書籍の詳細

戦後の日本にやってきた“自由”という価値観は、人々の暮らしや風俗、男女の恋愛観までも一転させてしまう。それは、しっかり者の妻とぐうたら亭主の夫婦にもこれまでの仲を揺るがすような大喧嘩をもたらす……。戦後の東京を舞台にある夫婦のドタバタ劇を軽妙な語り口で描きながら、痛烈な社会風刺も込めた獅子文六のあらゆる魅力が凝縮した代表作が遂に復刊!

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自由学校のレビュー一覧

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  •  1969年(昭和44年)に亡くなって47年。獅子文六が復活してきています。書店に新装版の文庫が平積みされているのが目につくようになったと思っていたら、電子書籍になって配信されるようになりました。今回取り上げる『自由学校』(筑摩書房)もそのひとつで、2016年8月5日に配信開始の『てんやわんや』『悦ちゃん』『娘と私』『七時間半』(いずれも筑摩書房)に続いて、9月23日に配信が始まりました。
     初出は1950年5月26日から12月11日まで朝日新聞に連載された新聞小説で、1か月後の1951年1月に刊行されていますから、よほど連載中から評判がよかったのでしょう。獅子文六自身、付録として本書巻末に収録されているエッセイ「私の代表作」のなかで、〈新聞に載ってる時から、何かガヤガヤいわれ、朝日新聞で本にして出した時も、かなり売れ、映画は競映になった。私の作品のうちで、これなぞ最もハデな評判を博したといえる〉と綴っています。
     日本が戦争に負けてマッカーサー連合国軍最高司令官による占領、民主主義の国への大転換が始まって5年。連載開始直後の6月に朝鮮戦争が始まり、疲弊していた日本経済がその特需で上向き始めた、そんな時代に東京郊外、中央線沿線に暮らすサラリーマン夫婦を獅子文六はどんな風に描いたのでしょうか。
     斬新な視点と軽妙洒脱な文体が際立つ本作の〈夫婦と自由〉というテーマは時代を超えて平成の夫婦にもそのままあてはまり、古びたところはまったくありません。なにしろ近頃しばしば目にする男の新しい生き方としての〈主夫〉という言葉を60年前に登場させています。また《少し、パンパンである娘》を〈スコ・パン〉と略語化しています。平成の若者の略語ブームを先取りした昭和作家の言語感覚に脱帽、です。

    〈自由〉を渇望して彷徨う夫婦は、南村五百助(いおすけ)と駒子(こまこ)――。
     五百助は、学習院から京大を出て、長いこと遊んでいたが、結婚の年(昭和16年、式を挙げたのは太平洋戦争の始まる20日ほど前だった)に、亡父の子分の世話で、東京通信社へ就職した。しかし、彼は機敏を要するジャーナリストそのものに、まったく資格を欠いていた。紹介者が会社の有力者でなかったら、とっくにクビになっていたはずの男でした。
     一方の妻、駒子。彼女は女子大の英文科を出て、英語が達者であるから、近所の農村戦後青年女子に、英語を教え、または、進駐軍関係の翻訳の下仕事をするばかりでなく、編物でも、アクセサリの製作でも、洋裁でも、先刻まで、土砂降りの音を立てていたミシン仕事でも、直ちに、工賃にかえ得る技能を、持ってる。その他、料理の工夫にしろ、家計のヤリクリにしろ、普通の奥さんでは、足許にも寄れない腕前の持主なのである――と、あります。
     英語と手芸とミシンで月収1万円以上稼ぐようになった彼女。夫の五百助が会社からもらってくる金は基本給1万2千円に手当を加えて2万円近くになりますが、税金や社内交際費、前借り伝票の処理などで、手取り1万円を切るのが常でした。それでも、ソックリ、駒子の手に渡してくれれば、まだ助かるが、南村家のワカサマだった頃の習慣で、月給なぞは、銀座で一夜に捨てるものと、まだ考えるらしく、一文も持って帰らない月もあります。
     半分はあたしが食わしてやっているんだわ――という自負を持つに至った駒子。〈この意識は、タイヘンなものだ。日本の妻が、自分で食い始めたのは、歴史的最大トピックである。〉と獅子文六は書いていますが、これは現代社会に通底します。

     そんな二人が衝突してしまうのは、自然の流れだったのかもしれません。事の発端は、五百助の出勤をめぐって夫婦の間で毎朝のように繰り返されるちょっとした諍いでした。その日、幾度起こしても、靴下やワイシャツを用意しても、さらには定期と300円小遣いを入れた紙入れを手渡しても、いっこうに出勤しようという気配がありません。〈クビになったんでしょう?え、そうでしょう〉夫の無能ぶりを誰よりもよく知る駒子が問い詰めると、五百助がまったく思いがけないことを言い出します。少し長くなりますが、引用します。

