書籍の詳細

日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めている。そうした「ウラの掟」のほとんどは、アメリカ政府そのものと日本とのあいだではなく、じつは米軍と日本のエリート官僚とのあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としている。最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」を参照しながら、日米合同委員会の実態に迫り、日本の権力構造を徹底解明する

総合評価
5.0 レビュー総数:2件
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知ってはいけない 隠された日本支配の構造のレビュー一覧

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  •  日本ははたして「法治国家」と言えるのでしょうか?
     日本ははたして「独立国」と呼べるのでしょうか?

     矢部宏治著『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書、2017年8月17日配信)は、戦後日本には米軍部と官僚トップ層との間で交わされた密約が数多く存在し、それら「ウラの掟」が社会全体の構造を大きく歪めていることを事実をもって明らかにした快著だ。
     著者が「知ってはいけない」というタイトルをつけたのは、〈ほとんどの読者にとって、そうした事実を知らないほうが、あと一〇年ほどは心穏やかに暮らしていけるはずだ〉と思ったからで、しかし、近い将来日本に必ず訪れることになる大きな社会変動を考えれば、〈知っておかなければならない戦後日本の正体〉なのだという反語的意味合いを込めたタイトルなのです。
     2010年に沖縄・普天間基地の県外移設を唱えた鳩山由紀夫首相(当時)があっという間に政権の座を追われたことに疑問を抱いて沖縄問題の調査を始めた著者は、サンフランシスコ講和条約の発効、独立によって1952年4月に終わったはずの「占領体制」が65年の時を超えて2017年の現在までそのまま継続されていることを突きとめました。
     それによって、私たちが暮らす社会はどれだけ歪んだ状況にあるのでしょうか。耳を疑うような事実を明かした証言を紹介する一節があります。米軍・普天間基地のある沖縄県宜野湾市長だった伊波(いば)洋一氏(現参議院議員)の講演を聞いた著者は、一瞬、意味がよくわからなかったとして、次のように書きます。

    〈(2011年3月の福島原発事故の後)不思議だ、不思議だと思いながら、なにをどうすればいいか、まったくわからない日々が続きました。
     そんなある日、耳を疑うような事実を知ったのです。
     それは米軍・普天間基地のある沖縄県宜野湾市の市長だった伊波洋一さん(現参議院議員)が、講演で語っていた次のような話でした。
    「米軍機は、米軍住宅の上では絶対に低空飛行をしない。それはアメリカの国内法がそうした危険な飛行を禁止していて、その規定が海外においても適用されているからだ」〉

     この発言、本では太字で強調され、著者はさらに「米軍住宅」に傍点を付けて読者の注意を喚起しています。米軍機が住宅の上を低空飛行するのは当たり前、それが沖縄の日常であることを知る著者には、伊波氏の発言は「????」でした。

    〈私は沖縄で米軍基地の取材をしている最中、米軍機が市街地でギョッとするほどの低空飛行をする場面に何度も遭遇していたからです。軍用ヘリコプターが巻き起こす風で、民家の庭先の木が折れるほど揺れるのを見たこともありますし、マンションの六階に住んでいて、
    「操縦しているパイロットといつも目が合うのさー」
     と言っていた人にも会いました。
     実際、丘の上から普天間基地を見ていると、滑走路から飛び立った米軍機やヘリが、陸上、海上を問わず、島の上空をどこでもブンブン飛びまわっているところが見える。
    「それが、米軍住宅の上だけは飛ばないって、いったいどういうことなんだ?」〉

     操縦しているパイロットと目が合うほどの近さで戦闘機やヘリコプター、問題のオスプレイが飛ぶ沖縄の日常。低空飛行が当たり前の世界にあって、「米軍住宅」の上空は絶対に飛ばないというのです。いったい、どういうことなのか?

