書籍の詳細

震災のため、原発四基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。ありえたかもしれない日本で――世界で蠢く男と女、その愛と憎悪。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン。子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化!

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バラカのレビュー一覧

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  •  3.11。5年前のあの日は、私たちにとって大きな運命の分かれ目でした。
    「もしもあそこで風が首都圏に向かっていたら、雨で放射性物質が地面に落ちていたら、被害はあんなものでは済まなかった。いやそれ以前に2号機の使用済み燃料プールの冷却水が失われていたら、東北南部から関東地方までは人が住めない土地になっていた。現場の努力もあったけれど、それ以前に幸運があった。国土は簡単に失われるということを我々は覚えておかなければならない」(「週刊文春」(3月17日号)のコラム「私の読書日記」より)
     あの日は日本国民にとって運命の分かれ目だったとした作家の池澤夏樹さんの指摘だ。まったく同感です。私たちが国土喪失の過酷な運命を免れ、どうにか〝日常生活〟を継続できているのは、いくつかの幸運に恵まれたからにすぎません。
     もし、その幸運に見放されていたとしたら――。
     2011年3月11日を境に日本人は、想像もつかない情況に追い込まれていたにちがいありません。

     想像もつかない――私たちの〝明日〟。1999年『柔らかな頬』(未電子化)で直木賞を受賞した桐野夏生は2011年7月、〝3.11後の日本〟を描く小説の連載をスタートしました(集英社発行「小説すばる」2011年8月号)。東日本大震災と大津波、そして原発爆発……日本がどうなっていくのか、まったく先が見えない中で始まった連載は2015年5月号まで4年に及び、そして連載終了後ほぼ1年を費やした加筆修正を経て、2016年2月末に一冊の本にまとめられ、紙書籍と電子書籍が同時に発売されました。『バラカ』(集英社)です。
     著者の桐野夏生自身、上梓後のインタビュー(2016年3月6日付日経新聞「あとがきのあと」)で
    「現実はこれほどむごいのか」
    「どこまで現実を直視できるか、限界に挑戦したかった」
     そして、
    「壮大なディストピア小説になっていった」
     と語っていますが、アンチ・ユートピア(理想郷)小説として『バラカ』は、大震災8年後、近未来の日本――ありえたかもしれない日本を舞台に展開される戦慄の物語です。

     震災のために原発4基がすべて爆発した。東京は汚染され、首都は大阪に移された。

     群馬県T市郊外。放射性物質による汚染がひどく、住民は身の回りの物だけを持ってバスで強制避難させられた。150キロ東にある原発4基が次々に爆発し、すべての建屋が吹き飛ばされてしまった原子炉から、放射性物質が止(や)むことなく飛散し続けている。海にも地下水にも汚染水が流れ込み、危機的状況が続いている。
     町に残っているのはペットと家畜しかいないはずだった警戒区域T市郊外で、一人の少女が発見された。発見したのは、60歳以上ということで警戒区域に入ることができた「爺さん決死隊」のメンバーたち。目的は放置されたペットの保護・救出だった。

    〈視線を移した豊田は驚愕した。奥の暗がりに、小さな子供がぽつんと座っていたのだ。汚れているけれども、あどけない表情で豊田を見ている。
    「あれ、どうしたの、ママは?」
     こんな時、何と声をかければいいのかわからず、豊田は慌てた。この子供はいったい幾つだろうか。立って歩くこともできそうだが、それが何歳くらいなのか。まったく知識のない豊田には見当も付かなかった。花柄のチュニックを着ているところを見ると、女の子らしい。スパッツを穿いているが、お尻の辺りが膨れているのはおむつをしているのだろう。(中略)
    「ねえ、何て名前なの。おじさんに教えてくれないかな」
     子供は、小さな指先で納屋の床に落ちていた藁屑(わらくず)を拾った。それから顔を上げて豊田を見るが、泣きも笑いもしない。
    「ママはどうしたの。なぜ一人でいるの?」
     埒(らち)が明かないので、豊田はペットボトルの水を見せた。
    「お水飲むかい?」
     子供が何も言わずにいきなり手を出したので、豊田は手伝って水を飲ませた。
    「喉が渇いていたんだね。可哀相に」
     汗でべとつく髪を撫でると、子供がいきなり喋った。
    「ばらか」
     豊田は仰天した。
    「今、何て言ったの。ばらかって言わなかった?」
    「ばらか」
     女の子はもう一度はっきり言った。日本語ではないのか。この子供は外国人か、と豊田は顔を観察したが、平たいひと重瞼(えまぶた)は、明らかにアジア人の顔だった。いったいどこから来たのだろう。〉

    「命名 薔薇香」
     幼子を家に連れ帰った豊田は、A4の紙に大きく書いて、テーブルの上に置いた。
     ディストピアを生きる主人公の少女、薔薇香(ばらか)と「爺さん決死隊」が出会って、物語が動き始めます――。

     スペインの詩人、ガルシア・ロルカの学生劇団「バラッカ」。バラックと同義で、居場所がないことを意味しています。著者によれば、「バラカ」という名は、この「バラッカ」=「居場所がない」に、アラビア語で「神の恩寵」という意味の言葉「バラカ」を重ねたそうです。

