書籍の詳細

大蔵省とマスコミに「内部告発状」を送ったのは私だ。実力会長を退陣に追い込み、上層部を動かし、わが住友銀行は生き延びた。そのなかで、行内の人間関係が露になり、誰が本物のバンカーなのかもわかってきた。いま明らかになる「イトマン事件」の真実、闇社会の勢力との闘い、銀行内の激しい人事抗争――。四半世紀の時を経て、すべてを綴った手帳を初公開する。

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住友銀行秘史のレビュー一覧

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  • 〈●同日(引用者注:1990年12月7日) 西川常務と
    西川 決算修正の件、12月4~6日の懇談会をやってしまって、修正したら住友銀行は大恥をかくだけ。絶対にダメだ。
    國重 河村社長を辞めさせるには一つの方法。
    西川 そんなことできるか! いま河村社長を辞めさせたら誰がイトマンの債権を回収できる!
    國重 法律にのっとってやるだけです!
    西川 銀行にそんなことができる奴がいるか!
    國重 私がやる!
    西川 生意気なこと言うな!
    國重 とにかく河村社長を辞めさせなければダメですよ。
    西川 強硬策を取っていったら、住友銀行はめちゃくちゃになる。住友のスキャンダルは二つのルートがある。一つは大上常務ルート。二つ目は磯田‐黒川のルート。絵を使って、許と黒川の関係ができたのは89年8月頃か。この資金は政治に流れている。今年6月、松下常務がアメリカに行く前に竹下亘のあっせんで伊藤寿永光に会った。そのとき、福本氏も同席(注Ⅱ)。絵の資金は今年2月の総選挙の前に竹下に流れたに違いない。〉

     住友銀行(現三井住友銀行)の巨額資金が闇社会に流れた戦後最大の経済事件といわれる「イトマン事件」に住友銀行部長としてその対応に深く関与した國重惇史氏(元住友銀行取締役)が、イトマン社員の内部告発を装って大蔵省などに送った7通のLetterと当時の手帳8冊に残されていた克明な記録をそっくり再現・公開した衝撃の書『住友銀行秘史』(講談社、2016年10月6日配信)の生々しい一節です。
     引用文中、「西川」とあるのは、住友銀行・西川善文(にしかわ・よしふみ)常務(当時。1991年に専務、1997年には頭取に就任。「ラストバンカー」といわれ、同名の著書『ザ・ラストバンカー 西川善文回顧録』[講談社、2011年12月23日配信]もあります)です。
    「河村社長」は、元住友銀行常務で、中堅商社「イトマン」社長に転じて10年の河村良彦(かわむら・よしひこ)氏。社長解任後、逮捕されることになります。
    「大上常務」は、名古屋支店長などを経て、1089年に常務となった大上信之(おおうえ・のぶゆき)氏。イトマンを食い物にした伊藤寿永光氏(いとう・すえみつ、元イトマン常務)と住銀のパイプ役と見られた。
    「磯田」は、「住銀の天皇」の異名のあった磯田一郎(いそだ・いちろう)会長。「黒川」は、磯田会長の長女・園子さんの夫の黒川洋(くろかわ・ひろし)氏。アパレル会社ジャパンスコープ社長。
    「許」は、在日韓国人実業家の許(野村)永中(きょ・えいちゅう/のむら・えいちゅう)氏。後に逮捕。
    「松下常務」は、磯田会長と一線を画したためニューヨーク行きを命じられた松下武義(まつした・たけよし)氏。1988年に常務就任。
    「竹下亘」と「福本」については、著者は〈竹下登元首相の弟の竹下亘氏だ。最近では第二次安倍内閣で復興大臣を務めた氏だが、このときはまだ国会議員でもなく、竹下登元首相の秘書をしていた。〉〈その竹下氏が付き合いを持っていたのが福本邦雄氏。椎名悦三郎官房長官の秘書官を務めたことをきっかけに政界に足場を築き、政界最後のフィクサーとも呼ばれるまでになる人物である。表の顔は銀座での画廊経営だが、歴代首相と懇意に付き合うなど政財界に広く人脈を持ち、特に政治団体「登会」を主宰するなど竹下登元首相の側近として知られていた〉と説明しています。

     登場人物の説明が少し長くなりましたが、著者の手帳から再現された会話記録が重要かつきわどい内容を含んでおり、登場する名前がどんな立場の、誰であるかといった基本情報を前提にお読みいただいたほうがいいと判断したためです。
     イトマンの多額の債務問題が既に表面化し、磯田会長体制刷新が急務となった住友銀行にあって、猫の首に鈴をつけることのできる存在として期待されている西川常務と内部告発Letterを仕掛けてきた追及の急先鋒、國重部長(著者)がぎりぎりの場面で意見をぶつけ合っている中で出てきた「住友スキャンダルの二つのルート」という言葉。ブラックジャーナリズム(取り屋)がためにする話ではありません。住銀常務と部長の間で交わされた非公開を前提とする打ち合わせの記録です。厳重に秘匿されてきた、その手帳が四半世紀の時を経て初めて明らかにされたのです。
     西川常務は〈絵の資金は今年2月の総選挙の前に竹下に流れたに違いない〉と明言しています。「今年」――1990年2月18日に第37回衆議院議員総選挙が行われています。竹下登元首相は1989年に退陣した後も最大派閥の竹下派(経世会)を率いる最高権力者として君臨していた時期です。竹下登元首相は2000年に亡くなっていて今確かめることはできません。しかし、当時、秘書として住銀やイトマン人脈の窓口となっていた異母弟の竹下亘衆院議員はどうでしょうか。
     竹下亘議員は現在、自民党国会対策委員長の要職にあります。国対委員長は自民党では閣僚級のポストで、TPP(環太平洋経済連携協定)承認案・関連法案の国会採決日程の司令塔の立場。現役バリバリの議員として、四半世紀を経て初めて明るみに出たカネをめぐる大銀行、闇世界との関係について説明する責任があるのではないでしょうか。
     著者の手帳には、政治家からのカネの無心についての、以下のような驚くべき会話も記録されていました。

