書籍の詳細

汽車に乗り、海や田んぼを眺め、宿でひと風呂あびてビールを飲む。冒険旅行とも瞑想旅行とも縁のない、気ままな一人旅エッセー集。著者は映画評論でなじみ深いが、都市空間のなかで作家を描く作品でも知られる。『荷風と東京』『林芙美子の昭和』『郊外の文学史』などがそれだが、その向こうに原風景を求めてひとり歩くというジャンルがあり、本書はその一書。

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日本すみずみ紀行のレビュー一覧

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  • 『日本すみずみ紀行』。川本三郎さんの本は、ひらがなのタイトルが何ともやさしくて心地いい。他にも「ちょっとそこまで」(講談社)という本もあります。「日本隅々紀行」では、一人旅の気ままさが感じられないし、まして「日本辺境紀行」となると、妙に肩に力が入ってしまいます。やっぱり「すみずみ紀行」がぴったりくる。あとがきに月1回、2泊3日の一人旅、観光とは縁のない小さい町を歩く、無為な旅――汽車に乗り、海や田園を眺め、宿で一風呂浴びてビールを飲む、それだけの旅だと川本さんは書き、それを企画して実現させてくれた編集者に感謝しています。ですから気ままなひとり旅に違いないのですが、もちろんそれだけではありません。行く先々の、それこそすみずみの町や村で人との出会いがあります。そこに足を運ばなければ決して出会うことのない人との新たな関わりが人生を豊かなものにしていくのだという確信をたぶん川本さんは持っていて、だから気ままな一人旅にでかけていくのだと思います。川本さんが書く、2泊3日の一人旅は確かにエキサイティングな出来事はありません。記録すべき出来事はないかもしれませんが、しかしそこで出会った人々の暮らしぶりや日々の営為がなぜだか心に残ります。記憶に残る旅なのだと思います。川本さんは本書で北は北海道から南は鹿児島まで列島を歩き続けていますが、なかでも気になったのが、宮城県の牡鹿半島、網地(あじ)島への旅です。いうまでもなく、3、11の東日本大震災で大きな被害をうけた地域です。川本さんが旅をしたのは昭和の最後の時期。タクシーで20分も走ると島を一回りしてしまうような小さい島です。川本さんは漁師の奥さんが切り盛りしている大きな民宿に泊まって島を歩きました。浜で出会った老漁師は暖かい日にはひとりで船を出してカレイやアイナメを釣る。「自分でとった魚を食べるのがいちばんうまい」老いた漁師の一言に川本さんはヘミングウエイの「老人と海」の漁師みたいだったと書いています。大きな被害を受けた島での生活はいま、どうなっているのでしょうか。日本列島のすみずみで静かな暮らしが営まれ、誰もが地に足のついた確かな生活を営んでいたことを川本三郎さんの紀行エッセイは伝えています。それから20年以上の年月が過ぎ去りました。日本のすみずみの風景はどう変わっているのでしょうか。(2011/7/8)
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    投稿日:2011年07月08日