書籍の詳細

その日、東京第一銀行に激震が走った。頭取から発表されたライバル行との合併。生き残りを懸けた交渉が進む中、臨店指導グループの跳ねっ返り・花咲舞は、ひょんなことから「組織の秘密」というパンドラの箱を開けてしまう。隠蔽工作、行内政治、妖怪重役……このままでは我が行はダメになる! 花咲舞の正義が自行の闇に切り込む痛快連作短篇。

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花咲舞が黙ってないのレビュー一覧

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  •  まさかの、半沢直樹登場、だ。
     9月初旬、書店店頭の文庫平積み台に積み上げられた2冊の池井戸潤作品――『花咲舞が黙ってない』(中公文庫、2017年9月5日配信、紙書籍・電子書籍同時発売)と半沢直樹シリーズ最新作『銀翼のイカロス』(文春文庫。単行本を底本とする電子書籍がダイヤモンド社より2014年8月1日配信、2017年9月15日に価格を下げて再配信)で、中央公論新社と文藝春秋が出版社の枠を越えて共同プロモーションを華々しく展開しているので、目にとめた方もいるかと思います。
     冒頭、〈まさかの、半沢直樹登場〉としたのは、プロモーションに半沢直樹が登場しているからでは、もちろんありません。シリーズ最新刊の文庫版発刊にその名前が出てくるのは当たり前、驚くようなことではありません。
     今回取り上げる『花咲舞が黙ってない』――『不祥事』(講談社文庫、2014年3月14日配信)などを原作とするヒットドラマ「花咲舞が黙ってない」のタイトルをそのまま使った読売新聞連載小説を文庫化した花咲舞シリーズ最新作に、半沢直樹が登場するという「えっ」と息を呑むサプライズが用意されていたのです。
     東京第一銀行臨店指導グループの花咲舞と、彼女を狂咲(くるいざき)と揶揄しながらも実は銀行の「不都合な真実」に臆することなく向き合おうとする花咲舞を誰よりも認めて支える上司・相馬健調査役のコンビを主人公とする花咲舞シリーズに、ライバル行の産業中央銀行・半沢直樹が初めて姿を現す場面――。
     東京を遠く離れた別府温泉の老舗旅館で産業中央銀行頭取と東京第一銀行頭取が密会し、それに随行していたのが半沢直樹。「倍返し」のフレーズで広く知られるヒーロー銀行員ですが、この段階では、産業中央銀行企画部企画グループ調査役の肩書きを持つ若手行員です。対する東京第一銀行の随行役は昇仙峡玲子(しょうせんきょう・れいこ)──企画部特命担当調査役の切れ者。「第三話 湯けむりの攻防」より引用します。

    〈極秘の会合は、その日の午後三時から、旅館の一室で行われた。
     三十畳ほどの、おそらくは宿泊客の夕食用として使われる豪華な部屋で、横に配膳用の小さな続き間がある。
     いま昇仙峡玲子は、その狭い畳敷きの部屋で、ちょっとしたストレスを感じていた。大広間で行われている交渉はすでに二時間を過ぎていたが、いまだ終わる気配はない。
     もっとも、交渉にあたっている本人同士は、大学の先輩後輩の関係で既知の仲だ。真剣な議論が声高に交わされたかと思えば、手のひらを返したように笑いも弾(はじ)けるといった具合。話の仔細(しさい)については把握しかねるが、良好な雰囲気であることは想像に難(かた)くない。
     では、玲子の感じているストレスのもとは何かといえば、いま同じく部屋に控えているもうひとりの男にあった。
     この交渉が始まる直前のこと、玲子は上司の紀本(引用者注:紀本平八企画部長)に急な用事を命じられ、ここに来るのが少々遅れた。
     その紀本が入室する前、慌(あわ)ただしい中で男と名刺交換したのだが、他事を考えていてその名前が頭に入らなかった。
     果たして、男の名前はなんであったか。それが思い出せないのだ。
     むろん、名刺入れから名刺を取り出して見れば、簡単にわかることである。だが、さすがにこの狭い部屋にいて、当の本人の前で名刺を出して確認するというのも格好が悪い。
     名は忘れたが、その男は産業中央銀行の企画部の若手行員であった。肩書きはわかる。企画部企画グループ調査役だ。年齢は玲子よりも幾つか下に違いない。
     そして、この重要な席に随行してきているだけあって、男は優秀であった。
     時折、襖の向こうから声がかかり、細かな決算上の数字などを問われたとき、男のこたえはいかにも的確で、素早いものであった。余計なことは一切、口にしない。かれこれ二時間も相対して座しているというのに、男のほうからこちらに話しかけてくることは一切ない。
     もっとも、いつ声がかかるかわからない状況で襖の向こうに耳を澄ませていなければならないから、話しかける余裕があるわけではなかった。それは玲子もまた同様である。〉

