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北大、東北大、東大、名大、京大、阪大、九大の七校で年に一度戦われる七帝戦。北海道大学に二浪の末入った増田俊也は、柔道部に入部して七帝戦での優勝を目指す。一般学生が大学生活を満喫するなか、『練習量がすべてを決定する』と信じ、仲間と地獄のような極限の練習に耐える日々。本当の「強さ」とは何か。若者たちは北の大地に汗と血を沁みこませ、悩み、苦しみ、泣きながら成長していく。圧巻の自伝的青春小説。

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七帝柔道記のレビュー一覧

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  •  オリンピックのテレビ中継で見たことがあるくらいで、柔道の試合を直接見たことはありません。ですから人と人が闘う本当の柔道がどれほど凄くて、迫力があって、死闘感があるものなのか、知りません。
     テレビの中の「柔道」はしかし、ブレザーを着た審判が手をぐるぐる回して、一方の選手(時には双方の選手)を指し示して「指導」を与えてばかりです。かと思えば、寝技に入ったとたんに、審判から「待てっ」の声がかかって中断。双方立ち上がって組み直しです。たまに投げ飛ばしたり、倒したり、押さえ込んだりすることがあるにしても、テレビの中の柔道を手に汗握って見守ったという記憶はあまりありません。ただ一度だけ、1964年(昭和39年)東京オリンピックの柔道無差別級決勝で、日本の神永昭夫がオランダのヘーシンクに押さえ込まれ、敗れ去ったときだけは別でしたが。
     競技スポーツ化することで世界に広がったJUDOの熱心なウオッチャーでもなく、また詳しくもない私の柔道観を一変させた本があります。2012年に『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した増田俊也の自伝的長編小説『七帝柔道記』(角川文庫)です。愛知県立の名門・旭丘高校を卒業、2浪して北海道大学に入った著者自身が、実名で登場する青春物語です。
     主人公の増田俊也(著者)は、高校時代に普通の柔道をやっていて、名古屋大学柔道部が地元の進学校を集めて聞いた大会に参加。その時に聞いた主将の話から七帝柔道(旧帝大=北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の七大学で続けられている寝技中心の柔道。講道館柔道をもとにした競技スポーツとしての柔道とは異なるルールで闘われる)の存在を知り、その魅力にとりつかれていきます。
     七帝柔道とは何か。名大柔道部主将が高校生を前に振るった熱弁を引用します。

    〈「試合後の合同乱取りで気づいたと思いますが、実は名大は君たちがやっている普通の柔道とはまったく違うルールで柔道をやっています。寝技中心の七帝(ななてい)柔道というものです。いま普通に行われている柔道は、柔道の総本山『講道館(こうどうかん)』の柔道、明治十五年つまり一八八二年に嘉納治五郎(かのうじごろう)という人が起(た)ち上げ、それが世界中に広がった講道館柔道です。全日本選手権や五輪、インターハイやインカレ、それらはすべてこの講道館柔道です。みなさんが高校でやっているのもこの講道館柔道です。この普通の柔道、つまり講道館柔道は投技(なげわざ)で投げた後しか寝技への移行を認めていません。いわゆる『引き込み禁止』ルールです。でも、私たちがやっている七帝ルールでは、この『引き込み』が許されていて、組み合ってすぐに自分から寝転がって寝技にいってもいいことになっています。それから、寝技が十秒くらい膠着(こうちゃく)すると今の柔道では審判がすぐに『待て』と言って両者を立たせて、また立技(たちわざ)から試合を再開させますよね。七帝ルールには、あの『待て』もないので試合でもはじめから終わりまで延々と寝技を戦い続けます。有効とか効果というポイントもありません。勝負は一本勝ちのみで、場内と場外の仕切りすらありません。これは、戦前の高専(こうせん)柔道という柔道の伝統を受け継ぐものです。今では七つの旧七帝大だけ、つまり北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の七校だけが、年に一度、七月に七帝戦という大会を開いて戦っています。……七帝戦は十五人の抜き勝負、総力戦です。〉

     ストレートな情熱にはじめはざわついていた100人あまりの高校柔道部員が静まりかえったという。増田俊也は、主将が「戦前の高専柔道の姿がリアルに描かれている」としてぜひ読んでほしいとあげた井上靖の自伝小説『北の海』を帰路に本屋に立ち寄って買い求め、そして地下鉄の中で読み、電車の中で読み、食事中も入浴中も読み、そのまま午前4時半までかけて読み切った。そして、机の前に「目標 北海道大学柔道部」と書いた大きな紙を貼って、一浪、二浪と北大だけを3回受け続け、1984年(昭和59年)春、雪の残る札幌にやってきた。増田俊也の七帝柔道漬けの生活――7月の七帝戦における北大柔道復活を目指す物語が始まります。
     北大では一年生を「一年目」、以降、「二年目」「三年目」「四年目」と呼ぶそうです。オリエンテーションの教室で行われた増田俊也の自己紹介は一風変わっていた。