    〈伊波氏の話によれば、そうした米軍の訓練による被害から守られているのは、人間だけではないというのです。アメリカでは、たとえばコウモリなどの野生生物や、砂漠のなかにある歴史上の遺跡まで、それらに悪影響があると判断されたときには、もう訓練はできない。計画そのものが中止になる。
     なぜなら、米軍が訓練をする前には、訓練計画をきちんと公表し、環境への影響評価(レヴュー)を行うことが法律で義務づけられているため、アメリカ国内では、人間への悪影響に関して米軍の訓練が議論されることはもうないというのです。
     いや、いや、ちょっと待ってくれ。頭がおかしくなりそうだ──。
     どうして自国のコウモリや遺跡にやってはいけないことを日本人にはやっていいのか。
     それは人種差別なのか?
     それとも、よその国なら、何をやってもいいということなのか?
     いや、そんなはずはない。
     なぜなら、たとえば沖縄本島北部の高江では、ノグチゲラという希少な鳥の繁殖期には、ヘリパッドの建設工事が数ヵ月にわたって中止されているからだ。「日本人」の人権にはまったく配慮しない米軍が、「日本の鳥」の生存権にはちゃんと配慮している。
     これはいったいどういうことなのか……。〉

     アメリカ国内の米軍基地における飛行訓練の航跡図を丹念に見ていった著者は、「ああ、そういうことか」と納得する瞬間があったという。米兵たちが米軍住宅の上を飛ばないのは、ただアメリカの法律を守っているだけのことで、日本人から非難されることはなにもない。動植物や遺跡の上を飛ばないのも同じこと。問題は、ではなぜ日本人の人権だけは守られないのか、ということだ。しかも、これはアメリカの基地が集中する沖縄に限ったことではありません。本土も同様に、米軍機が住宅密集地であろうと都市部であろうと自由に低空飛行が繰り返されているのが現実で、その行為は違法とはならない――というのです。

     1952年、占領終結と同時に、新たに制定された日本の国内法(航空法特例法)にある条文が盛り込まれました。そこにはまさに、身もフタもない真実が書かれている――として、著者はこう述べています。

    〈航空法特例法
     第3項「前項の航空機〔=米軍機と国連軍機〕(略)については、航空法第6章の規定は(略)適用しない」
     ここで重要なのは、右の条文で「適用しない」とされている「航空法第6章」とは、航空機の安全な運行について定めた法律だということです。つまり、
    「離着陸する場所」
    「飛行禁止区域」
    「最低高度」
    「制限速度」
    「飛行計画の通報と承認」
     など、航空機が安全に運行するための43ヵ条(第57~99条)もの条文が、すべて米軍機には適用されないことになっているのです。
     要するに、もともと米軍機は日本の上空において、どれだけ危険な飛行をしてもいい、それは合法だということなのです。〉

     まっとうな独立国であればあり得ない航空法適用除外の特例が、どうして米軍に対しては認められているのか。戦後日本社会のウラの掟の起点を極めようとする著者の探索はスリリングで、知的興奮に満ちています。
     事実だけを追求した著者が最後に行き着いたのは、1950年6月25日の朝鮮戦争開戦時にちょうど東京を訪問中だった米国務省顧問ダレスによる〈6・30メモ〉と〈日米合同委員会〉の存在でした。

     前者は、マッカーサーの方針を180度転換させた「占領終結後も日本全土を米軍の潜在的基地(ポテンシャル・ベース)とするために国連憲章43条(すべての国連加盟国が、国連安保理とそれぞれ独自の「特別協定」を結んで、国連軍に兵力や基地を提供し、戦争協力を行う義務を持つことを定めている。しかし「正規の国連軍」は結局は実現していません)と106条(国連軍が実際にできるまでのあいだ、安保理の常任理事国である5大国は、必要な軍事行動を国連に代わって行っていいという「暫定条項」)を使った法的トリック」を記した報告書で、著者はこれを、「この国のかたち」がこの時決まったという意味で、戦後日本にとってもっとも重要な瞬間だったとしています。「国連軍の代わりの米軍」が日本全土に駐留するという絵を描いたダレス〈6・30メモ〉は、サンフランシスコ講和条約とともに結ばれた旧安保条約で具体化されます。第1条には〈平和条約および安保条約の効力が発生すると同時に、米軍を日本国内およびその周辺に配備する権利を、日本は認め、アメリカは受け入れる」(前半部 英文からの著者訳)〉と書かれています。その後、密約を重ねて現在に至る日米安保の基本コンセプトの誕生です。

