書籍の詳細

京都でテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われたテープとまったく同じものだった。週刊文春ミステリーベスト10 2016年【国内部門】第1位!

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罪の声のレビュー一覧

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  •  昭和最大の未解決事件「グリコ・森永事件」をモデルとした小説『罪の声』(講談社、2016年8月26日配信)。ミステリー好きの間で評価の高い「週刊文春 ミステリーベスト10」国内部門の1位に選出された注目の作品だ。著者は1979年(昭和54年)生まれ、まだ30代の新鋭作家、塩田武士(しおた・たけし)。神戸新聞の記者時代に書いた『盤上のアルファ』(講談社文庫、2014年5月9日配信)で小説現代長編新人賞を受賞して作家デビューした。
     2012年に新聞社を退職、専業作家となりますが、デビュー作から9作目となる『罪の声』は、著者が学生時代から書いてみたいと温めてきた素材だという。1984年から翌年にかけ日本列島を震撼させた連続企業恐喝事件「グリコ・森永事件」発生当時、著者は5歳になる少し前だった。母親から「お菓子、食べたらあかんで」と注意されたことは記憶に残ってはいたものの、事件の全体像を知り興味を抱いたのは、大学3年の時。一冊のノンフィクション作品を読んで、犯人が幼い子どもの声を録音したテープを使っていたことを知ったことがきっかけだったと語っています(「朝日新聞」2016年12月25日付)。
     その声が犯罪に使われた3人の子ども。そのうち未就学児と思われる声の持ち主は、著者と同世代だ。事件発生から30年以上の時が流れた今、彼らはいったいどうしているのだろうか……。未解決事件は2000年2月13日に時効を迎えましたが、犯罪に声を使われた――関与させられたた子どもたちに”時効”はありません。塩田武士は、「グリ森」のディテールを徹底的に調べあげ、その事実通りに小説の輪郭を用意し、そしてその上に新たな着想によって接ぎ木するかのように”被害者”でもある子どもたちの物語を書きあげた。今を生きているはずの「子どもたち」に視点を据えて「未解決事件」の闇を照射する若手作家の想像力に拍手を送ります。
     グリコ森永事件に着想を得た作品としては、1997年に毎日出版文化賞を受賞した高村薫の『レディ・ジョーカー』があります。週刊誌連載(「サンデー毎日」、1995年~1997年)時からミステリー作品として高い評価を得た長編小説です(現在は新潮文庫に収められています。電子書籍にはなっていないのが残念です)。それから19年――同じ「グリ森事件」を素材とする『罪の声』が事件に翻弄された子どもたちの人生を描くオリジナリティ溢れる傑作長編として、いま私たちの前にあります。

     事件の舞台となった「グリコ・森永」を「ギンガ・萬堂」に置き換えた物語は、父親が京都に創業したテーラーを引き継いだ2代目の曽根俊也(そね・としや)が、入院中の母から頼まれたアルバムと写真を探していて母の部屋の電話代の奥にあった段ボール箱の中にカセットテープと黒革のノートを発見して始まります。俊也が古いCDラジカセにA面をセットして再生ボタンを押すと、「ブチッ」という耳障りな音がして、聞こえてきたのはスナックで女を相手に語らう父の懐かしい声。そして幼い男児の歌声――。

    〈「ぼーく、ぼーく、わらっちゃいます~」
     俊也は「あぁ、風見(かざみ)しんごや」と言って笑った。幼くても自分の声だと分かる。女の掛け声やタンバリンの音に乗せて、たどたどしい歌が続く。途中で黙ってしまうこともあったが、なかなかの熱唱だった。歌い終えた後に歓声が起こり、そこでテープが切れる。(中略)
     俊也がラジカセに触れようとしたとき、再びあの鼓膜に響くような「ブチッ」という音がした。
    「ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの……」
     風見しんごの曲を歌っていたのと同じ、幼いころの自分の声だ。
    「きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」
     テープが切れた。
    「何やこれ」
     先ほどノートを見たときと同様、不可解に感じたのは、ほとんど背景音がなかったからかもしれない。ほんの少し「ゴー」という音が入っているものの、これが周囲の音なのかテープの傷(いた)みによるものなのか、判別がつかない。いずれにせよ、俊也には録音したという記憶が全くなかった。
     じょーなんぐーという言葉はすぐに城南宮(じょうなんぐう)に変換された。伏見(ふしみ)にある神社だ。その最寄にあるバス停のベンチの裏。宝探しにでも使ったのかとも思ったが、はっきりと録音を目的としたような無機質な調子が引っ掛かった。少なくとも子どもの愛らしさを記録しようという意図は見えない。〉

