は、以下のリード文で始まります。

    〈「絶対君主」。自らそう名乗る祖母と、付き従う母。二人の10年以上続く壮絶な虐待に、女子高生は殺害を決意した。計画を打ち明けられた姉がとった行動は──。〉

     2016年2月23日、札幌地裁806号法廷。
     母と祖母を殺した三女(18)を、睡眠導入剤や手袋を用意して手助けしたという殺人幇助の罪で起訴された長女(24)が証言台に立った――。

     事件現場は、札幌市中心部から東に約25キロ、北海道南幌町の閑静な住宅街。
     姉妹は祖母と母との4人暮らしだった。両親は10年ほど前に離婚。次女は父と暮らしていた。祖母と母は幼いころから三女を虐待し続けてきた。長女は祖母に従順という理由で、虐待を受けることはほとんどなかった。そんななかで、孫(娘)が祖母(母)を殺すという凄惨な事件は起きた。
     2014年10月1日午前0時半。当時高校2年生だった三女は自宅で就寝中の母(47)と祖母(71)を台所にあった包丁で刺して殺害した。二人の遺体には多数の刺し傷があった。三女は殺害後、家を荒らし、強盗による犯行に見せかけていた。

     裁判員の前で弁護人の被告人質問に答えた長女の証言――。
    〈弁護人「(三女は)祖母と母が嫌いだったのですか」
     長女「はい。祖母に暴力を振るわれ、母はそれをただ見ているだけでした」
     弁護人「どんなことをすると祖母は暴力を振るうのですか」
     長女「家の中を歩いていたら、突然たたかれていました」
     弁護人「祖母は三女を嫌いだったのですか」
     長女「『子どもは一人でいい』と言われていました。『犬猫みたいで嫌だ』とも」
     弁護人「暴力を振るわれて、(三女が)泣いたりすると祖母はどうしましたか」
     長女「うるさいと言って、声が出ないようにガムテープを口に巻きました。涙でテープがぐちゃぐちゃになってとれそうになると、口から頭にも巻き付けていました。鼻が少し出るか出ないかくらいの状態でした」〉

     三女は小学校に上がる前の2004年2月、児童相談所に一時保護されたことがあります。祖母に足を引っかけられ、頭に重傷を負い、児童相談所が「虐待の疑いがある」と判断したのですが、しかし、解決に至らなかったばかりか、三女に対する虐待がエスカレートする。

    〈弁護人「方法が変わったのですか」
     長女「床下の収納部分に閉じ込められたり、冬でも裸で外に出されたりして水をかけられていました」

     2月24日、裁判官からも虐待の内容を問われた。

    裁判官「今まで見た妹の虐待で一番ひどいのは」
     長女「食事が一番印象に残っています」
     裁判官「どのような」
     長女「小麦粉を焼いて、マヨネーズをかけて、生ゴミを載せられていました。はき出しても、無理やり口に入れられて、食べさせられていました」
     裁判官「生ゴミというのは、台所の三角コーナーにあるようなものですか」
     長女「台所の排水のところにあるものです。柿やリンゴの皮やへた、お茶の葉が多かったです」〉

     そして、交際する男性と札幌で暮らしたいと考えるようになった長女が、「家を出る」ことを三女に伝え、ひとり祖母と母の元に残される三女にとってはそれが直接的な動機となった。
     検察官によって読み上げられた供述調書に、三女の胸中がうかがえます。どうすれば一緒に住めるか思いつかず、長い沈黙が続いた後で長女がこぼした愚痴――「「おばあちゃん、いなくなればいいのに」。
    〈二人は、祖母と母がこの世からいなくなるという妄想に会話を弾ませた。車のタイヤをいじれば事故死に見せかけられる。強盗に入られて、二人だけやられればいいのに。殺し屋を雇ってみようか──。
     長女はストレスを発散するように冗談半分で話していた。だが、三女は違った。「これまでも殺すことを考えたことはあったが、一人で全部やるのは無理だと思っていた。でも、姉も同じ気持ちだと知った」(中略)
     長女は「いざとなったら殺害することなんてできない。高校生ができるわけない」と思っていたが、三女は心を決めていた。「姉は『本気なの?』と聞いてきたが、計画は完全にできていた。殺すとき、殺した後のことを何度も想像した」〉

     三女は逮捕され、今は医療少年院にいる。懲役3年執行猶予5年の判決が確定した長女は、交際相手との間に子どもができ、〈妹が戻ってきたら、今まで感じられなかった家族というものを感じられるよう一緒に生活したい〉と、その日を待っているという。

     この「絶対君主が支配する虐待の家」のほか、記者たちが傍聴を続けた裁判は様々な人生を映しだし、人びとの胸に秘めた思いに光をあてていきます。
     両親が3歳の我が子をウサギ用のケージに閉じ込めて死なせた事件「ラビットケージに消えた悲鳴」
     認知症の母を介護していた父と娘の心中(未遂)事件「親子3人が入水した絶望の川」
     突然のがん宣告から9か月、妻に先立たれた男と二人の娘が選んだ悲劇の結末「妻失い、娘と出した結論は……」
     法廷で罪に問われたのは母親ではない当時18歳の少女「渋谷の闇で息絶えた赤ちゃん」

     ・・・・・・どの裁判も、そしてそこで裁かれる「被告人」の誰も、特殊なものではありません。皆、私たちが暮らしている社会と地続きなのだ。
     第二次安倍政権誕生5年の節目に実体なき「アベノミクスの成果」とやらが喧伝される一方で、親による虐待殺人が頻発するなかで迎えた2018年――国民の多くが疲れきっている。(2018/1/5)
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    投稿日:2018年01月05日