AX アックス

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【『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる、伊坂幸太郎史上最強のエンタメ小説〈殺し屋シリーズ〉!】最強の殺し屋は――恐妻家。物騒な奴がまた現れた!新たなエンタメの可能性を切り開く、娯楽小説の最高峰!「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。書き下ろし2篇を加えた計5篇。シリーズ初の連作集!

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【『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる、伊坂幸太郎史上最強のエンタメ小説〈殺し屋シリーズ〉!】最強の殺し屋は――恐妻家。物騒な奴がまた現れた!新たなエンタメの可能性を切り開く、娯楽小説の最高峰!「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。一人息子の克巳もあきれるほどだ。兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。書き下ろし2篇を加えた計5篇。シリーズ初の連作集!

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 累計220万部を超えた伊坂幸太郎の代表作、「殺し屋」シリーズ――『グラスホッパー』(角川文庫、2013年4月12日配信)、『マリアビートル』(角川文庫、2013年10月11日配信)に連なる第3弾『AX アックス』(角川書店、2017年8月10日配信)は、「AX」「BEE」「Crayon」「EXIT」「FINE」の5編からなる連作集。表題作タイトルのAXは、斧(おの)を指す英語で、死刑執行に用いられた首切り斧の意味も持っています。
 主人公は、およそ7年ぶりの最新作で新登場となる凄腕殺し屋「兜」。本名は三宅、物騒な仕事をしていますが、家では“超”の字のつく恐妻家。高校3年の息子を持つ、殺し屋に対してどうかと思う人もいるかもしれませんが、まちがいなく愛すべき所帯持ちなのだ。そしてこの“殺し屋でありながら恐妻家でもある”という着想こそが、『AX アックス』の面白さの起点であり、“愛すべき所帯持ち”という設定が、連作集の終盤――巻末収録の「FINE」で殺し屋「兜」の長い戦いに終止符を打つ驚きの仕掛けに帰結する。

 巻頭収録の「AX」に、兜と息子の三宅克巳(かつみ)が「蟷螂(とうろう)の斧」、つまりカマキリの斧について話をするシーンがあります。蟷螂の斧について〈弱いにもかかわらず、必死に立ち向かう姿を言う。どちらかといえば、はかない抵抗という意味だ〉と説明した上で、〈ただ、カマキリの斧を甘く見てるなよ、と俺は思うけどな〉と兜が言う。恐妻家の父親と高校生の息子の間で交わされる朝の何気ない会話に見えます。じつはそこに深い意味が込められているのですが、それに気がつくのはずっと先に行ってから。ここではこれ以上触れません。
 恐妻家の自らを「カマキリ」になぞらえる兜(カマキリの雌は交尾の最中に雄を食べてしまうという話をご存じですか。真偽は本書をご覧ください)。さて、どれくらい恐妻家なのか。シリーズ前作『マリアビートル』に登場した殺し屋コンビの檸檬(れもん)と蜜柑(みかん)を相手に〈恐妻家の殺し屋は夜食に何を食べるか〉という重厚(?)なテーマについてとうとうと語る兜。そのユーモラスな結論だけで、この作品に☆☆☆☆☆です。長い引用になりますが、じっくり読んでください。

