書籍の詳細

日本大手の電機企業による巨額の粉飾決算。警視庁キャリア・小堀秀明は、事件の背後に、ある金融コンサルタントの存在を掴む。バブル直前に証券会社に入社し、激動の金融業界を生き延びた男が仕込んだ「不発弾」は、予想を超える規模でこの国を蝕んでいた――『震える牛』『ガラパゴス』の著者が日本経済界最大のタブーに挑む!

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不発弾のレビュー一覧

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  •  時事通信社記者として経済分野の現場で鍛えられた「真実」を見抜く直感力のなせる技だろうか。
    『震える牛』(小学館、2013年6月14日配信)で食肉偽装問題を、次いで『ガラパゴス』(小学館、上・下、2016年3月25日配信)では非正規・派遣労働の実態を抉りだした相場英雄が、日本の企業社会を根底から揺るがせている〈不適正会計〉事件をモデルに大手電機企業の粉飾決算を描ききった衝撃作。最後まで読者をぐいぐい引っぱていく力わざがこの社会派作家の魅力だ。
     たとえば、主人公の古賀遼が“政界のプリンス”に初めて会うシーン――。

    〈……桜川(引用者注:老舗光学メーカー・ゼウス光学財務本部運用部長)がニヤリと笑った。
    「元外務大臣の芦原恒太郎先生のご子息で恒三さんです」
     東田(引用者注:大手電機企業・三田電機産業海外事業本部長などを歴任、後に社長)と肩を並べ、芦原が古賀に近づいてきた。政界のプリンスと呼ばれ、与党の民政党の前幹事長だった父親の恒太郎にそっくりだ。顔の色つやが良い。年齢は四〇程度か。
    「三田やゼウス有志の勉強会に出てもらっているご縁がありましてね。こういう機会だから恒三さんを古賀さんに紹介しようと思っていたんですよ」
     東田が笑みを浮かべ、言った。
    「芦原恒三です。よろしく」
     芦原が強い力で古賀の手を握った。
    「古賀と申します。今後お見知り置きを」
    「いずれは、お父上の後を継がれるサラブレッドです」
     東田が言うと、芦原が甲高い声で笑った。屈託のない声だ。中野や大牟田の荒井……古賀は今まで様々な人々と関わってきた。それぞれの声には、各自が歩んできた人生の重み、あるいは苦しみのようなものが反映されていた。一方、この芦原という男の声にはどこにもひずみや暗い過去をうかがわせるような気配がない。(中略)
     ……古賀は芦原に名刺を渡した。手慣れているのだろう。芦原は受け取ると気さくに古賀の手を握った。
     体格の良い芦原だが、その手は存外に柔らかかった。大牟田では絶対にお目にかかれない人種だ。故郷の炭鉱町では、男たちの手は例外なく節くれ立ち、指先まで黒ずんでいた。芦原の柔らかく白い手に触れた瞬間、古賀はすべてを悟った。この国は、こうした白く柔らかい手を持つ人間が支配している。〉

     時は1990年(平成2)10月上旬――1978年(昭和53)3月に福岡県大牟田市内の商業高校を卒業して上京、最大手の村田証券系列の国民証券の場立ちとなった古賀良樹。高卒ながら吉祥寺支店の営業マンに取り立てられたのをきっかけに着実に実績をあげ力をつけていきます。そして大牟田を出て12年目の秋に古賀は30歳で金融コンサルタントとして独立。この時、三田電機の東田から紹介されたのが“政界のプリンス”芦原恒三で、以後古賀と芦原は月に一度は会うようになっていく。

