書籍の詳細

不祥事で弁護士資格を剥奪された上水流涼子は、IQ140 の貴山をアシスタントに、探偵エージェントを運営。「未来が見える」という人物に経営判断を委ねる二代目社長、賭け将棋で必勝を期すヤクザ……。明晰な頭脳と美貌を武器に、怪人物がらみの「あり得ない」依頼を解決に導くのだが――。美貌の元弁護士が、知略をめぐらす鮮烈ミステリー! 『孤狼の血』、『慈雨』の著者、渾身作!!

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合理的にあり得ない 上水流涼子の解明のレビュー一覧

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  •  柚木裕子(ゆずき・ゆうこ)の最新刊『合理的にあり得ない』(講談社、2017年2月24日配信)を読み進めていくうちに、「必殺シリーズ」に酔った日々を想い出しました。
     人気テレビドラマ「必殺シリーズ」。金銭をもらって弱者の晴らせぬ恨みを晴らす裏稼業――藤田まこと、緒形拳、山崎努ら個性派扮する必殺の仕事人が法の網にかからない悪を闇で始末するその手際に息を呑み、カタルシスに浸りました。権力、財力を持ち、奸計によって弱者の人生を翻弄してきた悪が闇の中で葬られていくシーン。少なからず興奮し、心の裡に溜まった鬱積が解放されていった。法で裁けない理不尽が解明され、弱者の恨みが晴らされていく時、ある種の快感が胸に拡がっていったことをいまも鮮明に憶えています。

     巻末の略歴によれば、1968年、岩手県生まれの柚木裕子は、2008年、『臨床真理』(宝島社、未電子化)で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞して作家デビュー。2013年に『検事の本懐』(宝島社、未電子化)で第15回大藪春彦賞、そして2016年に『孤狼の血』(角川書店、2015年8月29日配信)で第69回日本推理作家協会賞(長篇及び連作短篇集部門)を受賞。いまが“旬”の気鋭のミステリー作家です。
     その柚木裕子が2012年から2016年にかけて、講談社発行の文芸誌「メフィスト」を舞台に書きためた5編の連作短編を集めた本書。赤一色の表紙(紙書籍のカバー)いっぱいに描かれた黒いシルエット――右手にビジネスバッグを下げ、左手を腰にあて、タイトスカートですっくと立つスリムな女――が表象する美貌の元弁護士が主人公です。名前は、上水流涼子(かみづる・りょうこ)。
    〈六法全書に囚われず自由に動けるこの仕事の方が、私には合っています〉
     と語る上水流涼子が経営する上水流エージェンシーは、「殺し」と「傷害」以外なら、何でも引き受け、解決することを生業(なりわい)としています。“チーム”を組むのは、貴山伸彦(たかやま・のぶひこ)。東大出、IQ140の頭脳を持つ助手です。

     巻頭収録の「確率的にあり得ない」(初出:「メフィスト」2012VOL.3)は、こんなふうに始まります。

    〈まだ十一月だというのに、外は北風が吹いていた。残暑が厳しかった今年は、秋が短く冬の到来が早い。都内にある高層ホテルのロビーラウンジからは、大通りの交差点が見渡せた。道行く人たちはみな肩を竦(すく)め、寒さから身を守ろうとしている。
     ロビーのなかは、空調がきいて快適な温度に保たれていた。だが、ラウンジの椅子(いす)に座る新井大輔(あらい・だいすけ)の背中には、じっとりと汗が滲(にじ)んでいた。
     大輔の隣には社長の本藤仁志(ほんどう・ひとし)がいた。本藤は数字を書き込んだ小切手をテーブルに置くと、白い歯を見せて笑った。
    「いやあ、これでうちの会社も安泰だ。これからもよろしくお願いします。先生」
     テーブルを挟んで、新井たちと向かい合ってソファに座っている高円寺裕也(こうえんじ・ゆうや)は、口元に笑みを浮かべて肯(うなず)いた。
    「こちらこそ」
     ──本当に、大丈夫なんだろうか。
     秘書の大輔は、テーブルの上に置かれた五千万円の小切手を前に、言いようのない不安に駆られていた。〉

