書籍の詳細

米は最高の炭水化物! 光る粒、甘い香り、味覚をぶん回す旨み――。泣いて笑って腹が減る! 小説版『22年目の告白』の浜口倫太郎が描く、コメ作りエンタテインメント!

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シンマイ!のレビュー一覧

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  •  わが家の朝は、炊きたてのご飯と熱い味噌汁で始まります。
     食卓にパンが並ぶことはない。パンが嫌いなわけではありません。それでも朝ご飯はやっぱり米です。
     朝は米に限る・・・・・・そんな暮らしを30年以上続けていて、“米派”を自認している身としては、書店店頭で『シンマイ!』の書名、刈り取った稲を両手で頭上に掲げた若い男のイラストがなんだか楽しそうな文庫本カバーを見つけたら、どんな本か手に取って確かめてみないわけにはいきません。時は10月中旬――新米の季節だ。
     著者の浜口倫太郎は、2010年デビュー、38歳の新進作家、脚本家。電子書籍も本書(2017年11月10日配信)のほか、『神様ドライブ』(2017年2月24日配信)、『廃校先生』(2017年10月13日配信)の2冊、計3冊が講談社から配信されていまが、作品を手にしたのは『シンマイ!』が初めて。

     書店店頭でページをなんとなくめくっていて、えっ、と目が止まった。中ほどに近い十数行だ。

    〈翔太は感激の声を上げた。
    「うめえ! むちゃくちゃうめえじゃねえか。じじい」
    「うるせえ、味がわからねえだろ」
     喜一が不機嫌そうに返し、ゆっくりと箸を持ち上げた。米をつかみ、口に運ぶ。まぶたを閉じ、じっくりと咀嚼(そしゃく)する。米と対話しているような佇まいだ。
     深く、密度の濃い会話が終わる。
     喜一は目を開け、満足げな息を吐いた。
    「……今年はよくできた」
     里美は無言で箸を動かしている。感想は述べなくとも、その表情が物語っている。あまりの旨さに言葉を失っているのだ。
     食べ終えた正和がテーブルに箸を置いた。
    「……うまかった。さすが父さんの米だ」
     翔太はぎょっとした。正和が涙ぐんでいる。
    「マジかよ。いいおっさんが米食ったぐらいで泣くなよ」
    「泣いてるわけないだろ。ちょっと目にしみたんだよ」
    「たまねぎじゃねえんだぞ」
     どこの世界に米食って泣く奴がいるんだ。〉

     新潟で米作り一筋に生きてきた喜一が収穫したばかりの新米と交わす深く、密度の濃い会話。米のあまりの旨さに言葉を失う里美。そして喜一の長男の正和は「うまかった」と一言言って涙ぐむ。「たまねぎじゃねえんだぞ」思わぬ“父の涙”にぎょっとする翔太は、喜一の孫。

    『シンマイ!』は、米作りの名人、喜一の下で有機農法による米作りを目指す元女子サッカー選手の里美と喜一の孫の翔太の成長小説。米作りの道はいうまでもなく平坦ではありません。無口な喜一が若い二人に語ることは稀で、見よう見まねの二人は挫折を繰り返しながら、一歩一歩、米作りの道を進んでいく。厳粛な空気が翔太の一言で笑いモードに一気に変わる文章のテンポのよさが、この小説の魅力のひとつです。

     里美は将来有望なサッカー選手だったが、膝の怪我で現役引退。コーチをしていたが、横浜で開催された新潟長浦の米のキャンペーンで有機米おにぎりを食べて感動。そんな米を作りたいと横浜から新潟に来た。
     一方の翔太は、高校をドロップアウトして以降、建築現場の作業員として働いていた。現場監督と相性もよく正社員に昇格したが、親会社の人事刷新で状況が一変。慕っていた現場監督がクビになってしまい、新任の現場監督とはそりが合わない。後輩の些細(ささい)なミスを執拗(しつよう)に責め立てる新任監督に中学の柔道部で鍛えた背負い投げを見舞った。22歳でクビになって転職活動を始めたが、中卒の翔太は不採用通知の山を築くばかりです。
     そんな時、夜遅くにアパートで待っていた父の正和が、「新潟の喜一じいちゃんから米作りを学んできてほしい」ともちかけてきた。父は農家の出身だが、東京の医大を卒業して千住で医院を開業して長い。最近中古で買ったミニバンのローンをすべて肩代わりしてくれるという父の願ってもない申し出を受け入れて新潟にやって来たのが、翔太です。米作りに特別な思いはなかった。

     ドコモ以外のケータイは圏外、あたり一面田んぼが続く田舎。喜一の一日は、早朝5時に始まります。夜型の生活をしてきた翔太ですが、二度寝したい衝動をこらえながら青いつなぎに着替え、喜一と一緒に軽トラックに乗り込んだ。

    〈車中では会話ひとつない。少しずつ白んでくる景色を、翔太は夢うつつの状態で眺めていた。
     あぜ道のまん中で車が止まった。喜一が降りたので、翔太もそれに続いた。足裏に土の感触がする。都会では味わえないやわらかさだ。
     朝日が田んぼを照らしている。田植え前の田んぼは見栄えがいいものではない。ただの土だ。
     喜一は黙って田んぼを眺めている。身じろぎひとつしない。腕をじっくりと組み、真剣なまなざしを注いでいた。全神経を見るという行為に費やしている。そんな佇まいだ。
    「じじい、何してんだ」
    「静かにしてろ」と喜一が一喝する。「黙って見ろ」
    「なんでだよ。何もねえじゃねえか」
     喜一はまだ同じ体勢をとっている。石像のように動かない。付き合ってられるか、と翔太はしゃがみ込んだ。
     あくびを十回ほどしたところで喜一の石化が解かれた。おもむろに歩き始める。
    「おい、やっとかよ」
     立ち上がろうとしたが、足が痺れている。強引に力を入れて、前に進んだ。
     けれど喜一はとなりの田んぼに移動しただけだ。そこでまた田んぼを眺めている。それを何回も何回も繰り返した。
     結局見るだけで作業は一切しなかった。〉

