書籍の詳細

一九七五年、台北。内戦で敗れ、台湾 に渡った不死身の祖父は殺された。誰に、どんな理由で? 無軌道に過ごす十七歳の葉秋生は、自らのルーツをたどる旅に出る。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。激動の歴史に刻まれた一家の流浪と決断の軌跡をダイナミックに描く一大青春小説。選考委員満場一致、「二十年に一度の傑作」(選考委員の北方謙三氏)に言わしめた直木賞受賞作。<解説:ロバート・ハリス>

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  • 第153回直木賞(2015年上半期)を「選考委員満場一致」(選考委員の林真理子の選評=『オール讀物』2015年9月号より)で受賞した東山彰良『流(りゅう)』。5月22日の配信開始時より注目されていましたが、受賞を経てここへきてじりじりとダウンロード部数が伸び続けています。最近の文芸書ベストセラーランキングでも、『火花』(又吉直樹)などと並んで上位にランクインしています(丸善丸の内本店/9月3日~9日)。選考委員の北方謙三を「20年に1回の作品。たいへんな商売敵を選んでしまった」とうならせた書き下ろし長編です。本好きの関心と支持が集まるのも自然な成り行きでしょう。
     物語の舞台は、台湾――1949年から続く戒厳令下の1975年、偉大なる総統、蒋介石の死の直後、愛すべき祖父が何者かによって殺された。中国の山東省生まれの祖父は、抗日戦争の時代に国民党に加担して共産党と戦い、1949年に蒋介石の軍隊とともに台湾に渡ってきました。心の奥底に中国への帰還願望を秘めた外省人です。ちなみに1949年は蒋介石軍を破った毛沢東が中華人民共和国を樹立、中国大陸を制覇した年です。
     第一発見者は「わたし」。制服のボタンをみんなよりひとつだけ多く開けて着流すような、ちょいとばかり粋がった高等中学校の二年生の葉秋生(イエ・チョウシェン)。著者は天真爛漫に生きる主人公を「男子なら丸刈り以外認められていなかった時代に、襟足をほんのすこしだけ長くのばしていた。心配事いえば、生活指導部に自慢の襟足をちょん切られることくらいだった」と描いていますが、17歳の少年が目の当たりにした、祖父の死とは?

    〈・・・・・・奥にある洗面所の扉を押し開けた。便器、そして洗面台の先にある浴槽の表面が、廊下から侵入した明かりを受けて鈍く光った。縁まで水が張られた浴槽は、まるで黒い鏡のようだった。蛇口から水滴がしたたり落ちると、水面に金属質な水紋が危なっかしく広がり、その下にある得体の知れないなにかの輪郭をゆらめかせた。
     浴槽に目を奪われたまま、手探りで壁のスイッチを押す。
     天井から蛍光灯の光がパッと降りそそぎ、黒い鏡のなかに閉じこめられているものを映し出した。ぴちゃっという音が、まるで手榴弾のように炸裂した。揺れる水面に平衡感覚をたぶらかされ、洗面所が溶けた麦芽糖のようにぐにゃりとゆがんだ。
     わたしは目を見開き、吸い寄せられるように足を踏み出した。浴槽をのぞきこむと、水面に映る自分の青白い顔と目が合った。わたしは魚みたいに口をぽかんと開けていた。 
     目の焦点がずれる。
     わたしの顔の下に、もうひとつ顔が沈んでいた。その頭にわずかに残った髪が、まるで海藻のようにゆらめいていた。鼻孔のまわりに小さな泡をいっぱいくっつけている。口は大きく開かれ、充血した真っ赤な目は虚ろだった。後ろ手に縛められ、足首にも端切れが幾重にも巻かれている。
     祖父は体を「く」の字に曲げて、水の底に沈んでいた。
     頭が現実に追いつくのに、百年くらいかかった。ひっ、と声を呑んで、思わず跳びすさってしまった。かかとを敷居にひっかけ、ひっくりかえった拍子に廊下の壁で後頭部を強打した。〉

     まだプロローグだというのに、死を表現する迫力、比喩の巧みさ、自在さに思わず引きこまれていました。著者の東山彰良は1968年台湾生まれ、9歳の時に日本に移り、現在は福岡在住。日本の大学を卒業し、「母国語は日本語」というほど日本語になじんでいる一方、中国語の世界にも通じており、それが作家としての強みにもなっています。
     漢字文化を創り出してきた中国という社会に生まれて文章を書くようになった東山彰良は、戦争に翻弄され、大陸から台湾への流浪の歴史を生きた一家の軌跡に自らの青春を投影した物語で、まさにたたきつけるような言葉を読者につきつけています。中国語と日本語の微妙な差異を巧みに織り込んだ暴力的な言葉が文章の力に転じていくとき、そこから思いもかけない面白さが生まれてくるかのようです。
     
