書籍の詳細

父と娘の熱くて愛おしい日々を綴るエッセイ。《彼女たちはどこにでもいる小学生の集まりでしかないのだ。それでも私たちにとっては、メッシやクリスチアーノ・ロナウド以上に関心を寄せる、唯一無二の選手たちだった。》(本文より)娘が入団した地域の少女サッカーチームの、〈ボランティアコーチ〉になってしまった父。サッカーは見るのもやるのも好きだけれど、人に〈教える〉ことは大の苦手という彼が、やがて子どもたちのプレイに夢中になり、仕事以外の時間のほとんどをチームに捧げるようになる。運動が苦手だったはずの娘は、悔しさやチームメイトとの友情を糧に、「どんなときでも絶対あきらめないディフェンダー」としてレギュラーを勝ち取るまでに成長していく。ごくごく平凡だけれど、時に泣きたくなるほど愛おしい、サッカーをめぐる父と娘の日常を描いた名エッセイの文庫版を電子化。

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サッカーデイズのレビュー一覧

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  •  知る人ぞ知る〝レッズサポ〟(Jリーグ・浦和レッズのサポーター)――杉江由次さんが、本気で、覚悟を持って書いたサッカー本です。日本代表も、レッズのスーパーゴールも、監督采配も、それを巡ってゴール裏にとどろくレッズサポの絶叫も溜め息も出てきません。描かれるのは、杉江さん(パパ)と妻(ママ)、現役選手としてサッカーをやっている小学生の娘と息子、おじいちゃんとおばあちゃん、そして子どもたちのチームメイト、コーチたち。そう、『サッカーデイズ』(小学館文庫、2016年2月26日配信)は、Jリーグクラブの熱量が最も高い町、浦和に住む杉江一家の3年間――小学4年生の娘が所属する少女サッカーチーム「FCスマイルズ」のお父さんコーチとなった杉江さんとその家族の〝サッカーとともにある日常〟を描いた物語です。
     表紙は、オレンジ色のウエアの女子選手が前方の選手に向けてボールを大きく蹴ろうとする姿を描いたイラスト。背番号は2――杉江さんの娘さんは、なぜ「2」を背負っているのか?
     もともと運動が苦手だった娘さんですが、小学校2年生の冬に突然サッカーをやりたいと言いだした。毎週末の練習や試合のおかげで体力がついていき、運動会の徒競走でいつもビリだったのが、5年生になった頃には運動会のリレーの補欠に選ばれるまでになった。著者はその頃、娘さんに怒りをぶつけてしまった苦い思い出をこう綴っています。秋の大会の準備として組まれた練習試合を終え、娘さんを助手席に乗せて帰宅する車中の出来事です。

    〈車のドアを勢いよく閉め、エンジンをかけたところまでが我慢の限界だった。シフトレバーを「D」まで下ろし、アクセルを踏むと同時に私は怒鳴りつけていた。
    「なんで二試合ともゴールキーパーをやってるんだ!」
     つい先ほどまでチームメイトと笑い合い、大きく手を振って別れたばかりの娘は、突然の私の怒りに戸惑った様子で目を白黒させた。しかし本気だということに気づくと助手席で下を向いて黙ってしまった。
     黙っているのが気に入らず、私はまた大きな声を出した。
    「だから聞いてるんだろうが! なんで二試合ともゴールキーパーをしていたんだ? お前はゴールキーパーになりたいのか?」
     娘は小さく首を振ると、両手で顔を覆った。〉

     その日、スマイルズU-12は秋から始まる11人制の大会に向けて、県外のチームと練習試合が組まれていた。6年生が9人いて、残りのふたつのポジションを5年生が争っていた。そのうちのひとつは、8人制の試合でも6年生を押しのけてレギュラーで出場していたマイちゃんで確定していた。あとひとつのポジションを幼稚園時代からサッカーをやっているルナちゃんと、娘さんとほぼ同時にサッカーを始めたアリサちゃん、入団して半年だが抜群の運動神経を誇るヒロちゃんと娘さんの4人が競い合っていた。
     2試合行われた練習試合で、娘さん以外の3人は試合に出たが、ベンチに並んで座る監督の口から娘さんの名前が呼ばれることは一度もありませんでした。なにもしないで帰らせるわけにはいかないと半ば温情でU-10の試合に参加させてもらったのですが、娘さんは2試合ともキーパーグローブをつけてプレイした。専属のゴールキーパーが決まっていないU-10です。最初はじゃんけんで負けてしまったのだろうし、しょうがないと思っていた杉江さんですが、2試合目になっても再びキーパーグローブをつけて現れた娘さんに我が目を疑った。なぜだ? まだレギュラーは決まったわけではない。ここで監督にアピールできれば秋の大会に出場できるかもしれない。そう思って娘のプレイに注目していたのに、どうして2試合ともゴールキーパー?

    〈「だって……。誰もゴールキーパーをやりたがらなかったんだもん」
     人がやりたがらないことをやるのは、学校や生活の場なら褒められることだろう。少なくともそれによって怒られたりはしないはずだ。しかしそれがサッカーのレギュラー争いをしている最中では、まったく正反対の評価になってしまうのはなぜなんだろうか。
    「お前、レギュラーになりたくないのかよ? えっ、試合に出たくないのかよ? 二試合ともゴールキーパーをして今日どこが上達したんだよ。同級生は上の試合に出て、どんどんうまくなっているんだよ。後から入団したヒロちゃんに抜かれて悔しくないのかよ」
     もはやなにに対して怒っているのかわからなくなっていた。人のいい娘に対して腹を立てているのか、それとも二試合もゴールキーパーを押し付けたチームメイトにいらついているのか、あるいは中学校時代サッカー部でレギュラーになれなかった自分自身を怒鳴りつけていたのかもしれなかった。
    「悔しいよ。レギュラーになりたいよ……」
     助手席で肩を震わせながらつぶやいた。そしていつまでもしゃくり上げるようにして泣き続けた。
     ──何をやってるんだ。
     バックミラーに映るもうひとりの自分が、眉間にしわを寄せて見つめてくる。〉