    〈「僕は北大に柔道をやりに来ました。二浪しましたので少し歳をくっていますが、教養部で二回留年して、四年目の七月の七帝戦が終わってから函館に移行するつもりです」
     教室中がざわついた。思いのほか反応がいいので、これは部員勧誘のチャンスだと思い、話を続けた。「北大の柔道部は七帝柔道という特殊な寝技の柔道をやっています。寝技は努力すれば必ず強くなれます。白帯からスタートしても充分に強くなれますので、入部したい人は今日の夕方一緒に道場に行きましょう」
     みんながどっと笑った。〉

     しかし、目指す七帝柔道の練習は過酷の一語につきます。それこそ「落とす」――気絶は日常茶飯事なのだ。

    〈道場では「参ったなし」が暗黙の了解だったが、はじめのうちは、先輩たちはまだ遠慮して、参ったすれば一年目を離してくれた。
    「おまえら、そんな甘いことじゃだめだ。試合本番で対応できないだろ」
     そう他の先輩たちに言って入部初日から絞め落とすのは〝残酷岡田〟こと岡田さんだけだった。見学に来たばかりの新入生が何も知らずに岡田さんに乱取りをお願いしてはウシガエルのような低い悲鳴を上げて絞め落とされていた。
     私が初めて絞め落とされたのも、もちろん岡田さんだった。落ちることがこれほど苦しいとは思わなかった。地獄のような苦しみだった。いや、死んだほうがましだと思った。離してくれないのがわかっていても必死に片手で岡田さんの体を叩き続けて参ったし、口から泡を吹き、涎(よだれ)をたらしながら悶絶(もんぜつ)するうち闇のなかへ吸い込まれて意識を失った。活(かつ)を入れられて蘇生(そせい)した後は、記憶が吹っ飛んでしばらく自分がどこにいて何をしているのかもわからない状態だった。生まれてからこれまでで最も苦しい体験だった。落とされるたびに夢を見た。たくさんの蝶(ちょう)が舞う草原のなかに立っていて、目の前に川がある。
    「こっちへ来なさい」
     死んだはずの祖母が川の向こう岸で手招きしている。ああ、これが三途の川なんだなと思いながら渡ろうとすると、活を入れられて現実世界に呼び戻されるのだ。他の人に聞くと、落ちたとき見る夢はみんなそれぞれだったが、この三途の川を見る者が最も多かった。
     (中略)岡田さんは、そのうち私を抑え込まないようになった。そして徹底的に絞めを狙ってきた。逃げるうち、私の唇は切れ、鼻血が噴きだした。それでも岡田さんは容赦しない。瞼(まぶた)も切れ、顎(あご)を擦(す)り剥(む)きながら私は必死に逃げ、道場脇のバーベルをつかんだりもした。だが、板の間まで逃げても岡田さんは立たせてくれず、絞めを徹底的に狙ってくる。私は最後は顎にかかった岡田さんの手に噛(か)みついて「ばかやろう!」と怒鳴られたりした。そしてその後に必ず絞め落とされた。落ち慣れると楽になるというものではなかった。落ちれば落ちるほど苦しみは強くなった。絞めへの恐怖は強くなった。〉

     そして、延々と続く腕立て伏せが、練習後毎日あります。100回×3セットだったり、300回×1セットだったり、時に増やされたりしていつ終わるともしれず延々と続けられるのです。もっとも一年目はとても最後まではついていけないので、100回を過ぎたくらいから腕立ての姿勢のまま先輩たちがすべてを終えるのを待ちます。寝技乱取りだけですでにスタミナは切れていますから、その姿勢でいるだけで、がくがくと腕の筋肉が震え、体中の筋肉が震え、汗が滴った。腕立てがすべて終わると、ロープ登りを何本も繰り返してやっと一日の練習が終わる。
     4月に始まった七帝柔道漬けの日々は、学内に泊まり込んで行われたさらに過酷な七帝合宿を経て、7月の七帝戦へ突入します。15人の抜き勝負の総力戦。四年目にとっては七帝戦が終われば、そこで引退、三年目に引き継ぐことになる最後の大会です。
     大会が行われる京都に乗り込んだ北大柔道部。増田俊也も一年目ながら、15人のメンバーに選ばれて、初めての七帝戦に挑みます。15人の抜き勝負、一本勝ちのみ、先鋒から三将までの13人が6分、副将と大将は8分、寝技への引き込みあり、膠着の「待て」なし、場外なし──緊迫の七帝戦、相手は大阪大学。増田俊也は10番目に登場する六将。手に汗握る戦いの火ぶたが切って落とされます。井上靖著『北の海』(新潮社)も併せてお読みください。(2014/8/8/2017/3/3改訂)
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    投稿日:2014年08月08日