     このじじい、本当に教える気があんのかよ……ミニバンのローンの肩代わりをしてもらうためだけに新潟に来た翔太の胸のうちに疑問と怒りが投入される。それらが化学変化を起こし、爆発しそうだ。祖父の喜一と翔太。水と油のように見える二人ははたしてやっていけるのか。

     もうひとり、里美と翔太の出会いのシーンは、ちょっと可笑しい、笑いのモードだ。

    〈右手のビニールハウスから誰かが出てきた。
     女だった。
     赤色の作業服に麦わら帽子、右胸には『KIKUCHI FARM』というロゴが入っていた。
     色黒で目が大きい。インドやネパール、もしくは東南アジア系の顔立ちだ。背が低く童顔だが、子供ではない。自分と同い年ぐらいだ。懐かしい。建築現場でもアジア系の仲間はたくさんいた。
     翔太は手を合わせ、丁寧に挨拶をした。「ナマステ」
     女は無反応だ。翔太は訂正するように右手を上げた。
    「わりいわりい。マガンダン ハーポン」
     フィリピンのタガログ語だ。現場での経験がこんなところで生きるとは。異国で母国語を聞けることほど嬉しいことはないはずだ。
     女がふくれっ面で返した。
    「……わたし日本人なんだけど」
    「なんだよ。日本人かよ。まぎらわしいな」
     女は露骨に顔をしかめたが、翔太は無視して尋ねた。
    「ちょっと訊きたいことあんだけどよ。土田喜一の家知らねえか?」
    「喜一さん?」と女は眉を上げ、じろじろと翔太を眺めた。
    「喜一さんになんの用なの? まさか押し売りする気じゃないでしょうね」
    「ちげえよ。なんで俺がそんなことするんだ」
     この野郎やり返しやがったな、と翔太は不快になった。女が追撃してくる。
    「そんなことしそうに見えるからよ」
    「うるせえよ。それならおまえはどこからどう見てもインドからの留学生だろうが」
     にらみ合いになったが、女はすぐに馬鹿らしくなったようだ。鼻から息を吐くと、「あっちよ。あそこの右から二軒目の家」となげやりに遠方を指さした。そしてさっさと立ち去ってしまった。〉

     喜一を“接点”に翔太と里美という米作りを目指すコンビが生まれます。祖父(喜一)の米作りにかける一徹な思いは、医師になった息子(正和)を経て、孫(翔太)に引き継がれていきます。
     翔太と里美だけではありません。東京から応援に来てくれる仲間たちがいる。役場の地域振興課に勤める若林まさるは、新潟で翔太が里美の次に出会い、一瞬で気に入った気配りの男です。まさるが開いた翔太の歓迎会で紹介された兼業農家でそば打ち名人の桐谷光太郎。“米ってのは農業で一番楽なジャンル”とうそぶいていたが、実は喜一の米作りに心密かに憧れていた光太郎も喜一に弟子入り。“応援団”の重要なメンバーになった。

     そんな仲間たちに支えられて、翔太と里美が喜一の“神米”に一歩でも近づこうと努力を重ねてようやく迎えた収穫の季節――。
     まさると光太郎が、かつてない大型の台風が直撃するという情報をもたらした。

    〈「うん。このあたりはあまり台風が来ないんだけどね。今回は直撃するみたいで、みんな大あわてだ。稲が全滅するかもしれないって」
     翔太は驚愕した。「全滅って、どういうことだよ?」
    「稲の天敵は病気、雑草──そして台風だよ」とまさるが指を三本立てる。「台風で稲が倒れでもしたら品質は格段に落ちるし、川が氾濫して水害になる可能性もある。稲が水に浸っちゃ売りものにならない。近所のおじいさんが言ってたけど、四十年前もこんな台風がきて堤防が決壊して、稲がむちゃくちゃになったんだ」
     翔太と里美は血相を変える。全滅すれば、喜一に米を届けられない。
     光太郎が提案した。
    「台風は三日後にここに来る。明日かあさってにはもう刈り入れた方がいい。周りの農家もそうするそうだ。俺も仕事休んで手伝うからよ」〉

     翔太が出した結論は――5日後に収穫。
    〈五日後がベストのタイミングなんだ。それ以上は早すぎても遅すぎてもダメだ〉
     翔太の覚悟の背後にはどんな思いがあったのか。

     台風直撃の夜――翔太と里美、まさる、光太郎、そして東京から駆けつけた仲間たちが田んぼに向かいます。稲穂が激しく揺れている。今にも倒れそうだ。彼らはそこで何をするのか。

     三浦しをんは『神去なあなあ日常』(徳間書店、2014年1月24日配信)、『神去なあなあ夜話』(徳間書店、2016年6月3日配信)で、林業に夢中になっていく都会育ちの元フリーターを描きました。『シンマイ!』で浜口倫太郎が描くのは有機米作りに取り組む二人の若者――中卒の元建築現場作業員と元女子サッカー選手。
     今第一次産業に新たな人生の可能性を発見する若い世代が増えているそうです。文字通り、大地に足をつけて歩む確かな人生が、そこにはあるのかもしれません。

     そして――“喜一の神米”に挑戦する翔太と里美の物語終盤。とつぜん目頭が熱くなり、小田急線の座席でちょっとあわてました。(2017/12/15)
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    投稿日:2017年12月15日