書籍の詳細

創業家VS.左遷サラリーマン! 日本の救世主は、ハズレ社員だった。気鋭の経済記者が覆面作家となって挑む日本最大のタブー「27兆円企業」に迫る! 「失われた20年を、高度成長期並みに駆け、世界一となったあのトヨトミ自動車が潰れるときは、日本が終わるとき。日本経済最後の砦・巨大自動車企業の真実を伝えたいから、私は、ノンフィクションではなく、小説を書きました」(梶山三郎)

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トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業のレビュー一覧

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  •  書き下ろしで紙・電子ほぼ同時に刊行された『トヨトミの野望』(講談社、2016年10月21日配信)。副題に「小説・巨大自動車企業」とあり、著者は「経済記者 梶山三郎」となっています。
     梶山三郎。この作家名を見て、即座に脳裏に浮かんだのは『総会屋錦城』『官僚たちの夏』『役員室午後三時』(いずれも新潮社、2014年6月20日配信)などで知られ、経済小説、評伝小説の第一人者だった城山三郎(2007年没)の名です。また1960年代に経済小説『黒の試走車』(光文社、2013年3月29日配信)などのベストセラーを連発した梶山季之(1975年没)の名を思い出しもしました。
     紙書籍の帯に「気鋭の経済記者が覆面作家となって挑むメディア禁制・28兆円のタブー!!」、「〝失われた20年〟を、高度成長期のように駆け抜けた、巨大自動車企業は日本経済最後の砦だ。私は、その真実を伝えるために、ノンフィクションでなく、小説を書いた――梶山三郎」とあって、本の成り立ちが見えてきます。経済記者がペンネームを使いあえてフィクションの形をとることによって、巨大自動車企業の〝事実〟を超える〝真実〟を書こうという試み、というわけです。

     巨大自動車企業――トヨトミ自動車は、トヨタ自動車そのものだ。
     トヨタ自動車の本社は、愛知県豊田市トヨタ町一番地にあります。創業時、工場が建てられたのは西加茂郡挙母(ころも)町で、1951年、市制施行にともなって挙母市となり、さらに1959年に豊田市に市名が変更されました。大胆にも自治体名を歴史ある地名から創業家の名前に変えてしまった例を他には知りません。
     創業家の名前をいただく「豊田市」に倣(なら)って、トヨトミ自動車は愛知県豊臣市トヨトミ町一番地に本社をおいています。あえて小説にすることで企業の真実を描こうという著者の試みは、緊張感漲る筆使いによって読者を物語の世界にぐいぐい引き込んでいくという点で成功しています。読み進めるうちに「トヨトミ自動車」をトヨタ自動車に、「豊臣」を豊田に、頭の中で自動変換していたのも自然なことのように思えます。
     登場人物は巻頭収録のリストにあるように多岐にわたりますが、物語を動かす中心人物は武田剛平(たけだごうへい、トヨトミ自動車社長)、豊臣新太郎(とよとみしんたろう、トヨトミ自動車会長)、そして豊臣統一(とよとみとういち、新太郎会長の長男、のちに社長)の3人。
     武田剛平について、著者はこう書いています。
    〈豊臣家とはなんの関係もないサラリーマン社長。しかも本流の自工ではなく、傍流の自販出身。加えて経理部に十七年も塩漬けにされたうえ、マニラに左遷された厄介者。そのマイナスだらけのドン底から這い上がり、トヨトミ自動車のトップに昇りつめた奇跡の男。すべてが常識外れだ。〉
     武田剛平をマニラで見いだして、後に社長の座に据えるのが豊臣新太郎ですが、この創業家出身社長とフィリピンに左遷されていた〝はみ出し社員〟の出会い、奇跡の社長就任のエピソードは実話に基づいています。モデルは、トヨタ自動車第3代社長(工販分離前から数えると第7代)の奥田碩(おくだひろし)氏。180センチの長身、一橋大学(作品では「東商大」)で柔道部に所属して4段を取得したことも、傍流とされるトヨタ自販に入社、経理畑を歩き、左遷されていたフィリピンで豊田章一郎社長に才能を見いだされ63歳で社長に引き上げられたことも作品中の武田剛平そのまま。社長就任の年齢というディテールまであわせてあるのですから、実在の奥田碩氏そのままに「武田剛平」が描かれているというべきかもしれません。

