書籍の詳細

「明治」は、清廉で透きとおった“公”感覚と道徳的緊張=モラルをもっていた。明治国家という人類普遍の遺産を語る。巨匠畢生の日本文明論であり、鮮明な日本人論である。・本書は、もっとも鮮明な日本人の歴史を書き続けてきた司馬遼太郎が、これまでの蓄積のすべてを傾けて、遠く蜃気楼の彼方に消えて行った“明治という国家”を、客観的に、机の上の物体を見るような気分で、語り尽くすものである。・暁闇の海に一条の光を求めて、船出していった明治の時代人の人間観と時代の精神の核と髄とが、緻密な論理と温かい筆致で叙述される、これは“歴史という死者の国の旅人”となった巨匠畢生の日本論であり、日本人論である。<注>電子版には巻頭カラーは収載されていません。

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「明治」という国家のレビュー一覧

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  • アメリカ人が初めて「日本人」を見ることになった「ブロードウエイの行列」をめぐるエピソードから司馬遼太郎は「明治国家」を語り始めています。万延元年(1860年)春のことで、それを目撃した詩人のホイットマンは「ブロードウエイの行列」と題した詩を書き、3人の遣米使節の印象を「超然」という言葉であらわしたそうです。未知の民族について、異文化とはいえ、大変上質なものを感じさせた、かれらの挙措動作、品のよさ、毅然とした姿はどこでつくられたのか――司馬の見立ては、江戸の山ノ手の門地の高い旗本屋敷です。こうした上品で凛々しい人間たちこそが「明治国家の父」となっていったとする司馬遼太郎の、現代社会への痛切な思いが、わかりやすい語り口調で綴られ、今時の政治の不毛を、経済界の、官界の有り様を見るにつけ、その元凶がなにか、明快に示されているように思います。(2009/6/19)
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    投稿日:2009年06月19日