書籍の詳細

主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の床屋。ある事情からその店に最初で最後の予約を入れた僕と店主との特別な時間が始まる「海の見える理髪店」。意識を押しつける画家の母から必死に逃れて16年。理由あって懐かしい町に帰った私と母との思いもよらない再会を描く「いつか来た道」。仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発。子連れで実家に帰った祥子のもとに、その晩から不思議なメールが届き始める「遠くから来た手紙」。親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指す「空は今日もスカイ」。父の形見を修理するために足を運んだ時計屋で、忘れていた父との思い出の断片が次々によみがえる「時のない時計」。数年前に中学生の娘が急逝。悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦が娘に代わり、成人式に替え玉出席しようと奮闘する「成人式」。伝えられなかった言葉。忘れられない後悔。もしも「あの時」に戻ることができたら……。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の悲しみとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集。

まだユーザーレビューはありません。最初のレビューを書いてみませんか?

海の見える理髪店のレビュー一覧

絞込み条件
  • レビュアー絞込み
表示形式
  • 表示件数
  • 表示順
  • 来る2017年1月19日、第156回芥川賞・直木賞受賞作が発表されます。ということで、前回の直木賞作品を振り返ってみようと思います。

    前回の直木賞を受賞した荻原浩さんは、もともとコピーライターでしたが、クライアント向けの文章ではなく自分の文章が書きたいと、39歳から小説を書き始めたそうです。若年性アルツハイマーを扱った『明日の記憶』で山本周五郎賞を受賞して注目を集め、同作を読んだ俳優の渡辺謙から直接許諾依頼を受け、映画化が実現したというエピソードがあります。

    受賞作の『海の見える理髪店』に登場するのは、腕利きの床屋、母とうまく関係を築けない娘、子連れで実家に帰った女、家出した女の子、父の形見の修理のために時計屋を訪れた男、娘を亡くした夫婦。様々なところで暮らす人々の人生の一片を切り取った、悲しみと希望が感じられる短編集です。

    読めば誰もが、この短編集のどこかに、自らの心の琴線に触れる箇所を見つけられるはずです。それが、この作品のすごいところだと思います。私の琴線に触れたのは、最後の「成人式」という話です。数年前に中学生の一人娘を亡くし、悲しみに暮れる日々を過ごしていた夫婦が主人公。娘の死を知らない業者から送られてきた成人式用の着物カタログをみて、後ろ向きの生活を変えるために、なんと自分たちが若作りをして成人式に替え玉出席をしようとします。

    「わたし、四十五だよ」「だいじょうぶ。お前なら」。妻は一カ月かけて肌を整え、二人は行きつけの美容室を唖然とさせながら着飾って、成人式当日、会場に向かいます。読んでいるこちらが恥ずかしくなるような展開です。しかし、二人は確実に前に向かって進んでいます。周囲からの痛い視線、成人式会場の係員とのやりとり、娘の友人たちのやさしさ……ハラハラさせながら、ほろりとさせる。すべての作品が、荻原浩の熟練の筆が味わえる名作ぞろい。オススメです。
    • 参考になった 1
    投稿日:2017年01月06日