書籍の詳細

『満願』『王とサーカス』の著者による、不動のベスト青春ミステリ、〈古典部〉シリーズ第6弾!神山市が主催する合唱祭の本番前、ソロパートを任されている千反田えるが行方不明になってしまった。夏休み前のえるの様子、伊原摩耶花と福部里志の調査と証言、課題曲、ある人物がついた嘘――折木奉太郎が導き出し、ひとりで向かったえるの居場所は。そして、彼女の真意とは?(表題作)時間は進むとわかっているはずなのに。奉太郎、える、里志、摩耶花――〈古典部〉4人の過去と未来が明らかになる、瑞々しくもビターな全6篇。

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「古典部」シリーズのレビュー一覧

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  • 〈「……勉学にもスポーツにも、それからなんだっけ、恋愛か。ホータローがそういうものに前向きだとは、僕には思えない」
    「別に後ろ向きなわけじゃない」
    「そうだろうともさ」
     里志は一層笑(え)みを深くする。
    「ただ単に『省エネ』なんだよね、ホータローは」
     俺は鼻を鳴らすことで肯定を示した。わかっていればいい、俺は別に活力を嫌っているわけではない。ただ単に面倒で、浪費としか思えないからそれらに興味を持たないだけなのだ。至って地球環境に優しい省エネが、俺のスタイル。その合言葉はすなわち、
    「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に、だ」〉

     2001年に発表された米澤穂信『氷菓』(角川書店、2013年4月12日配信)第2章。累計205万部突破の青春ミステリ「古典部」シリーズ主人公、”省エネ”キャラを纏(まと)う高校生、折木奉太郎(おれき・ほうたろう)が初めて姿を現したシーン。第1章はインドを旅行中の姉、折木供恵(おれき・ともえ)が高校性になる弟・奉太郎へ宛てた手紙です。その中で姉は――神山(かみやま)高校合格おめでとう、とした上で〈古典部〉に入りなさい、名前を書いておくだけでいい、そんなに悪い部活でもないからと書く。伝統ある〈古典部〉もいまや部員ゼロ、今年入部者がなければ自動的に消滅の危機にある。神山高校OGの姉。所属していた〈古典部〉は青春の場だった、それを守れというわけです。

     インドから舞い込んだ国際郵便を受けとった高1の奉太郎は〈古典部〉に入部。その日の放課後――第2章の冒頭が先のシーンです。陽の落ちた教室で奉太郎と向かい合うのは、福部里志(ふくべ・さとし)。旧友にして好敵手、そして仇敵。男にしては背が低く、高校生になってさえ遠目には女と間違うようなうらなり青瓢箪に見えるが、中身は違う。奉太郎の予想外の入部届を手にした里志が妙に明るい声で、〈「古典部の部員はいないんだよね。なら、古典部の部室はホータローが独り占めじゃないか。結構いいもんだよ、学校の中にプライベートスペースが持てるっていうのも」〉という。

     校内に〈私的空間〉を持つ、悪くない……奉太郎が向かった特別棟4階、地学講義室を流用している古典部部室。無人のはずの部室に、先客があった。

    〈そいつは教室の窓際(まどぎわ)にいて、こっちを見ていた。そこにいたのは女だった。
     俺はこの時まで、楚々(そそ)とか清楚とかいった語彙(ごい)のイメージがどうもつかめないでいたが、その女を形容するのには楚々とか清楚と言えば形容できることはすぐにわかった。黒髪が背まで伸びていて、セーラー服がよく似合っていた。背は女にしては高い方で、多分里志よりも高いだろうと思われた。女で高校生なのだから女子高生だが、くちびるの薄さや頼りない線の細さに、俺はむしろ女学生という古風な肩書を与えたいような気になる。だがそれら全体の印象から離れて瞳(ひとみ)が大きく、それだけが清楚から離れて活発な印象を残していた。
     そして、俺の知らない女だった。
     だがそいつは、俺を見ると微笑(ほほえ)んで言ったのだ。
    「こんにちは。あなたって古典部だったんですか、折木さん」
    「……誰だ?」
     俺は率直に訊(き)いた。俺は確かに人付き合いがいい方ではない。が、知り合っているのに顔を見てもわからないというほど対人関係に薄情ではないつもりだ。俺はこの女を知らないのに、なんでこいつは俺のことを知っているのか。
    「わかりませんか。千反田(ちたんだ)です。千反田える、です」〉

     たった一度音楽の合同授業で一緒だっただけの奉太郎の顔と名前をちゃんと覚えていた千反田える。古典部に入ったので挨拶に来たという。灰色の高校生活の奉太郎が珍しくも女の子と二人で教室にいるのをドアの隙間から覗(のぞ)いていた里志によれば、千反田家は神山市で指折り数える名家の一つだという。
     折木奉太郎、千反田える、福部里志の三人に、次の第3章で登場する伊原摩耶花(いばら・まやか)が加わって、古典部の四人の部員が揃います。伊原と奉太郎は、小学校以来の付き合い、クラスも9年間同じだったから、縁は深い。顔立ちは子どもの頃から整っていたが、その頃のちょっと大人びた童顔のまま高校生にまでなってしまったという感じだ。図書委員で、漫画研究会にも入っている。

