喪い・時刻む -私の死生観 第15回 ともに学び暮らした友の無念を偲びながら

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【この商品は紙の出版物を、記事単位・論文単位に分割して、電子書籍として配信しています。】父の転勤に伴う頻繁な転校と外地からの引き揚げのために、私は幼なじみとの交流は全く途絶えて、小学校時代の友人との交流はほとんどありません。戦時中から戦後にかけての混乱期の旧制女学校も四年間に四回転校しましたので、ここで登場する友は、看護を志してともに学んだ時代の友人です。一九四八年、首都東京の街は未だ空襲の爪痕が生々しく、今の西麻布(当時の高樹町)から、赤坂見附あたりまで見通せる程の焼け野が原でした。その高樹町の都電停留所から徒歩約十分、日赤中央病院の敷地の奥に日赤女専の校舎と寮があり、聖路加女専と合同の教育が行なわれていました。連合軍総司令部の看護改革の一連のモデルスクールです。クラスメートたちとは、授業も実習も、そして私生活までも同じ屋根の下で同じお釜のご飯を食べましたので、三年のあいだに育まれた友情は生半可なものではなく、卒業後歩んだ道は異なっても、何時でも共通の思い出に花が咲き仲良く交流を続けました。

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【この商品は紙の出版物を、記事単位・論文単位に分割して、電子書籍として配信しています。】父の転勤に伴う頻繁な転校と外地からの引き揚げのために、私は幼なじみとの交流は全く途絶えて、小学校時代の友人との交流はほとんどありません。戦時中から戦後にかけての混乱期の旧制女学校も四年間に四回転校しましたので、ここで登場する友は、看護を志してともに学んだ時代の友人です。一九四八年、首都東京の街は未だ空襲の爪痕が生々しく、今の西麻布(当時の高樹町)から、赤坂見附あたりまで見通せる程の焼け野が原でした。その高樹町の都電停留所から徒歩約十分、日赤中央病院の敷地の奥に日赤女専の校舎と寮があり、聖路加女専と合同の教育が行なわれていました。連合軍総司令部の看護改革の一連のモデルスクールです。クラスメートたちとは、授業も実習も、そして私生活までも同じ屋根の下で同じお釜のご飯を食べましたので、三年のあいだに育まれた友情は生半可なものではなく、卒業後歩んだ道は異なっても、何時でも共通の思い出に花が咲き仲良く交流を続けました。

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