あしあと

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彼方に封じ込めていた記憶の封印が解かれるとき、妖しく危うい官能の扉が開く。夢とも現実ともつかぬ時空を往来しながら「生」と「性」を描く、円熟の傑作十篇。風来坊だった父の死後、家族に届いた一通の手紙。ともに暮らした女たちが愛した二体の人形。九十二歳、養護施設で暮らす老女にたったひとつ残された鮮やかな記憶――。「青春」と「老い」が渾然一体となったとき、妖しく危うい官能の物語の幕が開く。最後の文士・勝目梓が描く生と性。熟達の傑作短篇十篇。解説・逢坂剛【目次】「万年筆」「記憶」「ひとつだけ」「人形の恋」「秘儀」「橋」「一夜」「影」「封印」「あしあと」

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彼方に封じ込めていた記憶の封印が解かれるとき、妖しく危うい官能の扉が開く。夢とも現実ともつかぬ時空を往来しながら「生」と「性」を描く、円熟の傑作十篇。風来坊だった父の死後、家族に届いた一通の手紙。ともに暮らした女たちが愛した二体の人形。九十二歳、養護施設で暮らす老女にたったひとつ残された鮮やかな記憶――。「青春」と「老い」が渾然一体となったとき、妖しく危うい官能の物語の幕が開く。最後の文士・勝目梓が描く生と性。熟達の傑作短篇十篇。解説・逢坂剛【目次】「万年筆」「記憶」「ひとつだけ」「人形の恋」「秘儀」「橋」「一夜」「影」「封印」「あしあと」

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書籍の詳細
  • 書籍名: あしあと
  • 著者名: 著:勝目梓
  • eBookJapan発売日: 2016年10月07日
  • 出版社: 文藝春秋
  • 電子書籍のタイプ: リフロー型
  • ファイルサイズ: 758.1KB
  • 関連ジャンル: 小説・文芸文春文庫文藝春秋の本
  • 対応デバイス: WindowsMaciPhoneiPadAndroidブラウザ楽読み

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書店員のレビュー

「文士という言葉は、ほとんど死語になってしまった」
 巻末収録の解説をこう書き始めた作家の逢坂剛は、いまその呼び名に値するのは、もはや勝目梓さんだけではないかと続け、「この古い上質の革袋に収められた、新鮮にして芳醇な酒を味わう一夜は、何ものにも代えがたい至福のときとなるだろう」と文を閉じています。
 勝目梓『あしあと』(文春文庫、2016年10月7日、紙書籍と同時発売)――〝最後の文士〟勝目梓が紡ぎ上げた作品集。収められた十篇はどれも、熟達の陶芸家による手作りの逸品を思わせる。深まる秋の夜にこそ似合う佳品揃いです。
 初出はすべて「オール読物」、2011年1月号から2013年10月号にかけて発表され、2014年4月発行の単行本を経て、2016年10月に文庫化と同時に電子書籍がリリースされました。
 勝目梓は1932年(昭和7年)生まれの84歳。1970年代に純文学からエンタテインメント小説に転じ、トップクラスの流行作家としてベストセラー『獣たちの熱い眠り』(講談社2009年7月17日配信、徳間書店2013年3月22日配信)などバイオレンス官能作品を量産。その多くは今、電子書籍で愉しむことができます。
 2006年に自伝的小説『小説家』(講談社、2015年12月11日配信)を発表。なぜ、純文学と訣別したのかを詳細に描いて衝撃を与えました。これ以降、勝目梓はかつてのバイオレンス官能作品から離れて、自分自身を見つめ直すような私小説『老醜の記』(文藝春秋、未電子化)、109歳を自称する老人の性的な妄想を描く『死支度』(講談社、2013年8月9日配信)、老境に達した男の壮絶な人生と性愛を克明に描いた書き下ろし官能文学『異端者』(文藝春秋、2016年9月23日配信)を続々発表。年齢からくる衰えなどまったく感じさせることなく、旺盛な創作意欲を保ち続けています。
 本書『あしあと』も、傘寿(さんじゅ)の頃の作品ですが、〈生〉と〈死〉、そして〈性〉をつきつめていく新鮮さに満ちあふれています。
 表題作の「あしあと」。漁師の夫〈保〉が海で遭難死して一人暮らしを始めた妻〈早苗〉が、ある夜に見た夢から物語が始まります。早苗の最初の男は、同じ予備校に通っている相手だった。以降、何人かの男性との関係はあったものの結婚には至らず、39歳で見合結婚した早苗。五つ年上だった新郎も初婚だった。夫は3年後、帰らぬ人となった。