     極秘の会合が終わり、旅館の玄関先で車に乗り込む際に頭取が傍らに控えていた男に〈どこかホテルの近くでうまい店はないかな、半沢〉と声をかけた時、昇仙峡怜子はフルネーム〈半沢直樹〉を思い出す・・・・・・。
     そして――ライバル銀行のトップと随行行員が老舗旅館から立ち去る姿を、臨店指導で別府に来ていた相馬健と花咲舞の二人が偶然目撃します。

    〈「ありゃりゃ」
     相馬が素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げたかと思うと、ぱたりと足を止めた。
    「どうしたんです、相馬さん」
    「あれを見ろ」
     ふいに警戒したように向けた視線を追った舞も、あっ、と声を上げた。
     臨店の仕事を終え、さて、社長の八坂にどう話したものかと思案しながら白鷺亭に戻ってきたところである。
     だがいま、見れば玄関先に黒塗りのクルマがつけられ、その助手席に顔見知りの女が乗り込もうとしているところではないか。
     昇仙峡玲子だ。
    「なんで、あいつが」
     動き出したクルマに目を凝(こ)らした相馬は、クルマの後部座席の人物を見た途端、さらに目を見開いた。
    「牧野頭取?」
     そうつぶやいたのは、相馬ではなく舞のほうである。目を見開いたままの顔を相馬に向けるや、どういうことかと無言で問う。
    「見間違いじゃないですよね」
     問うた舞にうなずいた相馬の視線は、いままた車寄せに入ってきた新たな黒塗りのクルマに向けられた。
     そこに三人の男がいて次々と乗り込んでいく。
    「これはいったい……」
     相馬と舞の前を通り過ぎ、敷地の外へ去っていくクルマを見送りながら、相馬は思わず唸(うな)って腕組みをした。
    「相馬さん、いまの人たち、知ってるんですか」
    「知ってるも何も、オレの見間違いじゃなきゃ、ありゃ産業中央銀行の景山頭取だ」
    「産業中央銀行の頭取?」
     舞は繰り返し、「ということは、ウチの頭取と産業中央銀行の頭取が一緒だったということになりますよ。なんでですかね」、と首を傾(かし)げる。
    「これは何かあるな」
     思考を巡(めぐ)らせ、相馬はクルマが出ていったほうを睨(にら)み付けた。
    「そもそもだ、頭取が当地に来ているっていうのに、前浜さんはそんなこと何もいってなかったよな。普通、頭取が地方に出張(でば)ってきたら、現地の支店があれこれと世話を焼くのに」
    「前浜支店長は知らされてなかった、ってことですかね」と舞。
    「だろうな」
     ふたりして沈黙。そこに何らかの意味があるのだろうが、それが何なのかがわからない。〉

     時は世紀末、メガバンク誕生前夜。この日、ライバル行同士の合併に向けて歯車が大きく動き始めました。半月後、頭取の〈産業中央銀行と合併する〉との緊急メーセージが行内テレビで発表され、衝撃が走ります。
     銀行の生き残りをかけたメガバンクへの道――熾烈な合併交渉が進む中で、東京第一銀行は、融資事故、多額の不良債権を抱えた大口顧客企業の破綻、粉飾決算の隠蔽工作・・・・・・スキャンダラスな問題が続発。臨店指導をきっかけに銀行の闇――「不都合な真実」を知った花咲舞と相馬健が動き出す。「第六話 エリア51」の〈我が国を代表する総合電機メーカーの雄、東東デンキの巨額粉飾〉を巡る話は、新聞連載中に大問題化した東芝の不適切会計問題を彷彿とさせ興味深い。同時進行する社会的問題をフィクションの中に躊躇なく取り入れるジャーナリスティックな感性と技巧は、池井戸エンターテインメントの真骨頂だ。
     とまれ極秘の会合を偶然目撃していた花咲舞と相馬健は、否応もなく銀行の生き残りをかけた合併交渉の裏で繰り広げられる熾烈な銀行内権力抗争の渦に巻き込まれていきます。直接相まみえることはありませんが、花咲舞の正義が半沢直樹の果敢な行動に結びついていく。緊迫感に満ちた意外なエンディングが待ち受けています。(2017/10/6)

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    投稿日:2017年10月06日