書籍の詳細

20××年、相馬凛子(そうま・りんこ)は42歳の若さで第111代総理大臣に選出された。鳥類学者の夫・日和(ひより)は、「ファースト・ジェントルマン」として妻を支えることを決意。妻の奮闘の日々を、後世に遺すべく日記に綴る。税制、原発、社会福祉。混迷の状況下、相馬内閣は高く支持されるが、陰謀を企てる者が現れ……。凛子の理想は実現するのか!? 痛快&感動の政界エンターテインメント!「凛子のようにしなやかでピュアな女性政治家が、世界を変えることができるのかもしれません」(安倍昭恵氏、解説より)

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総理の夫のレビュー一覧

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  •  この国に対する峻烈な批判が目をそらすことのできない切実さで迫ってくるが、なぜか爽快なのだ――原田マハ『総理の夫 First Gentleman』(実業之日本社、2017年1月27日配信)は、日本初の女性総理・相馬凜子(そうま・りんこ)と、その夫・相馬日和(そうま・ひより)を主人公とするエンターテインメント小説。少数政党の党首、相馬凜子が連立内閣の総理に就任した、その日から「総理の夫」日和が書き始めた日記形式で物語が進みます。
    「女性初の総理」なのですが、当の凜子は「女性初の・・・・・・」を繰り返されることに内心、抵抗感をもっています。何気なく見えて実は意味深いシーンがあります。総理就任の朝、自宅玄関先で交わされた夫婦の短い会話――。

    〈「じゃあ、いってきます。国会中継は一時からだから、見ててね」
     玄関先で私のほうへ振り向くと、凛子が言った。私はまた、うなずいた。そして、「僕は、女性が総理になったとは思わないよ」
     そう言った。
    「君は総理になった。これは必然だ。しかし、君は男性ではなかった。これは偶然だ。そうだろう?」
     凛子は、ほんの一瞬、不思議そうな顔になった。けれどその顔は、たちまち笑顔になった。希望にあふれ、輝きを放つ、この世でもっとも善きもののひとつ。それは、私の妻のこの顔なのだ。〉

     相馬凜子と相馬日和。いったいどんな人物なのか。その設定には迷いも、躊躇(ためら)いもなく、きらびやかな学歴、家系が綴られています。こんな夫婦、ほかにいるかというくらいに徹しています。少し長くなりますが、引用します。

    〈相馬凛子、四十二歳。直進党党首。東京大学法学部卒、同大在籍中にハーバード大学に留学、ノーベル経済学賞受賞者のハロルド・バーミリオン博士に師事。東京大学大学院法学政治学研究科で博士課程修了。経済同朋会(けいざいどうほうかい)を母体とした公共の政策シンクタンクの研究員を務めたのち、無所属で衆議院議員に立候補、三十一歳で初当選。父は最年少で開田川(あけたがわ)賞を受賞した小説家、真砥部惇(まとべ・あつし)。母は東大大学院教授で国際政治学を専門とする政治学者、真砥部夕(ゆう)。両親ともすでに他界したが、特に母の遺志に従い政治家となったという異色の出自。切れ味鋭い論客であり、曲がったことが大嫌い。正義の人、加えて美人。
     相馬日和、三十八歳。鳥類学者。東京大学理学部卒、同大学院生物多様性科学研究室にて博士課程修了。善田鳥類研究所研究員。日本を代表する大財閥相馬一族を実家に持つ。加えてイケメン、若作り。〉

     二人が初めて出会った時――日和は〈雷に打たれて感電死するくらいの衝撃〉を受け、つまりカンペキな一目惚れ。母が持ち込む令嬢たちとの見合い話から逃げ続けてきた相馬家の次男、日和はその時、“運命の女性”(ファム・ファタール)を見つけてしまった。

     本能のままにメスを振り向かせようと必死になる鳥類の求愛行動に想いを馳せたのか。5月上旬の土曜日の朝、「……鳥だったらなあ。いますぐあの人のもとに飛んでいけるのに」妄想を抱きながら神田川沿いの遊歩道を散歩する日和。小枝にとまる可憐なメジロ。
    〈神田川沿いで撮りました。あなたのもとへ飛ばします〉
    「あのときの私は、まったくティーンエイジャーのように、気恥ずかしい、恋する少年だった」と後に日記に記す日和ですが、写メールを凜子に送信してしまった時は〈・・・・・・どうしよう。レベル低過ぎないか、これ?〉と冷や汗が噴き出した。しかしその直後、凜子から返信が届き――魔法にかかった二人の“恋の季節”が始まります。

