書籍の詳細

お上の目をかいくぐり、世の男どもにあらゆる享楽の手管を提供する、これすなわち「エロ事師」の生業なり――享楽と猥雑の真っ只中で、したたかに棲息する主人公・スブやん。他人を勃たせるのはお手のものだが、彼を取り巻く男たちの性は、どこかいびつで滑稽で苛烈で、そして切ない……正常なる男女の美しきまぐわいやオーガズムなんぞどこ吹く風、ニッポン文学に永遠に屹立する傑作。

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エロ事師たち(新潮文庫)のレビュー一覧

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  •  昭和天皇の誕生日だった4月29日――今は「昭和の日」と呼ばれる祝日の早朝、東京の地下鉄(メトロ)が運転を見合わせた。
     北朝鮮がミサイルを発射したという報道を受けての措置で、約10分後に運転は再開されましたが、ちょうど乗り合わせたメトロ利用者からは「“北朝鮮からミサイルが発射されて東京メトロ全線で運転を見合わせてます”ってちょっとにわかに信じられない放送でした」といった驚きの声があがりました。それも当然でしょう。「ミサイル発射による運転見合わせ」は初めてのことで、その背景には、警戒態勢強化を強く打ちだしている首相官邸が「弾道ミサイル落下時の行動について」と題する”対処マニュアル”(と言えるかどうかはなはだ疑問ですが)を公開して対北朝鮮警戒態勢強化を前面に出していることがあります。「国民保護ポータルサイト」という名称になっていますが、しかしその内容は「?????」と書く以外にありません。
     弾道ミサイル落下時(情報が流れたら)――
    [屋外にいる場合]できる限り頑丈な建物や地下街などに避難する。
    [建物がない場合]物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
    [屋内にいる場合]窓から離れるか、窓のない部屋に移動する。
     これはまったく“対策”にはなっていません。発射後10分程度で到達するミサイルに対してただ物陰に身を隠せ、地面に伏せて頭部を守れという指針にわが身を託すことができる国民がいるのでしょうか。

     米軍のB29爆撃機が落とす焼夷弾に対し急ごしらえの防空壕とバケツリレーによる消火活動で対抗しようとした日本は死者数十万人、国土は焼け野原と化しました。72年前のことです。つい72年前のことなのですが、戦後生まれが人口の8割を超えた今となっては、「72年も前の出来事」と言うべきなのでしょうか。実際に役にたつとは思えない、その意味で真剣味を欠いた“弾道ミサイル対策”が堂々と政府のホームページに掲げられました。その指針に沿って東京では地下鉄が一時運転を止めました。一方、稼働中の原発は運転を中止することはありませんでした。ちぐはぐな対応への疑問はともかく、今はっきり言えることは、「戦争の記憶」が世代を超えて共有されることなく、薄れてきているということでしょう。

     戦争を知る最後の世代、1930年(昭和5年)生まれの野坂昭如の作家デビュー作『エロ事師たち』(新潮文庫、2017年2月3日配信)にこんな一節があります。後に直木賞(1967年度下期)を受賞する2作品『アメリカひじき』『火垂るの墓』(この2作品を表題作とする6篇収録の短編集として文春文庫版新潮文庫版が配信されています)につながっていく野坂昭如の戦争観、人間観、死生観が鮮烈に描かれていて興味深い作品です。少し長くなりますが、引用します。

