書籍の詳細

ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか? 「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は――。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化!

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去年の冬、きみと別れのレビュー一覧

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  • 国内外で多くの熱烈なファンがいる中村文則さんの、13冊目の本です。2002年に『銃』でデビューして以来、個人の内面を深く深く掘り下げた純文学を書いてきた中村さんは、特に2009年に単行本が発売された『掏摸』以降は、純文学的な深さを追求しつつ、物語としての面白さも積極的に作品に取り入れています。今回ご紹介する『去年の冬、きみと別れ』は、純文学的な深みを持ちながら、様々な仕掛けが施された、超一級のミステリーです。

    母親から見捨てられ、暴力的な父親から逃れ、姉とともに施設で育った写真家の男が犯した殺人事件を巡る謎を、編集者から依頼を受けたライターの男が追います。ここでいう謎とは、事件で何が起こったのか、ということだけでなく、登場人物たちの心の内面の謎も含まれています。文体は、一人称の地の文だけでなく、手記、モノローグなど様々な手法が駆使されており、場面転換も鮮やかで、読み始めたら物語世界にぐいぐい引き込まれていくと思います。そして最後には、とんでもないどんでん返しが待っています。

    この作品は、ミステリーとして読んでも面白いですが、自分とは何か、認識とは何か、自分の奥底に秘められた真の欲望とは何か、といった純文学的なテーマも踏まえられており、これも作品の大きな魅力となっています。
    「……想像してみるといいよ。異様な犯罪を犯した人間の話を、そんな至近距離で、内面の全てを開かされる。……まるできみの中に、僕を入れていくみたいに。」
    冒頭の場面で写真家の男が語ったこの言葉に、私は心をわし掴みにされてしまいました。

    自分はなぜ自分なのだろう、自分は本当は何を望んでいるのだろう、自分がもし同級生のあいつだったらどんな人生を送るのだろう……。子供の頃、私はしばしばそんな想念にかられることもあったのですが、いつしか心の底に封印していました。中村文則さんの小説を読んでいると、そうした封印したはずの想念が、ぐいっと表に引き出される瞬間があって、そのたびに驚かされます。同じように感じている人は、きっと多いと思います。だからこそ、中村さんに熱狂的なファンが多いのでしょう。
    なお、この本作のテーマは、後年に発表された小説『私の消滅』で、さらに深掘りされています。電子書籍化されていないのが残念ですが。

    写真家の男が、内面が空虚な人間として描かれているのも、面白いと思いました。今はデジタルカメラが主流なので想像しにくいかもしれませんが、カメラとはカメラ・オブスクラ(暗い部屋)の略で、フィルムカメラのレンズとフィルムの間には、ただ暗い空間があるだけです。レンズを通過した光が暗い空間の中で反転し、フィルムに焼付けられる。その光の量や像のボケ具合は、絞りとシャッタースピードで調節される。ただそれだけの仕組みなのです。私は学生時代、フィルムカメラをいじりながら、自分の心の空虚さを思っていたこともありました。なんとも暗い人間でしたね。しばらく忘れていましたが、この小説を読んで思い出してしまいました。

    中村さんの小説の紹介文を書くのは恐ろしい行為です。なぜならそれは、自分の内面をさらけ出す行為であり、この紹介文を読んだ人に果たして共感してもらえるのかどうか、ものすごく不安になってしまうからです。
    純文学としての深さと、エンターテインメントとしての面白さを併せ持つ本作は、2015年本屋大賞にノミネートされ、2018年には映画化されました(3月10日公開)。ぜひこの機会に、この恐ろしくもやめられない作品世界を覗いてみてください。
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    投稿日:2018年03月09日