〈「兜、家族は、おまえの仕事を知っているのか」と訊(たず)ねてきたのは、檸檬の仕事仲間、蜜柑だ。二人は背恰好(せかっこう)が似ているものの、性格については反対で、だからこそ二人で仕事をこなすことができるのかもしれない。彼らは、妻子持ちの同業者が珍しいからか、兜にずけずけと質問をぶつけた。
「家族はもちろん知らない」兜は即座に言った。「一家の大黒柱が、こんな物騒で恐ろしい仕事をしていると知ったら、家族は絶望するだろう。普段は、文房具メーカーの営業社員だ」(中略)
「だけど、一家の大黒柱が命がけの仕事をして、帰ってから夜食でカップラーメンとは、何とも情けねえな」檸檬がからかってくる。
「馬鹿を言うな」と兜は怒った。「カップラーメンなんかを食べるわけがない」
 その語調が強かったからか、檸檬は反射的に後ろに体を反らし、身構える。「怒るなよ」
「そうじゃない」兜は声を落ち着かせ、続ける。「カップラーメンはな、意外にうるさいんだよ」
「何だ、それは」
「包装しているビニールを破る音、蓋(ふた)を開ける音、お湯を入れる音、深夜に食べるにはあまりにうるさい」
「誰も気づきゃしねえだろうに」
「うちの妻は気づく」兜は答える。「その音がうるさくて、起きたことがあるんだよ。彼女はな、真面目な会社員で朝も早い。通勤にも時間がかかるからな。だから、深夜にそんな音で起きてみろ、大変なことになる」
「大変? 何が大変なんだ」
「翌朝、起きて、会った時の重苦しさと言ったら、ないぞ。彼女の吐いた溜(た)め息が積もって、床が見えなくなる。比喩(ひゆ)ではなくて、本当に息が苦しいんだ。『うるさくて、まるで眠れなかった』と指摘された時の、胃の締め付けられる感じは、分からないだろうな」
「兜、冗談言うな。おまえが緊張しているところなんて、想像できない」
「そりゃそうだ。仕事は緊張しない。やるべきことをやるだけだ」
「かみさんに対してはそうじゃないのか」
 当たり前だ、と兜はうなずく。
「でも、じゃあ、どうするんだ。カップラーメンが無理なら。スナック菓子にしても音はするぞ」蜜柑がその、愁(うれ)いを含むような二重瞼(ふたえまぶた)の眼差(まなざ)しを向けた。「腹が減ったら、どうする」
「バナナか、おにぎり」兜は真剣な面持ちで、言う。
 なるほど、と同業者の二人が感心しかけた。「鋭いな」と。が、兜はすぐに、「と考える奴はまだ、甘い」とぴしゃりと言い切る。
「甘いのか」「バナナもおにぎりも音がしないけどな」
「いいか、深夜とはいえ、時には、妻が起きて、待ってくれていることもあるんだ。夕食、もしくは夜食を作ってくれていることもある」
「あるのか」
「平均すれば、年に三回くらいはあるだろう」
「ずいぶん多いな」蜜柑はこれは明らかに、皮肉で口にした。
「そうなった場合、彼女の手料理を食べることになる。意外に量が多かったりする。もちろん、おにぎりもバナナも食べようとは思えない」
「そういうこともあるだろうな」
「いいか、コンビニエンスストアのおにぎりは消費期限が短い。翌朝にはもう駄目だ。バナナも意外に日持ちしない」
「つまり?」
「最終的に行き着くのは」
「行き着くのは?」蜜柑が聞き返した。
「ソーセージなんだ。魚肉ソーセージ。あれは、音も鳴らなければ、日持ちもする。腹にもたまる。ベストな選択だ」
 檸檬と蜜柑が一瞬黙る。
「時々、深夜のコンビニで、いかにも俺と同じような、仕事帰りの父親が、おにぎりやらバナナを買っていこうとするけれどな、それを見るといつも、まだまだだな、と感じずにはいられないんだ」兜は続ける。「最後に行き着くのは、魚肉ソーセージだ」
 言い切る兜を、ぽかんと眺めていた檸檬はやがて、ゆっくりと手を叩(たた)きはじめる。はじめは間を空けていたのが、だんだんと早く。スタンディングオベーションを座りながらにやるかのような雰囲気で、顔は至って、真面目だった。「兜、おまえは今、非常に情けない話を、これ以上ないくらいに恰好良く語ってるぞ。感動だ」と拍手を小刻みにしていく。隣の蜜柑が、馬鹿馬鹿しい、と苦虫を潰していた。「業界内で兜と言ったら、一目置かれている。一目どころか二目も。それがこんな恐妻家だと知ったら、がっかりするやつもいるだろうな」〉

