辻原登

講談社/文芸

ジャンル:文芸

780円 (税別)

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eBookJapan発売日:2016年07月08日

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寂しい丘で狩りをするの内容

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寂しい丘で狩りをするの詳細

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著者の辻原登は最新刊『寂しい丘で狩りをする』のとびら裏に掲げるエピグラフ(銘句)として、ヘミングウエイの『青い海で―メキシコ湾流通信』から次の一節を引いています。〈たしかに、狩りをするなら人間狩りだ。武装した人間を狩ることを長らくたっぷりと嗜んだ者は、もはや他の何かに食手を動かすことは決してしない。〉この銘句は、「寂しい丘で狩りをする」というタイトルとあいまって重要な意味をもつことになるのですが、ここではこれ以上言及することは控えます。さて、ヘミングウエイのエピグラフのあと、本書はある判決文から始まります。〈主文 被告人を懲役七年に処する。但、未決勾留期間日数中百六十日をその刑に算入する。 理由 [罪となるべき事実] 府中刑務所を仮出獄の後、東京都中央区晴海に事務所のある落合建設で住込みの建設作業員をしていた被告人(引用者注:押本史夫(ふみお))は、平成二年(一九九〇)二月十九日、大雪で都内の交通機関がマヒする中、午後十時頃、日本橋交差点付近で、タクシー待ちの長い列の前にいた野添敦子(当時二十六歳)に声を掛け、同女の帰宅先が江東区東陽町であることを知ると、自分も東陽町だと詐って、合乗りを提案した。同女は快くこれに同意し……(中略)午後十一時十五分頃、四ツ目通り東陽二丁目交差点付近の区立東陽図書館前でタクシーを降りると、被告人は同女と別れ、いったん反対方向へと歩き出したが、同女が東陽図書館の角を曲って姿が見えなくなるやただちに引き返し、同女のあとをつけた。その間に被告人は上着のポケットに入れていた作業用の軍手を左手にはめている。被害者が自室のあるファミリーハイツ東陽への近道で、いつも利用するコミュニティ広場の林の中にさしかかったとき、被告人は被害者の背後から襲いかかり、軍手をした左手で口を塞ぎ、右腕で頸部を強く絞めつけて失神させた上、三十メートルほど離れたファミリーハイツ東陽のゴミ集積所に引きずり込んだ。さらに被告人は、姦淫中の性的快感を高めるため、付近に落ちていた電気コードで被害者の頸部を強く絞めつけるなどの暴行を加えて強姦した。その際、被害者に全治二週間を要する頸部縊創等の傷害を負わせるとともに、財布等の入ったショルダーバッグ一個を窃取し、その二日後、強姦したことを種に金員を喝取しようと企て、被害者に電話を掛け、「あんたの秘密を十万円で買ってくれ。あんたの出方次第では、強姦されたことを会社の人に言うよ。警察に言えばどんな目に遇うかしれんぞ」などと言って脅した。 被害者は失神していたため、警察に行くかどうか悩んでいた矢先、先に述べたような被告人からの脅喝電話によって事実が明らかになり、警察に届け出た。(後略)〉求刑10年に対し裁判官は7年の刑を科し、検察官、被告弁護人とも控訴せずに刑が確定。平成2年(1990年)10月15日、押本史夫は福島刑務所に収監された。それから7年――平成9年(1997年)4月26日(土)、押本史夫が福島刑務所を出所した。その情報は、野添敦子の依頼をうけて福島刑務所を見張っていた横浜の探偵事務所の女性探偵・桑村みどりによってもたらされた。張り込みを始めて6日目だった。問題は、押本が被害者である野添敦子に対し「仕返しをする」と繰り返し公言していたことでした。公判の場でも、検察官の「約束とは何ですか」との質問に対して「警察に届けないという約束です。約束したんですから、私は彼女に裏切られたんです。この仕返しは必らずします」と答えています。福島から東京へ出た押本は、野添敦子に対する「狩り」を開始します。探偵・桑村みどりは尾行を続けますが、押本は狡猾な手段を用いて転居先をたどり始め、数日後にはあと一歩というところまで肉薄していきます。追いかける男と逃げる女の間の緊迫、戦慄が本書の見どころですが、それは野添敦子と押本史夫の一組だけではありません。野添敦子を守ろうとする探偵の桑村みどりもまた、以前付き合っていた男から執拗に追われているという恐怖を人知れず抱えこんでいるのです。桑村みどりを追いかけるのは、久我(こが)春彦。父親は高名な洋画家で東京芸術大学教授。写真家で代官山に小さなデザイン事務所を持っていた。貴種に生まれたのに、それを周囲が認めてくれないと鬱屈した思いを抱えている男ですが、初め久我は文句なく優しかった。だがその優しさは仮面にすぎなかった。みどりをうっとりさせるセックスのあとに、一転して攻撃的で下劣な行為を強要しはじめた。言葉尻を捉えて、執拗に彼女を責めつづけ、反論しようとすると物を投げつける。空手の心得のある久我は、みどりの鳩尾(みずおち)に突きを入れて気絶させて彼女を抱く。煙草の火を乳首に押し当て、髪を切る。しかたなく、彼女が美容院で短く切り揃えて出社したとき、上司がおっと声を上げ、なつかしげに目を細めて、セシル・カットだねといったこともある。みどりは何度も別れようとした。その都度、久我は泣いて詫び、もう二度と暴力をふるわないと誓った。僕をそこまで怒らせるのはきみだけなんだ。それぐらい深い愛だと知ってほしい。しかも、彼には別に女がいた。一ヶ月前、みどりはこっそり下丸子から根岸のアパートに引っ越し、久我から行方を晦ましたつもりだった。その久我から買い換えたばかりの携帯電話に連絡が入った。以来、みどりは久我というモンスターの影に悩まされるようになります。「肉体をカメラのレンズで削りに削って、最後にあの女のからだの芯が剥き出しになるまで、撮り倒す」久我は別れる条件に「ヌード」を撮らせることをみどりに迫ります。ひたひたと近づいてくる押本から逃れる道を探す野添敦子と、久我の影におびやかされながら、敦子を守ろうとするみどり。みどりと敦子の切羽詰まった会話――。〈「追われている者は、追いかけてくる人間を前方に捉えることができないけど、でも、追いかけているほうはつねに前に向かって、敵の背中をみながら進んでくる」「でも、その追いかける人間は、あなたに尾行されている」「そうなの。だから、この勝負はいまのところフィフティ・フィフティかな。ただし、追いかける側が追いついてしまったら……」敦子は、放心したようなまなざしを、テーブル脇に飾られた模造の牡丹の花のほうへさまよわせた。(中略)「いま、野添さんは、押本から逃れることしか念頭にないでしょ。……逃げるというのは、先程も言ったように敵に背中をみせるということです。でも、いつか背中をみせるのをやめなければいけないときがくる。向き直って、正面から対決しなければならないときが……。わたしはそのときまで野添さんをフォローしないといけないんじゃないかと考えはじめたんです」「なぜ、なぜそう考えるんです?」みどりは視線を落として黙り込み、返事をしなかった〉黙り込んだみどりの視線はどこに向かうのか。久我に追われる女でありながら、敦子を追う押本を追っているみどり。みどりを結節点に四人の女と男がクロスして、事態は思いもかけない結末に向かって一気に動き出します。初出は講談社の文芸誌『群像』連載(2013年1月号~11月号)、2014年3月に単行本が書店平積みになるのとほぼ同時に電子書籍化された、芥川賞作家・辻原登の最新刊。クライム・サスペンスの秀作です。(2014/5/16)
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