     今年45歳になる本藤仁志は、藤請(とうしん)建設の代表取締役を務める二代目経営者。中堅ゼネコンを一代で築き上げた父親が脳梗塞で他界し、専務だった本藤が跡を継いで2年がたっています。
     大輔は今年、若手と中堅の境目となる、30代の大台に乗った。藤請建設に入社して8年、秘書課に勤めて4年。朝は6時半に出社し、夜は接待が終わるまで身近に控え、どんなに遅くなろうと担当する役員を自宅にまで送り届ける。土日もやれゴルフだ釣りだと、プライベートの休みは年間に数えるほどしかなかった。おかげでいまでも独身だ。そんな滅私奉公ぶりが評価されたのか、昨年4月に社長の本藤付に二階級特進で昇格した。

     さて問題は、数字を書き入れた社長の本藤が〈白い歯を見せて笑〉い、一方で秘書の大輔が〈言いようのない不安に駆られ〉た5,000万円の小切手です。なぜ、5,000万円もの大金が本藤から高円寺裕也に提供されるのか? 本藤が〈「これでうちの会社も安泰だ」〉と満足げなのは、どうしてなのか。

     本藤と大輔が初めて高円寺裕也と会ったのは、半年ほど前、4月にさかのぼります。場所は、銀座にある会員制クラブのレガーナ。経済団体の会合の後で二人で立ち寄った晩、ママから〈私には、未来が見えます〉と臆面もなく言い切る経営コンサルタントを紹介されたのだ。高円寺に言われた通りにパチンコを打ったら、1時間半で10万円の大当たりとなって、それだけでママは高円寺の〈特別な力〉に心酔してしまった。
     学生時代にパチンコに凝ったことがある大輔は頭の中ですばやく計算した――

    〈一時間半で十万円の勝ちとなると、おそらくハイリスク・ハイリターンのマックス・タイプだろう。だとすると初当たりの確率は約四百分の一だ。五百円で回せるのはせいぜい十回。単純に考えれば四十分の一。それが二回続くということは、千六百分の一──パーセンテージに直せば約〇・〇六%ということになる。確率的にはほぼあり得ない。〉

    〈未来が見える〉という高円寺裕也の特別な力は本当なのか。本藤と高円寺の会話シーン――。

    〈「私はね、生まれてこのかた、超常現象や霊魂(れいこん」といった類(たぐい)を、一度も信用したことはないんですよ。あなたがおっしゃった、予知能力ですか──それも含めてね」
     高円寺は気を悪くした様子もなく、穏やかに答えた。
    「信じる信じないは、本藤さんの自由です。しかし、私には本当に、未来が見えるのです」
     本藤の顔色が変わった。顔から笑みが消え、高円寺に鋭い目を向ける。
    「先のことがわかるなら、人間苦労はしない。そんなうまい話が、ある、わけがない」
     語気を強めて言う。
     高円寺はテーブルに肘(ひじ)をつくと、顔の前で手を組んだ。
    「お疑いなら、証明してみせましょうか」
     酒の席とはいえ、ずいぶん挑発的だな、と大輔は思った。
     本藤は高円寺から目を離さずに、大きく首肯(しゅこう)した。
    「ええ、ぜひ」
     売り言葉に買い言葉だった。本藤は次の日曜日、埼玉にある自宅に来るよう、高円寺に提案した。〉

    〈あいつに赤っ恥をかかせてやろう〉と、前もっての小細工を封じるために高円寺をわざわざ自宅に招いた本藤。父から譲り受けた蔵を改造した自慢のシアタールームで始まった高円寺の〈未来を見る力〉を証明する実験――スカパー!で生放送されている競艇のレースの着順を前もって書き記したメモをもともと蔵にあった木箱に入れ、レースが終わったら箱を開けて照合するというシンプルな実験ですが、高円寺の予想は1着から6着までことごとく的中していた。そして次のレースも、さらに次のレースも・・・・・・。