    〈母は十七年前、神戸空襲で死んだ。みじめな死にざまであった。父は戦地へ駆り出され、母一人子一人細々と洋服のつくろいで過ごすうち、過労のためかそれまでも病身だった母の腰が抜けた。スブやん中島飛行機へ勤め、勤労特配などあってかつかつ喰うには困らなかったが、さてB二九が白い飛行機雲空になびかせはじめては、母の始末に窮した。疎開(そかい)するとてたよる血縁はなく、家は湊川(みなとがわ)神社のすぐ横でいわば神戸の中心、そうでなくても、アメリカは楠公(なんこう)さん焼くそうやとデマがとびかい、どうころんでも助かる道はない。そして二十年三月十七日、パンパンと今から思えばクリスマスのクラッカーのように軽薄な音が焼夷弾(しょういだん)の皮切りで、「おちましたでえ」というより火の粉煙が先きに立ち、「お母ちゃんどないしょ」「ええから逃げなはれ」上半身起してスブやんをみつめる姿に、かなわぬと知りつつ後からかかえて二歩三歩、とてもその軽さに泣くゆとりはない。「お母ちゃんに布団かけて、はよかけて」スブやんいまはこれまでと布団ひきずり出し、一枚かけては防火用水のバケツぶちまけ、また一枚おおっては水道の水を汲(く)み、せめてこれでなんとか持ちこたえてえなと、これは切端(せっぱ)つまって親子二人考え出した非常時の処置であった。
     そのまま母の無事を祈るいとまなく、楠公さんのきわの電車道にとび出せば、すでに町内は逃げたのか人影もみえず、ただ湊川神社の木立ちめらめらと焔(ほのお)をあげ、今までいた家並みそろって黒煙を吐き出している。しかもひっきりなしに、あの荒磯(あらいそ)を波のひくようなザアザアという爆弾の落下音が轟(とどろ)き、思わず伏せてバケツを頭にかぶったスブやんの、ほんの二米(メートル)先きを、まるで筍(たけのこ)の生えそろったように焼夷弾びっしりと植わって、いっせいに火を吹いた。
     翌日、まだうっかりすると燃えつきそうに熱い焼跡を、警防団が母を掘り出したが、幾枚かけたか覚えのない布団の、下二枚は焦(こ)げ目もなく、そして最後にお母ちゃんがあらわれた。全身うすい焦茶色となり、髪の毛だけが妙に水々しく、苦悶(くもん)の色はみえなかった。
    「黒焦げになって、猿みたいにちぢこまった仏さんもようけいてはるのや。こないに五体満足なだけましやで」
     警防団員の一人が肩にまわり、一人が脚を持とうとすると、まるで金魚すくいの紙が破れるみたいに、お母ちゃんの体はフワッと肉がくずれ骨がみえた。ウッと口を押さえとびすさった警防団、ややしばし後に「しゃアないわ、スコップですくお」と、そのスコップの動きにつれて、指の一本一本の肉までがきれいにはがれ、くだけ、最後はこれもまるでオブラートの如くたわいない寝巻きとごちゃまぜにむしろの担架につみ上げられたのだった。スブやんはただ立ちすくみ、今もかしわの蒸し焼きだけは見る気もしない。〉

     1945年の神戸大空襲で養父を亡くし、逃げのびた疎開先の福井で妹を栄養失調で亡くし、戦火の下で人がどう生き、どう死んでいったのかを身をもって知ることになった野坂昭如が描く「戦争」の実相に嘘はなく、政府や軍、つまりお上が市井の人々を守ることはないことを知る焼け跡闇市派の作家デビュー作は、いま北朝鮮のミサイルの悪夢を煽る一方で「地面に伏せて頭部を保護せよ」という政権の正体をも見事に照らし出しているのではないか。
     その意味で、幼少時体験から湧き出てきたかのような野坂昭如の小説スタイルはけっして古くなってはいません。むしろ電子書籍配信の機に読み直してみて、その新鮮さに驚きました。
     愛すべき主人公、スブやんの「母の死」を通して「戦争」の残酷な現実を描いたシーンを見てきましたが、本書『エロ事師たち』はいわゆる「戦争文学」ではありません。夥しい死を目の当たりにしながらも戦争を生きのび、「戦争体験」を胸のうちにしまい込んだ生身の人間として大阪周辺でしたたかに生きる男たちの物語です。
     35歳のスブやん、写真専門の伴的、運び屋ゴキ、エロ本書きのカキヤ、後に加わる美青年カボー。お互い「エロ事師」と称するスブやん一党は、写真、本、媚薬にはじまり、やがて性具からブルーフィルムに手を拡げ、さらには“処女紹介”、コールガールの斡旋、痴漢術の指導、ついには乱交パーティ開催にまで行きつきます。堂ビルの裏に月五千円の電話番つきデスクを借り受け、ここを連絡事務所にエロネタなら何でも引き受け――〈常に強い刺激を求める色餓鬼亡者相手の東奔西走〉する日々。当然、非合法、法の網の目を潜り抜ける生業(なりわい)だ。

     たとえば“処女の紹介”は、広告代理店重役のたっての希望が始まりだった。結婚して15年たった今になって妻が処女ではなかったと頑固に思い込み、「ていらず」求める42歳。
    〈この年なって、わいがはじめての男やいう女知らんちゅうことは、こら悲しいで。よう考えんのやけどなあ、ぼくなんか飛行機で東京なんかいくやろ、ひょっとして落ちるわなあ、わい死にきらんで。わいはついに処女知らんかったんか思たら、こら切ないで」ぼくとわいを使いわけながら、重役はスブやんにこうかきくどいた。「いっそ癌やとわかったらな、ほならわい、恥も外聞もないわ、女学生強姦したるわ、わかってえな」と、金はなんぼでも出す、どうぞ処女を一人頼む〉

