紙の城

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東洋新聞は、IT企業からの買収宣告を受けた。経営権がIT企業に移れば、宅配の少ない営業所は閉鎖し、配達員はクビ。ウェブファーストに移行し、ポータルサイトを持って世界に打って出ていくことになる。社会部デスクの安芸は、昔ながらの新聞記者だ。パソコン音痴で、飲み会の店も足で探す。安芸が同期の政治部長に話を聞くと、IT企業を裏で操つるのは、かつての安芸の部下だった。

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東洋新聞は、IT企業からの買収宣告を受けた。経営権がIT企業に移れば、宅配の少ない営業所は閉鎖し、配達員はクビ。ウェブファーストに移行し、ポータルサイトを持って世界に打って出ていくことになる。社会部デスクの安芸は、昔ながらの新聞記者だ。パソコン音痴で、飲み会の店も足で探す。安芸が同期の政治部長に話を聞くと、IT企業を裏で操つるのは、かつての安芸の部下だった。

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 新聞社は、新聞事業とは関係のない他者による買収を拒否できるという特別な法によって保護されています。1951年(昭和26年)に制定された「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の譲渡の制限等に関する法律」(最終改正:2014=平成26年)です。一般に「日刊新聞法」と呼ばれる商法(会社法)の特例法で、「株式の譲渡制限」に関して第一条でこう規定しています。

日刊新聞法 第1条 〔株式の譲渡制限等〕
一定の題号を用い時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社にあつては、定款をもつて、株式の譲受人を、その株式会社の事業に関係のある者に限ることができる。この場合には、株主が株式会社の事業に関係のない者であることとなつたときは、その株式を株式会社の事業に関係のある者に譲渡しなければならない旨をあわせて定めることができる。

 つまり買収によって傘下に収めようという事業者が現れたとしても、その事業者が気に入らなければ、買収を企てる事業者が新聞発行に関わっていない限りは買収を拒むことができることになっているのです。
 20年以上にわたる新聞記者経験のある作家・本城雅人が「日刊新聞法」の株式譲渡制限に着目して、斜陽産業化の道を歩む新聞社と、それを呑み込んで新しい情報ビジネスを打ち立てようと狙うIT企業家の攻防戦を描いた最新作『紙の城』(講談社、2016年12月23日配信)が注目を集めています。

 本城雅人はこれまで『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社、2016年2月24日配信)、『トリダシ』(文藝春秋、2015年7月24日配信)など事件報道、スポーツ報道の現場で奮戦する新聞記者を描いた意欲作を発表してきていますが、新聞自らが書くことの少ない新聞社の経営基盤の脆弱性に光をあて、新聞ジャーナリズムの未来図という重いテーマに正面から取り組んだ問題作です。

 物語の舞台となるのは、東洋新聞。全国紙の一角を占めるものの、購読者数はここ10年で3割も減った。31%(関連会社所有の8%をあわせれば39%)の株を持つアーバンテレビが〈毎年、東洋新聞の赤字を広告出稿などで補填(ほてん)してくれている。また今の東洋新聞の取締役は会長をはじめ、十七人中三人がアーバンテレビ出身者〉で占められている。実質的な親会社だ。アーバンテレビの支えがなくてはそもそも経営が成り立たない状況にある。

 その東洋新聞に、IT業界の若手旗手、インアクティヴ会長の轟木太一(とどろき・たいち)が触手を伸ばしてきた。インアクティヴは今年45歳になる轟木が19歳の時に起こしたゲーム会社が礎となっている。ここ10年でポータルサイトを開設し、動画サイト、結婚・就職情報サイトなどを買収して事業を拡大してきた。それらのビジネスで得たデータとソフトを元に、新たなテレビ番組を作りたい、としてアーバンテレビの株15.6%を買い占め、世の中はこの話題で持ちきりとなっていた。

 ところが轟木は突如、アーバンテレビ株買い占めから一転してアーバンテレビが所有している東洋新聞買収に狙いを切り替えた――。東洋新聞社会部デスク・安芸稔彦(あき・としひこ)に、その情報をもたらしたのは、入社同期の総務部長、柳だった。時々開いている飲み会「安芸会」で、安芸と若手記者たちが轟木によるアーバンテレビ買収を話題にしていたところ、胸ポケットに入れていた安芸の携帯電話が鳴った。

〈「おお、柳、今尾崎たちと飲んでいるところだ。柳も来ないか」
 柳が話し出す前に誘ったが、安芸の声は届いていなかった。〈大変だ。アーバンテレビがうちを見放したぞ〉と言われて耳を疑った。
「どういうことだ」
「インアクティヴとアーバンの話し合いがついたんだ。インアクティヴはTOBせずに、これまでに買い付けた株をアーバンに返す。その代わりに、東洋新聞株をもらう。アーバンが持ってるうちの株全部がインアクティヴに移る」
「なんだって、それじゃうちがインアクティヴの傘下(さんか)になるってことか」
「傘下じゃない。完全な支配下だ」
 他の三人の記者が「どうしたんですか」と顔を近づけてきた。待ってくれと手を差し出す。
「インアクティヴの狙いは最初からうちだったんだよ。新聞社はどこも非上場だ。だからうちと親子関係にあるアーバンに狙いをつけたんだよ」
 ただごとではないと感じた三人の顔が目の前に並んでいる。早く説明してやらなければと思いながらも頭の中で整理がつかず、声を出すことができなかった。〉