     泣き疲れたのか、静かに寝息を立てていた娘さんの頬には涙を流した白い跡がくっきりと残っています。

    〈赤信号で車が止まると私は娘の頭を静かに撫でた。「ごめん」とつぶやいてみたけれど、その声はかすれて言葉にならなかった。青信号に変わったのに気づかずにしばらく止まっていると、後ろの車がクラクションを激しく鳴らしてきた。
     家に着くまで娘は起きることがなかった。(中略)
     車から練習道具やバッグを降ろしていると娘がボールを抱えて隣に立った。
    「公園、行こうよ……」
    「え?」
    「練習しに公園に行こうよ」
     アスファルトは水を吸ってすっかり黒く変色しており、身体にまとわりつくような嫌な雨が降り続いていた。
    「雨だよ」
    「サッカーは雨でもやるじゃん」
     髪を搔き分けながら娘は言った。〉

     そうしてU-12の最終学年、6年生――。ガールズエイト地区大会最終戦で勝って県大会出場を決めた帰路の車の中、娘さんがお父さんコーチに話しかけます。

    〈「ねえ、おばあちゃんちに寄っていかない?」
    「えっ? だって遠回りになっちゃうよ」
    「遅くなったっていいじゃん。県大会に行けたって報告しないとさ。相当心配していたから」
     母親は週末ごとに電話を鳴らし、地区大会の戦績を聞いてきていたのだ。
    「おばあちゃんさ、おかしいよね。七十歳であんなにサッカーに詳しいんだもん」
     ウインカーを右に出し、実家に向かう国道へ出る。
    「レッズの試合をもう十年以上見続けているからね」
    「この間電話でさ、試合はどんなときでも一生懸命戦いなさいって。応援してくれる人のために頑張らなきゃダメだって言うんだよ。私のことレッズの選手と勘違いしているよね。ねえ、パパ。なんで私が背番号2番を選んだか知ってる?」
     新チームになって最初の日、六年生は自分で背番号を選んだ。娘は誰よりも先に2番のユニフォームを手にしたのだった。ディフェンダーかミッドフィルダーで使われていたことを考えると5番か7番あたりを選ぶかと思っていたので、娘が手にした番号を意外に感じていた。
    「2番ってさ、おばあちゃんが大好きな浦和レッズの坪井選手の番号なんだよね。だから私、2番にしたの」〉

     自分自身の高校進学の時、「いい高校、いい大学、いい会社」という価値観に縛られていた母親と進学先をめぐって衝突し、台所から包丁を持ちだした経験のある杉江さん。娘さんの「2番」をめぐるエピソードを、
    〈助手席では娘が、小さく寝息を立てている。
     今日、母親に会ったら、話さなければならないことがたくさんあるような気がした。〉
     と、締めくくっています。

     残念ながら電子書籍には収録されていませんが、『オシムの言葉』(集英社、2015年3月13日配信)著者で、ジャーナリストの木村元彦氏が紙書籍巻末の解説で、
    〈『サッカーデイズ』を単に「家族の泣ける良い話」と思っている評者がいたとしたら、きちんと読み込んでいないのだと思う。もちろん、作者の人間観察力に裏打ちされた名も無き浦和の人たちのサッカー愛、家族愛に満ちたエピソードも描写されるが、その筆致は善意によって支えられている町クラブの現状をあぶり出しながら、ときに子どものチームメイトの父兄や指導者の問題に触れることも厭(いと)わない〉
     と指摘しています。同感です。

    ・「試合に出られないんなら、いてもしょうがない。レギュラーになれないんなら、サッカーやっている意味なんかない」といって、コーチに不満をぶつけて娘を連れて帰っりチームを辞めさせてしまったカナエちゃんのお父さん。カナエちゃんの泣き叫ぶ声がいつまでも耳に残った――杉江さんはこう綴ります。
    ・参加意志を確認して、ひとりでも不参加がいたら、卒団大会であっても6年生は出場させず、5年生以下のチームで出場してもいいのではないか――と言いだした川又コーチ。そんなことが――卒団大会に6年生が出られないなんてことがあっていいはずがないという率直な思いを杉江さんは貫きます。
    ・サッカーを始めたばかりの小学2年生の動きが気に入らないからといって、試合中にベンチ前に呼び寄せ、襟首を掴んで激しく揺すったコーチ。宙に浮いた足をばたつかせた少年は、著者の息子さんです。「まず子どもたちにサッカーを楽しんでもらうのが、コーチの基本じゃないか」と〝体罰コーチ〟に向かおうとした杉江さんは一緒に見ていた妻に肩を押さえられて止まります。
     父親であり、コーチでもある著者が2試合続けてゴールキーパーをやった娘を思わず怒鳴りつけてしまったことも含めて、すべては実在する人物たちのことなのだ。著者の杉江さんは、自分が経験した「サッカー」をすべて身内のこととして脚色することなく書ききった。様々な声があがるであろうことは覚悟の上だろうと思います。だからこそ、『サッカーデイズ』は、文字どおり〝サッカーのある日常〟を描き出した、類い稀な本となった。
     ちなみに、著者の杉江由次さんは、本の雑誌社たったひとりの営業部員として東奔西走する、出版界でも名前を知られた存在です。(2016/4/22)
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    投稿日:2016年04月22日