〈ある夜、早苗は夢を見た。亭主に抱かれている夢だった。保は力強く腰をはずませていた。早苗は下からしがみつく格好で、保の背中にしっかりと両腕を巻きつけていた。保は早苗の名前を呼びながら、昇りつめていった。ペニスが脈を打つようにして小さく跳ねるのを、自分の中におぼろに感じ取って、早苗はぼんやりと目を覚ました。夢で名前を呼んでいた保の声が、遠い谺のように耳に残っていた。〉

 一人残されて3か月。保に抱かれている夢を見たのは、その夜が初めてだった。眼を閉じたまま吐息をもらした早苗。大きく吐いた息を吸い戻そうとしたとき、何かがひっそりとこすれるような乾いた感じの音が、かぶっている布団の上あたりから聴こえてきた。一匹の磯ガニが布団の胸元のところを這っていた。浜から家までは直線距離で5,60メートルは優にある。家の庭でカニを見ることはあったが、夜の寝床までカニが出張ってきたのは初めてのことだった。〈保に抱かれている夢〉と〈夜の寝床まで出張ってきたカニ〉――その二つの初めての出来事が、早苗の頭の中で一つに重なった。このカニは、保なのかもしれない、3カ月余り前の冬の海で命を落とした保が、カニの姿を借りて戻ってきた……。そんな思いに包まれた早苗は、ハサミをよけてつまんだカニを、布団をめくってさらしたパジャマの胸のまん中に置いた……勝目梓にしか描けない情念と官能の世界だ。

〈カニは乳房のゆるやかな斜面をそろそろと進んで、乳首に辿り着こうとしていた。早苗は布団の中に戻した手を、パジャマの上から性器に押し当てた。腰が自然に小さく反った。そんなところに手をやる気になったのも、保に死なれてからは初めてのことだった。カニのせいだ、と早苗は思った。カニに姿を変えた保が帰ってきたから、淋しがっていた体がこんなに疼くのだ、と思った。
 カニがぎごちない足取りで、乳首の上を渡っていった。ほのかな甘いしびれが、乳首から下腹をめざしてひろがった。その感覚のほのかなところが、かえって気分を煽(あお)ってきた。もう止められない、と早苗は思った。パジャマのズボンを押し下げて、パンティーに包まれた性器の上にカニを移した。咄嗟に思いついて、夢中のうちにしたことだった。性器の上をそろそろと這い下りたカニは、道に迷ったかのように、ゆるく開いていた脚の付け根にうずくまった。
 内股にカニの肢が触れた。肌がチクチクした。その小さい痛さのどこかに、甘くくすぐられるような感じが隠れていた。保はいつもリクエストをすれば、乳首にもクリトリスにも内股にも、甘く歯を立ててくれていたのだ。それを思い出しながら、早苗は太股に取り付いていたカニをまた乳房に連れ戻して、パンティーを脱いだ。指でクリトリスをまさぐるうちに、早苗は思わずささやくような声で、あんた、と保に呼びかけていた。〉