     炭鉱の事故で幼くして父を失い、水商売の母と貧しい炭鉱町で育ち、株の世界に進んだ高校の先輩から聞いた “金が膨らむ”という言葉を脳裏に刻み込んで上京した青年、古賀遼こと古賀良樹の物語が1977(昭和52)年10月福岡県大牟田市で始まるのに対し、もうひとつの物語は2015(平成27)年9月東京都千代田区で始まります。
     主人公は警視庁捜査二課の管理官・小堀秀明、マネーゲームの果てに粉飾決算を構造化して恥じない企業摘発に執念を燃やす若手キャリア。小堀警視が次なる獲物として狙い定めるのは、三田電機産業。2015年9月15日の大手各紙一面には三田電機産業の〈不適切会計〉の大見出しが踊っている。
    〈三田電機産業は、創業から一〇〇年以上の老舗電機企業だ。洗濯機などの白物家電、パソコンや半導体製造を担う弱電部門から、生活インフラに関わる送電設備や原子力発電所など重電部門まで揃える総合電機メーカーであり、株式を東京証券取引所に公開している。〉
     東芝問題が2017年前半の産業界を根底から揺さぶっていますが、本書の〈三田電機産業〉はまさに東芝を彷彿させる老舗企業という設定です。その老舗が7年で1,500億円もの売上げを過剰計上していたことが発覚した。粉飾が明らかであるにもかかわらず〈不適切会計〉という穏便な表現に抑えられているのはなぜか。その背景に背任行為が隠れているのではないかと強い疑念を抱いた小堀の捜査が始まります。

     書名となる〈不発弾〉は、自殺した大牟田合同信用金庫理事長が残したメモに綴られていた言葉として出てくるのが最初です。大牟田現地に出張した小堀警視が所轄警察署に保管されていたファイルから再発掘しました。

    〈「自殺の動機は?」
    「仕事上のストレスが溜まっていた……家族や信金に聞いてもストレスではという一言のみでした」
    「遺書は」
    「特には。本職も随分自殺に立ち会いましたが、大概は家族への詫びや、会社や組織への恨み言が綴ってあるメモが残っておりますが……」
     そう言うと、署長が口を閉ざした。小堀が視線を向けると、腕を組んでなにかを思い出そうとしているようだった。
    「どうされました?」
    「遺書というほどのものではありませんが、たしか、書きなぐったようなメモがあったと思います」
     小堀は再度ファイルをめくった。
     現場写真や検視官の所見、地元医師の死亡診断書のあとに、鑑識係が撮った写真が添付されていた。
    「これですね」
     小堀が写真を指すと、署長が大きく頷いた。
    「仏が残したのはこれだけです」
     小堀は写真を凝視した。踏み台を蹴る直前にでも書いたのだろうか。信金の名入りメモ用紙にペンで殴り書きされたものだ。筆圧が一定していないので読みづらい。小堀はさらに目を凝らした。
    「〈不発弾を背負って死ぬ〉……そう書いてあるのでしょうか?」
    「そうです」
    「不発弾とは? なにか心当たりはありますか?」
     小堀が訊くと、署長は強く首を振った。
    「信金にも問い合わせましたが、全く心当たりがないと言われました」
    「なにか仕事上のトラブルでも?」
    「自殺という明確な見立てがありました。事件性が認められなかった以上は我々としてはさらに事情を聴くことはありませんでした」
     署長が言葉を濁した。〉

     ちなみに死んだ信金理事長の荒井は、古賀の母とはなじみ客以上の関係がある因縁の男です。古賀遼の姿が小堀警視の視野に入ってきた・・・・・・。

     38年の時を隔てて始まる二つの物語。それぞれが時系列に沿いながら重層的に進行していくスタイルと〈芦原の柔らかく白い手に触れた瞬間、古賀はすべてを悟った。この国は、こうした白く柔らかい手を持つ人間が支配している〉と書ききる社会派作家の熱量が一体となって展開にスピード感を与えています。
     鍵となる〈不発弾〉の謎に迫る小堀秀明と古賀遼――追う者と追われる者、二つの物語が合流していくクライマックス――思いもよらぬ結末が待っています。(2017/5/5)
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    投稿日:2017年05月05日