     トヨトミの首領、豊臣新太郎。71歳。寡黙で無愛想。東海地方きっての名門大学、国立尾張大学工学部大学院修了の優秀なエンジニアであり、現トヨトミ自動車会長にして産団連(産業団体連合会)会長の重責を担う、いわゆる財界総理でもある。
    〈マニラで武田と出会い、その能力と胆力、懐の深さ、底知れぬスケールに驚嘆した豊臣新太郎は日本に帰るなり、まわりをどやしつけたという。
    「なぜあんな優秀なやつがマニラにいるんだ、おまえらの目は節穴か、いますぐ連れ戻せっ」〉
     武田剛平の国際化戦略の後ろ盾となって改革を進めさせますが、本質的には豊臣の血がからめばどんな無理でも押し通す血統主義者として描かれている豊臣新太郎。モデルはトヨタ自動車初代社長で、名古屋大学工学部出身、工学博士の学位を持つ豊田章一郎氏。

     新太郎会長の長男、豊臣統一。こんな一節があります。
    〈城南義塾大学法学部を卒業後、米国ボストンのビジネススクールに留学してMBAを取得し、いったんは外資系の証券会社に勤務。出世コースといわれるニューヨーク、そしてロンドンにも駐在した。それなりの営業成績も上げてきた。しかし、どれだけ頑張っても、豊臣家の七光り、と陰口を叩かれ続ける生活にいい加減、嫌気がさした。
     世界のどこへ行こうと、なんの仕事に就こうと、豊臣家と離れられない運命なら、いっそど真ん中に飛び込んでやれ、と居直った。社会人になって四年目、二十八歳のときだ。
     きょうだいは大蔵官僚に嫁いだ姉がひとり。つまり統一は豊臣本家の総領息子である。それゆえ、トヨトミ自動車入社にはなんの障害もない、むしろ歓迎されると信じた。しかし、代表取締役社長である父、新太郎の反応は意外なものだった。あの冷徹な言葉はいまも耳にこびりついて離れない。
    「おまえを部下に持ちたいと思う人間はトヨトミにはひとりもいない。それでもよければ人事部宛に正式に願書を出せ。合否はしかるべき人間が判断するだろう」
     愕然とした。厳しい父親とは承知していたが、これほどとは。結局、統一は願書を出して中途採用の試験を受け、幹部の面接を経てヒラ社員として入社。(後略)〉
     新太郎会長の長男、統一のモデルは、もうお分かりかと思います。豊田章一郎氏の長男、トヨタ自動車現社長の豊田章男氏です。慶応義塾大学を卒業後、ボストンのバブソン大学ビジネススクールに進みMBAを取得。米国の投資銀行勤務を経てトヨタ自動車に入社。トヨタへの転職の決意を父の章一郎氏に伝えた時、「(豊田家の総領である章男)を部下に持ちたいと思う人間は今のトヨタにいない。特別扱いはしない」と父の章一郎氏に言い渡され、面接を受けて入社したという。若き章男氏の軌跡をたどるエピソードもそのまま作品に盛り込まれていますし、社長として米国議会の公聴会に臨んだ姿、「すべてのトヨタ車には私の名前がついている」という冒頭発言で始まった証言もそのまま再現されています。

     ここで描かれているモデルの企業、人物たちは、ノンフィクションといってもいいくらい事実に即しています。しかし、本書の魅力はそこにとどまるものではありません。著者は圧倒的な事実、ディテールに徹底的にこだわりながらも、事実の先にある真実――巨大企業内部の創業家vs叩き上げ社長の暗闘、創業家に生まれたがゆえの矜持と苦悩、貢献をしながらも弊履(へいり)のごとく捨てられていく幹部社員たち――に光をあて、描き出したのです。一級の経済小説の誕生です。

    「序章 荒ぶる夜」――新たな傑作の予感に充ちて始まります。
     名古屋商工会議所のパーティーを抜け出したトヨトミ自動車社長・武田剛平が副社長の御子柴宏とともに、名古屋の歓楽街、栄の雑居ビル4Fにある「栄クリーン」を訪ねる冒頭シーン。
     栄クリーンは表向き、歓楽街のビル清掃をメインの業務とする清掃会社ですが、実態は暴力団の企業舎弟、いわゆるフロント企業。上部の暴力団は『春日組』。親を持たない独立系、俗にいう一本どっこのヤクザで、武闘派として全国に知られた荒っぽい組織です。

