書籍の詳細

弱い者いじめに苦しむ中小企業にとって新銀行は救世主になるはずだった。“必殺仕掛人”の金融コンサルティング会社社長の野心に警戒しながら、設立に身を捧げる男たち。だが金融庁対策、資本金調達で困難に見舞われ、当初の理念は地に堕ちていく。経営陣の逮捕まで招いた「許されざる者」たちの罪業を描き切る傑作!

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破戒者たち 小説・新銀行崩壊のレビュー一覧

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  •  今回取り上げる『破戒者たち 〈小説・新銀行崩壊〉』電子版には収録されていませんが、文庫版(紙版・講談社文庫)には評論家・佐高信の解説があり、そのなかで佐高信は〈もちろん、末尾で断っているように「本作品はフィクションであり、実在の人物、団体などとはいっさい関係ありません」なのだが、この小説の迫真性を増すために、当時、この国で起きていた「事実」を紹介していこう〉として、以下のように書いています。
    [日本振興銀行の木村剛を私が最初に批判したのは二〇〇五年六月だった。『サンデー毎日』の連載「佐高信の政経外科」で「拝啓 木村剛様」として、こう書いた。〈食わせ者の竹中平蔵氏とつるんでいるあなたを、私は前からウサンくさい人物だと思っていましたが、日本振興銀行の社長として自分の夫人が社長の「ウッドビレッジ」なる会社におよそ一億八千万円ものおカネを三%という著しく低い金利で貸し付けていたというのはひどいですね。『週刊東洋経済』は六月十一日号で、「経済・金融に関する調査業務および講演会の開催、刊行物の出版・販売」などを事業内容とするウッドビレッジを「ペーパーカンパニーと紙一重」と断じています。まず、この会社がいかがわしいわけですが、そんな身内の会社に低利融資するのは、明らかに銀行法で禁じられている「銀行主要株主」への優遇にあたるでしょう。それを知っていて、こんな強引なことをするのは、あなたが竹中氏だけでなく、伊藤達也現金融担当大臣(当時)や五味廣文金融庁長官(当時)と親しく、問題にされることはないと自信を持っているからでしょうか。日本振興銀行には、銀行マンから転じたお調子者の作家、江上剛氏も社外役員として加わっていたのでしたね。「類は友を呼ぶ」で、ウサン臭い人間のところにはウサン臭い人間が集まるのでしょう〉]

     小泉純一郎首相(当時)に重用され、慶大教授から小泉内閣の金融担当大臣となった竹中平蔵氏は、日銀出身の金融コンサルタント・木村剛氏を金融庁顧問に抜擢します。本書の舞台となる「新日産興銀行」(しんにちさんこうぎんこう、新日産興銀)のモデルとなった日本振興銀行は、竹中平蔵氏と木村剛氏の二人の関係が背景となって設立された新銀行です。金融コンサルタントとして新日産興銀創設に力を発揮し、後に自ら社長の座につく村木毅(むらきつよし)、経済財政・金融担当相の竹井平之助の主役二人の名前は、木村剛氏、竹中平蔵氏という実在の人物を容易に連想させます。
     筆者の高杉良は徹底した取材によって日本企業の知られざる暗部に光をあてた経済小説を数多く発表してきていますが、「中小企業を救う」という理想を掲げて誕生した 新銀行を私物化し、しゃぶり尽くそうとした経営トップのモデルとなった木村剛や彼の「庇護者」の役割を担った竹中平蔵らの理不尽な振る舞いに対する高杉良の怒りが本書を貫いています。その燃えさかる怒りが、この企業小説に迫真性を与え、読む者の心に伝播し、一気に読み進ませるのです。
     たとえば、新産興銀社長の座にある村木が、腹心の部下を呼びつけて、いきなり「社長をやめて会長になる」と言い出すシーンがあります。

