書籍の詳細

2011年3月11日、巨大地震発生。志願し被災地に赴いたベテラン記者・大嶽が遭遇したのは、想像を絶する惨状だった。行方不明の新人記者捜索という特命を受け、記者の誇りと存在意義を賭けた日々が始まる。そんなある日、地元で尊敬される男が凶悪事件と関わりがある可能性に気づき……。読む者すべての胸を打ち、揺さぶる衝撃のミステリ!

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雨に泣いてるのレビュー一覧

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  •  1987年、同志社大学を卒業して中部読売新聞(のちの読売新聞中部支社)入社、2年余りの新聞記者生活を経て、フリーライターとして独立、2004年『ハゲタカ』で作家デビューした真山仁。作家デビュー10周年記念の書き下ろし意欲作が、本書『雨に泣いてる』です。先頃、文庫化され、同時に電子書籍も文庫版を底本に再配信され、価格もほぼ半額に下がりました。

     主人公は全国紙「毎朝新聞」の事件記者・大嶽圭介。物語は、阪神・淡路大震災の翌日朝刊一面を飾った神戸支局の新人記者・大嶽圭介のスクープ記事から始まります。

    〈咲希ちゃん、奇跡の生還
     民家の倒壊が激しかった神戸市中央区中山手では、家の下敷きになっていた少女が近隣住民の六時間にも及ぶ救出作業で、奇跡の生還を果たした。
     発災から六時間後の一七日正午頃、慎重にがれきを除去していた自営業中野一之さん(三七)が声を張り上げた。
    「おったぞ! 咲希ちゃん、もう少しやからな頑張れ!」
     その声に、救出活動を続けていた約二〇人の市民が、がれきの真ん中に空いた穴の周りに集まった。(中略)
     救出された咲希ちゃんはかすり傷を負った程度で、大きなけがはない。
     塚田さんの呼びかけに最初に応じた隣家の会社社長大久保昭男さん(五四)は、「最初はダメかもと思ったが、ずっとお孫さんの名を呼び続ける塚田さんの頑張りにこたえようと必死でがれきをどけた。助かって本当によかった」と、ほこりまみれの顔に白い歯をのぞかせていた。
     【一九九五年一月一八日毎朝新聞朝刊・神戸支局・大嶽圭介】
    〈写真は、六時間ぶりに救出され祖母の塚田和子さんに抱きついてほほ笑む咲希ちゃん=撮影・大嶽圭介〉〉

     喜びの生還を果たした少女の記事は一面を飾ります。発災直後の悲惨な被害ばかりを伝える他紙とは違って、毎朝新聞だけが生き埋め少女の生還を写真入りで報じるスクープでした。しかし翌日、奇跡の生還を果たしたはずの少女が急死して、事態は暗転します。検死の結果、自宅が倒壊したときに後頭部を強打したことによる脳内出血が死因だと分かりました。

    〈……救出された時、咲希ちゃんは元気そうに見えた。(中略)
     なのに、翌日、絶望という現実が降ってきた。
     その事実を告げると、デスクにその後をフォローして記事にしろと命じられた。とてもそんなことはできないと拒絶したが、「助かったと思った少女が、脳内出血で命を落としたという現実を伝えなくてどうするんだ」と叱られた。
     一月一九日の朝刊で、咲希ちゃんの死を短く伝えた。そして避難所暮らしの祖母に毎日会いに行き、三日後にようやく取材に応じてもらえた。
    「もうダメだって思ったのを、みんなが助けてくれたでしょ。あの子は優しい子だから、近所の人に励まされて気丈に振る舞ったのよ。だから、痛いところがあっても我慢したんだと思う。でも、もっと私がちゃんと様子を観察していたらあんなことにはならなかった」
     咲希ちゃんの遺影を抱えた祖母の写真に、その言葉を添えて記事にした。また、一面に載った。
     その日から私は、記事の怖さに耐えられなくなった。
     その場限りの軽はずみな〝美談〟を作りあげるから、悲劇を大きくするのだ。
     私は震災で被災者に向き合えなくなり、ついには取材という行為そのものが怖くなってしまった。〉

     以来、大嶽記者は悪夢に苛まれるようになります。感情を押し殺した記事を書いたときに見る“悪夢”。崩壊する少女が足下から悲しげに見上げている……。そのことを知るのは元妻と今の妻、そして記事が書けなくなった大嶽を僻地の通信局に迎え入れてくれた真鍋デスクだけです。
     その真鍋のおかげで大嶽は再生し、毎朝のエース記者といわれるまでになります。定年退職して妻と二人で塩飽諸島の小さな島で暮らす真鍋が大学の同窓会で上京し、昼食に誘われた。食後のコーヒーを神田のホテルのラウンジで飲んでいたとき――地鳴りがしたかと思うと、何かが建物にぶつかったような音がして、強烈な揺れに襲われた。背後で何かが倒れ、続いて大量のビンが砕ける音がした。
     2011年3月11日。東日本大震災発生――。大嶽は妻の猛反対を押し切って災害現場の最前線取材を志願しました。宮城班キャップに任じられ100万円入りの封筒を渡された大嶽は、メンバーの記者たちとともに庄内空港経由で仙台に入ります。記者経験のある真山仁が描く災害最前線取材の現場状況は、読む者の心を撃ち抜きます。少し長くなりますが、本書から引用します。