     祖父の死の裏で何があったのか。青春の只中にある主人公は、深い疑念を抱きながら、中国大陸に足を伸ばす一方、仕事で日本との間を行き来するようになります。そして、愛すべき女性(ひと)との別れと新たな出会い。ダイナミックな展開、スピード感溢れる青春の物語は、掛け値なしに面白い。加えてもうひとつ、文章に勢いをもたらしている中国語、台湾の言葉の存在に注目しておきたい。

    〈「幹(くそ)!」わたしは足を蹴り、なおもうしろへ退がろうともがき、あがいた。「くそったれ、なんなんだよ……なんだってんだよ!? 幹! 幹你娘(くそったれ)!」〉

     体を「く」の字に曲げて、水の底に沈んでいた祖父に狼狽した秋生。頭が現実に追いつくのに、百年くらいかかった秋生。ひっ、と声を呑んで、思わず跳びすさってしまった秋生。その瞬間(とき)に、あがく秋生の口から呻き出た言葉が、「幹你娘!」。ルビには「くそったれ」とあります。中国語の発音「ガンニニヤン」をルビとしてふるのが普通でしょうが、著者はそこを日本語で「くそったれ!」としました。文字は小さいルビですが、秋生の狼狽ぶりを読者の目に焼きつけるルビの使い方のインパクトは圧倒的です。「幹你娘」は本来、おまえのお袋さんを犯してやるぞというほどの意だが、喧嘩沙汰の場面ではいろんな意味に使える便利な言葉だ、著者はこう綴っています。
    「幹你娘」は10か所以上出てきます。先頭の「幹!」一文字でも「くそ!」や「くそったれ!」とルビがふられていますが、こちらは20か所あります。喧嘩の場面だけでなく、自分に嫌気がさしたというような場面などでも使われています。
     
     まだあります。
    「放屁」=嘘つけ
    〈・・・・・・わしはおまえのじいさんといっしょにこの目で見たんじゃが、馬大軍は劉黒七の手下をひとり殺したことがあるんだぞ」
    「放屁(嘘つけ)!」李爺爺が吼えた。「劉黒七といやあ、泣く子も黙る盗賊の頭だぞ。手下がひとりやられりゃ、やったやつの村を皆殺しにせずにはおれん狂犬じゃった。おまえは馬大軍がその劉黒七の手下を殺したってのか?〉

    「鶏巴」=ちんこ野郎
    〈「ざまあみやがれ、鶏巴(ちんこ野郎)!」〉

    「王八蛋!」=ばか野郎。
    〈・・・・・・小戦は所信を述べた。「感化院なんざ屁でもねえや」「だれがおまえの心配なんかするか!」わたしはやつを乗せて走り去る警察車両に石を投げつけた。「二度と帰ってくるな、王八蛋(ばか野郎)!」〉
     イーブックジャパンに今年4月に入社した台湾出身の李ユンルイに聞いたところ、亀という意味の「王八」と発音がほぼ同じ「忘八」という言葉があるそうです。これは「八徳」の八番目の「恥」を忘れた人の意味を持つところから、「忘八端」とよく似た発音の「王八蛋」が「ばか野郎」の意味で使われるようになったというわけです。言葉の面白さを感じます。

    「臭三八」=ブス
    〈八歳にしてすでに極道の片鱗を垣間見せていた小戦は、仮借ない罵詈雑言を女子たちにぶつけた。陳雅彗(チェンヤアフィ)、臭三八(ブス)、你給我下来(降りてきやがれ! 陳雅彗、すなわち毛毛(引用者注:主人公の葉秋生の幼馴染み、初恋の人)たちは腹を抱えて大笑いし、石つぶてで反撃してきた。汚い言葉を使ったわね、趙戦雄、先生に言いつけるからね!〉

     さらに「藍調」のルビに「ブルース」、「没時」に「大丈夫」、「西瓜の皮」に「おかっぱ頭」、「男子漢大丈夫」に「男一匹」、「草頭王」に「ならず者の王」などなど。ふつう、さほど気にとめることなく、なんとなく読んでいるルビですが、本書では大事な役割を担っているようです。
     じつは、本書は先頃公開が始まったブラウザ楽読みで読みました。リーダーアプリによらずにブラウザで手軽に読書を楽しめる新サービスですが、もうひとつ画期的機能が加わっています。ルビに専用フォントが使われている点です。本文と同じ游明朝系のフォントで、電子媒体でのクリアな文字表示を追求したルビフォントです。従来の本文用フォントを使ったルビと比べて数段読みやすくなりました。難読語の読みを示すだけでなく、中国語・台湾語の意味を文章のスピード感を減殺することなく効果的に伝えるという重要な役割をルビが担う本書では、その意味はさらに大きいと思います。ぜひ一度、試してみてください。(2015/9/25)
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    投稿日:2015年09月25日