    〈設立時の約束事である三年目の黒字達成に向けて、正念場であることは村木を初めとした新日産興銀行経営陣の共通認識だ。それゆえに村木の焦燥感は日を追って募る一方だった。村木が宮本を社長室に呼び出したのは、二〇〇五(平成一七)年七月一二日の朝八時だ。新日産興銀行本店のある大手町界隈は、気温が二二、三度でさわやかな青空が広がっている。一時間後には通勤のサラリーマンやOLでごったがえす大手町の交差点も、人っ気はまだまばらな時間帯だ。宮本が軽くノックしてから社長室のドアを開けると、ソファーの背もたれにのけ反るように座っている村木がやけに大柄に目に映った。〉
     社長の村木は、宮本に「お前に執行役員をやってもらうからな。七月一五日付だ」と告げたうえで、突然のことに驚愕して棒立ちの宮本に対しさらにこう言うのです。
    〈「俺は社長をやめて会長になるぞ」宮本は村木の突然の発言に困惑して、「ええっ」と奇声を発してしまった。「ええっじゃないだろう。会長になって悪いのか」宮本が慌てて手で口を押さえながら、口ごもった。「と、とんでもないことです。た、ただ、社長はどなたがなるんですか」
    「誰だって同じだろう。全てはCEOの俺が仕切るんだから。まあ、去年ヤマト銀行からウチに来た下田あたりでいいんじゃないか」
     下田正司は実質国有化されたヤマト銀行からいち早く逃げ出した口だ。関東地方の国立大学を出て、旧共和銀行に入行、支店での営業経験が豊富なことが売りの男だ。大塚よりも二歳年上だが、いかんせん小物という感じが強かった。印象が薄い、という方が正確かもしれない。
    「お言葉ですが、どうして村木社長ではいけないのでしょうか」
     全く合点がいかない宮本は、首をかしげながら〝村木社長〟にアクセントをつけて訊いた。
    「俺のブレーンともあろうものが、そんなこともわからんのか。何かっていうと、『村木銀行』ってメディアが騒ぐのが、鬱陶しくてたまらんのだ。それに越智の追い出しのために俺の会社で増資に応じたから、今では実質的には俺が所有する銀行とも言える。ウチの銀行は日本で最高のガバナンスを誇っているんだ。筆頭株主が社長というわけにはいかんだろう」
     村木の厳しい顔に、ようやく事態が呑み込めた宮本は、黙って一礼した。〉

     村木の言葉の端々に露呈している「俺の銀行」という意識。竹井大臣の交代後、新産興銀は金融庁の検査を受けることになります。村木に請われて経営層に加わった元金融庁検査官の大塚徹執行役員の胸のうちでは先行きに対する懸念が具体的な形となっていった。ともに金融庁検査への対応を命じられた宮本を前に大塚は自嘲気味にこう語ります。

    〈「株を保有することになった経緯は問題じゃない。村木会長の個人会社にウチの銀行が融資しているじゃないか。あれは株の購入資金を立て替えたものだろう。つまり、銀行が会長に株式購入資金を貸し付けて、その資金で銀行は増資したわけだから、なんのことはない、お金がぐるりと回ってもどってきているだけ、というわけだ」
     村木の個人会社とは、Mファイナンスとビレッジウッドの二社を指している。ビレッジウッドは、村木の妻が形式上代表取締役を務める会社で村木の講演料や印税の受け皿だ。株主も村木本人の他は村木の両親や妻で占められていた。新産興銀は、二〇〇五年二月末にMファイナンスに対して三億九〇〇〇万円を、三月九日にビレッジウッドに対して一億七八七五万円を融資していた。(中略)
    「問題含みなんて生易しいものじゃない。しかも、Mファイナンスとビレッジウッドへの融資には、ウチの銀行の株が担保に入っている。非上場株は担保として認めていないが、自行株だけは担保として認めるよう、直前に社内ルールを変更したんだ。金融庁にしてみれば、突っ込みどころ満載っていうわけだ。日本一のコンプライアンスが聞いてあきれるよなあ」〉

     ビレッジウッドが実在した「ウッドビレッジ」をモデルとしていることは容易におわかりいただけるでしょう。銀行を蝕む“私物化”。ことここに至っても、宮本はもちろんのこと、元金融庁検査官の大塚でさえも、村木に対しその非を指摘することはなかった。できなかった。
    「規制緩和」の美名の下で、いったい何が起きていたのか――経営トップによる私物化の果てに新銀行が崩壊していく過程を描いた高杉良の長編企業小説『破戒者たち 小説・新銀行崩壊』は、現代社会に重い課題を突きつけています。(2014/9/5)
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    投稿日:2014年09月05日