     ほとんどのページが難解な英文で占められていた黒革のノートの最後の方に見開きで日本語の表記が残されていた。左ページに【ギンガ】、右ページに【萬堂】。ともに日本を代表する製菓メーカーで、それぞれの社長名、従業員数、売上げなどの企業情報が几帳面な字で記されている。幼い頃の記憶に残る「ギン萬事件」という言葉が浮かぶ。俊也は急いで店に出てノートパソコンのマウスを素早く動かして事件に関するページに見入った。

    〈画面をスクロールする俊也の指が止まった。
     ──被害企業との接触に、女性や児童の声が入った録音テープを使用──
     俊也の心臓が早鐘(はやがね)を打ち、一瞬の寒気の後にじわっと毛穴が開いたような感覚がした。実際、手のひらの汗がマウスを濡らしていた。
     犯人が使ったテープを確認しようと動画サイトを開く。発生から三十一年が経った今でも、数多くの映像がアップロードされていた。なかなか思うような映像が出てこず、苛立ちが募る。しかし六本目にして、俊也はようやくあるドキュメンタリー番組に辿り着いた。
     ホープ食品恐喝に使用されたテープとして、男児の声が流れた。
    「きょうとへむかって、いちごうせんを……にきろ、ばーすーてーい、じょーなんぐーの、べんちの、こしかけの、うら」
     俊也は取(と)り憑(つ)かれたように何度も男児の声を再生した。どこかに相違点はないか。そればかりを考えてクリックを続けた。だが、文言も周囲の「ゴー」という音の大きさも全て同じだった。聞くほどに疑念が確信へと変わっていく。
     額から流れ出る汗にも気づかず、俊也は天を仰いだ。
     これは、自分の声だ。〉

     31年前の「ギン萬事件」で企業恐喝に使われた録音テープの音声は自分の声だ。なぜ父の遺品の中に問題のテープがあったのか。父は犯人なのか。事件にどうか関わったのか。曽根俊也は事実を知ることに怖れを抱きながらも、真相を求めて行動を起こします。

     もう一人、31年前の「ギン萬事件」を改めて調べ直そうとする男がいます。昭和・平成の未解決事件を改めて検証してみようという年末企画に特に指名されてかりだされた大日(だいにち)新聞文化部の阿久津英士(あくつ・えいじ)記者です。もう一人の主人公である阿久津は、ギン萬事件の4か月前にオランダで起きたハイネケン会長誘拐事件を事件発生時から人質解放後まで現場での聞き込みなど探偵まがいの調査を行っていた東洋人がいたというブリュッセル支局記者のメモを頼りにロンドンへ。深夜の関空を飛び立ってドーハのハマド国際空港で乗り継ぎ、約二十時間かけてようやくヒースローにたどり着いたイギリス取材ですが、「東洋人」の所在もわからないまま、何ら得ることもなく帰国した阿久津記者は、誘拐したギンガ社長を監禁した倉庫など事件現場を自分の足で歩き自分の目で見ることから事件の掘り起こしを始めます。
     容易には有力な材料をつかめないままシリーズ連載開始の期日が迫ります。その焦燥の日々、鬼事件デスクの歯に衣着せぬ毒舌、取材対象を絞り込み、関係者に肉薄していく記者の取材術、繰り返される失望と興奮……元記者だからこそ描ける新聞記者のリアリティはそれだけでミステリーとして読み応えがあって十分面白い。
     しかし――本書が読者の胸を本当に撃つのは、まだ先だ。
     事件当時の子どもたちなら、まだ生きているかもしれない。「ギン萬事件」の十字架を背負う人生だ。そんな思いに至った阿久津記者は空振りを重ねながらもついに録音テープを持つ曽根俊也の存在をつかみます。京都市北部の住宅街の中にあるテーラー曽根を阿久津記者が訪ねるシーン。