    〈人の輪から少し離れたところで中年男性が若い女性記者に盛んに話している。さりげなく会話の聞こえる位置に移動した。
    「逃げるのが精一杯だったんだ。娘が転んだのが見えたんで、振り向いて立たせようとした瞬間、波を被ってしまって」
     漁師らしいよく日に焼けた男は不意に黙り込んでしまった。女性記者はペンを持ったままじっと話の続きを待っている。倒れた娘がどうなったのか、次の問いを投げるべきなのに、それができないのだろう。
    「ずっと捜してるんだよ。でもな、見つかんなくて。あり得んよ、娘の手を離しちゃうなんて」
     話を聞くうちに膝から下が震え出した。寒さのせいではない。“あの時“と同じような取材を始めようとしているからだ。また“過ち”を犯すのではないかという怯えが喉元に込み上げてくる。
     怖がるな。必死で自分を奮い立たせた。でないと今まで頑張ってきたものが全て無駄になる。
    「お嬢さんのこと、もう少し聞かせてもらっていいですか」
     声も震えていたが、他人には分からないようだ。先に男性を取材していた女性記者が睨みつけたが、父親は拒否しなかった。
    「九歳になったばっかよ。なかなか子どもが授からなくてね。やっと生まれた一人娘さ。運動神経抜群の子で、運動会ではいっつも一等賞だったしな」
    「自慢の娘さんだったんだ」
     男がまた拳で涙を拭い、洟(はな)をすすった。〉

     堪えきれなくなって嗚咽する男の写真を撮るように同行記者の遠藤に合図し、さらに「海岸周辺を取材しながら捜してみます」と言って携帯電話の写真を接写。娘の名前を聞き出して男の下を離れた大嶽たちを追いかけてきた女性記者が詰(なじ)った。

    〈「あなたたち、卑劣です。相手の悲しみにつけ込んで、根掘り葉掘り質問して、挙げ句にいかにも親切そうなこと言ってちゃっかり雁首(がんくび)写真まで撮るなんて。その上、まだ生存の望みがあると言わんばかりの出まかせまで」(中略)
    「人非人。いいネタ取るために調子のいいことを言っただけじゃないですか」
     そう言われて、なぜか肩の力抜けた。
    「おたくも記者だろう?」
    「東洋新聞仙台支局の今井といいます」
    「じゃあ今井さん、君はあそこで何をしていたわけ?」
    「取材に決まっているじゃないですか」
    「だが、彼の名前も、未希ちゃんの名前も訊ねられなかった。記者の仕事は、被災者に同情することじゃない。どれほど相手が悲しみに暮れていても、何が起きたかを訊き出さなければこの惨状は伝えられない。安っぽいヒューマニズムなんぞ不要だ」
     立ち尽くす女性記者を残して、写真を撮っている遠藤に追いついた。〉

     大嶽の前には言葉を失うほどの惨状が広がっています。かつて自身の安易な思い込みから少女の死を招いてしまったという“原罪”を胸に秘めてそこにある“現実”を読者に伝えていく大嶽の署名記事が紙面に載り始めますが、実は大嶽にはもうひとつの特命があった――自殺駆け込み寺と呼ばれる三陸市の少林寺で取材中に被災した新人女性記者の行方を探せ。
     石巻市と気仙沼市との間に位置する三陸市は津波によって壊滅しているとラジオが伝えていた。記者の名前は松本真希子(まきこ)。毎朝新聞社主の孫娘だった。
     震災から二日たった3月13日早朝。大嶽と細川記者はジャンボタクシーで三陸市に向かいます。三陸市街地の道路脇に遺体が並べられている。

    〈地獄――軽はずみには口にできない言葉が浮かんだ。それは取材する者が使ってはならない禁句だ〉と大嶽の心の内を描きます。過酷な取材を繰り返しながら、少林寺に辿りついた大嶽は、そこで松本記者の無事を確認します。若者の自殺防止活動に取り組んでいる住職の心赦和尚を取材していた松本記者は心赦和尚によって助けられ、高台にある展望ロッジに逃れることができた。
     しかし、松本を救ったあと津波に呑まれて行方の分からなくなった心赦和尚は、この日、遺体で発見されます。少林寺のお堂に安置された棺――大嶽は心赦に寄り添うように置かれた一柱の位牌(いはい)に気づきます。発見された時、和尚が強く握りしめていたものだという。
     戒名は「慈恵院涼風潔清信女」。位牌の裏側の俗名は「吉瀬涼子」。亨年二十七才とあります。大嶽はほんのかすかにその名前に聞き覚えがあるような気がしたものの、その場では思い出せなかった。しかし、その日のうちに東京からの連絡で、吉崎涼子が13年前に起きた判事殺しの容疑者として指名手配を打たれている元警視庁警部補・吉崎健剛(けんごう)の妹だと知ります。
     吉崎健剛は東京地裁の判事夫妻を10数回も刺して殺害した上に放火するという残虐さで世間を震撼させました。いったいなにが警視庁警部補を凶悪犯罪に駆り立てたのか。
    「吉崎涼子」の位牌を固く握りしめたまま亡くなった心赦は、いったい何者なのか。事件記者として大嶽が深まる謎に迫っていく、衝撃のラストシーン。極限状況のなかで、一人の事件記者が探り当ててしまったものは何か。(2015/2/20・2017/10/10改訂)
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    投稿日:2015年02月20日