     泣かんばかりにかきくどかれても処女のあてなどまったくなかったスブやんですが、同業者から芦屋(あしや)に「処女屋」のおばはんがいると聞き、手土産もって訪ねます。

    〈大きな指輪の、その五十がらみのおばはん、まず客の好みを根掘り葉掘りききただして後、「ホナ安子よろしわ、二十三やけどもう十五、六ぺんやってるベテランやさかい、よろこんでもらえま」
     処女のベテランときいてスブやん、なんやわかったようなわからんような気イしたが、事の次第を詳しくきくと、つまり処女の演技専門のコールガールが、阪神だけで十三人いてる。いっちゃん上は二十八、下は二十一で、客によりうまいこと芝居をしてみせる。もちろん明礬(みょうばん)使(つこ)うての、江戸伝来の方法もつかうし、静脈から血イとって出血を装(よそお)うこともする。そやがもっとも肝心なんは、客がもっとる処女のイメージに自分をあわせることで、これができたら子持ちかて、ばんとした処女や。
    「紹介者の駆けひきもいるねん。注文受けてから三月待たすこっちゃ、そいで、いざ引き合す段取りになったらいっぺんすっぽかして、やはりどうも最後の決心がつきかねるようでしていうて、なおいっそう餓鬼の期待を高める、ワクワクさせるんですわ」
     戦前、大森で連込み宿を経営していたという肥えたおばはん、ようしゃべり、そしてよう寿司を喰うて、「ま、いつでもいうとくれやす、前日の医者の処女膜証明書つきでまわしまっさ」おばはんに手数料一万五千円、女に一万五千円、後はスブやんの腕次第、なんぼにでも売りつけていい。〉

     スブやんの話を聞いた広告代理店重役「それで何時やったらええねん」と手帳とり出し、身も心も勇みきっています。まずは露見の恐れなしとみて、スブやん8万円と吹っかけますが、「ええわ、ホテル代ともで10万ちゅうとこか」と、いとも気易い。
     それもそのはず、後日、安子に引き合わせる直前、処女鑑定書を渡すスブやんに「あ、これ8つ入っている」と封筒を差しだし、「すまんが、領収書10万にして」と重役。

    〈けったくそわるい、こんなもんまで社用にしよると思たが、まあ社用やろうと汚職やろうと金は金や。
     後は勝手にさらせとスブやん、簡単に両者ひき合せて喫茶店にとってかえし、おばはんに約束の金を渡す。「大丈夫やろな?」
    「まかしとき、誰かて処女やないと見破るために抱けへん、処女であって欲しい願うとるのやろ、めったにばれまへん」〉

     大阪弁による会話と独特のリズムの語りともいうべき地の文によって構成される野坂昭如の世界。残念ながら電子版には収録されていませんが、澁澤龍彦は文庫版解説で、
    〈オナニズムを最高のエロティシズムとする氏の性の世界は、純粋に観念の世界なのだ。男と女がベッドで正常の営みをして、正常の興奮やら満足やらを味わうといったような、世間一般の小説や映画のなかに数限りなく出てくる性愛のパターンが、野坂氏の小説のなかには、ほとんど一つも出てこないということに注意していただきたい。端的に言えば、野坂氏の興味はいつもエロティシズムの否定面、あるいは欠如体としてのエロティシズムにのみ向けられているのである。オナニズムについて、インポテンツについて、タナトフィリア(死の愛好〉について、あれほど執拗に語る作家が、氏以外にどこにいるだろうか。大げさに言えば、野坂氏はこの点で、古今東西の世界文学史上においても、まことに希有なる存在というべきなのである〉
     と、性の探求者への最大級の賛辞を綴っています。

    〈いっちゃんはじめの男と女は、全部乱交やったんとちゃうか〉〈ありきたりのセックスの形を全部かなぐり捨てて、ほんまに地位も美醜もあらへん、えり好みするゆとりない、雄やから雌を、雌やから雄を抱き抱かれ〉〈(男と女を)気ちがいにさせるには、いや、まともにさせるには、これしかない、絶対にない〉――エロネタ探求を使命とするスブやんが行きついた命懸けの乱交の先には、何が待つか?

     小説『エロ事師たち』が刊行されたのは1966年(昭和41年)。1970年(昭和45年)に文庫化。以来版を重ね、電子化の底本となったのは、2015年(平成27年)12月発行の第39刷。
     澁澤龍彦によれば、アメリカで出版された際の英訳タイトルは『ザ・ポーノグラファーズ』だそうです。
     性の極致に生を見つめる野坂昭如の傑作ポルノグラフィー。
     軍記物や義太夫などの伝統に連なる、日本の古典的な語り物文芸として味わってみるのも面白い。(2017/5/12)
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    投稿日:2017年05月12日