 その夜以降、早苗は家でカニの姿を眼にするたびに、保が無事に漁から帰ってきたのだ、と思うようになった。そしてそういう日の夜は、抑えて過ごしている体の渇きを、自分で慰めていた……。
 ときたま家に姿を見せるカニにさえも、早苗は保への思いを重ねてしまう。それで体の渇きを自分で慰める夜もつづいた。そのことがかえって、独り寝の寂しさをかき立てもした。ときには、男が欲しいという気の迷いに襲われることもあった。
 保に死なれて2年半が過ぎた頃のこと。そんな早苗に何が起きるのか――。
 わずか3年で終わった保との生活。体が馴染み合っていくにつれて、二人の間の心の垣根も取れていって、夜の戯れにもお互いに遠慮が消えると、ますます子作りが楽しくなった。早苗は日々に幸せを感じた。なんでもないときにふと、温かくてやわらかいものに心が静かにくるまれていることに気がつくのだった。それは、何人もの男たちと同棲していたときには味わうことのなかった、穏やかな幸福感だった。そんな早苗を襲った突然の暗転だった。三日三晩はほとんど眠らずに、保の帰りを待った。日が過ぎて、生存の望みが絶たれると、遺体になっていてもいいから帰ってきてくれ、と保に心の中で早苗は呼びかけつづけた。けれども、その願いもかなえられずに終った。
 そして2年半――一人残された女の心と体の渇き。やるせなさに胸の内で揺れる早苗。男が帰った翌朝。保が普段はいていた茶色のビニールサンダルの踵(かかと)の上にカニがうずくまっていた。2年半の間玄関の踏込みの端に置かれていて乾ききっているはずの保のサンダルが、たったいま水の中を歩いて来たかのように濡れている。踏込みの灰色のタイルには、水に濡れたサンダルの底の形が、足跡のようにはっきりと残っていた。水に濡れた保のサンダルを胸に押しあてたまま、早苗は声を殺して泣いた――勝目梓の〈心がちぎれるような哀しみだった〉という表現が静かに胸に響きます。

 収録十篇のどれもが400字詰め原稿用紙40枚から50枚ほどの短篇です。勝目梓が描く情念の世界は、極上の短篇だからこその深い味わいで、心にしみ入ります。表題作のほかに、もう一篇、とくに紹介しておきたい作品があります。
 ひとつだけ、ひとりだけ記憶から消えることのない〝夫〟との思い出を生きる証(あかし)とする92歳の老女を描く「ひとつだけ」。戦死の知らせが届き、戦後になって夫の弟と再婚、子どもができた頃に、死んだはずの夫が帰ってきた。身を引いた兄は自死を選んで去ります。
 記憶のあちらこちらに、虫食いの跡のような穴があきはじめた老女ですが、痛々しく命を絶った〝夫〟とのことだけはすべて消えることはなかった。その遠い記憶は、なぜだかいつも夜のいとなみのことが手がかりになって辿られていく。

〈船の艫に並んで坐るなり、どちらも体をぶつけるようにして抱き合って、唇を吸い合った。交わるときは背中の痛さを気遣ってくれた邦夫が下になった。一度気をやったあとも、邦夫は梅子を抱きしめたままでいた。邦夫の物は梅子の中に入ったままで、すぐに勢いを取り戻した。邦夫が二度目に気をやるまでの間に、梅子のほうは三度も頭の中が真っ白になったのを思い出す。〉
 翌朝、松の枝にロープをかけて首を吊った〝夫〟が発見された。前夜、おぼろな月の光の下で見せていたおだやかな笑顔が、この世の別れとなった。

 だから、――月のでる夜は、潮騒が運んできた〝夫〟を部屋に向かい入れ、ベッドに並んで身を横たえる。
 戦争に翻弄された男と女の物語。子どもを育て、孫も得て戦後を生きた女は心中深く〝純愛〟を貫き、人生の終わりをようやく〝夫〟とともに過ごす。
(好いとるよ)
(おいも好いとるばい)
 ラストの一文。文字が滲んで、夢の成就をしんから願った。(2016/11/18)
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