     後者――日米合同委員会はその存在を知る人は少ない。この組織のトップに位置する本会議は月2回、隔週木曜日午前11時から、日本側が議長の時は外務省の施設内で、米側が議長の時は米軍基地内の会議室で開かれています。参加者は日本側が代表の外務省北米局長以下、各省のエリート官僚6人、7人の米側は一人だけ大使館から参加する公使を除いてすべて軍人。占領時代にオールマイティだった圧倒的な特権を、日本が独立したあとも、「見かけ」だけを改善するかたちで以前と変わらず持ち続けたい──そうしたアメリカの軍部の要望を実現するために、「戦後日本」に残されたリモコン装置で、そこで決まったことは別に国会に報告する義務も、外部に公表する義務もなく、事実上ノーチェックで実行できると言われています。
     その詳細は本書、および著者が企画編集した『「日米合同委員会」の研究』(吉田敏浩著、創元社、2017年9月8日配信)をご覧ください。ここでは、ブッシュ政権の国務長官だったコンドリーザ・ライスがアメリカ太平洋軍司令官と戦後日本についてどう見ていたのかを紹介しておきます。〈第九章 アメリカは「国」ではなく、「国連」である〉より引用します。

    〈「太平洋軍司令官は昔から植民地総督のような存在で(略)最もましなときでも外交政策と軍事政策の境界線を曖昧にしてしまい、最悪の場合は両方の政策をぶち壊しにしてしまう傾向があった。誰が軍司令官になろうが、それは変わらなかった。これは太平洋軍司令官という役職にずっとつきまとっている問題だろう」(『ライス回顧録』集英社)
     つまり「戦後日本」という国は、じつはアメリカ政府ではなく、アメリカの軍部(とくにかつて日本を占領した米極東軍を編入した米太平洋軍)によって植民地支配されている。
     そしてアメリカ外交のトップである国務長官でさえ、日本がなぜそんな状態になっているのか、その歴史的経緯や法的構造が、さっぱりわかっていないということです。〉

     密約によって占領下の戦争協力体制をそのまま継続している「半分主権国家(ハーフ・サヴァラン・ステート)」の日本。突然、解散総選挙を打ち出した安倍晋三首相が目論む改憲――おそらく第9条に自衛隊の存在を明記する3項を加憲――は、密約によって聖域化されてきた〈米軍による日本の軍事利用体制〉の完成を意味する。座して「米軍司令官の指揮下に入った自衛隊」を容認するか、歪んだ戦後日本の構造を正して、本当の意味での「平和国家」に生まれ変わるか――いまこそ、事実に基づく根本的な議論を尽くすべき時だという著者の指摘は重い。(2017/9/22)
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    投稿日:2017年09月22日
  • 匿名希望
    衝撃の内容
    犯罪を犯した米兵の扱いなど日本と米軍の関係には胡散臭さを感じてましたがこうハッキリと証拠を挙げて日本が米軍(米国ではない)の属国である事実を見せられると思わず目を背けたくなります。
    とは言え厳然たる事実であり直視する勇気を持たなければならない。
    ただ、このような状況が残っていることは民主国家である米国の汚点でもあるはず。
    多くの日本人がこの事実を知り、属国である事実を認め、反対の声を挙げ、政治家や日本政府を突き上げ米国世論にも訴えかければ米国としても無視できないのではないか?
    まずは少しでも多くの人に知ってもらいたい。
    そして日本が自らの力で真の独立を勝ち取ることを祈りたいものです。
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    投稿日:2017年09月16日