     五月晴れの土曜日朝、明治神宮の鳥居の下で待ち合わせた野鳥観察デート、芝生の上でそっと絡みあった小指、そして披露宴もせずに始まった結婚生活・・・・・・原田マハが描く凛子と日和の恋は、どこまでもさわやかで、一途で気持ちいい。〈思えば、あれは、このさき、何があってもともに歩んでいこうという、私たちの最初の約束〉と、日和は日記に生涯を貫く決心の瞬間を記します。〈何があっても、君を支える〉小指ひとつでつながりあった凛子のすべてを受けとめる日和。そのまっすぐな気持が心に染み入り、不思議な感情が胸の中をいっぱいに満たしてくるようです。

     さて、凜子に連立政権の総理の大役が回ってきた政界事情を、日和が専門の鳥類社会になぞらえて絵解きする〈二〇××年 九月三十日 晴れ〉の日記。こんな具合です。

    〈鳥というのは、通常、同種の個体同士で生活しているのであるが、別の種類の鳥ともさまざまな関係を持ちつつ生きている。一般によく知られているカッコウの托卵(たくらん。カッコウがオオヨシキリやモズの巣に卵を産みつけ、生まれたヒナを他人ならぬ他鳥に育てさせる)や、海鳥のコロニー(色々な種類の海鳥たちが密集した場所で、それぞれに営巣して共存する)などは、別種の鳥同士、かかわり合いをもって生きるよい例だろう。彼らは誰に教えられなくとも、こうして「種間社会」を形成しているのだ。(中略)
     いささか回りくどい暗喩(メタファー)ではあるが、何が言いたいのかというと、私の妻であり第一一一代内閣総理大臣に就任した相馬凛子が発足させた内閣は、連立与党に立脚したものだ。つまりそれは、私の目から見ると、いかにも「種間社会」的内閣であると感じられるのである。
     たとえてみれば、カッコウは、連立内閣の第一党「民心党」党首・原久郎。「内閣の卵」を托されたオオヨシキリが凛子というところか。
     カッコウ原氏は政界の風雲児だ。そもそも、この人物がもともとの与党だった民権党を割って出なければ、前政権を担っていた米沢内閣は解散総選挙に打って出る必要もなかったわけだし、その結果民権党が与党の座を追われることもなかった。そして凛子はオオヨシキリとして自分の巣(直進党)を守り育てていくだけの話だっただろう。
     しかし原氏はそうはさせなかった。あろうことか凛子の巣に連立内閣の卵を産みつけてしまったのだ。この場合の「凛子の巣」とは直進党を指すのではなく、内閣ということになろう。カッコウ原氏は他種の鳥の立派な巣に卵を産み、そこにオオヨシキリ凛子を誘い込んで抱かせたわけだ。そんなアクロバティックなことをやってのける鳥は、実際には存在を確認されていないが。〉

     内閣総理大臣、相馬凛子は初めての所信表明演説を、
    〈国民の皆さん。私たちは、今日、生まれ変わりました〉
     と国民に直接呼びかけて始めました。そして、
    〈(日本人の)優しさと柔軟性を、いかなる悪政にも耐え、政府の言いなりになる国民なのだと旧政権はすり替え、国民が沈黙するのを利用してきました。しかし、今回の総選挙で、国民は旧政権に対してはっきりと「ノー」を突きつけたのです。沈黙を叫びに変えたのです。今日、私たちは生まれ変わりました。まずは、そのことを国民の皆さんに意識していただきたいのです。その上で、国民ひとりひとりの暮らしを、誇りと責任を持って支えていく。それが、私が明示する、第一の約束です〉
     と続けた凛子は、〈社会保障の財源確保のための再増税〉など5つの指針を掲げた。民権党政権が長い間、開けてはいけないパンドラの箱として放置してきた再増税を、選挙戦中から訴えてきた。米沢内閣が手をつけられずにぐずぐずしていた面倒な課題に、勇気と信念を持って着手する。凛子はその一点を倒閣の旗印に掲げて、政権交代を実現した。けっして平坦な道ではないが、圧倒的な国民の共感を支えに、日本を変える一歩を踏み出したのだ。