 今から12年前の2005年、日本のメディア界を騒然とさせたホリエモンこと堀江貴文氏によるニッポン放送買収をめぐって堀江氏とフジテレビの間で激しい応酬が展開された騒動を彷彿とさせる展開です。
 寝耳に水の買収・子会社化の話に色を失う新聞社。ここぞとばかりに記者会見を開いて攻勢をかけるIT企業。質問を重ねる新聞記者を、練りに練った切れのいい応答で圧倒していく轟木。そして彼が最後に放った痛烈な一言――。

〈「私が経営権を得た際には、東洋新聞を新聞協会から脱退させ、独自路線を行こうと考えています」
「独自路線とは?」
 記者が返す。(中略)
「我々は新聞協会から脱退することで、軽減税率も要らないと政府に申し出るつもりです」
 轟木は笑みを浮かべながらそう言った。
 挙手していた記者たちが固まったように見えた。しばらくの間を置き、「それは可能なのですか」と毎朝の記者が尋ねた。
 おそらくこの中で一番頭の回転が速かったのが彼なのだろう。軽減税率は申請して許可をもらうものではない。定期購読契約を結んでいる日刊紙と週二回以上発行する新聞であれば、自動的に増税分は課税されない。
 轟木はすぐに回答した。
「我々は縮小しつつも宅配は継続しますが、既存の新聞社とは異なり、ネットに軸足を置く新聞社に生まれ変わります。そのため既存の日刊紙の定義には当て嵌らないと考えています」
 さらにそのまま話し続ける。
「国民の多くが増税に苦しむ中、いくら新聞に知識や教養を普及する役割があっても、新聞社だけが国民の義務である納税から逃れるなんてことは、断じてあってはならないと私は思います」
 会見場は沈黙したままだった。手を挙げていた記者たちが次々とその手を下ろしていく。
 権藤は里緒菜に笑みを向けた。彼女は画面に視線が吸い込まれたまま、「すごいわ」と感嘆した。
 インアクティヴが、日本の新聞社を完膚(かんぷ)なきまでに打ちのめした瞬間だった。〉

 里緒菜とあるのは、インアクティヴ会長の轟木太一の妻で副会長の轟木里緒菜(とどろき・りおな)。造船業で財をなした一族の出身で、スタンフォードを出た才媛です。権藤正隆(ごんどう・まさたか)はインアクティヴの取締役戦略室長。カリフォルニア大学バークレー校留学を経て東洋新聞に入社、4年間の記者経験を持つ。いまや轟木夫婦の知恵袋として手腕を発揮。記者会見がすべて後藤の振り付けで行われているだけでなく、東洋新聞買収の戦略自体が懐刀である後藤のシナリオに基づいて進められています。
 そして、攻めるインアクティヴ側には、もう一人、隠された強力な後ろ盾が加わっており、物語の終盤においてきわめて重要な役割を担うことになるのですが、ここでは触れないでおきます。

 軽減税率の辞退――新聞メディアに与えられている特権を放棄すると言明、世論を味方につけたIT企業の傘下に入るより道はないのか。自由な新聞としての存続を願う役員や部長の有志が秘密裏に日刊新聞法の譲渡制限規定に基づく拒否権行使に向かって動き始めます。そして安芸は紙面会議で、自分たちの新聞が今、どんな状況にあるのか、自分たちはそれをどう思っているのか、自分の言葉で語らないでどうするんだ――そう主張して、会長の同意を引きだし、編集局長が「1週間やって判断する」と渋々連載を認めた。若い記者たちが自らのペンで「新聞未来図」を書こうと、現場に立ち返って買収との闘いを始めます。

 安芸と若い社会部記者たちの原稿を巡る熱いやりとりは、記事に必要なことは何か、どんな目線や発想があったらいい記事になっていくのかを雄弁に物語る。素直に語られていく著者の記者への思い。ジャーナリズムへの熱い思いを秘めながらも記者という仕事に悩み、壁にぶつかり、それでも書くことによって成長していく新聞記者の物語としても面白く読めます。

 IT企業による買収か拒絶かを決する臨時取締役会が迫る中、轟木太一の出身地でありインアクティヴ創業の地である富山、そして隣県の石川・金沢で決定的な事実を求め夜を徹して取材を続ける3人の記者――安芸会メンバーの尾崎毅(おざき・たけし)、霧島ひかり(きりしま・ひかり)、下之園剛(しものその・つよし)の姿があった。彼らの地を這うような取材ははたして実るのか。迫る降版時間、そして臨時役員会・・・・・・思わず固唾を呑んだ。『ミッドナイト・ジャーナル』を思い起こすリアリティだ。

 新聞宅配との付き合いは、大学卒業以来もう45年になります。ネットで記事は読むことができますが、記事の重要性がその位置や大小によって一目でわかる紙に印刷された紙面が、やっぱりいい。捨てられないと思う。紙かネットか、縦書きか横書きか、そんな議論も出てきます。
 本城雅人が初めて問う〈新聞未来図〉。ともに考えていきたいと思います。(2017/1/27)
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