     薔薇香は、豊田吾朗――おじいちゃんとともに、日本各地にいる支援者のところを愛車の白いバンで転々としながら育ちます。そして震災から8年後、10歳の時、岩手県の北のはずれにある町に来た。ここに、おじいちゃんの親友で、「爺さん決死隊」の長老、村木老人が住んでいる。
     村木老人は、岩手と青森の県境で、「ひのき農園」という完全自給自足の農園を経営しているのだ。原発からは300キロ。風向きの関係で汚染もそう酷くない。
     原発のあった福島県はもちろん、東北地方、関東地方までが警戒区域となって人口が激減しているのだ。日本のほぼ東半分は、壊滅的な状態にあり、とくに子供たちはどんどん西に移住して少なくなっています。薔薇香が通う学校も学年単位のクラス編成ができず、4年・5年・6年の高学年クラス15人――日本人は少なく、インド系、インドネシア、アフリカ系、東アジア系など様々な国から集まっており、担任の女性教師はフィリピンの人らしかった――で授業を行うという状況です。
     薔薇香の長い首には、ちょうどネックレスのように囲む長い傷跡があります。白い首にとても目立つ、ミミズ腫れのように赤く膨れた傷。7歳の時に甲状腺ガンを発症し、手術を受けた。

     薔薇香の置かれた特別な位置を、桐野夏生はこう綴ります。薔薇香を捜して、ひのき農園にやってきた二人の若者――双子の兄弟、健太と康太と薔薇香の出会いのシーン。

    〈・・・・・・俺たちはバラカを守るために来た。なぜなら、バラカは俺たち震災履歴を持つ、棄民の象徴だからだ」
     きみんのしょうちょう。
     薔薇香は口の中で繰り返した。難しい言葉だけれども、棄民の意味はわかっていた。棄てられ、忘れ去られる民のことだ。
    「守ると言うけれどもね」
     おじいちゃんは薔薇香に聞かせたくないらしく、先を言い淀んだ。だから、薔薇香は自分から口を開いた。
    「あたしのことを嫌いな人がたくさんいるのは知ってるよ」
     首の傷跡を見て、眉を顰める人。病気が感染するのを怖れるかのように、遠ざける人。そして、同級生の男子のように、「子供を産めないんだろ」とあからさまに嘲る人。生きてまだ十年の命なのに、薔薇香はいろいろな人間の姿を見てきたのだ。
    「薔薇香、それは好悪(こうお)じゃないんだよ」おじいちゃんが言い聞かせるように薔薇香の方を振り向いた。「そうじゃないんだ」〉

     そして、このあと康太が続ける言葉は、3.11後二分された考え方を的確に捉えています。桐野夏生が本書で訴えようとしていることがここに表れているように思います。

    〈「そうだ。被害などなかった、すべて被害妄想だ、除染は成功している、と主張する原発推進派にとって、バラカは目の上のたんこぶなんだよ。この人は、あるはずがないということにしたい甲状腺ガンを、現実のものとして突き付けた。たった一人で災厄を引き受けたバラカが可哀相だ。この子がいるからこそ、俺たちは生きていけるし、ずっと闘い続けなければならないと信じられるんだ。だから、俺たちは、この子に降りかかる災いや、悪意を絶対に排除しなければならないんだ」
    「それは私も同感だよ。私も村木さんもこの子のために長生きしなくちゃならないんだ。この子が生きていくことが皆の希望になるんだから」
     薔薇香は、おじいちゃんの温かくて大きな手をしっかりと握った。〉

     薔薇香を包囲する敵意の影。最後に残った豊田と村木の「爺さん決死隊」は、執拗に迫ってくる〝敵〟から薔薇香を守り通せるのか。双子の兄弟は?
     沖縄・宮古島、フクシマ、そして既に首都ではなく、多くの富裕住民が西日本に移住した後に残されたかつての高級住宅地、東京・世田谷・・・・・・〝おじいちゃんの死〟を伝えられた薔薇香の孤独な戦いが続きます。姿を見せない〝敵〟によって闇に閉ざされた薔薇香が見つめる一筋の光明。薔薇香は再び、人の温もりに触れることができるのか。

     桐野夏生は、単行本化するにあたって、連載終了時にはなかった「エピローグ」を新たに書き下ろし、加えました。北海道東端の小さな町――40歳を過ぎて初めて〝定住の喜び〟を知った薔薇香の静かな生活が描かれています。
     先の日経新聞のインタビューで桐野夏生は「らしくない結末という声もあったが、加筆により私自身が少し救われた」と語っています。汚染地域に入った「爺さん決死隊」によって薔薇香が発見されるプロローグに対置される、このエピローグこそが「バラカ」のエンディングとしてふさわしい。「救われた」と安堵することも、本を読む喜びなのだと知りました。
    「らしくない」とすれば、そのことこそが桐野夏生の新たな到達点を示しているのではないか。(2016/3/25)
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    投稿日:2016年03月25日