    〈●同日(引用者注:1990年12月12日) 桑原氏(引用者注:芳樹。元川崎定徳社長・佐藤茂氏側近)、吉田融資三部長(引用者注:住銀融資第三部長)、渋谷(引用者注:イトマン部長。内部協力者)と ふぐ屋にて
     昨年12月、磯田会長から松下常務に、「竹下から『20億円用意してくれ』と言われた。何とかしてくれ」と依頼あり。松下常務が、「桁が違う」と言って断った経緯あり。この話に、西副頭取、河村社長が飛びついた可能性あり。絵の鑑定。西武のつかしん店の福本がやっていることからも、竹下へのカネの流れを連想させる。この話に巽頭取がびびったのかもしれない。(後略)〉

    〈昨年12月〉、つまり1989年12月に磯田会長が〈竹下から20億用意してくれ〉と言われたというのですから、時期的にみて1990年2月の総選挙資金と考えるのが素直な見方で、先に引用した12月7日の西川常務発言〈絵の資金は今年2月の総選挙の前に竹下に流れたに違いない〉とも重なります。繰り返しになりますが、竹下亘議員の説明をぜひ聞きたいところです。

     それにしても大銀行と闇世界、政治家とのつながりが、当の銀行幹部たちの間でこれほど赤裸々に語られ、記録されていた、そしてその一部始終が一冊の本になったというのは、本当に驚きです。しかし、本書の凄さは、これまで噂は数限りなく囁かれていても、責任ある当事者たちが黙して語らなかった政治家、闇世界との関係の一端が銀行幹部の発言や記録によって明らかにされただけにとどまりません。企業が危機に直面した時、経営トップ、幹部社員たちは何を考え、どう行動するのか。世間的にはエリートと見られている住友銀行役員たちの実態を、著者は手帳に残されたメモをもとに容赦なく描き出します。

    〈●1990年9月26日 昼休み、廊下で保崎秘書と中野常務がすれ違うところにたまたま遭遇
     中野常務はしきりと西副頭取と会いたがっていた。案の定。
      ──§──
     やはり、中野常務は西副頭取に懐柔されていた。
     保崎秘書は西副頭取の担当だ。中野常務は私と話すときには、西副頭取がとんがっているから住銀はおかしいなどと言うが、人によって使い分けているわけである。こういうことにだけ気を配る。これこそサラリーマンの出世の秘訣だ。あちこちから情報を集めているからこそわかることだった。
     仕事は部下がやってくれるから、皆時間はあるのだ。それをいかに使うか。私は銀行を変えたいと思って情報を集め、工作をする。少し格好つけて言えば、自分の信念があり、正義を貫こうとしていた。他の人たちは自分の拠って立つもの、一貫した筋がない。変幻自在、いかに出世をするかに腐心をして、人ごとに言うことを変えるようにする。そこに気を配って時間を使う。〉

     もし、銀行で頭取になりたいのなら、どうすればよかったか? 著者は自らの銀行マン人生を振りかえるように自問した問いに対して、〈それは何もしないことだ。減点主義の組織なのだから〉としたうえで、〈私はそんな振る舞いはしたくなかったし、できなかった〉ときっぱり書いています。
     9月28日、調査部・安川氏との打ち合わせメモに続けて、著者は役員たちの節操のなさをこう斬り捨てています。

    〈磯田会長がすっかり気弱になって、辞める気になっているという噂は完全に社内に広まっていた。そうするとみな現金なもので、スタンスも変わる。これまでとは違ってはっきりものを言おう、伊藤寿永光氏にも騙されるものかと懐疑の目を向け続けるようになる。しかしそれは決して信念の発露ではない。
     巽頭取の天下になりそうだから、後で、あいつはあのとき弱腰だったと言われないように豹変するのだ。
     何も決められないのに、変わり身だけはみな早い。〉

     電通の女性新入社員が過重労働の果てに自ら人生を閉じてしまった事件はショックでした。電通にはようやく捜査の手が入りました。著者の國重惇史氏は東大経済卒のエリートビジネスマンでしたが、事態が切迫する中で「早めにとった夏休みでハワイ」に行ったと本書に書いています。休みは休みとしてきちんととるというのが國重流だというわけです。
     企業社会で生きるとは何か。出世とは?「会社」と「自分の人生」をどう考えていけばいいのか。
    『住友銀行秘史』は版を重ねて発売1か月で12万部に達したそうです。そこで描かれている住友銀行経営トップ、役員たちの姿に、あなたは何を読み取るか。(2016/11/11)
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    投稿日:2016年11月11日