書籍の詳細

19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いたその先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

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しんせかいのレビュー一覧

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  •  第156回芥川賞受賞作です。読みやすい青春小説です。主人公は、著者本人を思わせる19歳の青年、スミト。高校卒業後、アルバイト生活を送っていたところ、間違って自宅のポストに投函された新聞に、彼の知らない人が主宰する住み込みの演劇塾の生徒を募集する記事を発見します。俳優志望というほどでもなかったが、生まれ育った土地から遠く、授業料がかからないことに魅力を感じ、応募したところ、なんと合格。スミトは船に乗ってその演劇塾に辿り着き、俳優志望や脚本家志望の若者たちと、自給自足の生活を送りながら、【先生】から演劇について学んでいきます。その演劇塾での二年間が描かれています。

     私は、若者たちの共同生活なのだから、きっとドロドロとした愛憎劇が繰り広げられるだろう、【先生】との軋轢もあるだろう、自給自足の生活はものすごく過酷だろう、それらはどんな風に描写されるのだろう、と期待して読み進めていきました。しかし、その期待は、やや肩透かしを食らわされた形になりました。確かに描写されているのですが、あまりにサラリとしている気がしたのです。スミトの同期生が、一般社会を「シャバ」と表現したシーンがあり、そこはこの演劇塾の雰囲気が伝わってきて、面白いと思いました。しかし、ラストの煙に巻くような言葉……。

     私には、青春小説とは切実さが伝わるように描かれているもの、という先入観がありました。どうやら、それが間違っていたようです。例えば、10代、20代の頃、もう人生終わりだーと思ったような経験も、それから10年、20年たって振り返ってみると、なんてことはない、実際いま生きているし、というようなことは、多々あるものです。この小説は、描かれている当時の主人公の視点ではなく、それから何年もたった後の主人公の、主観的な記憶が描かれた小説です。遠い記憶だから、サラっとしていて、曖昧で、時に時系列が乱れることもあります。

     この小説には、前回の芥川賞受賞作『コンビニ人間』(村田沙耶香)のような、刺激的なキャラクターは登場しませんが、読めば読むほど、記憶のあいまいさ、人間の意志や主体性というものへの懐疑、といったテーマが、ジワジワと伝わってきます。過去とは、疑いようのない事実ではなく、現在の主観で構成される幻のようなものなのだ、と思いました。

     なお、同時収録の「率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか」は、「しんせかい」の前日譚ですが、半日の出来事が凝縮して描かれています。その手法の違いも面白い。小説というものの幅広さを味わうことができました。
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    投稿日:2017年02月03日