    〈武田は事務所をぐるりと見回し、視線を止める。ソファの端っこで悄然(しょうぜん)とうつむく英国製スーツの男。豊臣統一(とよとみとういち)、三十九歳。わが社の開発企画部次長。筋肉質の中肉中背はジム通いと週末のゴルフ、暴飲暴食とは無縁の規則正しい生活の賜物(たまもの)だ。
    「統一くん、迎えにきたよ」
     武田は歩み寄り、優しく言う。
    「帰ろうか」
     統一は見上げ、眩しそうに眼をすがめる。七三分けの短髪と、張りのある褐色の肌。生まれ落ちて以来、銀のスプーンをくわえたまま、腐葉土で育ったタケノコのようにすくすく成長してしまった、端整で生真面目な坊ちゃん顔だ。よりによってこんなトラブルを引き起こすとは。武田はため息をTみこみ、さあ、とうながす。統一のひび割れた唇が動く。か細い声が漏れる。
    「武田さん──いや、社長」
     武田は、よくできました、とばかりに軽くうなずく。(中略)
    「統一さんがおつきあいしている女性の旦那さん、えらい剣幕なんです」
     ほおを指でかき、余裕たっぷりに言う。
    「その旦那さんからうちの〝親会社〟の幹部に相談がありましてね。そりゃああんまりだ、男の風上にもおけない野郎だ、と〝親会社〟の幹部が怒りまして。しかし、旦那さんの話だけじゃ信用できない。ウラをとらなきゃなりません」
    「まるで新聞記者みたいだねえ」
     中年男は、なんだとお、とばかりに睨みをくれたが、すぐに笑みを浮かべる。
    「そこで、わたしどもが今夜、統一さんに詳しい話をおうかがいしていたところです」
     ほう、と武田は首をかしげる。
    「どんな話をおうかがいしたんだね。まさか豊臣本家の莫大な財産について、じゃないよな」
     中年男は一瞬棒立ちになり、次いで、それはそのう、と言い淀みながらも答える。
    「トヨトミ自動車の社員で、しかも豊臣家の血筋だ。本家のジュニアなんですってね。もうびっくりしましたよ」
     統一の顔が青ざめる。唇が震え、卒倒寸前に見えた。武田は勝ち誇った顔の中年男を見つめ、半笑いで言う。
    「ウソつけ」
     きゅっと喉が鳴り、棒を飲み込んだような間抜け面になる。武田は続ける。
    「豊臣本家の血筋だからこの薄汚い事務所へ連れ込んだんだろう。トヨトミ自動車からカネをふんだくってやれ、と分不相応に張り切ったのかね」
     中年男は毒でも飲んだように顔をしかめ、上等じゃありませんか、と凄む。
    「こっちに非はありませんから」
     裏稼業の地金(じがね)を出し、ドスを利かせた声を吐く。
    「ひとの女に手を出したのは動かせない事実ですよ。武田さん、わかってますか」
     武田は無言のまま次の言葉を待つ。部屋に緊迫した空気が張り詰めていく。焦(じ)れた中年男が叩きつけるように言う。
    「天下のトヨトミ自動車だろうが筋は通してもらわなきゃ困ります」
     筋、か。武田は目配せする。〉

     豊臣家の御曹司が、よりによって安クラブの、色気と愛嬌だけが取り柄の若いホステスにひっかかり、のぼせ上がり、しっぽりした仲になったところで背後から怖いおニイさんがご登場……典型的な美人局にひっかかって、企業舎弟の事務所に連れ込まれた豊臣統一。御曹司を救い出すため副社長と二人で事務所に乗り込んだ武田剛平。統一を連れて事務所を出ようとした武田に眉を剃ったパンチパーマが襲いかかった――。
    〈「おっさん、勝手なことすんなっ」
     怒ったゴリラのように歯を剥き、武田の胸倉をつかんでくる。おやめなさいっ、と御子柴が慌てて制止に入る前に武田の身体は反応していた。手首をつかんでひねり、ねじり上げる。柔道仕込みの関節技だ。いてえっ、と絶叫をあげさせ、パンチパーマを突き飛ばす。呆気なくソファに倒れ込む。大学時代、四段を取得した柔道の技は身体に沁み込んでいる。社会人になっても稽古は怠らず、現在七段だ。不摂生がならいのチンピラのひとりやふたり、どれほどのこともない。〉

     一気に物語に引きずり込まれました。
     事実に基づいた作品と書きましたが、まさかこの美人局のエピソードだけはトヨタの実話とは思えません。堅気とヤクザの不幸な出会いはまったくないわけではありませんから、どこか他の企業で起きた〝事件〟をあてはめたのかもしれませんね。
     とまれ、想像外の〝美人局事件〟から物語を始めることによって、武田剛平と豊臣統一の二人が鮮やかに造形され、この二人が絡み合って巨大自動車企業トヨトミでいったい何が始まるのか。実在人物たちの顔もちらついて、興味津々――。(2016/11/25)
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    投稿日:2016年11月25日