    〈「やめたんだよ、自分で」
     アッサリと、それだけ。
    「自分で、やめた? 辞職したっていうの?」
    「そう」
     今度こそは、呆れて、ものがいえない。
    「まア……それを、一言も、あたしに話さないで?」
    「話せば、君は、賛成しないだろうからね」
    「きまってるわよ。一体、いつのこと、それは?」
    「一と月ほど前」
    「そんなに、前から、あたしを欺(あざむ)いてたのね。なぜ……なぜ、やめたの。やめなければならない理由は?」
     キッと、良人を見すえたまま、体が寄ってくるのを、五百助は、少し逃げ腰になりながら、
    「自由が、欲しくなったもんだからね」
    「なんですって?」
     それ以上、シャラ臭い言草(いいぐさ)があるだろうか。
     自由が欲しい──それは、誰の言草であるか。(中略)
     それを、半分、妻に食わして貰ってるデクノボーが、いうのにことかいて、なんたる言草だ。彼女の先(せん)を越すとは、何事だ。
    「自由が、欲しくなったもんだからね」
     あまりに、シャラ臭い言で、彼女は、わが耳を疑ったくらいだった。
    「ハッハッハ。あなたは、どうして、そう喜劇的なの。愉快よ、まったく」
    「なぜ?」
    「なぜは、ないでしょう。あア、コッケイ……」
     腹をたたく真似をしても、眼はギラギラと、異様に光って、五百助の顔が、蜂の巣になりそうに、詰問の視線が飛んだ。笑いと同時化された怒りは、青い怒りで、かなり兇悪なものである。(中略)
     いやな沈黙が、起きた。駒子が体中をブルブル震わせ、血の出るほど、唇を咬(か)んでる結果としての、沈黙である。が、突然、
    「出ていけ!」
     すばらしい、大音声だった。駒子自身が、驚いたほどの声と、言葉の意味だった。ほんとに、無意識で、彼女はそう叫んだのである。しかし、気がついた時に、取消しをする気はなかった。彼女は、それを訂正しただけだった。
    「あなた、とても、ご一緒に生活していけませんから、家をお出ンなって……」
     五百助は、ジロリと、細君の顔を見た。
    「そうですか」
     ひどく、重々しく、彼は答えた。そして、ユックリと立ち上って、長押(なげし)の釘から帽子をとると、
    「では、サヨナラ。退職手当の残りは、僕の机の引出しにあるぜ」〉

     五百助は、荷物も持たずに家を出て行きました。紙入れには、300円余りしかありません(それも駒子が入れておいたものです)。五百助のような、無能な、気の弱い男が、そんなにいつまでも、彼女のもとを離れて、暮していけるものではない。大方、友人の家でも、泊り歩いているのだろうが、そうそう、続くわけがない。イヤな顔をされたぐらいでは、感じないかも知れないが、お帰り下さいと、ハッキリ宣告されれば、素直に帰る男なのだ――そうタカをくくる駒子の気持ちに変わりはありませんが、1週間たち、2週間たっても五百助はいっこうに帰ってきません。大磯の叔父――母の弟で、T大名誉教授の肩書きはあるが、まったく世を捨てて、好き三昧な生活をしている時代遅れの法学者――を頼った形跡もない。
     いったいどこで、どうやってくらしているのか?「いや、やはり、家へ帰った方がいいと、思ってね」大きな手で、頭をかきながら、ノッソリ、庭先きへ現われる姿が、駒子の眼に、アリアリと映る。そしたら、小ッぴどく、トッちめて、将来、かかる所業なきよう、骨身に応えさせてやろうと、待ちかまえてるが、帰ってこない。それが張り合いがないと思う駒子の微妙な心境を「海女」になぞらえて軽妙なタッチで、それでいて実に的確に女の胸の内を描くのです。。

    〈──おかしいわ。こんなに、イキの続くのが不思議だわ。
     駒子は、アワビ取りの海女でも見てる気になる。勿論、そのうちに、浮き上ってくるとは、確信してるが、ただ、その秘密を解きたいのである。〉

     夫が出て行った留守宅で一人暮らしを始めた女に〝変化〟が生じます。

    〈──あたしの我慢も、限界がきたわ。
     駒子が、妻の自由とか、女性の人権とかいう言葉に、魅力を感じたのは、決して、昨今のことではなかった。彼女は、《チャッタレー夫人の恋人》という本も、戦前に読んでいた。今更、あわてて、眼をサマす必要はなかった。しかし、なんといっても、日本の一女性として、戦後の変革は、わが意を得たし、新憲法は、都合がよかった。そして、ヒンピンとして、新聞雑誌に伝えられる、勇ましい夫人や娘の行状は、時に、彼女の心のクラヤミに、大きな波を打たせた。ミシンをガシャガシャ踏んでるのが、バカらしくなる時もあった。それを、ジッと堪えさせたのは、実に、五百助に対する博大で、慈悲に富んだ──ともいうべき、彼女の賢母的感情なのである。それが、裏切られたとすれば、
     ──そんなら、ヨウシ、こっちも考えがある。
     と、考えるのが、当然かも知れない。〉

     大磯の叔父の知人、堀芳蘭の息子・隆文(たかぶみ)が、許婚がいる身ながら駒子に「オバサマ」と熱を上げます。もう5,6年前に中学の制服を着た彼に銀座で会ったことがありましたが、記憶の中にあった乳くさい少年が僅かな間に求愛の手紙を書いてくるほどマセるのか、と驚く駒子。そして、第二、第三の男も現れます。

     家を出た五百助と家に残った駒子。結婚して9年目を迎えた夫婦は、この先、どこへ向かうのか。
     物語は、再びの
    〈出ていけ!〉
     の言辞で終わります。
    〈自由〉に目覚めた五百助と駒子の夫婦が直面した〝危機〟の顛末――1950年の新聞小説は、平成の今、読んでなお面白い昭和文学の傑作だ。畏るべし、獅子文六!(2016/10/28)
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    投稿日:2016年10月28日