     凛子によって倒された米沢内閣と米沢旬太郎について、原田マハはこんな風に描きます。
    〈米沢内閣は「ご学友内閣」と呼ばれ、米沢派に属する毛並みのいい議員ばかりを重用し、まさしく自分にだけ気持ちのいい内閣を作り上げていた〉
    〈米沢氏の祖父は、かつて内閣総理大臣を務めた米沢富祐(とみすけ)。父は外務大臣を務めた米沢富太郎(とみたろう)。息子も衆議院議員。米沢家といえば政治家(しかもずうっと与党)の代名詞のようなイメージだ〉

     安倍晋三首相の祖父は岸信介(きし・のぶすけ)元首相、父は安倍晋太郎(あべ・しんたろう)元外務大臣です。名前の音(おん)も重なり、「お友達内閣」と揶揄されたことも、またいったんは決めた消費税の増税をあっさり先延ばしにしたことも、なんだか重なって見えてきます。
     加えて、「総理の夫」の実家、相馬家はグループ全体で従業員2万人を擁する非上場企業のオーナー家で、東京(文京区)音羽に邸宅があります。このあたり、自民党政権を倒して一度は総理の椅子に座った鳩山由紀夫の生家が音羽に邸宅(現鳩山会館)をかまえていたことを思わず連想してしまいました。著者のパロデイ精神が時にさりげなく、時にしっかりと発揮されていて、楽しめます。

     日本を変えようと理想を掲げる総理、相馬凛子の進む茨(いばら)の道――妻を支える覚悟の「総理の夫」日和に仕掛けられた女性スキャンダルの罠、そして連立組み替え、権力奪取を狙う陰謀……はたして連立政権はどこまでもつのか。

     人生最大の試練を前にして凛子は、国民に、信を問います。
     凛子の陣営には、人気TVドラマ「本日は、お日柄もよく」(原作は原田マハの同名小説『本日は、お日柄もよく』徳間書店、2016年8月5日配信)中心人物のひとり、伝説のスピーチライター・久遠久美(くおん・くみ)が控えています。初の所信表明演説で国民に直接呼びかけて感動と共感を呼んだ陰には内閣参与に招いた久遠久美の存在があったのです。

    〈いまこそ、船出のとき。暗い夜更けです。けれど、明けない夜はありません。
     国民の皆さん。私は、あなたを、信じています。この難局をきっと乗り切ってくれると。
     だから、私を、信じてください。政治生命を賭して、私は、あなたの未来をあきらめません。
     私たちは、ひとつ。どこまでも、一緒です。〉

     衆議院を解散して、自らへの信認を問う総選挙に打って出た凜子。施政方針演説の前夜、凜子は〈「信を問う、って言葉を、私、生まれて初めて使おうと思うんだ」〉日和に、こう打ち明けていました。
    「国民に信を問う」国会終盤になると、決まり文句のように飛び交う言葉になっていますが、原田マハは、凜子の口を通して「異」を唱えるのです。議員たちの保身のための駆け引きに使われてばかりで、言葉の真の意味――「私を信用してくれますか?」と本気で問いかけることがない。そこにこの国の政治の不毛、それゆえの無感動がある、のではないか。
     考えてみれば、政治家の「言葉」に感動したことが久しくありません。この稿冒頭に「この国に対する峻烈な批判が、なぜか爽快なのだ」と記しました。内閣総理大臣・相馬凜子が発する、まっすぐで、ごまかしの一切ない、熱く、潔い言葉。その妻を何があっても守る、どこまでもついていくと心に決めている総理の夫。二人の軌跡を記した日和の日記は、現実政治からは決して得ることのできなくなった「感動」をもたらします。その意味で、感動を喪失した、この国の政治に対する善き批判となっているのです。
     たとえば――この春も保育園に落ちて、仕事への復帰を諦めざるを得なかった子育て女性がたくさんいるという。「働く女性」のひとりとして凜子総理は、この問題に真っ正面から向き合う。「子ども育てるにはあまりに貧弱な環境を放置し続ける政治」からの転換を打ち出す――政治の無策に泣いてきた女性に、とくに読んでいただきたい物語です。
     最後に、本書巻末に総理の妻・安倍昭恵夫人の「解説」が収録されています。その中で夫人は〈権力の中枢にいると、総理自身にそうした気がなくても、自然と周りに少しずつバリアができて、他人の意見が届きにくくなるように感じていたのです。そこで最近は、私が被災地や福祉施設などに行って現場の声を聞いたら、なるべく主人にも伝えるようにしています〉と書いています。本書の存在を、そして気鋭の女性作家の声を総理に伝えていただければいいなあ、そうしたら日本も少し変わるかもしれないと夢想した。(2017/2/17)
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    投稿日:2017年02月17日