    〈俊也は出入り口の前に立つ男を見た。瞬間「あぁ、スーツを着潰している」と思い、普通の客ではないと判断した。それでも「いらっしゃいませ」と、自然に頬を緩められたのは、先代から商いを続けてきた歳月の賜物だろう。
     ショルダーバッグを提げた男は人懐こい笑顔とセットのような無遠慮な様子で、つかつかと歩み寄ってきた。型崩れしたジャケットから名刺入れを取り出したとき、脳内の警戒ランプは激しく明滅し、アラームまで鳴っていた。
    「大日新聞の阿久津と申します。突然お邪魔して大変申し訳ありません」
     名刺を受け取ったとき、俊也の心臓は激しく波打っていた。ついに来るべきときが来たのだ。それはあまりに突然だった。〉

     ひとりは脅迫に幼い頃の自分の声がどうして使われることになったのかを知りたい一心で調査を始めた。他のひとりは年末企画に多少英語ができるところからかりだされたが、次第に「十字架を背負わされた子どもたち」の存在に気づいて本気で事件解明に取り組んできた。
     同い年で、同じ関西に生まれ育った。どこかですれ違っていたかもしれない、ふたり。そのふたりが出会ったところから、物語は思いもよらぬ展開へ。そして――十字架を背負って逃げ続けた子どもたちに訪れる、劇的ではあるけれど静かなラストシーンに向かって一気に加速していきます。息が苦しくなるほど胸を圧された時が過ぎていった後に訪れた静寂――。

    〈海は何も語らず、陽は淡々と沈んで刻一刻と空色を変える。頭上に広がる群青色(ぐんじょういろ)の幕は切ないほどに美しい。俊也はこのまま静寂の中に吸い込まれていくような錯覚に陥った。瞼を閉じて、全てを出し切るように長く息を吐く。
     確かにここにいると自分に告げるのは、磯の香りを運ぶ冬の風だけだった。〉

     ラスト一文に、このミステリー作品の味わいの深さが表れている。(2017/1/6)
    • 参考になった 2
    投稿日:2017年01月06日
  • 「週刊文春ミステリーベスト10 2016年」の国内部門で第1位になった注目のミステリーです。作品のモデルとなっている「グリコ・森永事件」(作品内では「ギンガ萬堂事件」)は、1980年代半ばの日本社会をパニックに陥れた未解決事件。「かい人21面相」を名乗る犯行グループが、「どくいり きけん たべたら しぬで」の脅し文句とともに、青酸ソーダ入りのお菓子をばらまきました。本書は、事実とフィクションを織り交ぜながら、事件の真相に迫っていきます。

    この事件の特異な点の一つに、被害企業を脅すために、3人の子どもの声が使われたことが挙げられます。作家志望だった著者の塩田武士さんは、大学生だった21歳の時にこのことを知り、「これは小説になる!」と意気込んだそうです。社会経験を積むために新聞記者となった塩田さんは、仕事の合間を縫って「グリ森」の資料を読んだり、当時を知る人々に話を聞いたりしていました。その後、作家デビューを果たし、満を持して36歳で本作に着手。2016年8月、構想15年の大作が単行本として発売されました。

    本書では、テーラーを営む曽根俊也と、新聞記者の阿久津英士が、それぞれのやり方で「ギンガ萬堂事件」の真相を追います。曽根は父の遺品のなかから自分の幼い頃の声を録音したテープを発見し、それが31年前の事件で脅迫に使われたものであることに気づきます。一方阿久津は、新聞社の年末企画の一担当として、この事件の取材を開始します。本書は、現実には未解決の事件が、圧倒的なリアリティをもって解明されていくため、ドキドキしながら読み進めることができます。しかし、最も注目すべきはそこではないかもしれません。

    後半、阿久津が真犯人と対峙する場面があります。通常、“名探偵”と“真犯人”が対峙するような場面は最大の山場であり、その後大団円を迎えるというストーリーが一般的でしょう。しかし、本書ではそう描かれていません。逆に最も力を込めて描写されているのは、子どもの時に、事件で脅迫の声として使われた3人の人生です。犯人逮捕で一件落着するような物語ではなく、家族、ひいては人間というものを掘り下げて描きたいという著者の意気込みが感じられます。

    今後、映像化しても大成功を収めると思われる、重厚な作品です。
    • 参考になった 1
    投稿日:2016年12月16日