〈一家の大黒柱が、こんな物騒で恐ろしい仕事をしていると知ったら、家族は絶望するだろう〉と言う兜が、殺し屋の仕事を辞めたいと考えはじめたのは、一人息子の克巳が生まれた頃からで、実際に仕事の元締めである医師に話をしたのは5年前。医師は驚きもしなければ、歓迎もせず、「そのためにはお金が必要です」と六法全書の記述を読むかのように言った。一戸建ての建売住宅が買えるほどの額は、さすがに兜にもすぐに払えるわけがなく、結果的に、「仕事を辞めるために、その仕事で金を稼ぐ」といった不本意な状況を続けざるをえなくなっていた。40代半ばの兜の仕事を辞めたいという思いは日増しに強まり、医師の対応も変化していきます。
 やがて医師(実際には医師が放つ殺し屋)との熾烈な戦いが始まったことを兜が意識することになる日がやってきます。息子の進路相談に妻と一緒に行くと約束していた兜に、同じ日に成田空港に到着する爆弾職人を“手術”するように医師が依頼してきます。手術は殺人を意味する暗号です。急いで仕事を片つけて駆けつければ進路相談の時刻になんとか間に合うだろうと、その仕事を引き受けた兜。少し手間取ったものの爆弾職人を始末した後、高校に着いて妻と携帯電話で話していた時、兜は美人教師からの攻撃を受けます。携帯はつながったまま。争う声、息づかいが妻に聞こえたら・・・・・・大変だ!

〈あ、と思った時には耳に当てていた携帯電話が下に落ちた。美人教師が殴ってきたのだ。え、と兜が電話を目で追う。お、と声を出しかけたところで、左腕が捻られ、背中に引っ張られた。
 何事が起きたのか、と考える余裕もない。兜はその場で体を回転させ、腕を振り払う。すでに美人教師は、教師の態度は捨てており、足で宙に弧を描いた。(中略)
 ・・・・・・馬乗りになってくる女を振り払おうと体を揺するが、押さえ込みのコツを心得ているのか、なかなか動かない。ここに至りようやく兜は、この美人教師は一般の人間ではない、と察した。
 体を左右に揺らし、肩を動かす。相手はこちらの反撃を許さぬためにか、さらに強く押さえつけてきた。息が荒れている。
 兜は舌打ちを漏らしたくなる。ここで、自分と女の、ぜえぜえ、はあはあ、といった荒ぶる呼吸が、万が一、携帯電話を通じて、あちらに聞こえていたら、それこそ男女の淫(みだ)らな行為の最中と誤解を受けるではないか。女性と格闘していた、と説明しても理解が得られる可能性は低い。
 女がさらに何か言いかけてきたため、兜は力を込め、体勢をひっくり返す。相手がただの教師ではなく、物騒な相手だと分かれば、手加減はいらない。本気で戦うのであれば、業界内でも、兜の動きについてこられる者はほとんど、いない。
 背後に回ると、首に腕を巻きつけ、肘で喉を潰すようにした。力を思い切り、込める。〉

 美人教師の処理を元締めの医師に依頼しながらも兜の胸中に「医師は兜の息子がこの高校に通っていることを把握しているのではないか? 何故?」の疑念が芽生えていきます。
 兜vs医師の熾烈な戦いを横軸に、恐妻家の殺し屋――愛すべき所帯持ちの“愛の物語”を縦軸に、連作集は展開されます。

 ぬかるんで歩きにくい道ばかりだ、と思っていた。楽しさとは無縁の、ろくな人生ではない。家族はいない。そんな人生を送っている兜に、同じ年頃の、20代前半と覚しき女性が「キッズパーク開園」と書かれたチラシを差し出しながら言う。
〈「でも、いいお父さんになれそうだけどね」〉
〈自分の人生にあまりに無縁のものが差し出されたかのようで、私はその言葉に茫然(ぼうぜん)とする。少しして、今まで吐き出したことのない、温かい息を漏らした。〉

 時計の針を20年巻き戻したエンディング。兜の漏らした息に触れたかのような温かな気持ちが胸に広がっていった。(2017/9/8)
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