     奉太郎、える、里志、摩耶花――神山高校古典部の四人の周囲で生じる「事件」、日常生活の中の「謎」を奉太郎が解き明かしていく。デビュー作『氷菓』に始まり、『愚者のエンドロール』『クドリャフカの順番』『遠まわりする雛』『ふたりの距離の概算』(いずれも角川書店、2013年4月12日配信)と書き継がれた〈古典部〉シリーズは、先述のように累計205万部突破の大ヒットとなった。
     そして昨年(2016年)11月末、6年ぶりに出た第6弾、シリーズ最新作が、今回取り上げる『いまさら翼といわれても』(角川書店、2016年12月2日配信)です。2008年から2016年にかけて「小説 野生時代」「文芸カドカワ」を舞台に書きためた6編を集めた連作短編集。折木奉太郎たちは高校2年になっています。著者の米澤穂信はこの間、『満願』(新潮社、2014年9月12日配信)、『王とサーカス』(東京創元社、2015年7月29日配信)が2年連続してミステリーランキング1位に輝き、人気ミステリ作家の仲間入りを果たしました。
     その米澤穂信の代表作である〈古典部〉シリーズ最新作、とくに注目して欲しい二つの作品があります。
     一つは巻末収録の表題作「いまさら翼といわれても」です。神山市主催の合唱祭当日、ソロパートを任されていた千反田えるが誰にも告げずに姿を消してしまった。一緒のバスで会場まで来たというおばあさんの証言はあるものの、6時の開演時間が迫ってきても千反田は現れない。行方不明のままだ。夏休みで家にいた奉太郎は、摩耶花からの電話で事情を聞いて会場の文化会館へ。
     いったい千反田えるに何があったのか? 夏休みに入る前、えるに何か変わった様子はなかったか? 最終日夕刻、えるが読んでいた本がちらりと目に入った。気のせいでなければ、それはどうやら、進路案内の本のようだった。えるの真意は? 彼女はどこに姿を隠したのか? 奉太郎はえるの謎を解けるのか? そしてえるはソロを歌うのだろうか?

     もう一つの作品は「いまさら翼・・・・・・」の一つ前に収録されている「長い休日」。この2編は見ようによってはセットとして面白く読めるのです。「いまさら翼・・・・・・」で名家の娘・千反田えるが「自由な生き方」に正面から向き合って「大人」に一歩近づいていくのに対し、「長い休日」では奉太郎がなぜ「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーに生きるようになったのか、その秘密――奉太郎を変えた、小学生時代のある「事件」が明かされます。
     奉太郎の回想ストーリーはこう始まります。米澤穂信らしさ全開の書き出し、ちょっと長くなりますが、引用します。

    〈その日は朝から何かがおかしかった。
     目が覚めて、枕元の時計を見ると午前七時で、曜日表示は日曜日を示していた。
     浅い眠りが打ち切られたとき特有のぱっちりとした覚醒ではなく、ほのかな眠気が残っているけれど、二度寝をしようとは思わなかった。布団の中でごろりとうつぶせになると、腕立て伏せの要領で起き上がる。
     おかしいと思ったのは、ベッドの端から足を下ろした時のことだ。カーテンの隙間から差し込む朝日を見ながら、茫然と呟いた。
    「調子がいい」
     心身共に、何も欠けている感じがしない。
     普段から体調不良に悩まされることが多いわけではない。だから実際には体調が良いというより、気力が充実していると言った方がいいだろう。こんな日は何か無駄なことをして体力を減らさないとまずいのではないか、と、そんなことまで思った。近来まれなことだ。〉

     日曜日の早朝、目覚めた時「調子がいい」と自覚した奉太郎。ちょっと手の込んだ朝食を姉の分まで作った。掃除と洗濯をした。風呂を洗ってレンジまわりを磨き、昼はうどんを茹でて食べた。時計は1時。一日が長い。久しぶりの晴れ間。

    〈「晴れをもったいないと思うなんてなあ」
     他でもないこの折木奉太郎が、たまの晴れ間に家にいることを惜しむだなんて。福部里志が聞いたら熱がないか測りに来るだろう。〉

     文庫本を1冊、ポケットに入れて散歩に出かけた。向かったのは、ほどよく遠い荒楠(あれくす)神社。100段ほどある階段を上り切って一息ついたところで社務所から出てきた髪の長い女と目が合った。十文字(じゅうもんじ)かほで、「える来てるよ」という。よくわからないままに社務所に案内され、かほの私室に入ると、千反田えるがほんとうにいた――。

     気持ちのいい日曜の午後を神社の境内で文庫本を読んですごそうと考えていた奉太郎。思いがけず、えると二人で過ごすことになった。神社の少し上に稲荷様の祠があり、えるはそこを掃除するために来ていたのですが、奉太郎も一緒に手伝うことになったのだ。箒を動かしながら、えるが奉太郎に訊く。〈折木さんはどうして、それを言うようになったんですか」〉〈あれです。……『やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に』」〉

     タイトルの「長い休日」にこめられた意味は何か。小学校6年の頃の記憶をたどりながら、いまの思いをえるに語る奉太郎。奉太郎の回想ストーリーは、姉が小学生だった奉太郎の頭をぐしゃぐしゃとかきまわしながら付け加えた、こんな一言で終わります。

    〈──きっと誰かが、あんたの休日を終わらせるはずだから〉

     そして――そのすぐあとに表題作「いまさら翼といわれても」――合唱祭の日に行方不明となる千反田えるの物語が始まるのです。
     1978年生まれ。30代で話題作連発の米澤穂信渾身のシリーズ最新作。青春ミステリの最高峰を堪能してください。(2017/2/3)
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    投稿日:2017年02月03日