    〈・・・・・・一レースだけなら偶然とも言える。確率は6×5×4×3×2×1で七百二十分の一だ。しかしそれが六レース連続で的中するとなると、確率は七百二十の六乗で天文学的数字になる。確率的にはあり得ない。
     トリックを使おうにも、高円寺は手ぶらで来ている。あの木箱はもともと蔵座敷にあったものだ。
     本藤が大きく息を吐いて言った。
    「あなたの力は本物です」
    高円寺はにっこりと微笑んだ。
    「わかっていただけましたか」
     本藤は膝を正し、熱い眼差しで高円寺を見つめた。深々と頭を下げる。
    「こんなすごい奇跡を目の当たりにして、私はいま感動しています。あなたの力を疑っていたことを、どうか許して下さい」
     高円寺は首を振った。
    「人は自分の想像を超える事象に出逢うと、なかなかそれを信じることができません。あなたが私の力を疑ったのは、当然のことです」〉

     高円寺の〈未来を見通す力〉を目の当たりにした本藤は、なんとか止めようとした大輔を叱りつけ、
    〈「お願いです。私には先生のお力が必要なんです。お金はお支払いします。どうか、先生のお力を私にお貸しください」〉
     両手を絨毯の上に突き、額が絨毯につくほど、頭を下げて懇願した。
     高円寺の予知能力を信じ込んだ本藤は、経営戦略上の判断から人事の相談まですべてを高円寺に頼るようになり、ついには役員会で、強引にコンサルタント会社として二年間の契約料5,000万円という破格の条件で正式契約するという案を押し通したのだった。物語冒頭の5,000万円の小切手はこの契約料というわけです。

    〈高円寺が小切手に、手を伸ばす。高円寺の冷めた目が、このときだけは一瞬、熱を帯びたように見えた。
     高円寺が上着の内ポケットに小切手を入れたとき、女性の声がした。
    「すみません。ちょっとよろしいですか」
     何事かと思い振り向くと、テーブルの横に女性が立っていた。大輔より少し年上だろうか。三十代前半に見える。
     ベージュのパンツスーツに身を包み、小ぶりのボストンバッグを手にしている。長いまつ毛が切れ長の目に陰を落とし、形のいい唇(くちびる)は微(かす)かに笑みを湛(たた)えている。日本人形のように整った顔立ちだった。腰まであるストレートの黒髪が、東洋的な神秘さを醸(かも)し出している。
     女性はゆっくりとした動作で、上着の内ポケットから名刺入れを取り出した。
    「わたくし、こういう者です」
     差し出された名刺には、「株式会社神華(しんか)コーポレーション 秘書課 国分美紗(こくぶ・みさ)」とある。〉

     大輔はどうしても高円寺を信じきれなかった。理屈ではなく本能が、高円寺を拒絶していた。そんな大輔の内心の葛藤をよそに、3人の会話に突然割り込んできた東洋的な美女。社長の楊が、高円寺の特殊な力に強い興味を抱き、ぜひ話をしたいと希望しているという。

    〈「あちらにいるのが、楊です」
     美紗は大輔たちの斜め後ろを、目で指し示した。視線の先には、五十代と思(おぼ)しき男性が座っていた。〉

    〈必殺シリーズ〉で言えば、依頼を受けた元締めが悪行の調べを終え、仕事人たちが始末に向かうところでしょうか。
     美貌の元弁護士とIQ140の頭脳を持つ助手は、〈未来を見通す力〉を騙る経営コンサルタントに対し、どんな知略をめぐらすのか? 息が詰まるような緊迫の攻防が見ものです。
     最後に――表題作「合理的にあり得ない」(初出:「メフィスト」2014VOL.2)は、財産を騙し取られて自殺した亡き父の恨みを晴らしてほしいという娘の依頼をうけた上水流エージェンシーの復讐劇、「心情的にあり得ない」(初出:「メフィスト」2015VOL.1)では、上水流涼子から法曹資格を剥奪する策謀、そして助手・貴山伸彦との驚くべき出会いの秘密が明かされています。将棋ソフト、野球賭博・・・・・・時事的話題も巧みに取り込んでそれぞれに趣向が凝らされた連作短編集、「あり得ない」依頼に挑む柚木ワールドを堪能してください。(2017/3/31)
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    投稿日:2017年03月31日